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エルの庭  作者: 空乃 みづい
第1章『記憶を紡ぐ者』
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第一章 5話 『旅立ちの予感…?』

「アルセリア聖騎士団のアレクシオン・トーミラン。ただいま、参上いたしました」


「同じく、アルセリア聖騎士団所属。クラリス・ロゼル、参上しました」


 丁寧に編み込まれたピンク色の髪が、両肩にやわらかく流れる。落ち着いた色のリボンが、ツインテールをそっと彩っていた。騎士団の制服をきりりと着こなし立つ姿には、凛とした気品が宿っている。


 リオットと同じ孤児院で育ち、彼が祝福を視た数少ないひとり――クラリス・ロゼル。その彼女が、なぜここにいるのか。


 戸惑いを覚えながらも、リオットは真っ直ぐに歩み寄ってくるクラリスから、目を離すことができなかった。


「あら〜、もうそんな時間? お昼の鐘、鳴っちゃってたのね〜」


「ここは世界樹の下に位置してますからね、聞こえないのも無理はないでしょう」


「アレクシオン、彼女を?」


「はい。クラリスが適任であると私は思います」


 そして、クラリスと共にこちらへ歩んでくるもうひとりの人物。


 アゼルとミレイユとも軽く言葉を交わす男は、アレクシオン・トーミラン。

 アルセリア王国が誇る不動の守護騎士。王の盾。この王国で彼の名を知らぬ者など、生まれたばかりの赤子くらいのものだ。


 柔らかな金髪を揺らし、澄んだ蒼の瞳が穏やかに近づいてくる。微笑みは誰にでも平等に、だが彼の剣は、王と民のためにのみ振るわれる。


「久しぶりだね、リオット。シャリエの杯のマスターは元気にしているかい?」


「あ〜、お久しぶりですアレクシオンさん。マスターなら今、新作料理のために行商人さんと格闘中ですよ。多分、香辛料バトルの真っ最中かと」


「変わりがないようで、何よりだ。君もだよ、リオット。無事に記紡者になれたようで……私も鼻が高いよ」


 アレクシオンの言葉に、リオットは気恥ずかしそうに頭をかいた。


 二人が知り合ったのは、『シャリエの杯』でアレクシオンが声をかけてきたのがきっかけだった。それ以来、酒場で顔を合わせるたび、言葉を交わす関係になった。


 中性的な顔立ちに加えて、誰にでも分け隔てなく接する人柄。

 『王の盾』という異名もあり、アレクシオンの王国内での人気は凄まじい。


 ひとたび街を歩けば、アレクシオンは次々に声をかけられ、自分からも笑顔で住民たちに言葉を交わしていく。


 『シャリエの杯』のマスターはその光景に、「まるでアイドルだな」なんて笑っていた。


「ありがとうございます。……それで、アレクシオンさん。あの、後ろにいる……そいつ、じゃなくて――彼女は、えっと……」


 アレクシオンと話しながらも、リオットの視線は自然とクラリスへと向いていた。

 

 この部屋に入ってきたとき、彼女はリオットに笑みを見せたが、それ以降は一転して、きりりと真面目な表情のまま静かに立ち続けている。


 アレクシオンとリオットの会話にも、クラリスは静かに控えたまま加わろうとしない。


 これが任務中の彼女の姿なのだろう――リオットは、なんとなくそう察した。いつもより背筋を伸ばして立つクラリスの姿に、自然と感心がこみ上げる。

 孤児院に帰ったら、爺ちゃんと婆ちゃんに話してやろう。

 そんな思考が巡っていた矢先――。


「それについては、僕たちの側から説明していく」


 アゼルの静かな口調に、リオットは身を乗り出す。


「説明ですか……?」


「ええ、そうよお。私たちはこれから、祝福部門として活動していくことになるでしょう〜」


「……まあ、はい。そう……いうことになります、かね」


 頬をひきつらせながらも、しぶしぶ頷く。釈然としないところはあるが、これが自分にしかできないことなのだと、どこかで理解してしまっていた。


「君の記録が起点になる。僕たちはそれを整えて、エルグラムへ届ける。……やること自体は、他の部門と変わらない」


「ヴァルミナ大陸にいる祝福者たちについては、私たちの方で何人か目星はついているのよ〜。だからまずは、そこから順に祝福を記録していってほしいわ〜」


「おお……準備、完璧じゃないですか」


 リオットは苦笑まじりに肩をすくめる。状況に流されている感覚は否めないが、そこに微か戸惑いだけではない期待も混じっていた。


「祝福に関することはね、どんな些細なことでも報告するようにって、ちゃんと義務づけられているの〜」


「そうなんですね」


 記紡者になったばかり。というか、ようやく合格したばかりの今の己の脳内に、細かい掟や義務をあれこれの話をされても、きっとすぐには覚えきれない。


 そう思ったリオットは、ひとまずざっくりとした要点だけを覚えることにした。祝福者の報告は義務。


「さて、リオット。ここで一度おさらいといこう。……忘魔部門が忘魔を記録するには、記紡者だけじゃ足りない。もう一つ、必要な人材がいるはずだ。――何だと思う?」


「……忘魔を倒す人たち、ですよね」


 リオットはもともと忘魔部門を志していたわけではないため、詳しい事情まではわからない。


 けれど、忘魔の記録には、少なくとも発生地点や姿かたち、動きといった観察情報が欠かせない。だからこそ、忘魔部門は聖騎士団と連携し、現場での記録作業を行っている。

 

