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堕落の王【Web版】  作者: 槻影
Chapter8.憂鬱(メランコリア)

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第三話:きっと明日は良い事が

 何故か涙が出た。

 人は本当に感動的な物を前にすると、ただ涙を流すしかないのだろう。

 そしてその涙すらも皮膚から滴り落ちた瞬間に凍りつき、粒となってそのまま床を転がった。


 遠き黒の大地を穿つ馬鹿でかい構造物。堅固極まりない無骨で滑らかな石が積まれて造られた砦は、建築の分野に全く明るくない俺が見ても、ほんの数年では完成しない事がひと目でわかる。


 地球で見たそれとは異なる魔界の蒼き月、赤き空もまた、怖気を感じる程に魅惑的でただただ美しい。

 まるでそれはファンタジーの世界そのままで、そして言うまでもなくここはファンタジーの世界だった。


 塔の頂上は周囲一体を展望できる構造になっている。

 四方に四つ設置された巨大なガラス窓からはこの地をぐるりと見下ろせたが、俺は一つの窓だけで十分だった。


「……はぁ」


 ため息にさらされた窓ガラスが音もなく割れる。

 生き物の気配一つしない砦は酷く静かで、そして酷く虚無的だ。


 空から小さな白い粒が落ちてくる。

 手に取らなくても分かった。魔界に雪は降らない。

 だからそれは俺にとって、前世から数えて数十年ぶりの雪だった。

 こうして見ていると思い出す。



「こたつに入りたいなあ……」



 感情に呼応するように硝子が完全に凍りつき粉々に割れる。雪がより勢いを強くし、吹雪となって塔の内部に降り積もった。

 ……別に全然そんな事望んでないんだけど


 雪に触れる。粉々に砕かれたはずの怠惰の魂核はほぼ完全に回復していた。

 怠惰のスキルを持つ俺にとってたかが雪の冷たさなど感じられない。だが、触れているとどこか冷たいように感じてしまうのはまだ地球にいた頃の記憶のせいなのだろうか。


 そう考えた瞬間、更に雪の勢いが増した。灰色の分厚い雲が渦巻き、莫大な数の氷の粒を地面に叩きつける。もはやここから砦を一望する事は叶わない。 

 それが無性に悲しい。

 と、考えた瞬間にさらに雲が厚くなり、灰色は完全に黒くなり、まるで暗幕を落としたかのように世界が暗闇に包まれる。


 ――それがただ、俺は無性に悲しかった。


 身を切るような怜悧な風が吹く。


 憂鬱のツリーとか、この世界作ったやつ馬鹿じゃないだろうか。無限ループだろこれ。

 どう考えても渇望でもなんでもないし……


 怠惰の力が憂鬱のそれに入り交じる。


 まぁ、それもまたどうでもいいことだ。

 万物等しく面倒で、全ての行動に意味などない。


 久しぶりに足で歩いたせいか、脚が重かった。

 その場で腰を下ろす。


 すぐに眠気はやってきた。それは、人間だった頃から続く、俺の一番の友でもある。

 心が重い。瞼も重い。

 口を開けると小さく言葉が漏れた。


「……何か眠くなってきたな」


 ベッドに戻るのも面倒くさい。そもそも、氷に閉ざされたベッドなどただ硬いだけだ。

 その場で横になり、大きく欠伸をした。


 動いている影はいないし、気配もない。さしあたってはゆっくり眠れるだろう。

 腕を組み、目を閉じる。

 慣れ親しんだ暗闇。願わくば、次に目を開けたその時にこそ、この魔界に安息と平穏が訪れんことを。


 そんな清く正しい純粋な想いを胸に秘めた瞬間、ふとおかしな声が聞こえた。


「……森羅万象に興味がなく、ただ長きを生きる堕落の王……か。レイジィも業が深いものだ」


「はっ。しかし……なんでこの男はいつもいつも、フレンドリー・ファイア―をオフにしないんでしょう……」


「怠惰故、だ。リーゼ。私は……少しレイジィと話す。貴様は他の者を確認せよ。万が一、氷に閉ざされた者を見つけたら救え、貴様の憤怒(イーラ)で!」


「……はっ、かしこまりました」


 二つあった力のうち、小さい気配が離れていく。

 だが、そんな事はどうでもいい。俺の感覚が捉えているのは目の前の巨大な気配ではなく、砦の中に感じる無数の気配。

 ただただ、煩わしい気配。

 今突然発生したかのように唐突に現れたそれは、確かに完全に凍ったはずのものだ。


 いつの間に……いや、それもまたどうでもいい。いつ起こったかなど。


 ……ああ、ただただ憂鬱だ。


 どうしてこの俺が眠りに入ろうとするとこう邪魔が入るのか。

 何もかもを遥か深き奈落、静かで深き氷の底に閉じ込めたはずなのに。


 重い瞼を無理やりに開く。

 愕然とした。ゆっくりと周囲を見回す。


 ……馬鹿な……


「……朝……だと……」


 俺が眼を閉じたのは確かに夜だったはずだ。少なくとも数分やそこらで朝になるような時間ではなかった。それは前世も今世も変わらない。共通の理。

 夜と朝を一瞬で切り替えるなんて、そんな馬鹿げた芸当ができるものはこの魔界広しといえどもそうそういないはずだ。


「……ほほぅ、この私を前にそんな態度をとれるとは……」


 ――大魔王、カノン。


