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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第六部
155/173

第七話 夢で強く求めたもの

性的表現多めです。

 ずっと吊るされたままの腕に、感覚なんて残っているはずもなかった。拘束を解かれるのなんて、奴に無理やり犯されるときくらいだ。力が入らないのは体中どこも同じことで、例えば何かの拍子にこの鎖が外れたとしても、自力で逃げることは不可能だろう。

 何度も暴かれたそこはもう痛みなど感じなくなっていて、それどころか行為の時には快感に溺れかけるようにすらなっていた。……気持ち悪い。レイプされて感じているという事実が、アタシの意志に関係なく悦んでしまうこの体が疎ましくて、それ以上にあの男が憎かった。いっそ最初の時のように無理やり突っ込んでくれればいいのに、痛いだけなら全て奴のせいだと思えるのに、奴はあらゆる手段でいたぶってきた。愛撫されて喘ぐたび、必死に抑えている声が僅かでも漏れるたび、慎を裏切っているような気がして自分が嫌になる。浅ましい。卑しい。汚らわしい。そんな言葉ばかりが、ぐるぐると頭の中を回っていた。

 ……それでも、泣かないと、誓ってしまったから。慎以外の人間に涙を見せるのは、あの日の誓いを破ることは、彼への裏切りだった。そんなこと、出来るはずがない。アタシだけは慎の味方でいようと、彼を誰よりも理解しようと、あの雨の日までずっと頑張っていたのに。彼を喪ってからの七年、ただ彼を悼んで、彼の面影を追って、ここまで生きてきたのに。周りに偉そうなことを言っておきながら、誰よりも立ち直れていなかったのはアタシの方。そんなことよく分かっていたけど、そうして変わった自分を否定する気は無かったし、今更やめるつもりもない。だけど、少し、ほんの少しだけ。

「慎……」

 彼が、生きていればと。そうすればきっと助けに来てくれた。彼が生きてさえいれば、アタシはきっとこんな目に遭わずに済んだ。一瞬だけ、けれど確かに、そう思ってしまった。……どうして助けに来てくれないのかと、どうして一緒に連れて逝ってくれなかったのかと、一瞬でも慎のことを恨んでしまった弱い自分が、嫌で嫌で仕方なかった。

 不意に、悪魔の来訪を知らせるに等しい、扉の開く音が耳に届く。一拍おいて突然点いた明かりに、アタシはびくっと肩を震わせた。暗闇に慣れた目に光が与えてくる刺激は強すぎるし、何より明かりが点くということはこれからまた何かされるということで、強がっていても怖いものは怖い。けれど逃げようと足掻く気力は既に無く、近づいてくる男を暗い目で見上げる。男はその手に、褐色の小さな瓶を持っていた。

「今度はそれを飲めとでも言う気?」

 二週間、いやもう少し経っただろうか。その間に怪しい薬を無理やり飲まされたことだって何度もある。だから思わず漏らした言葉に、男はちらりとアタシを見て、口だけを僅かに歪めた。けれどその瞳はいつもと同じように暗く冷え切っていて、恐怖を悟られないよう男を睨む視線に力を込める。そんなアタシを見て、男は馬鹿にするように目を細めた。

「飲みたいなら止めはしない。どうなっても知らないが」

「何を――」

 反論を遮るように、男は瓶の蓋を開ける。その動作すら恐ろしくて体を強張らせるアタシをよそに、男は瓶を傾けた。零れる、と思ったのだが中蓋でもあるのか、瓶の中身はほんの数滴だけ外に出る。冷静にものを考えられたのは、その液体が膝に触れるまでだった。

「っ、ぅぁああ!」

 じゅう、というおぞましい音と、皮膚の焼ける嫌な臭い。あまりの熱さと痛みに、目の前が白く染まった。泣いて堪るか、と必死に歯を食いしばっても、僅かに視界が滲むのはどうやっても抑えられない。恐る恐る見下ろせば、その液体が当たった部分は火傷でもしたかのように赤く焼け爛れていた。ひっ、と息を呑めば、男が意地悪く笑う。

「飲みたいか?」

「ふっ……ざけんな、そんなわけ……あぐっ!」

 今度は剥き出しになった脇腹に、その液体は容赦なく飛び散った。傷を抑えたくとも、これ以上の痛みを受けないようにと庇いたくとも、鎖に吊るされたままの両腕は頭上から動かない。それでもどうにか男から離れようともがけば、傷はびりびりと痛みを訴えてきた。……どうやっても逃げられないことくらい、ここで目覚めたその日に思い知っている。

「殺すなら殺せと言ったのはお前だろう」

「なっ、……それは」

 違う、と言ったところで男は聞かないのだろう。こいつとまともな会話なんて出来るはずもない。アタシの言葉をこの男が聞いたことなんて無いのだ。その冷たい瞳に浮かぶ狂気の色は、今も変わらない。目を逸らすなど許さないとでも言いたげに、ぐいと顎を持ち上げられた。

「安心しろ、すぐには殺さない。痛みという痛みを教えてやる」

「あ、……っ」

 嫌だ。怖い。死にたくない。もう痛いのは嫌だ、こんなの耐えられない。ならいっそここで殺してほしい。もう嫌だと、許してと泣き叫んで、やめてと懇願したいくらいだった。だけどその度に脳裏を過ぎる、今は亡き彼の姿。アタシは、アタシでいなきゃいけない。強くなければ、彼の傍にいるなんてきっと出来なかった。だから、こんな奴に屈するなんて許されない。だから耐えるのだ。痛みも、恐怖も、無理やり押し殺す。

