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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第五部
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第十四話 後悔先に立たず

 二人が部屋に運ばれていくと、この場に集まっていた人々も徐々に自らの仕事に戻り始めた。それを待って、僕は辺りを見回す。聖地に満ちる魔力は確かに特殊だが、その中に異なる魔力があることに気付けないほど未熟ではない。恐らくそこが爆発の基点となったのだろう、少し意識すれば、ある一点に明らかに他と違う魔力が渦巻いているのはすぐに分かった。辺りを探ると、硝子とも陶器ともつかない、掌に乗るほどの小さな破片が落ちている。それを拾い上げ、僕は僅かに目を細めた。

「……イグニスの魔法、かな」

 破片に纏わりつくように残留した魔力は、使われたのであろう魔法の痕跡は、火の国イグニスのもの。爆発、と言う時点で予想は出来ていたことだから、それには驚きはしない。少し魔法に詳しくなれば、その効果から使われた魔法を特定するくらいのことは、僕じゃなくとも出来るだろう。

 破片の方にも見覚えはあったけれど、そちらは魔法を使った人間の特定が困難になることを語っていた。智の国グリモワールで作られた、条件を満たすことで発動する魔法道具。誰が仕掛けたのかを調べようとすれば、まずこれの製作者を調べて、そこから誰の手に渡ったのか、どうやってここに辿り着いたのか、その経路まで突き止める必要があるだろう。面倒なのは言うまでもない。魔法の痕跡だけなら、その使用者を探るだけで良かったのだが。

 グリモワールで暮らしたことがあって良かった、と僕は息を吐く。こういった物を作る人間の心当たりもいくつかあるのだ。黒幕は十中八九ネルヴァル侯セザールだろうから、僕はその辺りの証拠を揃えて、後は兄様に任せれば良い。十代半ばにして証拠無しでいくつもの貴族家を潰した過去を持つ彼のことだ、例え証拠が何も無くても、彼にしでかしたこと以上の罪を着せるくらい容易いことだろう。敵に回せば恐ろしい相手だが、味方としてはこれ以上無いほど頼りになる兄である。

 慎だった頃は法律なんかもあったし、あまりこういうことを積極的にしたいとは思わなかったけれど、今は違った。例えその名を捨てても、僕が公爵家の生まれであることに変わりはないのだ。ネルヴァル侯爵家の存在は、その当主が変わらない以上、アネモスにとって有害でしかない。だから取り除く。父や兄ならばきっとそう言うだろうし、僕だってそうだった。アネモスのために出来ることがあるのなら、手段は選ばない。これについてはもう随分前に、そう割り切れるようになっていた。

「他のことについても、そう出来ると良かったんだけどね……」

 本当に、人の心というのは面倒で厄介なものだ。かつての僕は、こんなもの無ければいいと何度願のろっただろう。未熟で欠陥だらけだった心が招いた結末を、僕は忘れてはいけない。……けれど、だからこそ伝えられることがあるはずだ。破片を手の中で転がしながら、僕はそっと苦笑した。


 ◆◇◆


 シリル様はあの後すぐに目覚めた、と治癒を終えたリザは言う。けれど僕は兄様や陛下と連絡を取って、ここの大神官たちも交えて色々と話し合うのに忙しくて、彼とゆっくり話す時間は取れなかった。彼の様子を訊ねれば、隣を歩くリザは呆れ顔で嘆息する。

「多分ジルの予想通りよ。泣きそうな顔して自分を責めて、誰かさんみたい」

「……つい最近まで泣いたことは無かったけどね、僕は」

「じゃああっちの方がいくらかマシね」

 そう言い切られてしまうと反論できない。黙り込んだ僕を見て、リザはおかしそうに微笑んだ。

「冗談よ。シリルが後悔しすぎなのは本当だけど、その辺りは今からジルがどうにかしなさい。どうせ怒る気はないんでしょ?」

「そもそも、シリル様が悪いわけじゃないからね」

 僕の言葉の裏に含まれた意味を読み取ったのか、彼女は呆れの色を強め、反論するように口を開きかける。けれどそこでニナの部屋に辿り着いてしまい、リザは「……まぁ、後で良いわ」と嘆息して首を横に振った。そんな彼女の代わりに、僕は扉を叩く。