 破滅と憤怒を司る最強の魔王。

 人と比べると少し物覚えが悪い俺でも覚えている数少ない名前。

 俺は思わず仰向けに寝転がり、その影を見上げた。


「まさか……お前が――」


「……くっ……全然変わってないな、レイジィ。久しぶりに会うというのに……。まぁ、良かろう。そうだ。貴様の閉ざした世界は私が解放した」


「――夜を朝に!? ……いつの間にそんな力を……」


 なんという恐ろしいスキルを……。

 朝でも夜でも寝ているがどちらかと言うと夜型の俺の天敵ではあるまいか。

 眼を腕で覆い、太陽の光を遮った。


「ま、待て待て。何の話をしている?」


 腕程度で光が遮られるわけもなく、壁際の方に身体を転がし、壁の方を向いて目を閉じる。

 そこでようやく一息ついた。


 ……いや、冷静に考えてみたら、前々から持ってたような気も……


「いや、何でもない……」


「いやいやいや、なんでもあるから! くっ、なんでレイジィ兄様はいつもそうなんだ!」


 気温が一気に上がる。

 ほんの少しだけ暑い。俺は少しでも影に入るように壁に身体をくっつけた。

 カノンが苛立たしげに杖を床に打ち付ける酷く懐かしい音がした。


「……で、何の用だ……破滅のカノン」


 俺の問いに対する第一返答は床を砕く音だった。

 何をいらいらしているんだか……


「何の用だ……だ? レイジィ、貴様……自分が何をしたのかわかっているのか?」


「何もしてない」


 俺は怠惰だ。何もするわけがない。


「くっ……ああ、いいだろう、いいだろう。レイジィ。貴様はそういう男だ。私が特別に貴様が何をしでかしたのか教えてやろう」


「いや、別に興味もない」


「いいから黙って聞けッ!」


 こぶし大の炎が無数に身体に着弾する。ダメージはない。

 憤怒の悪魔はわりと俺を攻撃する機会が多いので、俺が有する無数の耐性の中でも火耐性が最も高かった。


「いいか? レイジィ兄様。貴様は――貴様に与えた領土全体を完全に凍らせたんだッ! ……自然には溶けぬ永遠の氷でな」


「……そうか」


 俺の悲しみは、絶望は山よりも高く、空よりも広く、海よりも深い。

 ただそれだけの事。

 まぁ、一応謝っておくか。


「わざとじゃないから許してくれ」


「……許すかッ! 凍土を溶かすのに何年かかると思ってる?」


「……」


 俺がそんな事知るわけがない。

 考えるだけ無駄なので考えるのを諦めてごろごろと転がった。抱き枕がないので非常に腕が寂しい。

 カノンが杖で俺の服の裾を穿つ。構わず転がったので服の端っこが破れた。


 大魔王様をぼーっと見上げる。

 烈火を顕す紅蓮の髪にピジョンブラッドのような真紅の瞳を持つ破滅の王。


 こいつ、本当に何の用で来たんだろう。


「カノン」


「……少し黙れ。貴様と話していると力が抜ける」


「……お前、俺の妹だっけ?」


「!? ……あ!」


 カノンの頬が真っ赤に染まる。憤怒の気配だ。


 俺に兄弟姉妹はいなかったはずだ。今も昔も。

 ……いや、忘れているだけでいたかな? そう言われてみればいたかもしれない。


「レ、レイジィ……貴様が、今考えている事は、恐らく違う」


「……そうか」


 なら、なんで兄様なんだろう。

 目を瞑って考えようとして、面倒になってやめた。そんな事どうでもいいことか。

 好きに呼ぶがいい。


「こほん」


 カノンが気まずそうに咳払いを一つして、腰をかがめて俺と視線を合わせた。


「レイジィ、私は貴様の後始末に来たのだ。いや、そもそもハードが貴様の軍の将軍を処分しようとしているという報告を聞いて来たんだが……まさか領地全体が氷雪に閉ざされているとは、予想外だった……」


 俺はむしろそんな下らない理由でここまできたお前の行動が予想外だ。

 大魔王って暇なのか? 是非俺も肖りたい。


「何故、領土を、影寝殿を、民を、氷で閉ざした? 何故、今までハード・ローダーに全権を託し、能動的に動かなかったレイジィ兄様が、どうして今になってこのような真似をしたのだ?」


「…………」


 もう何もかもがどうでもいい。話すのが億劫だ。

 だが、強いていうのならば、氷に閉ざしたのは俺であって俺ではない。

 俺が能動的に凍らせたのはリーゼと金髪碧眼の悪魔と、そして昔から付き従ってきた一人の男だけだ。


 他の連中は……ただ憂鬱(メランコリア)の余波を受けただけで。

 ただそれだけで凍りついた。ただ、俺がそこにいることにさえ耐えられない。

 周囲などどうでもいいが、その事実のなんと悲しい事だろうか。


「レイジィ兄様、父上から貴様には世話になったと聞いている。父上の父上も、そのまた父上も世話になったと言っている。私自身、幼少の頃は度々世話になった自覚がある。だから、なるべくならば兄様を処分したくはない」


「ありがとう?」


「どういたしまし――ち、違う。私は礼を言って欲しいわけじゃない! 軍は兄様のものだし、将軍級を失いこれからどうするのか、などもそれはまた別の話だ。氷雪で閉ざしたことも、それに使用したのであろう覚えのないスキルもまた、今はどうでもいい。私が聞きたいのはたった一つ、たった一つのシンプルな質問だ――」


