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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第五部
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第十八話 三人目のマリオネット

「あっ、柚希! ちょうど良かった、一緒に帰らない?」

「……咲月」

 聞き覚えのある声に、アタシは渋々足を止め、背後を振り返る。彼女が小走りに追いついてきたところで再び歩き出すと、吐き捨てるように呟いた。

「何でいるわけ? 帰ったんじゃないの」

「それがねぇ、面談。急に先生に呼び出されちゃって。すっごい頑張んないと第一志望やばいぞ、って」

「あー、アタシと同じとこだっけ。あんたたちも無茶するわよね」

 あの事件から、もうすぐ一年になる。慎がいなくても月日は問題なく流れていくんだ、という当たり前の事実を認めたくなくて、二年から三年に上がる際にはクラス替えが無いうちの学校を恨んだりもした。面子が変わらないから、余計に彼の不在が目立つのだ。あれ以来教室はずっと葬式のような空気だったが、クラスメイトたちも最近になってようやく落ち着いたようで、目の前に迫った受験に意識を切り替えていた。

 咲月と倉橋の日常の中で、慎に依存していた部分がどれだけあったことだろう。勉強面だけに絞っても、きっと数えきれないほどだ。高校に上がるときにも助けてもらった、と二人は何度も語ったし、慎本人からも聞いていた。テスト前には必ず彼が勉強を教えていた。あの事件さえなければ、きっと咲月と倉橋はいつまでもそうやって、慎を縛り続けたのだろう。その証拠に、彼らが志望校としていたのは二人の実力よりだいぶ上の大学だった。アタシはそんな彼の幼馴染たちから慎を奪おうと、……闘って、いたのかしらね。

「柚希? どうかした?」

「何でもないわ、考え事」

「そっか。……慎、みたい」

 どこか辛そうなその笑顔こそ、咲月がまだ立ち直っていない証なのだろう。それでも、こうして口に出せるようになっただけ良い方か。

 驚いたのは、慎がいない今になっても彼らがそれまでと同じ大学を志望していることだった。無謀だ、と思ったのはアタシだけじゃない。慎がいなければ絶対に無理だと、彼らを知る人間はみんなそう考えただろう。だけどそれを指摘したアタシに対して、だからだと二人は言ったのだ。慎がいなくても頑張れるのだと、そうやって慎を安心させたいのだと。

 逆だろう、とは流石に言えなかった。何が頑張るだ、何が安心させるだ。その目は明らかに、まだ慎に依存しているじゃないか。慎の影を追いかけているだけじゃないか。ふざけるな。……言えるわけ、ないじゃない。みんな、やっと笑えるようになったのに。

「柚希は今週だっけ? 推薦。柚希なら大丈夫だと思うけど、頑張ってね」

「大丈夫なわけないでしょ、去年まで出席日数も素行もギリギリだったのに。割とやばいっつの」

 こっちの大学にしようと決めたのは、アタシにとっては至極当然のことだった。元々、慎を地元から連れ出すことさえ出来れば、どこだって良かったのだ。今だってそう、慎の遺志のぞみを叶えられるのなら、どこだって構わない。まだ不安定な彼の両親を、慎が守ろうとした彼の幼馴染たちを、見守る方が大事だ。

 一瞬沈黙が降りたところで、咲月が「そんなことより」と話題を変える。

「柚希こそ、何でまだいたの? とっくに帰ったと思ってたわ」

 その言葉に、アタシはただ沈黙を返した。同時に顔を顰めたのを見て色々と察したのだろう、彼女はしまったでも言いたげに口を押さえると、「あー……」と覗き込んでくる。

「えっと……また告白? 最近増えたよねぇ」

「そうね。流石に慎ほどじゃないけど」

 遠慮がちな咲月の問いに、アタシは渋々嘆息を返した。声が少し硬くなってしまうのは、まぁ仕方ないだろう。生前の慎がやたら告白されまくっていたことについては、今更何とも思わない。そもそもその程度を気にしていたら、あいつに対して片想いなんてとてもやっていけないだろう。問題は、それがアタシにとって他人事ではなくなったことだった。あれ以来人と関わることが増えた――正しくは自分から増やしたのだが、そのせいでもあるのだろう。誤算、としか言いようがない。

「……柚希は、さ」

「何よ」

「誰かと付き合おうとか、そういうの、もう無いの?」

 どこか怖がるように震えたその言葉は、けれど鋭くアタシを切りつけた。立ち止まって彼女を見た瞳は一体どんな色を灯していたのか、咲月は一瞬だけびくりとして、けれど引く気はないとでも言いたげに言葉を続ける。

「柚希が慎のこと凄く大事に想ってたのは知ってるわ。でも、これから何十年もそうやって、一人で生きていくつもりなの? もう、……慎は、いないのに」

 すぅっ、と自分の中で冷たい何かが引いていくのが分かった。

 アタシはあの事件について二人を恨んでいないわけじゃないし、憎んでいないとも、とてもじゃないが言えないのだ。慎の死に咲月と倉橋が大きく関わっていたことは、決して動かせない事実なのだから。きっとアタシが彼らに対してそう接したところで、誰も文句を言いはしなかっただろう。そうしなかったのは、慎が最期に望んだことは何なのか分かってしまったから。慎が命に代えても守ろうとしたものを、どうしてそれを理由に壊せるだろう。あの日の決意は今だって変わらなくて、……なのに何も知らない彼らはこうして、簡単に波を立ててくるのだ。あんた本当に苦労してたのね、と今は亡き彼に心の中で呟く。

