第39話 天神山城主 梅王丸
元亀2年(1571年)6月 上総国天羽郡 天神山城
「で、玄蕃。船はどんな感じなの?」
「はッ! 帆船の方は航行に支障がないところまで仕上がっております。また、ガレー船は、これまでに3隻が進水し、正木淡路守殿に引き渡しが済んでおります。また、来月にはさらに2隻が竣工予定となっております」
「正木堯盛は何て?」
「速度と頑丈さに興奮しておりました。それから、『北条の安宅船を沈めるのが楽しみだ』と」
「ふふふ、期待がもてるね!」
「それにしても梅王丸様、南蛮式の船渠は凄いですな! 今までの数倍の速さで造船ができます」
「そうだね、南蛮人たちが勧めるから父上におねだりしてみたけど、ここまで良いもんだとは思わなかったよ。ま、早いところまとまった数を引き渡したいからさ、大変だけど玄蕃、しっかり監督を頼むよ」
「はッ! 命に替えましても」
「……うん、ほどほどにね」
「はッ!」
こんにちは、天神山城主 里見梅王丸こと酒井政明です。
俺、なんと、3歳にして城主になっちゃった。
実は、風魔衆を雇うのに、自由になるお金が欲しかったから、義弘さんに「領地が欲しい」っておねだりしたんだ。そしたら、義弘さん、二つ返事でOKしてくれた。俺的には、村を3つか4つ貰えるぐらいかと思ってたんだけど、いきなり「城主にする」って言い出すから驚いた。
3歳に城だよ!? 「驚くな!」って言う方が無理だよね。
で、どこをくれるのかと思ったら、天神山城だって。
あそこだったら、ドックも造ってたし、商港としても優れてるし、佐貫城からも近い。スペイン人たちも逗留してるから、意思疎通が可能な俺が城主なのは色々都合が良い。俺としても願ったり叶ったりだった。
「珍しく義弘さん冴えてるじゃん!」って思ったんだけど、ふと気が付いた。
「元々の城主、戸崎勝久(※玄蕃頭)はどうなったんだろう?」って。
気になって仕方ないから、義弘さんに聞いてみた。そしたら、「造船所焼失の罪により、追放処分にする」だと。
いや~、聞いてよかったよ! このままじゃ相当寝覚めが悪くなるところだった。
だって、造船所が焼失したのって、俺のせいなんだもん。
西洋船の建造を進めたいけど、しばらくの間は北条に知られたくない。欺瞞情報を流すにしても、完全な嘘だとどこかで絶対にバレる。どうやったらバレないためにはどうするか? 真実に嘘を混ぜて伝えれば良い。
幸いこっちには二重スパイがいるんだ。流す情報は、いくらでもさじ加減が効く。ついでに、スパイに手柄を立てさせてやれば、北条の重要な情報に触れる機会も増えるだろう。
で、俺が考えついたのは、こんな作戦だった。
①風間隼人たちを使って、長浜湊の造船所に放火する。
②焼けて更地になった場所に西洋式ドックを建設する。
③北条に放火の成功と、長浜湊全体の警備が厳重になったことを報告させる。
④情報を抜けないって言い訳が効いてる間に、急ピッチでガレー船を建造する。
ちょうど1隻、長浜湊の造船所では関船が進水するところだった。だから、『進水祝いと南蛮船の修理の慰労』と言う名目で、職人たちを呼んで酒を出してやることにした。これで造船所が手薄になって、放火もしやすくなるだろうし、巻き込まれる人もいないだろう。
街に燃え広がるようだと大変だけど、造船所自体が町外れだったし、時期も梅雨時だから、何とかなるかな、って。
結果的には、死傷者はなし、造船所以外に火は燃え広がらず、北条は欺瞞情報を信じ込み、と、考え得る限り最高の成果が上がった。けど、誤算が一つだけ。
それが、戸崎勝久さんの罷免・放逐だったんだ。
考えてみれば、時代を遡れば遡るほど、現場責任者の処罰って重くなるよね。下手したら天災だって責任を問われちゃうんだから、犯罪なんかあろうものなら、確実に責任を問われるに決まってる。
そこに考えが及ばなかったのは、ひとえに俺の甘さだね。
俺としては、何とか天寿を全うしたいと、常日頃から足掻いてるわけだけど、味方に罪をなすりつけてまで、生き長らえるのはなんか違う。
だから必死こいて義弘さんに嘆願したんだ。そしたら、城主は外すけど、そんなに頼むなら城代として、天神山城に残すってことで落ち着いた。
『城主』から『城代』へ、ってめっちゃ降格に見えるけど、実は里見家では、この流れは結構ある。
義重さんの傅役だった、加藤信景さんは、最初は『佐貫城主』だったんだけど、義弘さんが佐貫に移るのに伴って『佐貫城代』になってるし、義継さんが岡本城主になった時も、元々城主だった岡本家に対して同じことが行われてる。
だから、この結果は、実質『お咎め無し』って言っても良いと思う。まあ、ある意味大逆転だよね。
後で聞いたら、勝久さんは、追放どころか切腹も覚悟してたらしい。そしたら、城代への降格なんて微罪で済んだ。しかも、そうなったいきさつを知ってるから、直接の上司になった俺への忠誠心が凄いこと凄いこと。
……俺としては申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。
今後は2度とこんなことが無いようにしなきゃいけないし、迷惑をかけちゃった勝久さんには、必ずどっかで埋め合わせをしないとね。
風魔衆の引き抜きも、着々と進めてるよ。
実は、義重さんの記憶があったんで、寝返った実績があるヤツは複数名わかってた。だから、隼人と小源太には、『寝返り候補』としてリストを渡しといたんだ。そんな手がかりがあるせいか、あれから1か月も経たないのに、もう5人も寝返りが増えてる。
義重さんは、10年以上かけて風魔衆を引き抜いて、最終的にはその過半を里見の二重スパイにしちゃったらしい。最後の頃には、北条の悪巧みは、全部里見に筒抜けだったんだって。凄いね!
