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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第六部
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第五話 彼女の瞳が映した姿

「あれ、宝城さん?」

「……加波」

 僕の姿に気付くと、彼女は僅かに顔を顰めた。面倒な奴に会った、と言わんばかりに。そんな反応をされるのにも慣れてきたので、僕は特に気にせず微笑を返す。

「この時間に会うのは珍しいね」

「そうね。何でこんなとこにいんのよ」

 そのまま傍に歩いていくと、宝城さんは僕から目を逸らし、不機嫌そうに嘆息した。それはそうだろう、互いに高校の夏服を着てはいるけれど、今いるここは学校ではない。それどころか、いつも彼女と会っているアクセサリーショップでもなかった。

「母さんに買い物を頼まれてて。宝城さんは……そっか、一人暮らしだったね」

「勝手に一人で納得すんなっつの」

 睨んでくる彼女に対し、「ごめん」と苦笑する。学校からすぐのところにあるこのスーパーは、放課後はそれなりにうちの学校の生徒が訪れるのだけれど、今はどうやら僕たちだけのようだった。それもそのはずで、今日は午前中で授業が終わっているのだ。その上それは一時間以上前のことなのだから、みんなもう少し遠くに遊びに行ったか、あるいはすぐに家に帰ったのだろう。そこまで考えて、僕はふと首を傾げた。

「それにしても、どうしてこんな時間に?」

「……呼び出されてたのよ、担任に」

「ああ、なるほど」

 そんな問いに、宝城さんは苦い顔で吐き捨てる。なるほど、校則違反の塊のような生徒が珍しく学校に姿を見せたとなれば、呼び出して注意したくなる気持ちも分からないではない。彼女と真澄のクラスの担任である教師はそういったことに厳しい人だからなおさらだった。だからいつも言っているのに、と笑みを零す。

「もう少し学校に来ればいいのに。そうすれば僕も少しは庇ってあげられるし」

「庇えなんて言ってないわよ」

「でも、呼び出されるのは面倒でしょう」

 にこりと微笑んでみせると、それは図星だったのだろう、彼女はふいと目を逸らした。自分が不利だと悟ったのか、宝城さんはこちらを見ないまま、「あんただって」と呟く。

「何でさっさと帰んなかったわけ? アタシと違って優等生だし、呼び出されるような問題行動なんて起こしたことないでしょ」

「……えっと」

 それは流石に偏見じゃないのかな、と僕は苦笑いを浮かべる。とはいえ僕の方もあまり進んで答えたいような理由ではなくて、自嘲するようにそっと目を伏せた。

「生徒会の用事があったのと……先生にではないんだけど、僕も、呼び出されてて」

「ふぅん。告白か何か?」

 あまり興味の無さそうな表情で、宝城さんはちらりと視線だけをこちらに向けてくる。対し、僕は黙って頷いた。

 好かれるのは当然嬉しいし、ありがたいことだ。それでもその想いを告げられるたび、心は軋むように痛んだ。彼女たちの抱いている想いが、僕にはどうしても理解出来なかったのだ。だから愛を告げられることは、お前はおかしいのだと、周りとは違うのだと、そう突きつけられているのとそう変わらない。……咲月への想いが「違う」ことくらい、僕だって分かっているのだ。

 一瞬だけ揺れた心を、いつも通りの微笑で覆い隠す。大丈夫、気付かれるはずがない。実際彼女は特に訝しむこともなく、ただ呆れるように目を細めた。

「いつも思うけど、物好きよね。アタシには理解出来ないわ、こんなののどこが良いんだか。笑ってばっかりで何考えてるか分かんないし、お節介だし」

「酷い言い様だね……」

「事実じゃない。言っとくけどね、周りのイメージに合わせるために無理して優等生やってたら、あんたいつか絶対ぶっ倒れるわよ」

 その言葉に、一瞬だけ息が止まる。……小さい頃から一緒に育ってきた幼馴染たちも、両親さえも、それを指摘してきたことはなかった。ああ、だから油断していたのだろう。彼女と話すときは、いくらか気が楽だった理由が、ようやく分かった気がした。それは悠といるときもそうだったけれど、彼と違って出会ってそう経っていないし、僕が自分から打ち明けたわけでもないのに。

 いつの間にか、目の前の少女は真っ直ぐに僕を見ている。その瞳に映っているのは優等生の加波慎という人形ではなく、弱くて愚かな『僕』だった。今更、そんな事実に気が付いた。