 カノンが真剣な表情で俺の目の中を覗きこむ。まるでそこに答えが転がっているかのように。

 多分、それは間違いだ。俺の目の中にはきっと何もない。探すだけで無駄だ。


「兄様は……この(カノン)に逆らうつもりか?」


 その言葉に記憶の奥底で鮮烈なフラッシュバックが起こった。


 破滅のカノン。

 この俺に手傷を追わせた類まれな攻撃力を持つ憤怒の魔王。

 敵味方に関わらず、その憤怒に触れた者を尽く灰燼と化してきた破滅の王。

 それもまた、相当前の話だ。今の力は当時以上に高まっているだろう。

 もしかしたら、俺の怠惰を貫ける程に。


 なんて……面倒くさい。

 憂鬱だ……


「なッ……兄様!?」


 カノンが慌てて覗きこんでいた顔を上げる。

 美しかった艷やかな髪も、ルビーのような瞳も何もかもに細かな霜が降りている。


「まさか……本当に私に逆らうつもりなのか!?」


 炎が舞い、カノンの容貌を覆う。揺らめく紅蓮の炎の並から垣間見える驚愕の表情。

 細かな氷が一瞬で溶かされ消える。氷には炎を。つまり今この地の氷が溶けているのはそういうことなのだろう。

 カノンの眉が一瞬釣り上がり、すぐに下がる。自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。


「いや……違う。怠惰の王がそんな面倒なことをするわけが……そうだ、よりにもよって兄様がそんな能動的な行動を起こすわけがない」


 その思考がおかしい。みんながみんな、怠惰が動くのはおかしいという。

 それは違う。俺が動かないのは、動くメリットと動かないメリットを比べて後者に軍配が上がっていたからだ。

 だから、敵が現れれば戦うし、結果的に動いたほうが面倒事がなくなるのならば動く。東京では働かないと死んでしまうので仕方なく働いていた。つまり全ては――状況次第。


 怠惰の悪魔は黙って討滅される奴らが多いらしい。

 馬鹿なんじゃないだろうか。抵抗しろよ。お前ら貝か。

 いや、貝ですら抵抗するだろ。


 特に、憂鬱(メランコリア)のスキルは怠惰(アケディア)に乏しい攻撃的なスキルが多いのだ。まるでその憂鬱を、鬱屈した絶望を他者にぶつけるかのように。怠惰のデメリットをうまい具合にカバーしている。


