表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/300

第39話 天神山城主 梅王丸

 元亀2年(1571年)6月 上総国天羽(あまは)郡 天神山てんじんやま




「で、玄蕃げんば。船はどんな感じなの?」


「はッ! 帆船の方は航行に支障がないところまで仕上がっております。また、ガレー(竜骨櫂)船は、これまでに3隻が進水し、正木まさき淡路守あわじのかみ殿に引き渡しが済んでおります。また、来月にはさらに2隻が竣工予定となっております」


正木堯盛(淡路守)は何て?」



「速度と頑丈さに興奮しておりました。それから、『北条(伊勢)の安宅船を沈めるのが楽しみだ』と」


「ふふふ、期待がもてるね!」


「それにしても梅王丸()様、南蛮式の船渠せんきょは凄いですな! 今までの数倍の速さで造船ができます」


「そうだね、南蛮人たちが勧めるから父上におねだりしてみたけど、ここまで良いもんだとは思わなかったよ。ま、早いところまとまった数を引き渡したいからさ、大変だけど玄蕃、しっかり監督を頼むよ」


「はッ! 命に替えましても」


「……うん、ほどほどにね」


「はッ!」




 こんにちは、天神山城主 里見梅王丸こと酒井政明です。


 俺、なんと、3歳にして城主になっちゃった。




 実は、風魔衆を雇うのに、自由になるお金が欲しかったから、義弘さん(父ちゃん)に「領地が欲しい」っておねだりしたんだ。そしたら、義弘さん、二つ返事でOKしてくれた。俺的には、村を3つか4つ貰えるぐらいかと思ってたんだけど、いきなり「城主にする」って言い出すから驚いた。


 3歳に城だよ!? 「驚くな!」って言う方が無理だよね。


 で、どこをくれるのかと思ったら、天神山城だって。


 あそこだったら、ドックも造ってたし、商港としても優れてるし、佐貫城()からも近い。スペイン人たちも逗留してるから、意思疎通が可能な俺が城主なのは色々都合が良い。俺としても願ったり叶ったりだった。


「珍しく義弘さん冴えてるじゃん!」って思ったんだけど、ふと気が付いた。



「元々の城主、戸崎とざき勝久かつひさ(※玄蕃頭)はどうなったんだろう?」って。



 気になって仕方ないから、義弘さんに聞いてみた。そしたら、「造船所焼失の罪により、追放処分にする」だと。



 いや~、聞いてよかったよ! このままじゃ相当寝覚めが悪くなるところだった。


 だって、造船所が焼失したのって、俺のせいなんだもん。



 西洋船の建造を進めたいけど、しばらくの間は北条に知られたくない。欺瞞情報を流すにしても、完全な嘘だとどこかで絶対にバレる。どうやったらバレないためにはどうするか? 真実に嘘を混ぜて伝えれば良い。


 幸いこっちには二重スパイがいるんだ。流す情報は、いくらでもさじ加減が効く。ついでに、スパイに手柄を立てさせてやれば、北条()の重要な情報に触れる機会も増えるだろう。


 で、俺が考えついたのは、こんな作戦だった。


①風間隼人たちを使って、長浜湊の造船所に放火する。

②焼けて更地になった場所に西洋式ドックを建設する。

③北条に放火の成功と、長浜湊全体の警備が厳重になったことを報告させる。

④情報を抜けないって言い訳が効いてる間に、急ピッチでガレー船を建造する。



 ちょうど1隻、長浜湊の造船所では関船が進水するところだった。だから、『進水祝いと南蛮船の修理の慰労』と言う名目で、職人たちを呼んで酒を出してやることにした。これで造船所が手薄になって、放火もしやすくなるだろうし、巻き込まれる人もいないだろう。


 街に燃え広がるようだと大変だけど、造船所自体が町外れだったし、時期も梅雨時だから、何とかなるかな、って。




 結果的には、死傷者はなし、造船所以外に火は燃え広がらず、北条は欺瞞情報を信じ込み、と、考え得る限り最高の成果が上がった。けど、誤算が一つだけ。



 それが、戸崎勝久さんの罷免・放逐だったんだ。



 考えてみれば、時代をさかのぼれば遡るほど、現場責任者の処罰って重くなるよね。下手したら天災だって責任を問われちゃうんだから、犯罪(放火)なんかあろうものなら、確実に責任を問われるに決まってる。


 そこに考えが及ばなかったのは、ひとえに俺の甘さだね。




 俺としては、何とか天寿を全うしたいと、常日頃から足掻いてるわけだけど、味方に罪をなすりつけてまで、生き長らえるのはなんか違う。


 だから必死こいて義弘さんに嘆願したんだ。そしたら、城主は外すけど、そんなに頼むなら城代として、天神山城に残すってことで落ち着いた。



『城主』から『城代』へ、ってめっちゃ降格に見えるけど、実は里見家では、この流れは結構ある。


 義重さん(前世)傅役もりやくだった、加藤かとう信景のぶかげさんは、最初は『佐貫城主』だったんだけど、義弘さんが佐貫に移るのに伴って『佐貫城代』になってるし、義継(義兄)さんが岡本城主になった時も、元々城主だった岡本家に対して同じことが行われてる。


