PRINCIPAL
二機の飛行型外骨格歩行作業車――『オグル』は交互に空中へ飛び上がり、高所からの射撃で『難破者』たちを撃ち抜いていく。
「存外使える。もっと早く欲しかったな」
ラピスは『オグル』の戦果にうなずいていた。『オグル』が背部ジェットでジャンプし滑空する高度はおよそ150m。追随できる『難破者』はそう多くはない。
出動要請のあった地下隔離施設に収容されていた変容体は30体ほど。うち、地上に出てここでラピスたちと遭遇したのは七体。すでに五体は無力化された。
右のマニピュレーターに装備した、長砲身ブルパップ型の30㎜スナイパーライフル『スコーピオン』は、フランス製の航空機関砲DEFA791をベースに開発された軽量なものだが、銃口初速は1000m/secを優に超えている。『オグル』はこれを装備するため、腕部フレーム内に機関部レシーバーと一体化できる構造の緩衝装置を有していた。
上空からならば一方的に攻撃できる。30㎜弾で撃たれてなお息のある個体は、トロルの短機関砲で掃討させればよかった。何よりありがたいのは、航空機などのライセンスが一切ないラピスでも動かせるほどに、高度なアシストプログラムを組み込まれていることだ。
近接警報装置がけたたましくアラート音を発した。左側面、『スコーピオン』の指向しにくい方向から接近してくる、くびれた胴と膜翅目に酷似した翼を持つ『難破者』の姿をカメラがとらえていた。
『オグル』の左腕には通常型スティンガー対空ミサイルの四連装コンテナが取り付けられている。ラピスがヘッドアップディスプレイ越しに目標を視認、左スティックの発射ボタンを押すと、小さな炸裂音とともにミサイルがコンテナから飛び出し、白煙の尾を曳いてそのスズメバチもどきに突き刺さった。
「トロル2、機体の損傷を報告しろ。まだいけそうか?」
先ほど集中攻撃を受けていたトロルの動きがやや鈍い。『Principal』を破壊するまで、できる限り戦力は温存したかった。まだ擱座してもらっては困る――
「トロル2?」
応答がないことに気が付き、ラピスはいぶかしんでもう一度呼びかけた。
〈す、済みません。大丈夫です、まだいけます〉
応答した声には聞き覚えがなかった。トロル2の乗員、ベイカーはもっと低い声の持ち主だったはずだ。直前に誰かと交代したのだろうか? 今日配属されたばかりの隊員たちは今回の出動に連れてきていないはずだが。
(……命令に従って動いてくれるなら構わんか)
隊員に若干の死者が出ているが、止まることはできない。この機会に原因を断たなければ、今後もSTORMの犠牲者が出続ける。
「よし、前進するぞ。これまで遭遇したのはまだ脱走者のごく一部、それも能力的には地味な連中だ。気を引き締めていけ!」
専用のキャリアー『オグルワゴン』に機体を収容させ、燃料を追加チャージ。予備弾倉を装着して、更なる戦闘に備える。『オグル』は軽量化のため機械的耐久性を犠牲にしている。長時間の歩行はさせられないのだ。
血の海に倒れ弱々しく痙攣する数体の『難破者』を残し、ガード部隊は医療センターへ向けて前進していく。
* * * * * * *
端末の画面には、環からのメッセージが返ってきていた。
【タカシが必ず行きます。持ちこたえて下さい】
環はメッセンジャーにログインしたままだ。だが後続のメッセージはない。音声通話もない。
(きっと、すごく慌ただしい状況なんだわ)
自分がメッセージを送ったことは、恐らくあの二人を危機にさらしている。千尋にもそれはわかっていた。
どうして自分はこんなに無力なのだろう。身を守る、生き延びる、ただそれだけのことでほかの人間の足を引っ張り、脅かしてしまう。
もっと強くなりたい。
「連絡を取ったのは友達か……だが、学生に何かできるのかね?」
ミルトンがうつろな表情で千尋を見た。
「大丈夫ですよ、ミルトン局長。ガード部隊がこちらに向かっているそうです。彼女がそう知らせてくれました」
「それはありがたいな。だが間に合わないかも知れん……ここには恐ろしい難破者がいる。たった今、データベースを確認したところだ」
「恐ろしい……?」
よく意味が分からず、おうむ返しする。恐ろしくない変容体などいるものなのか。
「試料ナンバー11、コードネーム『ウォーマスター』。こいつは危険を察知すると体から一種のフェロモンを出す……空気中に拡散したそれは、周囲の知的生物の認識を狂わせ激烈な争いを起こさせるんだ。こいつがこの能力を獲得した時のSTORMでは、収容されるまでに研究員とガード隊員、合わせて300人が二手に分かれて争い、掴み合って死んだ」
「そんな……」
「我々は愚かだった。すぐに処分してしまうべきだったんだ」
千尋はぞっとしながら施設内の物音に聞き耳を立てた。では先ほどからずっと聞こえる破砕音と咆哮は、その所為なのか。
「ドアが破られない限りは我々に影響はないはずだが……このままでは酸素が尽きる。ここの空調は御覧の通り停止しているからな。窒息死を避けてドアを開けフェロモン霧を吸い込めば、我々もあのバトルロイヤルに巻き込まれるわけだ……」
ミルトンは蒼白な顔に目を見開き、物狂おしく叫んだ。
「死にたくない……やっとPrincipalとの対話が可能になるかもしれないというのに!」
千尋はミルトンの発言に注意を引かれた。彼の視線はひたと千尋に向けて据えられている。
(Prinsipal?)
