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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
101/320

101.ままならぬもの

 お互いを守ろうとし、村を守ろうとする野菊と重役。時代は変われど、二人の立場はよく似ていました。

 野菊は村を守ろうと思っても、力を与えた奴が奴なので仕様にいろいろと凶悪な点や制限があるのです。


 そして、野菊が気絶していた間にどこかへ行ってしまった大罪人の死霊たちは……。

 赤い月の下、死霊の大群が神社の裏手の道を下っていく。

 その中に人間は二人、二郎と村の重役の男だ。野菊と共に死霊の壁に囲まれ、守られながら進んで行く。

「臭いけど、しばらく我慢して。

 貴重な協力者の命は、きちんと守るわ。

 私も……二度も同じ無様を晒してしまったもの。三度目がないように、しっかり自衛するわ」

 野菊は、銃を警戒しているのだ。

 二時間ほど前、野菊は頭を撃ち抜かれて倒れた。つまりもう一度同じことが起これば、また二時間近く動けなくなる。

 夜明けまで六時間をきった今、そのロスは大きい。

 だがそれ以上に、村の重役の男を失う訳にいかなかった。

 人間は、撃たれれば死ぬ。そうなったら、もう人として他の人に真実を伝えることができない。

 いずれ死霊になる二郎はともかく、重役の男が撃たれたら一巻の終わりだ。

 この夜闇の中、死霊を憎む人間がどこから襲ってくるか分からないのだから。

「田吾作さんが声の届くところにおれば、わしが説明するんじゃが……」

「そうさな。どのみち撃ってくるなら田吾作さんしかおらんよ」

 今、村に残っている銃の使い手は田吾作のみ。幸か不幸か、それ以外の銃撃を警戒することはなくなった。

 そこで、重役の男ははたと気づく。

「そう言や、最初にやられた猟師さんたちは何で食われた?

 貴方が、近くにおったはずでしょう」

「ああ、それね……」

 野菊は、非常に苦々しい顔をした。

「実はね、私は全ての死霊が地上に出るまで黄泉との境界から動けなくて、現世で力を振るうことができないのよ。

 だから、最初はどうしても統制できていない死霊があふれ出る。

 黄泉の女王様……イザナミ様は、何としても死霊が人を襲う隙を作りたいようね」

「ああ、貴方も中間管理職ということですか」

 毎日村で二つの勢力に挟まれ揉まれ続けていた重役の男は、野菊の境遇に思わず同情を覚えた。


 そうしていろいろ話しているうちに、一行は役場に着いた。

 途中心配していた銃撃もなく、当たりはしーんと静まり返っている。ただかすかな虫の音だけが草むらから響いていた。

「ここまで攻撃はなし……死霊もあまり減ってないわね。

 少しくらい、撃ってくれても良かったのに」

 野菊の愚痴に、重役は苦笑して言う。

「まあまあ、白川鉄鋼を落とす戦力が増えたと思えば。死霊たちも、恨みを晴らせた方が浮かばれるでしょう」

「どうかしらね、ずっと飢え続けるのは辛いものよ。

 それに、死霊が増えるほど全員が地上に出るのが遅くなって……次回以降、初めに私から逃れてしまう死霊が増えるわ。

 前回も今回も、死霊がかなり増えてしまったから……」

 死霊が増えれば野菊が全てを制御できなくなり、減れば大罪人を仕留める戦力が不足する。

 なかなか難しい問題のようだ。

 しかし、重役の男は真剣な顔でこれだけは告げた。

「……白川鉄鋼を、社長の竜也を甘く見んといてください。

 あいつは会社と、それから娘のひな菊を守るためなら、かなりえげつないことをやると聞いとります。

 暴力団とつながりがあるとか、前の町でひな菊を守ろうとして何かやらかしてそこにいられなくなったとか、いろいろ聞こえてきます。

 建物の頑丈さも、昔とは違います。

 全戦力を叩きこむつもりで、どうかやり遂げてください」

 野菊はしばし何かに気を取られたように白川鉄鋼の方を見ていたが、そのうち剣呑な顔でうなずいた。

「……そのようね、心して挑むわ。

 あなたこそ気を付けて、人間に殺されないように」

 気遣うようにそう告げて、野菊は死霊と共に去った。

 重役の男はすぐに真っ暗な役場に駆け込み、村に真実を伝えるべく放送室に走った。


(白川鉄鋼……ずいぶんと腕の立つのがいるわね)

 歩きながら、野菊は死霊たちの声に耳をすます。死霊といっても今側にいる死者ではなく、肉体を持たない霊の方だ。

 普段は生きている平坂家の女に声を届け、助けとなる存在。

 しかし野菊がこの世に顕現した今は、全てが野菊の耳目となっている。

 彼らの目を通してみると、白川鉄鋼の周りにいる死霊はもう三十体近く倒されている。工場内で発生したなりかけも、潰されてしまった。

 それに、普通の死霊より厄介な……黄泉の呪いをより強く受けた者も、敵に有効打を与えることなく眠りにつかされている。

(喜久代はともかく、司良木親子まで倒すなんて……よく守るじゃない)

 それは、大罪人……かつて死霊を呼び起こし、野菊に討たれて永遠の飢えの罰を受けた者たちだ。


 前回『昭和の白菊姫』、間白喜久代。

 前々回『復讐母』、司良木クメ。

 さらにその前『明治の白菊姫』、司良木クルミ。


 彼女たちはそれぞれ白川鉄鋼に向かい……今は倒されて地に伏している。

 もっとも彼女たちは頭を潰されてもそれで終わりではなく、時が経てば野菊と同じように再生して起き上がる。

 彼女たちについては、しばらくそのままでいい。

 問題は……白川鉄鋼に向かわなかった一人だ。

 その一人の居場所を探って、野菊はため息をついた。

「白菊……あなたって人は……いつまでも、相変わらずなのね」

 ただ一人違う行動を取った者こそ、原初の大罪人である白菊姫だ。

 白菊姫は相変わらず自分のこだわっているものを求めて、集落から外れたところをさまよっていた。

 そしてそこには、死ぬべきではない者が隠れている。

 これは、放っておけない。

 野菊は死んでも変わらぬ親友を迎えに、歩いていった。

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