第七話 かつての愛を、今も
「あっ、いたいた。柚希ーっ!」
「また来たのかよ……」
嬉しそうに駆け寄ってきた彼女に対し、アタシは嘆息を返した。何がそんなに楽しいのか、彼女は笑顔のまま、面白そうにアタシを指差す。
「駄目よ柚希、そんな喋り方してたら慎に怒られるわよ? 女の子がそんな言葉遣っちゃいけませんーって」
「もう慣れたわ」
肩を竦め、アタシは僅かに睨むように咲月を見上げた。
「で、あんたは何の用よ。営業妨害なら帰れよ」
「あーっ、酷い。友達じゃない」
「いつアタシがあんたと友達になったんだよ」
「ひーどーいーっ」
アタシの言葉に、咲月は頬を膨らませる。その表情に、アタシは思わず笑みを零した。それに気付いたのか、咲月が驚いたように覗き込んでくる。
「そんなに面白い? 珍しいじゃない柚希が笑うなんて」
「分かんないわよ。まだアンタと会ってから数日じゃない、実はあんたの前でだけ笑わないのかも」
「それは無いわ」
被せるように即答する咲月。彼女はアタシをじっと見ると、ゆっくりを首を振った。
「……それは、無い」
「何で二回言ったんだよテメェ」
「柚希は自分が常に不機嫌そうな顔してることを自覚した方が良いわ。学校だってあまり来ないし、そんなんだから不良と勘違いされるんじゃない」
「勘違いしてたやつが何言ってんだか。大体、出席日数ギリギリは行ってるんだから文句はないでしょ」
「慎からしたらそれでも文句あるみたいだけど……そうだ、慎で思い出したわ」
ぽん、と拳で手のひらを叩き、咲月は訝しげにアタシを見る。
「柚希さ、慎のどこが好きなの?」
「………………は?」
その問いに、アタシは思わず目を丸くした。爆弾を投下した張本人は、なおも首を傾げる。
「好きなんでしょ? 慎のこと」
「何でよ」
「違うの?」
数秒。不思議そうな表情の彼女に根負けし、アタシは目を逸らして頷いた。
「……嫌いじゃ、ないけど」
「柚希の嫌いじゃないは、つまり大好きってことじゃない」
「違っ」
「照れない照れない。で、慎のどこが好き?」
「人の話を聴けっつの……何でそんなこと訊くのよ」
嘆息交じりに訊ねると、咲月は考え込むように視線を宙にやる。
「うーん……普通に考えて、慎ってイケメンでしょ? 誰がどう見ても、物凄く格好良いじゃない。それでいて頭は良いし、何でも出来るし、お人好しだし。だから、昔から慎に一目惚れする子って凄く多くて」
「まぁ、そうでしょうね」
たまにしか学校に行かないアタシですら、彼が告白されたという噂を聴かなかった日は無い。毎月、それどころか毎週告白されているんじゃないかと疑うほどだ。
「一目惚れとかじゃなくても、慎のこと外見だけで好きになって告白したって子、昔から本当にたくさんいてね。慎は気にしてない顔でお礼言ってるけど、でも外見だけで見られるのってどうなんだろうな、って。私や真澄には分からないことだから、余計に」
僅かに微笑んで言葉を紡ぐ彼女は、確かに美少女とは言い難い。よく見れば割と可愛い方、程度の平凡な容姿の持ち主だ。それは慎のもう一人の幼馴染である倉橋も同じこと。
……ああ、けなしてるんじゃないわよ。むしろ羨ましい。
「慎にはたくさん迷惑かけたし、幼馴染だもの。慎にも幸せになってほしい。だから、慎が選ぶのはちゃんと慎の中身を見て、無理しない程度に怒ってあげられる人じゃないと駄目なのよ」
「確かにそれは大事ね」
奴ときたら、無理するのが大好きだから。
そんな咲月の言葉に、アタシは考え込みながら口を開いた。
「別に……特に理由らしい理由はないわね。初めてアタシを見てくれて、初めて傍にいてくれたのが慎だったから」
