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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
100/320

100.最愛との別れ

 真実を明かして村人たちと分かり合った野菊は、次の目標を定めます。

 そして、死霊に噛まれてしまった二郎とタエに最後の別れの時が……。


 もういつ別れるか分からないご老人でも、突然の別れは辛いものです。

 しばらく、部屋にはすすり泣きの声が流れていた。

 若者たちは自分たちの無知と不信心を呪い、老人たちは前回の真実を嘆き、野菊は己の過

ちに涙していた。

 しかし、そのうち野菊は涙を拭って言った。

「いつまでもこうしてはいられない。

 私は、これ以上被害が広がる前に村中に散ってしまった死霊をできるだけ集めないと。

 それに、今回私たちを引きずりだした大罪人は必ず討ち果たす。守るべき村人たちをだまして傷つけさせた、当代の巫女親子もね」

 野菊の目には、恨みと怒りの炎が灯っていた。

 それこそが、地上に呼び出された野菊の使命なのだ。

 初っ端から撃たれてしばらく倒れていたせいで、そちらの役目は全く進んでいない。このまま夜が明けて取り逃がしてしまうことだけは、避けたいところだ。

 かといって、今も制御から外れて人を襲い続ける死霊を放置することはできない。

 今の野菊には、やらなければならないことが山積みだ。

 そこで、村の重役の男が一つの取引を申し出る。

「よろしければ、逃げた者たちが死霊に過剰に反応しないように放送を流しましょうか。そうすれば、貴方様の邪魔も無駄な犠牲も減るでしょう。

 田吾作さんと咲夜ちゃんたちに慈悲をかけてくださるのであれば、協力します」

 重役と村人たちにとって気にかかるのは、田吾作と咲夜たちの扱いだ。

 田吾作は野菊を傷つけたとはいえ、それは清美にだまされたせいだ。咲夜はこの災厄の元となるトラブルを起こし花を盗まれたが、災厄を起こしたくてやった訳ではない。

 ここが大罪人として罰せられるのは、あまりに酷だ。

 だから、そこの免罪と引き換えに協力を申し出たのだ。

 すると、野菊は笑って答えた。

「いい提案ね。でも、それじゃ私にしか利がないわ。

 あの猟師と花を盗まれた女の子は、大罪人にならない。猟師の方は黄泉の神様たちが狩れって言ってきてるけど……私はそうする気はない。

 本命を優先して取り逃がしたとでも言っておきましょう。

 花を盗まれた子の方は……あんなのは、罪でも何でもない。盗んで供えようとする者がいなければ、何も起こらないのだから」

 その慈悲に満ちた答えに、村人たちは感謝でいっぱいの胸を撫で下ろした。


 これからやることは、決まった。

 野菊はこれから子供の死霊となりかけの二郎を連れて、ここを離れる。この近辺の死霊をすべて回収し、さらに集落にいる死霊もできるだけ回収する。

 そのついでに、村の重役の男を放送室のある役場に送り届ける。

 そうすれば、重役の男が放送で野菊の狙いと真実を村人たちに伝えることができる。それで、村の被害を少しでも減らせるだろう。

「正直、とてもありがたいわ。

 私も誤解されたまま今の村人たちと戦うのは嫌。それに、大罪人や当代の巫女たちを討つのに支障が出るかもしれない。

 ……自分に利がないのに協力してくれるなんて、あなたは村思いなのね」

 野菊がお礼を言うと、重役の男は首を横に振って言った。

「いやいや、そんなご大層なもんじゃありません。

 野菊様には、しっかり討ち取ってもらわないと困るのです……あの、白川鉄鋼の主と平坂親子を」

 そう言って、重役の男は白川鉄鋼の方をにらんだ。

「もしこの夜を生き残れば、あいつらはこれまで以上に力ずくで村を支配しようとするでしょう。そうしなければ、生きていけんでしょうから。

 逃げたとしても、我々を逆恨みして報復しようとするでしょう。

 ええ、力っちゅうのは厄介です。金と権力、平坂一族だからこそ持っている死霊の知識……それらを全力で振るわれれば、一市民が立ち向かうのは難しい。

 ……村のために、ここで息の根を止めにゃならんのです」

 その言葉に、野菊は皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「なるほど……恨み、そして力を持つ者の危険を除くために、ね。