「宝城さん、あの」

「……柚希でいいわ」

 一瞬の沈黙を、気付かれはしなかっただろうか。笑顔で取り繕うとした僕葉を遮るように、宝城さんは深く嘆息する。しかし続く言葉は予想外のもので、僕は思わず首を傾げた。

「え?」

「名前で呼べば、って言ったのよ。この苗字長いし、呼びにくいでしょ。……慎」

 仕方がないとでも言いたげに顰められた顔は、けれど確かに赤く染まっている。何となく微笑ましく思えて吹き出すと、彼女はキッと僕を睨みつけてきた。

「笑うなっつーの馬鹿! 言わなきゃ良かったわ!」

「うん、ごめん。……ありがとう、柚希」

 その言葉に込められた本当の意味までは、きっと分からなかっただろう。それでも彼女は一瞬きょとんとすると、不意に柔らかく微笑む。出会ってから何度か柚希が笑うところは見ていたけれど、今まで見たものとはどこか雰囲気が違っていた。恐らくこちらが、本当の彼女なのだろう。

「アタシも、……その、ありがと」

「どういたしまして」

 どこか恥ずかしそうに見上げてくる彼女に、そう言って微笑んでみせる。僕は言わば現実から目を逸らすために柚希を利用したようなもので、礼を言われるようなことは何もしていない。けれど僕たちの距離は、それを正直に打ち明けられるほど近くはなかったのだ。この時は、まだ。


 ◆◇◆


 リザがくれた御守は、単なる御守以上の効果を表した。これをくれたときの彼女の言葉通り、領主に受けた傷の回復速度が、思ったよりずっと早かったのだ。治癒魔法を得意とするリザの、その魔力をそのまま固めたような石なのだから、考えてみればそれも当然なのだろう。どこまでも彼女に助けられてばかりだな、と僕は苦笑交じりに胸元を見下ろした。それでも、魔力が尽きかけたこの体にとって、傷が早く癒えてくれるのはありがたい。その方が、魔力の回復も早まるから。

 思えばこの薄紅色の石を受け取ってから、そろそろ一年が経とうとしていた。牢の中では昼も夜も分からないけれど、意識して数えていれば大まかな日数は掴める。……二週間。それは、僕が焦りを覚えるのには十分すぎる日数だった。捕まってすぐに予想した一ヶ月という期間は、あくまでも「もって」一ヶ月。それより早く魔法が消えてしまうことは大いにあり得る。そうなってしまえば、完全に僕たちの負けだ。

 最初の日以降、城主がこの牢に姿を現したことは無い。食事は二日に一度ほど与えられるけれど、僕の意識が無い間にふっと目の前に現れているから、城主と会話をすることは出来なかった。だからその目的もちゃんと聞いたわけではないけれど、恐らくその上にいるのは『彼』なのだろう。ならば狙われているのは恐らく、僕とリザの両方。僕がまだこうして生かされていることを考えると、最初にリザを、という指示でもあったのだろう。そこまで恨まれるようなことをした覚えはないのだけれど、彼は相当僕が憎いらしい。

「……リザ」

 彼女の名を囁いて、そっと目を閉じる。疲労が溜まった体はその程度の動作で眠りにつこうとしたけれど、そんな暇は無い。

 もし、僕が間に合わなかったら。それは考えるだけで恐ろしいことだったけれど、それでも考えずにはいられなかった。このまま何も出来ずに彼女を喪ってしまったら、僕は僕でいられるだろうか。あの子のいない世界で、これまで通りに生きていけるのか。柚希はそれをした。前世むかしから僕を愛していたという彼女は、加波慎の死後も強く生きて、生き抜いて、そうしてこちらの世界にやってきた。僕に、同じことが出来るだろうか。

 無理だ、と思った。考えるまでもない。僕は弱い。彼女のように強くはなれない。もう二度と、あの孤独には耐えられない。だから、何としてでもリザを助けなければいけないのだ。

 あの子に何かあったら、あるいはその直前辺りで、城主は再びここを訪れるだろう。だから彼が来ないのは、リザがまだ無事だという証拠でもあった。けれど、あとどれだけ時間が残されているのか、僕に知る術はないのだ。

 胸元に下がった薄紅色の石に、僕は再び視線を落とす。これは証だった。約束の証。いつかリザを愛したいと、本当の愛を返したいと、あのときそう誓った。その約束は、まだ果たされていない。だから僕は死ぬわけにはいかないし、彼女を死なせるわけにもいかないのだ。弱気になっている場合ではない。

 ……自分の中で目覚めた『それ』に、この時の僕はまだ、気付いてはいなかった。

こんばんは、高良です。


前半は前世編。慎が生きているのも柚希がツンなのも久しぶりで書いてて楽しかったです。皆様のよく知っている『柚希』として彼女が振る舞うのはこの話以降のことですね。

後半はジルの独白と言うかこいついつまでうじうじ悩んでるんだっていうか、まぁそれがジルです。そろそろ彼も頑張ってくれると思います。


お知らせ。

六月下旬に「枯花」第二部を文庫としてまとめた同人本を出す予定です。完全受注生産となっております。活動報告からブログの詳細記事に飛べますので、よろしければ是非ご覧くださいませ。


では、また次回。

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