慎に言われるたびに否定してはいるものの、彼の言う通り。アタシは昔から、かなり人見知りが激しかった。むしろ人間不信、人間を怖がっていた、と言い換えることも出来るかもしれない。けれどそれを悟られたくなくて、必死に隠そうと強がった結果がこれだ。孤児院育ちであることも関係して、アタシに近づく人間は次第に減っていった。寂しいと思う心すら認めたくなくて、強がり続けた。
そんなときに話しかけてきたのが、慎だったのだ。他の奴らのようにアタシを怖がることも無く、何を言っても笑って受け流して、次の日には何事も無かったかのように再び訪れてくる……そんなお人好しすぎる彼が、実は誰よりも孤独であると、いつしか知ってしまったから。逸脱しているがゆえの孤独を分かち合える、数少ない存在だったから。
……いや、本当はもっと複雑な理由なのだろう。言葉では言い表せないほど色々な感情が混じり合って、いつしか愛という形を取った、それだけのことだ。
「そんなことより、あんたはどうなのよ」
「私?」
目を丸くする咲月に、アタシは意地悪く笑みを浮かべた。
「イケメンチートじゃなくて、何のとりえもない平凡な男を好きになった理由」
「間違ってないけど、その言い方はどうかと思うわ」
引き攣った笑みを浮かべ、咲月は首を傾げる。
「私……というかこれは真澄もなんだけどね。私たちにとって慎は自慢で、憧れだったのよ。柚希も言ったでしょ? 私たちみたいな普通の人間が慎の隣にいるって、凄く不自然なの。それなのに付き合うとか恋人だとか、そんな畏れ多いこと考えられなかった」
「……畏れ多い、ね」
その言葉に、アタシは目を細めた。それをどう受け取ったのか、彼女は慌てて首を横に振る。
「昔の話よ! 今は普通に親友で幼馴染だわ。けど、小さい頃の私たちにとっては違ったの。慎はどこか遠くて、恋愛対象になんてなりえなかった。だから、かな。小さい頃からずっと一緒にいて、一緒に慎に怒られて、一緒に馬鹿みたいなこと出来た真澄が好きになったの」
「そう」
そんな咲月に対し、嘆息を返す。そのまま、アタシは壁にかかった時計に目をやった。
「そろそろ閉店かしら。今度こそ帰れ」
「あっ、じゃあ待ってるわ。一緒に帰りましょ、どうせ慎の家行くんでしょ」
「……分かったわよ、外で待ってなさい」
外へと駆けていく彼女を目で追い、アタシは立ち上がる。他の店員と共に店を閉めて片付けながら、アタシはさっきの会話を思い出した。
畏れ多い、彼女はそう言った。きっとあの少女には分からないのだろう。慎もまた、人間なのだと。悩み苦しむこともあるただの少年なのだと、彼の幼馴染たちには理解出来ないのだろう。出来ていると言いながら、どこか彼を神格化している。そんな口調だった。
「……だから、あんたは一人なのね。慎」
けれど不器用な彼はきっと、このままでは叶わない想いを秘めたまま過ごすことになるのだろう。諦めることも出来ず、ずっと苦しむのだろう。
そんなことはさせない。彼の想いにも気付かない呑気な親友に、慎を渡しはしない。
「まだ、時間はあるわ」
ゆっくりと、で良い。時間がかかっても構わない、慎を奪い取ってみせる。
そう決意したアタシはまだ、残された時間が本当に少ないことを知らなかったのだ。
◆◇◆
「……ここが」
アネモス王城、その敷地内に聳え立つとある建物の前で、あたしは思わず息を呑んだ。
治癒の塔。アネモスにおける医療の最先端。他の国では城の中に併設されているか個人で営んでいる場合が多いという医療施設がこうして独立しているのには、もちろん理由がある。アネモス語で使うことの出来る魔法の属性は風――水の次に癒しの魔法が多く、効果も高いという属性。ゆえに、アネモスには治癒魔法の使い手が多いという。この塔は、言わばそんな魔法使いたちの詰所のようなものだと聴いた。