 だから、この結果は、実質『おとがめ無し』って言っても良いと思う。まあ、ある意味大逆転だよね。



 後で聞いたら、勝久さんは、追放どころか切腹も覚悟してたらしい。そしたら、城代への降格なんて微罪で済んだ。しかも、そうなったいきさつを知ってるから、直接の上司になった俺への忠誠心が凄いこと凄いこと。



 ……俺としては申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。


 今後は2度とこんなことが無いようにしなきゃいけないし、迷惑をかけちゃった勝久さんには、必ずどっかで埋め合わせをしないとね。






 風魔衆の引き抜きも、着々と進めてるよ。


 実は、義重さん(前世)の記憶があったんで、寝返った(転んだ)実績があるヤツは複数名わかってた。だから、隼人と小源太には、『寝返り候補』としてリストを渡しといたんだ。そんな手がかりがあるせいか、あれから1か月も経たないのに、もう5人も寝返り(二重スパイ)が増えてる。


 義重さんは、10年以上かけて風魔衆を引き抜いて、最終的にはその過半を里見の二重スパイにしちゃったらしい。最後の頃には、北条の悪巧みは、全部里見(コッチ)に筒抜けだったんだって。凄いね!



 まずは彼に倣って、なる早で独自の諜報網を確立しなきゃ。


 国府台合戦(しか)り、越相同盟(上杉・北条)甲相同盟(武田・北条)への対応然り、秀吉の小田原攻め然り。里見がここぞという所でけ続けてたのは、情報弱者だったことが大きいと俺は思ってる。


 俺が色々とやったせいで、これからは歴史が大きく変わっていくと思う。南蛮船の来航なんか、まさにバタフライ効果としか考えられない。だから、記憶に頼って行動するだけではこの先やばいことになるはずだ。


 だからこそ、時勢を的確に見極めるため、情報戦で負けない里見家を作らないとね。






 船の方は、さっき勝久さんの報告にあったとおり、ガレー船の保有が3隻になった。


 ちなみに、西洋船と和船には幾つか大きな違いがあるけど、その1つが、竜骨の有無だ。


 西洋船には船底の中心に竜骨があるけど、和船にはない。実は、竜骨が無い船は衝撃に弱い。だから、日本では『船をぶつけて相手を沈める』なんて発想がそもそも無かった。だって船をぶつけようものなら、自分の船までバラバラになるからな!


 それに対し西洋では大昔から衝角ラムが発達していて、敵船に突っ込んで、船腹に穴を開ける『衝角戦術』は、ごく一般的な戦法だった。


 西洋では使い古された戦術で、抑留してるスペイン人の中には、ノウハウを知ってるヤツもいた。だけど、日本では誰もが想定していない戦術だ。船への突撃、これは絶対初見殺しになる。


 でも、せっかくの初見殺しも、数を揃えられなかったら効果は薄い。どんな秘密兵器だって、飛び道具じゃない以上、近接しなきゃいけない。最初は大暴れできても、逃げたヤツが多けりゃ戦訓も溜まる。戦訓が溜まれば、どこかで必ず対策を取られちゃう。


 だから、なる早で数を揃えようと、急ピッチで建造を進めてるんだ。

 つい最近ドックもできたから、建造ペースはさらにアップするだろうね。




 戦力が整ったら、まずは海で北条を潰して、房総の安全を確保する。で、相手の厭戦気分が高まってるうちに、さっさと講和を結ばなきゃね。




 え? もっと徹底的にやらないのかって?


 いやいやいや! 北条と、里見(うち)じゃ、完全に地力が違うんだよ!


 確かに里見もここ2年でめっちゃ大きくなったけど、「大きくなった」って言っても、まだ石高じゃ60万石そこそこだよ? この先、仮に房総3国を完全制覇しても、100万石には届かないんだ。それに引き換え、北条は、現時点で150万石ぐらいは領地をもってる。


 今はまだ武田との同盟を破棄したままだけど、史実を辿れば、今年中には再び同盟を結ぶことになる。弱小の里見がいきがってみても、武田の援助無しじゃ先細りになるのは目に見えてる。戦い続けるんなら、せめて北条の7割ぐらいの力は無いとね。単独で対抗するのは厳しいよ。どっかで和平を結ばないと。



 だから、なるべく良い条件で講和を結んで、内政に力を入れるんだ。


 田んぼの稲はミツヒカリに変え、ほとんど荒れ地か牧場まきばの下総台地でサツマイモと落花生を生産し、房総丘陵ではメープルシロップを作る。


 そこまで行ったら、自前でガレオン船を造って、南蛮貿易にも乗り出したいね。




 いや~、夢が広がるよ!


 でも、まだ俺は3歳。義重さんによれば、最低でも54歳までは生きることは分かってる。油断して『捕らぬ狸の皮算用』にならないように、これからも頑張っていかないとね!!







次回から閑話になります。ここまでしてきた小細工の集大成です。何が起きるかお楽しみに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