「どうぞ」

 予想に反し、返ってきたのはニナの声だった。どうやらもう目が覚めたらしい。隣ですっと雰囲気を変えたリザに苦笑し、先を譲る。僕が扉を閉めて部屋に入ると、彼女はつかつかと歩いて行って、寝台の横からニナを見下ろした。

「起きたのね。おはよう、ニナ」

 シリル様はリザより少し下がったところに立っていて、今まで座って話していたのだろうと推測出来る。その後ろで立ち止まったので彼女の表情は見えなかったが、その声色からも恐ろしさは伝わってきた。ニナは僅かにびくっとすると、引き攣った笑みを返す。

「お、……おはよう、お姉ちゃん」

「体は平気? 動かないところとか、痛いところは無いわね?」

「うん、大丈夫」

 その答えに、リザは「そう」と頷く。次の瞬間、ごつっ、という鈍い音が部屋に響いた。文字通り拳骨を落とされたニナが、頭を押さえて寝台の上に蹲る。……何だか見たことがあると思って考えてみれば、一年以上前の出来事だった。確かクレア様を庇って大怪我をした時、目覚めてすぐに叩かれたのだ。本当に、この類のことは彼女にとって地雷らしい。それはニナも十分理解していたと思うけれど、それでもまさか物理的な手段に出られるとは思わなかったのだろう。頭に手を当てたまま、ニナは恨めしそうに呻いた。

「……何も、突然殴ることないと思うんだよ」

「予告してからなら良かったわけ? あたし、これでも物凄く怒ってるんだけど、分からないかしら」

「分かるよすっごくよく分かるから言ってるんだよ!」

 勢いよく顔を上げたニナは、次の瞬間硬直する。こちらからリザの顔は見えないままだが、何となく察することは出来た。実際、その声色は今までよりいくらか低くなっている。

「じゃあ自分が何をしたかも、あたしが何を言いたいのかもよく分かってるんでしょうね? 兄妹揃って、やらかしてくれるじゃない。それだけは絶対にするな、って教えたわよね? あんたの兄さんがどうして死んだのか、忘れたはずないでしょ? ……ジルにも言ってるのよ」

 ここでその話を出すか、とこっそり視線を逸らせば、リザは振り返ってそう言い放った。読まれているなぁ、と苦笑し、シリル様に視線を向ける。大きく肩を震わせる彼にはお構いなしに、僕はにこりと微笑んでみせた。

「ではシリル様、僕たちは席を外しましょうか。……僕も、貴方に少しお話したいことがありますし」

「え、っと……はい」

 基本的に何かやらかした双子を叱るのは乳母であるマリルーシャさんの役目だったのだけれど、僕も二人の教育係だった頃、何度かシリル様に説教したことはある。当時のことを思い出したのか、彼は強張った顔で首肯した。それがどこか面白かったが顔には出さず、リザに視線を移す。

「そういうわけだから、先に部屋に戻るよ」

「了解。終わったら行くわ」

 その言葉に首肯を返すと、僕はシリル様を促して部屋を出た。廊下を歩きながらそっと振り返れば、少し後ろをついてくる彼はどこか蒼白な顔をしていて、確かに後悔しすぎなようだとこっそり苦笑する。僕が脅かしたせいでもあるかもしれないけれど、それにしては少々身構えすぎだろう。一言も発しないシリル様に対し、僕から声をかけることもなく、やがて僕に与えられた部屋へと辿り着いた。扉を開けて中に入れば、部屋全体にかけた魔法がぴりっと肌を震わせる。シリル様もそれは感じたのだろう、僕に続いて部屋に入ると、彼は訝しげに扉を振り返った。

「申し訳ありません。シリル様のお部屋でも良かったのですが、あまり人に聞かれたい話でもないでしょう。この部屋なら、その心配はありませんから」

「魔法、ですか? 部屋全体に、何か……」

「そういえば、魔法も学び始めたと仰っていましたね」

 苦笑交じりに放った言葉に、彼の疑問に対する答えは含まれていない。ところがシリル様は、躊躇いがちにではあるが、正解を言い当ててきた。いくら僕でも、魔法を使える人間の多いこの聖地で堂々と魔法を使ったりはしない。それなりに気を遣っていたのだが、リザならともかくシリル様にそれを察知されるとは思わなかった。思わぬ成長に、僕は目を細める。