まずは彼に倣って、なる早で独自の諜報網を確立しなきゃ。
国府台合戦然り、越相同盟・甲相同盟への対応然り、秀吉の小田原攻め然り。里見がここぞという所で転け続けてたのは、情報弱者だったことが大きいと俺は思ってる。
俺が色々とやったせいで、これからは歴史が大きく変わっていくと思う。南蛮船の来航なんか、まさにバタフライ効果としか考えられない。だから、記憶に頼って行動するだけではこの先やばいことになるはずだ。
だからこそ、時勢を的確に見極めるため、情報戦で負けない里見家を作らないとね。
船の方は、さっき勝久さんの報告にあったとおり、ガレー船の保有が3隻になった。
ちなみに、西洋船と和船には幾つか大きな違いがあるけど、その1つが、竜骨の有無だ。
西洋船には船底の中心に竜骨があるけど、和船にはない。実は、竜骨が無い船は衝撃に弱い。だから、日本では『船をぶつけて相手を沈める』なんて発想がそもそも無かった。だって船をぶつけようものなら、自分の船までバラバラになるからな!
それに対し西洋では大昔から衝角が発達していて、敵船に突っ込んで、船腹に穴を開ける『衝角戦術』は、ごく一般的な戦法だった。
西洋では使い古された戦術で、抑留してるスペイン人の中には、ノウハウを知ってるヤツもいた。だけど、日本では誰もが想定していない戦術だ。船への突撃、これは絶対初見殺しになる。
でも、せっかくの初見殺しも、数を揃えられなかったら効果は薄い。どんな秘密兵器だって、飛び道具じゃない以上、近接しなきゃいけない。最初は大暴れできても、逃げたヤツが多けりゃ戦訓も溜まる。戦訓が溜まれば、どこかで必ず対策を取られちゃう。
だから、なる早で数を揃えようと、急ピッチで建造を進めてるんだ。
つい最近ドックもできたから、建造ペースはさらにアップするだろうね。
戦力が整ったら、まずは海で北条を潰して、房総の安全を確保する。で、相手の厭戦気分が高まってるうちに、さっさと講和を結ばなきゃね。
え? もっと徹底的にやらないのかって?
いやいやいや! 北条と、里見じゃ、完全に地力が違うんだよ!
確かに里見もここ2年でめっちゃ大きくなったけど、「大きくなった」って言っても、まだ石高じゃ60万石そこそこだよ? この先、仮に房総3国を完全制覇しても、100万石には届かないんだ。それに引き換え、北条は、現時点で150万石ぐらいは領地をもってる。
今はまだ武田との同盟を破棄したままだけど、史実を辿れば、今年中には再び同盟を結ぶことになる。弱小の里見がいきがってみても、武田の援助無しじゃ先細りになるのは目に見えてる。戦い続けるんなら、せめて北条の7割ぐらいの力は無いとね。単独で対抗するのは厳しいよ。どっかで和平を結ばないと。
だから、なるべく良い条件で講和を結んで、内政に力を入れるんだ。
田んぼの稲はミツヒカリに変え、ほとんど荒れ地か牧場の下総台地でサツマイモと落花生を生産し、房総丘陵ではメープルシロップを作る。
そこまで行ったら、自前でガレオン船を造って、南蛮貿易にも乗り出したいね。
いや~、夢が広がるよ!
でも、まだ俺は3歳。義重さんによれば、最低でも54歳までは生きることは分かってる。油断して『捕らぬ狸の皮算用』にならないように、これからも頑張っていかないとね!!
次回から閑話になります。ここまでしてきた小細工の集大成です。何が起きるかお楽しみに。




