第四話 始まりの夢と忍び寄る足音
「今日は用事があるから、二人とも先に帰っていてくれるかな」
僕がそう告げても二人が驚くことはなく、ただ咲月が僅かに首を傾げた。
「また告白?」
「いや、今日は違うよ。ちょっと寄るところがあって」
「俺たちがいちゃまずいのかよ」
不満そうに睨んでくる真澄に、僕は苦笑を返す。
「そういうわけじゃないよ。でも、君たちだって二人きりの方が良いんじゃないかな」
「慎は気を遣いすぎなのよ」
頬を膨らませながらも嬉しそうな咲月に思わず微笑を零し、二人と別れる。しばらく歩いて、ある店の前で僕は足を止めた。
目の前にあるのは、落ち着いた雰囲気のアクセサリーショップだった。出入りする客は殆どが大学生くらいの女性ばかりで、窓から見える店内で働くのも若い女性。僕のような男子高校生が一人で入れば、浮くことは間違いないだろう。大抵のことには動じない自信があるけれど、それでも少し気が引けた。実際、さっきから訝しむような視線を感じるし。……いや、本当はもう一つ別な種類の視線もあるけど、それはどこに行っても必ず向けられるものなので気にしない、
一つ深呼吸し、覚悟を決める。そっと扉を押し、僕は店の中へと足を踏み入れた。
からんころん、と扉につけられた鈴が鳴る。と同時に店員も客も一様にこちらに注目し、驚いたような表情を浮かべた。見事に女性しかいない中に入ってきたのだから、当然と言えば当然。予想は出来ていたことなので、僕の方はそれほど驚かない。
やがて、すぐ傍にいた店員らしき女性が笑みを浮かべ、僕に話しかけた。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか? 彼女か誰かにプレゼントかしら」
「すみません、そういうのじゃないんです。ちょっと人を探していて……宝城柚希さんは、いらっしゃいますか?」
訊ねると、女性が驚いたように目を見開いたのが分かる。少しして、彼女は驚いたような表情を隠そうともせずに訊ねてきた。
「宝城さんの知り合いなの?」
「知り合い、になりたいところですね」
その問いに、僕は苦笑する。訝しげに首を傾げる彼女に、流石にそれでは分からないかと言葉を付け足した。
「宝城さんとは、学校が同じなんです」
「ああ、なるほど」
それだけで理解したのか、女性は呆れたような笑みを浮かべる。
「滅多に学校行かないものねぇ、あの子。良いわ、今の時間は奥で作業してるはずね。呼んでくるから待ってなさいな」
「ありがとうございます」
笑顔で頭を下げる僕に、彼女は振り返る。
「みんな騙されるけど、本当は良い子なのよ。仲良くしてあげて」
「はい、そう思ったからここに来たんです」
彼女の言葉に笑みを返し、僕は店内に目を向けた。置かれているアクセサリーはどうやら全て店員の手作りらしく、同じようなものでもよく見れば細部が異なっているのが分かる。ここで働いている、ということは宝城さんもこれを作る中に加わっているのだろうか。学校で唯一の不良、と生徒にも教師にも噂される彼女が。
少しして、近づいてきた気配に顔を上げる。僕から少し離れたところで、恐ろしく整った顔立ちの少女が不機嫌そうに僕を睨んでいた。金色に染められた、癖の無い真っ直ぐな髪。見慣れたうちの学校の制服を着ているものの、その着方は間違いなく校則違反と呼ばれる類のもの。
「宝城柚希さん、だね? 初めまして……でもないんだけど、僕のことは」
「知ってる、最近生徒会に入った一年でしょ。加波慎、だっけ。馬鹿みたいにお人好しな物好きだって、有名よね」
瞳に怒りの色を浮かべ、彼女は真っ直ぐに僕を見据える。
「で、何の用? アタシ忙しいんだけど。さっさと帰れよ」
「駄目だよ、宝城さん」
「はぁ?」
「言葉遣い。女の子なんだから、そんな乱暴な言葉は使わない」
思わず指摘すると、彼女は目を細める。浮かぶ怒りの色が濃くなったのが、見て取れた。
「……うっせーよ、わざわざそれ言いに来たわけ? 用が無いなら帰れつってんのよ」
「学校に来ないのは、どうして?」
唐突なその問いに、彼女は一瞬虚を突かれたように黙り込む。しかしすぐにキッと僕を睨み、口を開いた。
「あんたには関係ないでしょ」
「これでも生徒会役員だからね。どうせなら、生徒全員に楽しく過ごしてほしいだろ? 宝城さん、成績だって凄く良いのに」