「思ったより頑張っていらっしゃるようで、安心しました。……この部屋と、隣のリザの部屋にはいくつか魔法をかけています。情けないことですが、あれ以来少し警戒心が強くなってしまって。もちろん、ヴラディミーラに許可は取っていますよ」

 これに関しては、神国に滞在しているときと変わらなかった。カタリナがアネモスの味方についたとか、そういうことは問題ではないのだ。不意に蘇ってきた嫌な記憶を振り払うように首を振ると、僕は椅子のある方向を指し示す。

「さて、そんなところに立っていないで座って下さい、シリル様。長くなるでしょうから」

 そう言うと、彼は分かりやすく表情を強張らせた。それでも僕の言う通りにしたシリル様の対面に座って、微笑んだまま彼を見る。

「では、まず一つ質問を。……シリル様は、後悔なさっていますか?」

「……しているに、決まってます」

「何に対して?」

 呻くような答えに重ねるように、ほんの少しだけ目を細めてみせる。「え?」と顔を上げるシリル様に対し、僕は静かに続けた。

「僕たちの忠告を聞かなかったことに対してですか? いずれ一国を背負うその身を危険に晒したことに対して? それとも、自分の代わりにニナに怪我をさせてしまったこと? ニナに護られたこと? ……そもそも、彼女にそんな行動を取らせてしまったことに対して、でしょうか」

「それは」

 目を見開いたシリル様に対し、やっぱりか、と心の中で嘆息する。本当に、僕は彼に悪い影響ばかり与えてしまったらしい。黙って彼を見つめれば、シリル様は諦めたように、力なく頷く。

「全て、だと思います。ニナは自分が悪いと言っていましたけど、でもやっぱり僕が悪くて、そのせいでニナは――」

「……では、僕がこれ以上貴方を叱ることはありません」

 彼の言葉を遮って首を横に振れば、シリル様は予想通り、抗議するような目を向けてきた。そんな少年に、僕は自嘲混じりに微笑み返す。

「正直に申し上げますと、僕はニナと同じ考えなのですよ。勝手に護って怪我をした方が悪いのであって、護られた側が傷つく必要などどこにもないのです」

 だって僕なんてさっさといなくなってしまえばいいと、かつてはそう思っていたのだから。大切な誰かの代わりに死ぬのならば、それで構わないと。生きていたって苦しいばかりで、けれど自分で命を絶つことも出来なくて、だからそんな死に方に焦がれもしたのだ。

「もっとも、その考え方がかつての僕を殺して、たくさんの人を哀しませてしまったわけですが」

 予想は出来ていたことだった。それでもあの瞬間、たくさんの人を哀しませてでも解放されることを選んだのは、僕だ。けれどそれは結局自分の首を絞めるだけで、苦しみを長引かせただけで……本当に愚かだった、と今は思う。逃げずに全てと向き合えていたら、柚希や悠の言葉に耳を傾けていたら、彼らを信じようとしたなら、きっとここにはいなかった。

 僕の事情を知っているからだろう、シリル様は気まずそうに黙り込む。これは余計な話だったかな、と苦笑すると、僕は話を戻した。

「ただ、忠告されたにも関わらず、そのつもりは無かったにせよ危険に身を晒したという点では、貴方にも非はあるのでしょう。シリル様自身が自覚していらっしゃるのならば、僕からしつこく言う必要はありません」

 気を付けろ、とあれだけ言ったのに、最終日になって油断したのは、それだけは彼の過失だろう。滞在中何も無かったからというのは言い訳にはならない。そもそもいつ如何なる時も気を抜かないようにと、僕は彼に教えてきたはずなのだから。けれどシリル様もそれは十分反省しているようで、ならばこれ以上叱る気は無かった。そもそも、そのためにシリル様をこの部屋に連れてきたわけではないのだ。

「それに、本題は別にありますから」

「本題、ですか?」

 叱られると思い込んでいたのか、僕の言葉に彼は、不思議そうに訊ね返してくる。そんなシリル様に僕は、「ええ」と微笑み返した。


こんばんは、高良です。


ニナを護れず危険に晒してしまったことを悔やみ、自分を責めるシリル君。そんな彼にジルが言いたいことは……第四部を読んで下さった方にはお分かりですね。説教されている側には分からなかった、彼らの心境とは……。


では、また次回。

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