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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第六部
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第二話 雪に隠れた罠

「思ったよりまともだったわね」

「……そう、だね」

 夕食まで時間があるからゆっくり過ごしていてほしい、と案内された部屋で、あたしは思わず呟く。この辺りを治めているという領主は噂よりずっと普通の人間で、正直に言ってしまえば少し拍子抜けだった。魔力はかなり高いようだったけど、それだって流石にあたしやジルほどじゃない。しかしジルの考えは違ったようで、彼は考え込むように目を伏せる。

「ジル?」

「考えすぎ、なのかな……妙だと思わない? リザ」

「妙って」

 何が、と問いかけるように見上げれば、ジルは困ったように首を傾げた。その手が不意に頬に触れてきて、あたしは思わずびくっと身を強張らせる。けれどそれが悪かったのか、ジルは我に返ったように「ごめん」と声を漏らすと、静かに手を下ろした。……馬鹿、と呟きそうになったのを堪えたあたしはかなり偉いと思う。そんなあたしの表情に気付いていないわけはないのに、ジルは何も見ていないかのように話を続ける。

「気付かなかった? この城の中に、彼以外の人間の姿が見当たらない」

「あ……でも、噂じゃ色々言われてたじゃない。それくらい偏屈なら、周りに人を置きたがらないってこともあり得るんじゃないの?」

「それでも、彼は貴族だ。余程のことがない限り、使用人の一人くらいはいるはずだよ。アネモスほど顕著ではなくても、そうしなければ他の貴族に示しがつかないのはこの国だって同じだと思う」

 使用人の住居らしい部屋もあったしね、とジルは何でもないことのように付け足した。ここに着いてからずっとあたしと一緒だったはずなのに、いつの間に確かめたのか。驚いたけれど、それより彼の言葉の裏に隠された事実の方が気になった。

「普段ならここに住んでいる使用人を、あたしたちが来る前にどこかにやったってこと? 何のために」

「それが分からないから、妙なんだ。僕たちに何かするつもりなら……捕まえるにしろ命を奪うにしろ、人数が多い方が有利だろう? でも、本当に善意から招いたのであっても、人手が多いにこしたことはないはずだ」

「何かするつもりで呼んで、……その『何か』には使用人が邪魔だった、とか?」

 躊躇いがちに呟いた言葉は、ジルもとっくに考えついていたのだろう。首肯と共に帰ってきたのは、憂鬱そうな溜息だった。

「その可能性が高いね。ただ、彼は魔法は使えないと思うんだけど」

「えっ」

 意外なその言葉に、あたしは思わず声を上げる。ある程度魔法を学んでいれば相手の魔力の有無くらいは感じ取れるようになるが、魔法を使えるかどうかなんて判別しようがない。それでもあの魔力の量で使えないということはないだろう、と勝手に思っていたのだ。だけど考えてみれば、別におかしなことでも何でもない。

「……そっか、そうよね。リオ様だって魔法は使えないし、シリルも前はそうだったっけ」

「権力者にはそういう人が多いよ。立場上、殺されかける危険があるけれど死ぬわけにはいかない人たちだね。魔法を学んだせいで治癒魔法が効かなくなったらいけないから。父様もそうだった」

 懐かしむように僅かに目を細めるジルを見上げ、あたしは「でも」と眉を顰める。

「何で分かったわけ? 魔法は使えないって」

「内緒」

 訊ねると、ジルは困ったような笑みを返してきた。それはないだろう、と不満を露わにしてみせたところで、彼の答えは変わらない。諦めて嘆息すると、あたしはジルを見上げた。

「ま、信じる、って言ったのはあたしだものね。ジルにそこまでは求めないけど、どんな状況になってもあたしの心は変わらないわ。それだけは、信じてて」

「……リザ。そういう台詞は、こういう場面で使うのはやめた方が」

 何か起こりそうだから、と彼は苦い顔で呟く。確かに、と心当たりを色々と思い出して、苦笑を交わした。


 ◆◇◆


「それにしても、凄い雪ですね」

 食事が一段落したところで、僕はちらりと廊下に視線を向けた。この部屋に窓は無く、廊下の窓も今は閉め切られている。その理由である、僕たちがこの城に着いた少し後から降り始めた雪について指摘すると、テーブルを挟んだ対面に座った領主は感情の読めない笑みを返してきた。