「はっ」
僕の言葉をあざ笑うように、彼女は僅かに唇を歪める。
「勿体ない、とか言ったら殴り飛ばすわよ。あんな退屈なところで過ごすくらいなら、もっと有意義なことに時間を使うっつの」
「例えば?」
訊ねると、彼女は不機嫌そうに黙り込む。そんな宝城さんに苦笑を零し、僕は一歩だけ彼女から離れた。
「まぁ、今は良いか。それじゃ、また来るね」
「来るなっつの馬鹿」
「でも」
嫌そうに顔を顰める彼女に、微笑みかける。
「気のせいかな。宝城さん、どこか寂しがっているように見えたんだけど」
「なっ――」
絶句する彼女に構わず、僕は店を出た。少し歩いても彼女が追いかけてこないことに安堵と落胆の入り混じった溜息を吐き、そっと笑みを浮かべる。
「……やっぱり」
予想通り、彼女は噂通りの『不良』ではないらしい。けれど、それを僕に見せてくれるまでどれほどかかることか。
問題児がいるとつい構ってしまうのが、自分の悪い癖であることは分かっている。小さい頃から、何度もしてきたこと。けれど、そのおかげで視界が広がったのも事実だった。
……そう、それに。どんなに文句を言われても、お人好しと呆れられても、やめない理由は他にある。結局、僕は何よりも自分のために動いているのだろう。
こうして『彼ら』から離れている間は、心が痛むことも無かったのだから。
◆◇◆
「おはよう、リザ。早いね」
昨日の夜に着いたばかりの、トゥルヌミール家の屋敷。与えられた部屋から出て少し歩き回っていると、聞き慣れた声が聞こえた。あたしは振り返り、僅かに苦笑を浮かべる。
「夢を見たのよ。珍しく死ななかったから、驚いて目が覚めたわ」
「ああ、たまにあるよね」
納得したように微笑む彼。共に旅をするようになってから知ったことだけど、あたしと同じようにジルもまた、眠るたびに前世での死を夢に見るらしかった。
「公爵は?」
あたしたちがこの屋敷に着いたのは、日付も変わろうかという時間帯。そのとき既に公爵の命は危うく、公爵の元へと向かった彼の邪魔をするわけにもいかないあたしは与えられた部屋で休んでいたわけだけど。
その問いに、ジルは目を閉じ、首を横に振る。
「朝までは、もたなかったよ。けど、少しだけ話すことは出来たから」
「そう」
良かった、と呟く彼に、あたしは首肯を返した。自分たちが毎晩死んでいるせいで死というものへの反応が薄れていやしないかと心配したけど、どうやら大丈夫らしい。その表情は、ちゃんと哀しみ、悼んでいるものだった。両親を亡くした時のあたしと同じ。転生というものをこの身で体験してしまっている以上、どこかで永遠の別れではないと思っていることは否めないけど。
「待って、じゃああんたも忙しいんじゃないの? 仮にも国王に次ぐ権力の持ち主が亡くなったんでしょ、色々とやることがあるんじゃ」
「うん、本来ならそうなんだけどね」
僅かに苦笑し、ジルはそっと周りを伺う。誰もいないことを確認し、彼は声を低くして囁いた。
「父様の死は、自然なものではないかもしれない」
「っ……それって」
「それを調べるために、王城に行かなきゃいけない。多分、しばらく向こうにいることになるけど」
「ついてくわよ」
「言うと思った」
彼の言葉を遮るように即答すると、ジルは苦笑。というか、一年ぶりに実家に戻ったのにすぐ発つ気なのか。その辺りは指摘したところで笑って誤魔化されるだろうから、何も言わないけれど。
代わりに、あたしは唇を歪める。……そういえば彼だけじゃなくてあたしにとっても、懐かしい奴らとの再会になるんじゃなかったか、と。
「倉橋はともかく、咲月は前世の記憶が無い、って言ってたわね。どういう反応するか楽しみだわ」
「……あまりちょっかい出さないようにね、リザ」
苦笑する彼に、あたしは無言で肩を竦めた。
こんばんは、高良です。ストック無さすぎて辛いです。次の話辺り更新日一日遅れるんじゃなかろうか。
というわけで、久々に前世編。慎柚が初めて出会った時の話です。第一部でも少しだけ触れましたが、第一部の前世編ではこの話の数日後から始まりましたからね。
見ての通り柚希として慎に出会ってから今までで一番変わったのがリザなのですが、それを語るのは第三部以降。ここからは王城に戻って、懐かしいメンバーにも登場していただきましょう。
では、また次回。