 ……けど、そうやって正気を保ち続けたのが良いことだとは、最期の瞬間まで思えなかった。


 ◆◇◆


 何となく嫌な予感はしていたのだ。部屋に入ってきた城主はいつになく上機嫌で、浮かんでいる表情はかつて最期に見た、狂気に満ちたあの笑みによく似ていた。その時点でどうしようもなく恐ろしくて、だけどどうやってもこの鎖から逃れる術が無いのは嫌というほど分かっているから、何も出来ないだけ。

「流石の賢者と言えど、魔法を封じてしまえば無力か」

 だからだろう、勝ち誇ったようなその言葉に、何も返せなかった。胸の前で握りしめた手は両方とも包帯に覆われていて、力を込めた拍子に指先がじくじくと痛みを訴える。少し前、勢い余って男を引っ掻いてしまった時に、爪を全部剥がされたのだ。ジルの魔法はまだ続いているけど、いつ効果が切れるかも分からないから、あえて痛みに耐える方を選んだ。柚希が受けたあの痛みに比べたら、この程度は何でもない。

 不安が伝わってしまったのか、男は笑みをいっそう深めて、あちこちに赤い痕の散らばる肌に手を這わせてくる。執拗に胸を撫で回されれば、身体が熱く火照っていくのが分かった。耐え切れず僅かに息を漏らせば、男がそれを嘲笑う。

「相変わらず、処女のくせに随分と淫乱な身体だ」

「違っ、これは、だって……いいから離しなさいよ変態っ、触らないで!」

 だって仕方ないだろう、と心の中で言い訳する。確かにこの身体は処女だけど、心までそうとはとても言えない。柚希が味わったあの苦痛を、教え込まれた快楽を、あたしはしっかり覚えているのだ。毎晩夢に見る、あの地獄のような日々を忘れるなんて、とても出来ない。

 言い返した言葉はあっさり受け流されて、代わりに男の手が秘所に伸びてくる。びくっ、と体を震わせると同時に、見慣れた薄青の光が走った。……けれど同時に、風船が破裂するような音が耳に届く。

「……え?」

「ほう」

 呆然と目を見開くあたしとは対照的に、城主は楽しそうに唇を歪めた。その声が、耳元で妖しく囁く。

「時間切れだな」

 時間切れ。最悪なことに、この状況でその言葉が指す意味なんて、たった一つだった。

「っ、……あ」

 ジルの魔法が、切れたのだ。あたしを守るものは、もう何もない。

 鎖の長さには余裕があるから、暴れるくらいは出来る。けれど足をばたつかせてみたところで、弱った体に力が入るまでもなく、あっさり抑え込まれてしまった。最悪だ、と思う暇もなく、更に追い打ちをかけるような言葉がぶつけられた。

「恐ろしいか? 処女を失うのは、初めてではないだろうに」

「……今、何て」

 ありえない。そんなはずはない。そう思って見上げれば、返ってきたのは冷え切った言葉だった。

「誰の命でお前たちを捕らえたと思っている。すぐに殺してやるのだから、あの方に比べれば優しいだろう?」

 間違いない。この男は、全て知っているのだ。前世のことも、柚希の死についても。その背後にいる存在に思い至ったところで、さぁっと周りの景色が遠のいた気がした。ひっ、と小さく息を呑む。違う。目の前にいるのは、あの男じゃない。ああ、だけど奴と通じているのなら、本当に違うと言い切れるのか。

 それはまるで、ずっと背負ってきた荷物の重みに、不意に耐え切れなくなったように。頭の中は、一瞬で恐怖に塗り潰された。

「ぅ、あ、嫌……嫌ああああああああああああああああっ!」

 やってしまった、と一瞬だけ後悔する。屈しないという誓いを、彼以外の前では泣かないという誓いを、破ってしまった。柚希が死んでも守り続けたものを、生まれ変わっても必死で守っていたものを、全部台無しにしてしまった。けれどそんな思いは深く考える前に消え去って、思いっきり暴れたところで抑えつけられた体がびくともせず、男の手は再びさっきと同じ場所へ伸びてくる。

「やっ……何で、何であたしばっかり! どうして来てくれないの、助けて、助けてよジル、嫌よ、嫌っ、離して!」

 ぼろぼろと零れる涙で視界はぼやけて、だからこそ体を這う手の嫌な感触は余計に伝わってきた。嫌、と小さく呟いてもそれを城主が聞き入れるわけもなく……けれど次の瞬間、男はばっとあたしの上から飛び退いた。

「おや、残念」

 続いて耳に届いたのは聞き慣れた、けれど懐かしい声で、一瞬止まった涙がまた溢れ出す。それでも、あたしが彼を間違えるわけがない。

「貴様、何故ここにいる!」

 寝台から離れたところで城主が歯ぎしりするも、そんなものはどうでもいいと言わんばかりに、藍髪の青年は真っ直ぐにあたしを見る。

「僕以外の前では泣かないんじゃなかったの? リザ」

「ジル……!」

 見慣れた薄青の光と見慣れない金の火花を纏って、彼は「遅くなってごめんね」と申し訳なさそうに微笑んだ。


こんばんは、高良です。


柚希いじめ回でリザいじめ回。ちなみに塩酸だったらまだいいですが硫酸で火傷した場合はただ水をかけただけだと更に悪化するらしいですよ。流水をひたすらかけ続ける、が無難な対処法らしいので多分柚希はこのあとそれされてる。

後半はついに我慢の限界が来たリザ。間一髪のところで今度は助けに入れた主人公ですが、さて……。

第六部も次かその次辺りで折り返しです。


では、また次回。

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