また、その言葉だ。『鏡面』を見た時にも彼はその言葉を口にした。
「Prinsipalって、何です?」
「……ああ、話してしまうか。いずれ明かす必要はあることだ。私としては命令や強制はしたくない。それにこのままでは我々は死ぬ公算が高い」
「明かす必要?」
聞きとがめたが、ミルトンはそれには答えなかった。
「21世紀になる少し前のことだ。この島にあった修道院遺跡で極秘の発掘調査が行われた。土地所有者だった旧貴族も、発掘に参加していた。彼らはそこで、驚くべきものを発見した」
そういって言葉を切ったミルトンの後ろ、背を向けた檻の窓越しに、大量の血液が通路へ振りまかれるのが見えた。
「ッ……!」思わず小さな悲鳴とともに目を閉じる。
ミルトンの表情一つ見逃すまいと、必死で目を見開く。点滅する赤い警告灯の下で、床に広がった赤い液体はそれ自体が脈動しているかのように見えた。
「それは、ある種の隕石――炭素質コンドライトに酷似した組成の岩塊だった。そして、奇妙なことに左右対称な、明らかに意味がある形状をしていた。そう、それは人間に似ていたんだ。『背中』に複数対の翼状の器官があることを別にすればね」
「まさか、それがさっきの?」
「厳密には違うはずだ。いや、同じであってはならない。『Prinsipal』は今もこことは別棟の地下施設で、解析のため無数の計測機器に取り囲まれ、記録装置に接続されて、鉱物の形態のまま休眠しているのだから」
「休眠!?」
「そうだ。あの銀色の立像を先に見てしまえばさほど驚かないかもしれないが……Prinsipalは生物だ。生きている。そして……恐らくはある種の知性を備えている」
千尋にはもう、ただうなずいて次を促す以外になすすべがなかった。
「分かるかね? 我々人類が初めて接する――恐らくは地球外の――知性体だ。ISLEはあれを研究するために生まれた。そして、我々はSTORM現象に遭遇した……」
そうだったのか。千尋は暗澹とした思いにとらわれた。そして、やり場のない怒りに。
「――シェルター・ポストが微妙にまばらな配置になっているのは、そのためなんですね? 私たちは最初から、STORM研究のための試料として……」
千尋がうめくようにそこまで口にした、その時だった。ミルトンの背後の窓の向こうで、巨大な暗い影が躍り上がり、分厚い強化アクリルがびりびりと震えた。
「平川くん!?」
自閉したように檻の隅にうずくまっていた平川慧一が、身を起こして左肩越しにこちらを見たのだ。その左肩には今も、20㎜短機関砲弾の弾痕があった。
〈ミるどン局長……アナだは死ンデハいケナィ……イヤ、死ヌごとヴぁ許ザレナい〉
壁越しに伝わる振動は、確かにそう聞こえた。
「莫迦な……! 理性がこんなレベルで……」
〈僕ノ体バ、酸素ヲ化学的ニ蓄エデおケル。ダカら『ウォーますター』の思イ通りニハナラない……千尋ヂャン、君は僕ガ守ル。あイツとノ、約ソグ――〉
「だめ! やめて、ここにいて!」
〈探セ……探シ出せ……モット適しタ……〉
ほとんど歌うようなその声は、ふと途切れた。彼の肉体が脈動とともに姿を変えていく。『甲殻を備えたゴリラ』が人間に近いバランスへと変化し、両腕の甲側を覆った硬質の組織が、ぼろぼろと枯死した細片をばら撒きながら、足元まで届く長さの鈍い金属光沢を放つ剣状の器官を形成した。
自重でわずかに下降して顔の高さをふさいでいたシャッターを、慧一がその剣で切り裂き、通路へと進み出た。
「STORM……『隕石に起因し同期した、形質転換および有機再構築(synchronized transformation and organic reconstruction caused by meteorite)』。だがまさか自力で変容をコントロールできるとは……」
ミルトンが窓に顔を擦り付けんばかりにして、目を輝かせた。
慧一が進んでいった通路の先から、何かをプレス機で剪断するような金属音と破砕音が響いてくる。千尋はただ強化アクリル越しに、その方向を見つめることしかできなかった。