扉の前に立ち、乗り込む覚悟を決める。その時、内側から扉が開かれた。
「っ」
「きゃっ! ごめんなさい、怪我は?」
出てきた若い女性が、あたしを見て訊ねてくる。あたしは首を横に振り、拳を握りしめて彼女を見据えた。
「……あんたは、ここで働いてるの?」
「え? ええ、治癒専門の魔法使いよ。この塔に一番多い人種ね。貴女は……確か、賢者様と一緒にいた子、よね?」
「そう。あんたに……あんたたちに、頼みがあるの」
目を丸くして首を傾げる女性に、頷き返す。
「治癒魔法を、教えて。それだけじゃないわ、医学の知識も。ここにある、人を助ける術を全部、教えてほしい」
「知って、どうするの?」
「ジルを助けるの」
答えは、驚くほどすんなりと口から出てきた。当然だろう、この城に来てから――それよりも前、ジルと再会したその日から、ずっと考えていたことなのだから。
「多分、この城の人間はみんな知ってると思うけど……あいつ、よく無茶するでしょ。自分のことを大切だとか思ってないのよ、ジルは。だから平気で危険なことにも首を突っ込んで、きっとそのうち死にかけるわ」
「だから、傍にいる貴女が助けたい?」
「……悪い?」
興味深そうに見下ろしてくる彼女を、睨むように見返す。……そう、ここに来るのだって、実はかなり躊躇ったのだ。元々人付き合いは得意ではないから。ジルに出会う前に普通に過ごせていたのは、単に両親のおかげであの国には知り合いが多かったからに過ぎない。
それでも、何も出来ないのは嫌だった。またあたしの知らないところで彼がいなくなるのは、きっと耐えられない。
少しして、女性は面白そうに微笑んだ。
「賢者様が片目を失ったとき、私たちは殆ど何も出来なかった。それがどうしてか、分かるかしら?」
「知らないわ」
素直に否定するが、彼女は特に気にした様子もなく頷く。
「知っての通り、賢者様の魔力は恐ろしいほどに高いでしょう? 治癒魔法というのはね、使い手より魔力の高い相手に関しては効きにくいのよ。こっちの使った魔法に対して、相手の魔力が反発してしまうの。だから、この国に……いいえ、世界中を探しても、賢者様を完璧に治療できる人間は殆どいないわ。あのとき私たちに出来たことは、傷を致命傷ではない程度に塞ぐくらいだった。目を治すことすら出来なかったわ」
悔いるように呟き、女性は再び笑みを浮かべる。
「けれど、驚いたわ。貴女にはそれが出来る。ジルの命を救うだけの魔力が、貴女には備わっている……名前は?」
「……リザよ。リザ=アーレンス」
「そう、良い名前ね。年は?」
「十一。……違った、もう年明けてたっけ。十二よ」
「あら、もっと上かと思ったわ」
優しく微笑み、彼女はあたしの手を引いた。眼前に聳え立つ塔、開け放たれた扉の中へ。
「ようこそ、リザ。アネモス王城治癒の塔は、貴女を歓迎するわ」
だから、と彼女は続ける。
「どうか私たちの分まで、賢者様を助けてあげて。そのための術なら、みんなで叩き込んであげるわ」
そんな彼女の言葉に、あたしは笑みを返した。
こんばんは、高良です。
ストック? 無いよ!
今回は柚希回、もしくはリザ回。書いててとても楽しかったです。凄いね主人公出てないよ。びっくり。
彼女は前世からずっと慎を想い続けています。慎が死んでも、自分が死んでも。ですが転生したジルと再会したことで、それは慎への愛からジルへの愛に変わっているのですが……その辺りは後々。
ちょっと魔法の説明とかも入れてみたり。
そうそう、「枯花」世界では年が明けるとともにみんな一歳年を取るということになっています。誕生日はそこまで重要視されてないです。祝ったりはするけど、年は取らない。
次回も主人公が出ないまま話が続く予感です。
では、また次回!




