103.新手
喜久代を撃退した白川鉄鋼に、さらに手強い敵が襲い掛かります。
野菊に強さを認められていた彼女たちは、どんな戦い方をするのでしょうか。
そして、喜久代との戦いで迎撃隊に亀裂が入ってました。
圧倒的な力があっても人の口を塞ぎ自分に都合のいいことしか認めない者は、徐々に内部の火種を増やして災いを招いていきます。
それからさらに三十分ほど経ち、白川鉄鋼の前にまた死霊の一団が現れた。すぐに迎撃隊が出撃する。
「よし、いくぞおまえら!
ああ楓、おまえはもう来なくていい」
ただ前と違うのは、そこに楓が入らないこと。
楓はさっきの戦いで、死霊を一体逃がしそうになるという失態を犯した。そのうえその死霊は普通じゃないなどと言い訳し、味方に不安を広げようとした。
そんな臆病者の足手まといはいらないと、猛は妻を戦線から外したのだ。
その死霊は知能のある大罪人であり楓の言うことは正しかったのだが、どこまでも楓を見下している猛は認めない。
それに猛にとっては、一撃で頭を潰して倒せた死霊は全て同じなのだ。
そんな夫の態度に楓もすっかりふてくされて、もうどうにでもなってしまえとばかりに引き下がった。
周囲は少し不安に思ったが、最高戦力である猛に面と向かって意見することはなかった。
そうして、少しばかり戦力を欠いた迎撃が始まった。
外に出て死霊の姿を見ると、数人がぎょっと身をこわばらせた。
「お、おい……あいつらって、死んだばかりじゃ……!」
迫りくる死霊の一団の中に、明らかに現代の服装の者が混じっていたのだ。明らかに今夜やられた、夕方まで同じ村で暮らしていた者だ。
遠い時代の自分と何の接点もない死霊なら、ただの敵として排除できる。
しかし、自分と同じ時代を生きていた身近な人間となると、そう簡単にはいかない。どうしても相手の生きていた頃が思われ、ためらいが生まれる。
「なあ、あいつらは猛さんに……」
「そうだな、俺らは他を狙おう」
だが幸いと言っていいのか、こちらには相手が誰でも嬉々として力を振るう猛がいる。倒しづらい死霊は猛に任せればいいと思ったのだが……。
「何をしてる、早くあいつらを転ばせろ!」
それ以前に相手が誰でも動きを封じてくれる、楓がいないのだ。
死霊たちは、人間の都合などお構いなしに迫りくる。
角材や長い鉄棒などを持った者が先頭に出てその死霊どもを転ばせようとするが、うまくいかない。
同じ時代の人間だった相手に対するためらいに加え、長物を自在に操って人を転ばせるのには慣れていないのだ。
死霊は思ったように転んでくれず、徐々に押されて人と死霊が混じってくる。
「何やってんだ、しっかりやれよ!!」
猛が力任せに数体を殴り倒すが、まだ半分は自由に動き回っている。
他の男たちは何とか対抗しようとするが、慣れないことがすぐできるようになる訳でもなく、焦れば焦るほどうまくできない。
さらにとどめを刺すにも、相手が身近な人間のうえ自由な死霊がうろつく側でとなると気が散ってなかなかとどめにならない。
そうすると猛がとどめを刺す側に回るのだが、今度は動きを封じる者がいなくなる。
猛は死霊との戦いを金稼ぎだと思っているので、とどめを刺すのは楽しくてたまらない。転んでとどめを刺せる死霊がいると、そちらを優先してしまう。
結果、他の者はなかなか転ばない死霊に四苦八苦する。
相手が相手だけに、戦いがうまく進まなくなると一気に不安と恐怖がこみ上げてくる。するとますます腰が引けて、思いきりがなくなる。
死霊の数はさっきとさほど変わらないのに、人間側はさっきより明らかに苦戦していた。
それを、近くの物陰から静かに見ている者がいた。
「フン、下手クソが……」
血の気が抜けて腐った肌、血のこびりついた髪、体に刻まれた深い傷。
そいつは、紛れもなく死霊であった。一人は女学生風のはかま姿の少女、一人は喪服と思しき黒い着物に鉢巻姿の女性だ。
だが二人は他の死霊と違い、その手に武器を持っていた。
鈍く光る金属のポールを手に、人間に襲い掛かるチャンスを伺っていた。
死霊の半分ほどを停止させた時、迎撃隊にまた一体の死霊が近づいてきた。
前屈みになってゆらゆらと揺れながら近寄って来る、黒い着物姿の女。それは一見、ただの昔の死霊に見えた。
「あいつなら、やれるか?」
迎撃隊の男は、手ごろな敵を見つけたとばかりにその女に近づく。
そして力で殴り倒してしまおうと斧を振り上げた時……
「ぐわっ!?」
いきなり、何かが強い力で顔面を打った。
突然の衝撃に思わず目を閉じ、どう動いていいか分からなくなる。そうしている間に次は頭に強烈な打撃を受け、なす術もなく後ろに倒れてしまう。
「ぎゃあああ!!」
「おい、大丈夫か!?」
悲鳴に気づいて、すぐ他の男が助けに走る。
だがその足は、横から差し込まれた金属のポールに阻まれた。
「えっ……うぎいいぃ!!」
突如として足に引っかかった棒にバランスを崩し、助けに走った一人は派手に転ぶ。しかもその足首が変な方に曲がり、グキッと嫌な音を立てる。
「隙あリィ!」
激痛に動きを止めた男の前で、はかま姿の少女が金属ポールを振り上げる。確実に深い傷を与えるための、突き刺しの構えだ。
しかも、明らかに言葉として聞き取れる掛け声を添えて。
だが、そのポールが男を貫くことはなかった。
「危ねえ!」
後ろから駆けつけて来た他の男が、倒れた男を引きずって助けたのだ。
顔面を打たれた男も、同じく他の者に助けられる。しかしこちらも片目から血を流して悶えており、もう戦えそうにない。
思わぬ強襲にあぜんとする男たちに、喪服の女は金属ポールを向けて言った。
「わたシたちの……家……工場……かエしてモラい……しょうカ」




