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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第六部
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第十三話 全てを知る者はなく

 予想は出来ていたけれど、と、目の前の本に視線をやって嘆息する。さっきに比べれば落ち着いたけれど、それはまだ淡い金色の光を纏って浮いていた。それ以外は何の変哲もない本に見えたけれど、頭に流れ込んできた情報はその何倍もあって、流石に落ち着いてはいられない。

 そう、「流れ込んで」きたのだ。体が重いと感じるのは、恐らくそのせいだろう。消耗が激しいというほどではないけれど、使い慣れない魔法、それも一気に魔力を消費する類のものを使ったから調子が狂っているのだ。少し休めば回復するだろう、と判断して僕は顔を上げた。この洞窟の中はどうやら外と時間の流れが違うようで、僕がアネモスを出てから数日が経っていると、それも目の前の本から得た知識によって分かっている。呑気に休憩なんてしていられなかった。

 魂は廻るものである。僕やリザは、それを誰よりもよく分かっている。だから、僕たち――僕とリザ、そしてルフィノが原初の魂を持つのだと知っても、驚きはしなかった。本来なら、その驚きは別のところへ向けられるべきだったのだろう。けれど、自分が人間としては不十分な存在なのだというその事実も、大して心を揺らしはしなかった。やはり、と諦観混じりに納得しただけである。だから僕たちはずっと逸脱していたのか、と。前世むかしからずっと抱いてきたものの正体が分かって、安堵すらした。

 賢者が神を裏切り、原初の国を滅ぼしたという神話は偽りである。実際には、世界の真実に辿り着いてしまった彼は神の怒りを買い、仲間だった騎士の手で殺されたのだ。その神が実は創世神ではなかったという事実も、それが遠い昔の悲劇を引き起こしたのだということも、元々信心深くはなかったからそこまで衝撃的ではない。ただ、ルフィノがああなってしまった理由は『賢者』には――つまりは彼に全てを知らされた今の僕にも、全く分からなかった。三人ともが自らの知識を伝えることしか考えていなかった神話の時代に、歌姫の次に人間らしい心を得たのが騎士だった。当時の賢者は他の二人を大切には思っていたものの、基本的に知識を増やす以外のことに関心は無かったと、賢者本人が語ったのだ。彼は自分以上に仲間を愛し大事にしていた、だから裏切った自分が許せなかったのだろうと。それは確かにそうなのだろう。けれど、ならば何故、彼はそれほど大事に想っていたはずの『歌姫』を、何度も転生を繰り返してまで殺そうとするのか。賢者が死んだ後、原初の国が亡びるまでの僅かな間に、二人の間に一体何があったのか。

 彼は神によって原初の国が消されることを予想し、その上で当時そこに生きていた人々を各地に逃がしたのだという。自らにその罪が着せられることは悟っていても、今のルフィノの現状までは見抜けなかったのは、それだけ彼も騎士を信頼していたということか。彼の言葉は、偽りの神が人を見捨てることだけを危惧していた。人間が神の加護を失うことを、そうなったときに何も出来ず滅びることを恐れて、全て忘れて転生するであろう自分自身に全てを伝えようとしたのだ。世界の真実を。彼の魔法を。

 本、という回りくどい手法を取ったのは彼の良心か、それとも直接頭に流し込んだり無理やり記憶を呼び覚ましたりする方法は無かったのか。恐らく後者だろう、と思う。僕がそうであるように……そうであったように、古の賢者も自分の身を案じるような性格ではないだろう。現に、この本に触れた瞬間、僕は知りもしない古代魔法を「使わされた」のだ。どうやら本来は複数冊の本に対して使う魔法らしく、書かれた内容が直接頭に流れ込むから、情報を得る手段としては最適らしい。目の前に文字が浮かび上がった時点で情報の取捨選択も出来るようだけれど、何しろそれをこの魔法によって知らされたのだから、今回に限っては書かれたことを全て飲み込むしかなかった。この頭痛には恐らくそれも絡んでいる。一度に得た情報の量が多すぎて整理が追いついていないのだろう。古代魔法をちゃんと使えるようになる、という目的自体は得られた知識によって果たしたのだから、良かったと思うべきなのだろうか。

 そんなことを考えているうちに体はいくらか動くようになって、頭痛も完全に消えはしなかったものの、だいぶ治まっていた。もう大丈夫だろう、と僕は来た道を引き返す。賢者の魔法のせいだろう、この洞窟の中では転移して行くことも来ることも出来ないけれど、外に出てしまえばアネモスまでは数分もかからない。

 出口が見えたところで、何かが壊れたような感覚と共に、ばちっと金色の火花が視界を走る。それは間違えようもない、リザに渡してきたあの石が、彼女が危険に晒されていることを知らせる合図だった。


 ◆◇◆


 本当に弱くなった、と、自室に向かって歩きながらあたしは嘆息した。たった数日離れて過ごすのを、こんなに寂しく思うなんて。だってウィクトリアとの戦争の時は、三か月以上会わなかったのだ。もちろん不安じゃなかったとはとても言えないけど、それでもあの時は耐えられたのに。あの時と同じアネモスの城で、同じ人たちに囲まれて、けれど今度はジルの身を案じるようなこともないのだ。それなのに、早く帰ってきてほしいと思ってしまうのは、やっぱりあたしが弱くなったからだろう。行き先がどこかは知らないけれど、転移魔法があるのにまだ帰ってこないということは転移が使えない場所にでも行っているのか、あるいは目的を達成するのに時間がかかっているのか。帰ってきたら八つ当たりしてやる、と小さく呟いて、あたしはふと立ち止まった。

 おかしい。廊下の先まで目を凝らしてみても、あたし以外の人間の気配がまるで感じられなかった。まだ日も沈み切っていないというのに――たとえ夜中であっても、この城から人の姿が消えるなんてありえないというのに。何かあったのだろうか、と警戒心を強めつつ歩いていると、誰かが倒れているのが視界に映った。

「ちょっと!」

 息を呑んで駆け寄ればそれは顔見知りの侍女で、気を失っているだけで命に別状は無いのが分かる。それでも、いくらゆすっても目を覚まさないのは変だし、そもそも優秀な彼女がこんなところで倒れていることからして不自然だった。そういえば、と思い出す。一年以上前、ジルを置いてウィクトリアの城から逃げたとき、似たような光景を見なかったか。あのときは彼があたしを逃がそうとして魔法を使って、辺りの人間をみんな眠らせてしまったのだ。……ということは、これも魔法? でも、じゃあ、誰が。

 こつん、という足音は、辺りが静まり返っているせいか、やたら響いて聞こえた。反射的に上げた顔が、そのまま凍りつく。

「……何、で」

 口から漏れた声は、自分でも驚くほどに小さく掠れていた。武器の一つも持たず、ごく自然に歩いてきたその男は、あたしに気付くと「ああ」と顔を上げる。凪のような無表情は、しかし次の瞬間恐れていた冷たい狂気の色を帯びてあたしを見据えた。

「久しぶりだな」

 皮肉めいた口調で、彼はそう言って薄く笑う。窓から差し込んだ夕日がその宵の瞳に反射して、まるで血の色のように思えた。


こんばんは、高良です。


予想通りの事実を手にし、目的を果たしたジル。それでもまだ分からないことは多いものの、ゆっくり調べる時間は彼には無いようです。

そんなわけで、第六部は次話で完結となります。終わったら番外編を挟んで第七部を始めますが、多分その辺りからまた更新ペース落ちる予感。


では、また次回。

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