 手を伸ばしてカノンの手に触れる。

 その所作に、カノンの動きが一瞬止まった。


 ――こんな風に、な


氷の咎フリージング・グレイプ


「え……?」


 カノンが一瞬間抜けな声をあげて、そのままの姿勢で氷の棺に閉じ込められる。

 その表情はどこか幼気で、大魔王として畏怖を一身に受けている身の上だとは思えない。

 所詮大魔王と言ってもこの程度でしかない。


 俺はただ、それが悲しい。ため息が出る。

 この世界は一体どうなってるんだ。


「はぁ……憂鬱だ……」


「ちょ……な、何勝手な事をッ! か、カノン様!?」


 扉の向こうでこちらを伺っていたリーゼが慌てて氷の棺に閉じ込められたカノンに駆け寄る。

 完全に停止するカノンを極めて透明感の高い氷ごしに触れた。引きつった表情で俺を見下ろす。


「怠惰の……レイジィ。馬鹿な……詐欺だ。仮にも破滅と炎を司るカノン様が……不意打ちとは言え、一撃!? 怠惰の王、何故貴方はまだ第三位の地位に甘んじている!!」


「…………」


 面倒な事だ。

 地位なんていらない。大魔王になるつもりもなく、世界なんていらない。生きていけるのならば力だっていらない。


 ――ただ、何よりも深い安息を俺に与え給え。


 気分が深く落ち込む。何もかもがどうでもいい。


 それは怠惰で同時に憂鬱。無為とは真理であり、絶望。

 それこそが俺の司る渇望。


 堕落と放棄、逃避と劣化、停止と衰退、惰性と憂鬱。


 いつの日か成長した憂鬱の魂核が、ぞっとするような冷たい力を全身に回す。

 こんなこと、今までなかった。怠惰の力が薄れたせいだろうか、バランスがとれていない。まぁ、そんな事もまたどうでもいい。

 覆水盆に返らず。一度あふれた力は堰を切ったように何者をも飲み込み絶望の奈落に沈める。

 感情に呼応するように一瞬で氷が広がり、カノンが溶かしたのであろう砦を一瞬で包み込む。水分が凝固し、空気が冷たく沈む。

 リーゼが慌てて放った憤怒の炎が俺の身体を包み込み、そして怠惰の耐性を破れず傷一つ負うことなく消える。


 この煩わしい世界に、せめてもの安息を。

 手の平にこぶし大の白い光球が顕現する。

 初めて使用したスキルだが、はっきりと分かった。そこから伝わってくる力は今までの比ではない。憂鬱のスキルは自身すらその対象から外れない。

 この俺ですらも永遠に溶けぬ氷に閉じ込めるだろう。だが、死ぬわけでもない。それもまたよし。


 世界よ、堕落に停止しろ。

 光球が強い銀白色の光を放ち、展開する。


 さぁ、眠るがいい。


「『深き絶望の白世界アブソリュート・レクイエム』」


「ちょ……ひゃ――」


 炎を展開しようとしたリーゼがそのままの姿勢で力に飲み込まれ停止する。

 高く立ち上った光珠から降り注ぐ銀の矢がまるで流星のように全土に広がる。その領域は俺の王領(ゾーン)の範囲すら遥かに越えている。

 矢が突き刺さった箇所を中心に発生した冷気がその周辺一体を音もなく制圧し、そこを白き世界に変える。

 動くものが何一ついなくなるのに時間はかからなかった。

 さすがにゾーンの外までは感知できないが、影響は俺の縄張りだけではないだろう。


 唯一の予想外は――


「……怠惰の耐性の方が上回ったか……」


 ――万物等しく眠りについたにも関わらず、肝心の俺にだけは効果がない事だけ。

 まぁ、いいだろう。


 それならそれで、ただ眠るだけだ。

 一人、孤独で、静かに眠るだけだ。


 目をつぶろうとして、その時ふと気づいた。