「冬のネヴェイアでは珍しくない吹雪ですが、雪の少ない国で育った貴方がたはさぞ驚かれたでしょうな」

「ええ、とても。……先日の異常気象の際も、苦労なさったでしょう」

「それはもう、民を宥めるのに国王陛下も領主たちも必死でしたよ。民なくして国は動きませんからな。そうは思いませんか、賢者殿」

「僕もそう思いますよ」

 表面上はにこにこと、けれど心の奥に隠しているものは晒さずに。こういった政治的なやりとりは、実を言うと僕はそれほど嫌いではないのだけれど、僕と違って正直なリザはあまり得意ではないらしい。それでも――いや、だからなのか僕たちの会話に口を挟むことはせず、彼女は渋い顔でティーカップを手にしていた。正直、なんて本人に言ったら即座に否定されるだろうな、などと心の中だけで苦笑すると、僕は話題を変えた。

「ところで……この城には、貴方以外の人間はいらっしゃらないのですか?」

 城主、ノーマン=エイヴァリーはかなり頭の切れる人間のようで、彼との会話は退屈しない。けれど、僕には彼と仲良くしたいとは思えなかった。それは恐らく彼の方も同じだろう、と浮かべる笑みから読み取る。長居はせず町に戻るとして、その前に気になったことは訊いておこうと思ったのだ。

「私以外の人間、ですか」

「はい。これだけの規模の城で、使用人がいないということはないでしょう? それなのに誰の姿も見かけないものですから、気になって」

「ふむ」

 僕の言葉に、彼は何も答えず笑みを深める。その態度に、何か嫌なものを感じた。予感と言うか、……とても身に覚えのある、当たってほしくはないけれどよく当たってしまう勘のような。思い出したくもないのだけれど、それはカタリナに対して覚えていた感覚ととてもよく似ていた。僕が警戒を強めたのが分かったのか、城主はすっと目を細める。

「使用人は、邪魔だから暇を出している。それだけだ」

 城主が口調を変えるのと、リザが突然椅子から崩れ落ちるように倒れるのとは、ほとんど同時だった。

「っ!」

 咄嗟にリザに駆け寄ろうとして、体が上手く動かないことに気付く。椅子から転がり落ちるようにして何とかリザのところまで辿り着き、彼女を抱きかかえたものの、意識が無いのは一目瞭然だった。

「……どういうつもりですか、エイヴァリー殿」

「安心しろ、毒ではない。だが、まだ動けるとは驚きだな。流石は賢者といったところか」

 カツカツと音を鳴らして歩いてきた彼は、僕の手から奪うようにリザを抱き上げる。抗おうとしたところで、腹に鈍い痛みが走った。

「っ、ぐ」

 床を何度か転がって、止まったところでようやく蹴られたことを認識する。少し離れたところで、城主は勝ち誇った笑みを浮かべていた。必死で起き上がろうともがくものの、手足にはまるで力が入らない。

「すぐに殺しはしないさ。この子供がいつまで生かされるのかはあの方次第だが、お前はその後だ。もっとも、生きた姿を見るのはこれが最後だろうがな」

「なっ、……貴方は」

 どこかで見たような、狂気を孕んだ笑顔。ふっ、と脳裏をかすめたのは、緑の髪の少年の姿だった。僕は彼のそんな表情を、リザの話でしか知らないのだけれど。城主があの方と呼んでいるのは、この状況を作り出したのは、まさか、……まさか。

 目を見開く僕に、彼は不意に背を向ける。リザを抱いたまま離れていく彼を追いかけようとして、まるで体が動かないことに歯噛みして、どうにか手だけを持ち上げた。彼が振り返りもしないのを良いことに、必死で魔法陣を描く。同時に、聞こえないように早口で呪文を唱えた。薬のせいだろう、普段なら難なく行えるはずのそれだけの動作が、何倍も難しく感じる。間に合え、と念じながら行ったそれは、城主が扉を開けたところでどうにか完成した。

「……リザ」

 魔法陣から放たれた薄青の光が、すっと少女の体の中に入っていく。それを確認したところで、さっきからちかちかとぼやけていた視界がふっと暗くなった。


こんばんは、高良です。……流石にこれだけあくのはちょっと何ていうか、ごめんなさい。


さて、フラグ立てては回収することに定評のある主人公カップル、またやらかしました。第六部で書きたいことは一つだけなのですが、そこに向かってひたすら突っ走りますのでお付き合いくださると嬉しいです。城主は使い捨てます。


では、また次回。

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