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第58話 里見義堯の遺言

 天正2年(1574年)1月  上総国望陀(もうだ)郡 久留里くるり



 こんにちは、天神山城主 里見梅王丸こと酒井政明です。

 久留里城の一室に、男4人だけで集まってるところだよ。メンバーのうち、義弘さん(父ちゃん)義継(義兄)さんはわかるけど、なんで俺も!? まだ俺、満6歳なんですけど!




 皆が退出したのを見届けると、布団に体を横たえた義堯さん(じいちゃん)は、俺らに手招きする。




「3人とも近う寄れ」


「「「はっ!」」」




 3人が枕頭を囲むと、義堯さんは話し始めた。




義弘(左馬頭)殿。国府台合戦の敗戦から、よくぞ里見家を建て直してくださった。そなたのことを父として誇りに思うぞ。


 さて、これまで長きにわたり、この父の遺恨に付き合わせてしもうたが、恨み多き氏綱めは死に、氏康殿も鬼籍に入られた。この父も長くはない……。北条(伊勢)との和睦、真剣に考えてもよいのだぞ?」



「ち、父上!?」



「何を驚く? 当主は既にそなたなのじゃ。そなたの思うように成すがよい。ま、ここ数年来の報告は心の沸き立つものばかりであった。聞くたびに今までの鬱憤が晴れたわい。 誠に親孝行な息子じゃ。


 さて、老いぼれから一つだけ忠告しておく。もし、和睦をするならば、足利藤政あしかがふじまさ様と足利頼淳あしかがよりずみ様の身分だけは譲ってはならぬぞ? 義氏公を立ててもよいが、最低でも次代は藤政様に継がせる約定を入れるのだ。また、小弓公方家を立てることを忘れてはならぬぞ。それを怠れば必ずや里見家は信を失うであろう」



「肝に銘じまする」



「さて、義継(刑部)殿」


「はっ!」


「ここ数年来の外交や内政面での働き、そしていくさでの献策。誠に見事であった。そなたの働きがあってこその当家の快進撃だと思うておる。義継殿、そなたもまた儂の自慢の息子ぞ!」


「過分なお言葉! 有り難き幸せ」




 北条との和睦を許可したのにはちょっと驚いたんだけど、ここまでは順当な話だと思ってたんだ。この後は「義弘殿を支えてほしい」って話になるのかと思ってたら、義堯さんとんでもない爆弾をぶっ込んできた。




「さて、義継殿。長子千寿丸(せんじゅまる)が生まれて間もないところではあるが、お主、梅王丸を養子にとらぬか?」



「父上!」

「それは!」

「へ?」




 もうみんなビックリだよ! 義弘さんは病人の前だってことも忘れて大声出すしさ。

 騒然とするみんなが鎮まると、再び義堯さんは語り出した。




「落ち着かれよ。義弘殿。そちは今年幾つになった?」


「45にございます!」


「天下を制した三好長慶(修理)殿は幾つで亡くなったかご存知か?


「……いえ」



「43じゃ。で、義弘殿は既にその年を2つ超えておる。つまり、いつ何時、身罷みまかっても不思議ではないということじゃな。


 実子の梅王丸がかわいいのはわかるぞ。しかし、いくら聡明とは言え、まだ7つではないか。そなたがいきなり身罷ったらどうするのじゃ? 7歳の我が子に、当主の重責を背負わせたいのか!?」



「! それは……」


「義継殿は既に幾多の実績を上げておる。一度、梅王丸を義継殿の養子とすることで、継承の順が定まろう。これがお家の安泰、ひいては梅王丸の安全にも繋がるのではないか?」




 仮に義継さんにその気がなくても、騒ぎ出す馬鹿はどこにでもいるだろうからね。父親からさとされて、流石の義弘さん(親馬鹿)も理解したみたい。義堯さんに深々と頭を下げた。




「父上! 私が浅はかでございました!」



「わかればよいのじゃ。して、義継殿。実子が出来たばかりのそちに、養子をとらせるは、誠申し訳ないことなれど、この父の頼み、受けてはもらえぬか?」


「……父上。よろしいですか?」


「なんじゃな?」


「逆に申し上げたいのですが、梅王丸は紛れもなき神童でござる。私は、ここ数年来、しかるべき時に梅王丸に継嗣の地位を引き継ぎ、補佐に回ろうと考えておりました。いっそのことこのまま元服させて、世嗣として公表してもよいのではございませんか?」




 わお! めっちゃ高評価じゃん。よく考えると、だいたいの作戦(悪巧み)は義継さんと練ってたから、親以上に義継さんの方が俺のことをわかってるかもしれないんだよね。

義継さんの手柄も元の出所は俺ってことが多いし……。


 予想外の展開に焦る俺を尻目に、義堯さんが口を開いた。




「それはいかん」


「なぜでございますか!」



「儂らは、梅王丸の比類なき働きをよくわかっておる。しかし、人は自分の目で見た物しか信じぬ者も多い。家中の全てが、6歳のわらしが嗣子となって納得するか?


 ましてや、配下の国人衆や他国の者どもはどうじゃ? 土岐の爺様は別にして、『実績のある弟を引きずり下ろして幼子を継嗣にした馬鹿親』と、ことごとく里見家を侮るようにはならぬか? どうじゃ?」



「…………父上のおっしゃるとおりでございます。この義継、考えが浅うございました。お話ありがたくお受けいたします。義弘様から梅王丸までの繋ぎ、しかと勤めて参ります!」



「うむ。そこまでわかっておるのなら安心じゃ! これで儂もなんの心残りもなくあの世へいけるという物よ!」




 ニヤリと笑ってこう言うと、義堯さんは俺の方を見た。




「さて、梅王丸。お主の意見を聞かずに進めてしまったが、何か困ったことはあるか?」


「はい。1つございます」


「なんじゃ? 申してみよ」


「はい。私が義継様(義兄上)の養子になりますと、義兄上あにうえ義父上ちちうえになりますね」


「そうじゃな?」




「そうすると、父上のことは、今日から義祖父さまおじいさまとお呼びすればよろしいのでしょうか?」






 それを聞いた義弘さん(父ちゃん)。いきなりその場で倒れた。


 義堯さんは大笑い。義継さんはどうして良いかわからず、オロオロしてた。



 しばらくして起き上がった義弘さん。いきなり「梅王丸は養子には出さない!」ってだだをこね始めて大変だった。けど、最終的には2人とも「ちちうえ」って呼ぶことで落ち着いた。



 それにしても流石は義堯さんだね。お家騒動の芽をきっちり潰してくれたし、義弘さんを外交面で解放してくれた。この後の歴史を考えると、織田信長の影響で間違いなく激動の展開が起こってくるはずなんだ。その時に里見家が一致結束していられるのは大きいね。これで俺も安心して暗躍できるってもんだよ。


 これで義継さんの養子になることが決まったわけだけど、思った以上の高評価だったし、養子としても大事に扱ってくれそうだ。


 おかげで義重さん(前世)で一番ポピュラーだった『お家騒動エンド』からは、だいぶ遠のいたかな?












 この一月(ひとつき)後、里見義堯は、久留里城にてその68歳の生涯を終えた。

 小国である安房の大名家の、しかも分家の嫡男の地位からのし上がり、巨大な北条家の攻撃を跳ね返しながら、里見家を房総3国に覇を唱えるまでに成長させた偉大な男であった。

 孫や子に囲まれる中、息を引き取ったその死に顔は、安らかなものであったと伝えられている。



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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
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