 そう簡単に世界は俺を眠らせてくれないようだった。


「……わ、か、った……分かった、分かったぞ、兄様。兄様の目的が――」


「…………」


 カノンを閉じ込めていた氷が静かに氷解していた。大魔王の痩身を包み込むような高い熱気。俺の憂鬱をすら上回る熱量。

 だが、その視線に怒りはない。カノンの憤怒は敵にしか向かわない。

 まだ俺を敵だと見ていないのか。まぁ、それは事実だ。俺に敵はいない。


 ――味方もまた。


 現実逃避気味に顔を背ける。

 だが面倒だな。


 破ったか。氷の封印を。

 自ら破れるのか。俺の力を。

 やはり、憤怒こそが憂鬱と怠惰に対応する力。俺本人に敵はいないが、憤怒は俺の司るそれの一種の天敵と呼べるだろう。


「兄様は……ただ、眠りたいんだな」


 哀れみの篭った瞳。透き通った声。

 何もかもがどうでもいい。

 それに、さっきから兄様兄様うるさいなあ。もう言い直す気ないじゃないか。


「……兄様……」


「い、今はそんな事どうでもいいだろ! あー、もう。どうしてここまでやって殺意も敵意も見えないんだ! いつも兄様は……私の憤怒(イーラ)を鈍らせる」


「……そうか」


 もし本当にそう感じているのならば、それは殺意も敵意もないからだ。

 俺は今まで明確な自分の意志で他者を殺したことがない。多分、きっとそのはずだ。

 なにせ、怠惰で過ごすのに他者を殺す必要はないのだから。


 完全に立ち直ったカノンが杖を大きく床に突く。その身体には傷ひとつない。


 そして、一瞬言いよどむが、すぐにはっきりとした声で通告した。


 強い意志の篭った声だった。まるでその司る憤怒の炎のように、明るくエネルギーに満ち、彼女が大魔王の地位にいることを納得させる程の力。

 それは奇しくも、曾てのセルジュの持っていたものでもある。


「……レイジィ・スロータードールズ……大魔王として宣言する。貴様は魔王失格だ。如何な悪魔と言え、自身の領土を氷雪で閉ざすなど言語道断の所業、許しがたい」


「……そうか」


「その罰として……兄様の序列を最下位に降格させる」


「……そうか」


「領土も没収する。兄様に与えるのはこの影寝殿だけだ」


「……そうか」


 もともと俺には不必要なものだ。特に何の感慨もない。

 序列も場所も、意志に見合った相応しい者にやるといい。


 カノンのついた杖から音もなく金色の炎が流れる。熱くはない。ただ、砦の氷を溶かし、どこまでも地を舐めて広がっていく。まさしく大魔王に相応しい力の大きさ。それはこの間、戦った魔王と同等の力を感じさせる。

 僅かに疲労の滲んだ声で、しかしそれを表情には出さずにカノンが続けた。


「没収した地は新たに魔王となったハード・ローダーに与える。……傲慢独尊……いつ魔王に至ってもおかしくないとは思っていたが、随分と長くかかったものだ。それだけ奴の『傲慢(スペルヴィア)』は御し難いという事か……」


「……ああ……」


 その通り。全くもってその通りなのだろう。俺はよく知らないが。

 まぁ、好きにするがいい。俺はその全てをただ……許容しよう。


「ただ、静かに眠るといい、怠惰の王」


「ああ」


 そうすることにしよう。

 その場で静かに目を閉じる。一瞬で沈む意識の中、偉大な大魔王の声が聞こえる気がした。



 ――きっと明日は良い事があるはずだ、と

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