 私にもとてもよく分かるわ。私だって、同じだったもの」

 かつて、野菊が白菊姫と一味を誅した時もそうだった。虐げられた民の恨みを晴らし、力による災いを止めるために黄泉の力を振るう。

 今野菊を見つめる村人たちの目は、数百年前の百姓たちと同じだった。

「大丈夫よ、必ず討ち取るわ……この災厄の首謀者、白川ひな菊を!」

 自らに誓うように、野菊は村人たちに告げた。


 それから、野菊は死霊たちを神社の敷地から出した。自らは平坂家に残っていた酒に榊を浸し、神社の協会をなぞり始める。

「周辺の死霊は連れて行くけど、一応結界を張っておくわ。

 その間に、心残りがある者は別れをすませておくように」

 そう、野菊自身も平坂家の巫女であるからして、結界を張れるのだ。もっとも、張ってしまったら自分は中に入れないが。

 野菊がそうしている間に、一組の夫婦が神社の境界を挟んで向き合う。

 二郎とタエ、これが本当に最後の別れであった。


「すまんのう、こんなわしに長いこと付き合わせて」

 心なしか身を縮めて謝る二郎に、タエは涙を流して首を振った。

「いえいえ、そんな……こっちこそ、幸せにしてもろうて……」

「いや……おまえには、もっと他に望んだ幸せがあったじゃろうに。わしが、おまえの気持ちも考えんと若さに任せて奪ってしもうた。

 おまえ、田吾作が好きじゃったろ?」

 その瞬間、タエは大きく目を見開いて震えた。

 図星だ。タエは元々、田吾作が好きだった。

「分かっとったよ……おまえと田吾作が両想いだったのは。だが、それでもわしはおまえが欲しくなって、ここまできてしもうた」

 前回の災厄の時、田吾作とタエは友達を超えた仲良しだった。しかし、その時代は男女の仲に周囲が厳しかったため、二人とも十代前半で大胆な恋に踏み出したりはしなかった。

 そこで災厄が起こり、二郎がタエの裸を見て惚れてしまった。

 二郎はタエ欲しさにそのことを村中に明かし、責任を取れという周囲を声を追い風にタエとの結婚を果たした。

 田吾作はというと、村を守る戦士として孤独に生きることを選び、タエを二郎に譲った。

 その結果、タエは元々想い人ではなかった二郎と結ばれた。

「本当に、すまんかったなぁ……。

 わしはいつも、浅慮で力足らずで……。

 おまえを望む相手から奪って、そのくせ子供も授けてやれんで、一生守ると言っときながらこんな別れに……」

 二郎の胸の中には、後悔が渦巻いていた。

 自分と一緒にならなければ、タエにはもっと別の幸せがあったのではないか。田吾作とくっついていれば、こんな別れを味わわせずに済んだのではないかと。

 そのうえで、これからタエに望むことは決まっていた。

「タエ……この夜が明けたら、今度こそ田吾作と一緒になれ。

 決して、わしの後を追おうなんて思っちゃいかん。とは言うても、女の一人暮らしはこの歳になったらきつかろうから。

 田吾作ももう、作の短い身じゃ……最後くらい、温かな時間で報われてほしい」

 その切ない願いに、タエはぽろぽろと涙をこぼしながらうなずいた。

「……あんたの口からそんな言葉が出るなんて、思いませんでした。

 でも、あたしはあんたのことも嫌いじゃありませんでしたよ。あんたはいつもあたしを幸せにしようとしてくれて、優しくしてくれて……それが幸せだったから、一緒におったんです。

 あんたと連れ添って、あたしゃ幸せ者でした」

 タエの長年の思いを込めた告白に、二郎の目からも涙があふれた。

「おお……タエ……!こんなわしに、最後まで優しくしてくれるのか!!」

「そっちこそ、二郎さん……!!」

 互いの胸の内を伝えあい、タエと二郎はひしと抱き合った。

 これが本当に最後の、生きた人としての抱擁。生と死で分かたれる前の、最後の夫婦としての時間。

 やがて野菊が戻って来ると、二人は名残惜しくも互いを放した。

「タエや、これからも元気でな」

「二郎さんこそ、あまり眠りを妨げる者がおりませんように」

 お互いのこれからに祈りを捧げる二人の間で、結界がつながる。これ以上の触れ合いは、もうご法度だ。

 二郎は最愛の妻に背を向け、野菊と死霊たちと共に神社を後にした。

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