 それから、他の地方では、また事情が異なるらしい。

 たとえば、中立の立場を重んじるカリサン地方では、ギルド連盟ベルティナを通じて、討伐や護衛の依頼をし、記紡者は調査をしている。


 リオットはふと隣を見やり、アレクシオンとクラリスの顔を順に見た。視線に気づいたアレクシオンは、穏やかに微笑みを返す。クラリスはそっと瞼を閉じ、静かに呼吸を整えていた。


 二人の対照的な反応に思わず苦笑しつつ、彼らがここに来た理由がなんとなく見えてきたような気がして、リオットは遠慮がちに手を挙げた。


「聖騎士の人たちまで出張るほどのことなんですか?いくら祝福者って言っても、相手は人ですよね?」


 問いかけに、アゼルはわずかに顎を引いて応じる。感情を表に出すことはなかったが、彼の口調には隠しようのない警戒の色がにじんでいた。


「祝福者が全員、リオットに協力的とは限らない。……いや、むしろ警戒してくると思っておいた方がいい。中には、君に明確な敵意を向けてくる者もいるだろう」


 アゼルの淡々とした言葉に、リオットは思わず息をのむ。想像よりも現実はずっと重く、厳しいものなのだと胸に迫るものがあった。アゼルのまなざしがわずかに鋭さを増し、言葉以上の警告を伝えてくる。


「それに、君自身も分かっているはずだ。君の祝福は、発動中は極端に無防備になる」


「もともと護衛はつける予定だったのだけど〜……さっきのあなたの様子を見てね、絶対に必要だって、確信しちゃったのよ〜。このままだと、本当に危ないわ〜」


 冗談めいた口ぶりなのに、説得力がある。リオットは小さく喉を鳴らしながら、二人の言葉の意味をじっくりと胸の奥に落とし込んでいく。


 ちょうどその瞬間、クラリスが一歩前へ進んだ。


「私が必ずリオットをお守りするので、ご安心ください。継記主(けいきしゅ)副官の御二方」


 リオットの視界の端に、ひと足前へと出た彼女の姿が映る。クラリスの声は澄み渡り、凛としていた。


 それは記憶にあるお転婆な少女のものとは、似ているようでどこか違う。強さと誇りをまとい、立派な騎士としての意思が、言葉の端々にまで滲んでいた。


 昔は、二人で丘の上の木に登っては、どちらが先にてっぺんにたどり着けるかを競い合い。クラリスの背中を追っていたあの日。


 ずぶ濡れで笑い合いながら、太陽の下で服を乾かした――思い出が、胸の奥で静かに波紋のように広がる。


 なのに今は、自分を守るとまで言ってくれるなんて。彼女の成長と覚悟に、誇らしさと同時に、少しだけ寂しさも覚えた。


「彼女は、わずか18歳で上級聖騎士にまで登りつめた実力者です。クラリスの強さは、私が保証いたします。それに……彼女の祝福は、きっと彼の力になる。私は、そう判断し、彼女をこの場に連れて来ました」


 クラリスの言葉を後押しするように、アレクシオンも一歩前へ出る。そのまなざしは穏やかに、けれど確かな敬意を込めて、彼女の功績をアゼルたちに語っていった。 


「ふふ、クラリスさんも祝福者だったのね〜。あなたの祝福が、どんなものか聞いても大丈夫かしら〜?」


 ミレイユが楽しげに声をかけると、クラリスはすっと背筋を伸ばし、一歩前へと踏み出した。動作の端々に、騎士としての礼節と誇りがにじんでいる。


「クラリスとお呼びください。……はい、私の祝福は《共心の()》といいます。一時的に、特定のひとりと“思考”や“感情”を共有することができる力です」


「リオットが見たという2人の内の1人か」


 アゼルの言葉に、目線だけで、クラリスは確かに同意を伝えた。


「私は良いと思うのよ〜、アゼル。それに、旅をするならね、気心の知れた相手の方がリオットも安心できるでしょうし〜」


「ああ。僕もミレイユに同意だ。……その方が合理的だし、リオットにとっても悪くない」


「お認めいただき、ありがとうございます。これより、リオットと共に必ず、祝福者たちの記録を残してまいります」


「私たち聖騎士団は、いつでも君の力になる。……応援してるよ、クラリス」


 アレクシオンの優しい激励を受けて、クラリスは自然と背筋を正し、凛とした声で応えた。


「あ、ありがとうございます!隊長!」


 発せられた声には、胸を張るような自信と、どこか照れたような気配が漂っていた。そんな光景を、少し離れた場所から眺めていたリオットは――。


「あれ? 今俺だけ、会話に追いついてない気がするんですけど……?」


 誰も返事をくれないまま、話はどんどん先へ進んでいく。リオットは肩を抱き、「え、俺ここにいるよね……?」と心の中でつぶやいた。

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