「……そうよ、悪い?」

 返した言葉は、思った以上に強張っていた。

「慎だから好きなのよ。慎だから好きになったの。……誰かって言ったけど、あいつの代わりなんているわけないじゃない。慎以外の一体誰が、あの頃のアタシに近づこうなんて思うわけ?」

「それは……」

 アタシの言葉に、咲月はどこか悔やむように黙り込む。それはそうだろう。当時のアタシを避けていたのは彼女とて同じで、慎がいなければこうして友人として話すことも無かったのだから。誤解されるように振る舞っていたのはこっちだ、今更それを責めようとも思わない。

「大体アタシ、それを不幸だなんて思わないもの。あんたの言った通り、何十年だって一人で生きて、生き抜いてやるわよ。ほんの一年と少しでも、アタシは確かに慎を愛したんだから。それだけで、十分すぎるくらいだわ」

「……柚希は、強いね」

 震える声で呟いた彼女に、アタシは苦笑を返す。強いもんか、と内心で呟いた。こんなの強がってるだけだ。アタシだって結局、まだ彼に依存しているという点においては、咲月や倉橋と何も変わらないのだ。本当に強かったら、慎のことを思い出にして、咲月の言うようにまた別な誰かを愛して、そうやって生きていけるはずなのだから。それが出来ない以上、アタシも慎の面影を追って、思い出を抱いて、何十年も一人で生きていくほかに無いのだ。

 そう、思っていた。


 ◆◇◆


 予想通り、魔物が出たのはあの一度きりではなく、続く襲撃は当然のように神国を疲弊させた。平時であればそこまで苦戦はしなかっただろうけれど、今はどの国も異常気象で苦しんでいる最中だ。加えて、神子の失踪に一番衝撃を受けたのもここ、クローウィンなのだから。この国を助ける、と言うと、リザは当然のように一緒に残ってくれた。とはいえ僕は魔物の撃退、リザは怪我をした人の治癒とやっていることは違うけれど、それでも心強いことに変わりはない。

 クローウィンの国王陛下は魔物の発生を正式に発表こそしなかったけれど、他国に対してそれを隠すこともしなかった。そうすることで少しでも戦力が増えないか、と期待したのだろう。それはどうやら正しい判断だったらしい。国単位での援助は出来なくとも、個人で手助けをしたいと国を渡ってくる人間はそれなりにいたのだ。

 ――そう、例えば、彼のように。

「早かったね」

 廊下の向こうから歩いてきた少年に気付き、そう声をかける。神国の王はやってきた人間の全てと謁見していて、それはまだリザと同じ十三歳だという彼も例外ではなかった。ついさっき到着した彼は見かけていたけれど、今までの例からすれば、もう少し時間がかかるだろうと思っていたのだ。

 僕に気付くと、少年は少し距離をおいて立ち止まり、感情の浮かばない瞳を僕に向ける。深い緑の髪の奥に、まるで日が沈む前の空のような、橙から昏い紫へと移り変わる、普通なら決してありえない色の瞳。けれどそれは僕や兄、父の『夜空の瞳』とて同じことで、つまるところこの世界は向こうとは違う常識の元にあるという証拠の一つだった。髪や瞳の色が特殊だという程度で、いちいち驚いてはいられないのだ。

「ジルベルト=フラル=トゥルヌミール……風の国の賢者、か。噂は何度も聞いた」

「その名前で呼ぶのはやめてほしいな」

 数年前に捨てた名だから、と僕は苦笑する。普段ならここで距離を縮めるところだけれど、彼相手には何故かそうすることは出来なかった。代わりに、微笑を向ける。

「僕も君を知っているよ。火の国の秘蔵っ子、騎士の再来」

「だから警戒しているのか?」

「そういうわけでもないけれど」

 間髪入れずに返ってきたのは、神話に絡めた言葉だった。それはそうだろう、この世界で生まれ育ったなら、あの話を知らないわけがない。賢者と騎士の仲違いは、とくに有名な話なのだから。この城に『歌姫』と呼ばれるリザもいるとなればなおさら、あれを連想するはずだ。

 気付けば辺りには肌を刺すような緊張感が立ち込めていて、通りかかった神官や使用人たちは気圧されたように慌てて引き返していた。彼はどこか冷酷そうな無機質な表情で、大人びた雰囲気を纏ってそこに立っている。そんなところも、リザやかつての僕を連想させた。

「ジル=エヴラールといいます。よろしく。……これから、一緒に戦うことになるだろうから」

「……ルフィノだ。ルフィノ=ウルティア」

 握手するには少し遠すぎる距離を挟んで、視線を交わす。

 何故だろう、ずっと肩を並べて戦ってきたような、そんな懐かしさのような感情がふっと胸に浮かぶ。けれど――一緒に戦うと言ったけれど、僕には彼が味方だとは、どうしても思えなかったのだ。


こんばんは、高良です。最近リアルが忙しくて更新遅れまくりで申し訳ない。頑張ります。


さて、前半は久しぶりの前世編。ずっと強がり続けた柚希の心の奥に、秘められていた慎への想い。何十年も、と彼女は言っていますが、それが叶わなかったことは皆さんご存知の通り。

後半はやっと出したかったキャラが登場。ついったーなどで見てくださっている方はお分かりかもしれませんが。ここでは何も言わずにおきましょう。


では、また次回。

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