封印
第七偽剣よりも、なお深く、暗い、深淵を思わせる黒。それは光すら呑むほどの極闇。
阻むモノ、立ちはだかるモノ、全てを呑み込み無へと帰す。もはやそれは偽りの剣などではない。
魔王は覇道が放たれた瞬間、即座に防御魔術を使った。
巨大な立体魔術式を一瞬で記述し、式の中へと左手を突っ込む。
一度大きく魔術式が輝いたその瞬間、魔王は闇に呑み込まれた。
破壊は数秒も満たない時間で終わりを告げた。
しかし、たったそれだけの時間なのにも関わらず被害は甚大だ。悪魔の立っている場所から先がごっそりと消失している。
――ボタボタボタ。
静寂の中、血の流れ落ちる音が石室に大きく響いた。
尋常ではない量の血が地面に流れ落ちる。
壁に空いた巨大な穴の中。そこには酷く傷ついた魔王がいた。
防御に使ったであろう左腕は肩から先が消失している。そこからは大量の血が吹き出していた。
魔王を見て、悪魔の嗤みが深くなる。
そして、再び刀に闇が収束していく。
……ウソ!? あんなモノを何発も撃てるの!?
ラナは戦慄した。背中に冷たい汗が流れていくのを感じる。
「……」
対する魔王は無表情の瞳でじっと悪魔を見据えていた。
溢れ出る血を無視して、剣の切先を悪魔へと向けている。魔王の戦意は僅かばかりも衰えていなかった。
再び放たれる黒き極闇。迎え撃つは聖なる剣から放たれた極光。
だが、力の差は歴然。魔王が放った極光は僅かばかり拮抗して、ただ呑み込まれた。
その僅かな時間で魔王は覇道の破壊から逃れた。
しかし悪魔の刃が魔王の命を捉えるのは時間の問題だ。
蹂躙が始まった。
――殺したら……ダメだ。殺したら……次の魔王になる!
レイはそう言った。
千載一遇の機会を逃してまで、伝えた言葉。だからラナはその言葉を疑わない。
真実だとして思考を先へ進める。
……これじゃ、レイが魔王を殺しちゃう。
視線の先で繰り広げられる激闘。しかしそれは激闘と呼ぶにはあまりにも一方的だった。
……殺しちゃう前に封印を成功させないと。
「カノン! 封印は……!?」
ラナは振り返り、カノンに視線を向ける。
座り込んだカノンは使い魔を総動員して解析に当たっていた。
これは奇しくも、ラナが並列思考で行おうとしていたことと似ている。
脳を複製しようとしたラナとは違い、カノンには鴉やシルという脳がある。よって擬似的な並列思考が可能だ。そのため処理速度もラナの思考加速と比べ遜色がない。
レイという例外。そしてラナという星剣保持者。この二人が居るせいで霞んでいるがカノンも歴とした天才だ。
「……もう……すこし!」
カノンが顔を歪めながら言う。
いくら使い魔がいるからといって、解析しているモノがモノだ。その負荷は計り知れない。
「わかった! そのままお願い!」
ラナは中断していた解析を再開する。
「アイリス、私が解析している間、回復魔術をお願いできる?」
「任せて!」
ラナの言葉にアイリスが力一杯頷いた。
……回復魔術が前提であれば、無理ができる。
そしてラナは星剣を地面に突き立て、魔術式を記述した。
――魔星術:思考加速・二重
思考加速の二重掛け。
すぐに激しい頭痛に襲われるが、アイリスが回復魔術を使うと痛みが引いた。
これなら大丈夫だと判断したラナは解析に集中する。
「……ラナ、俺も――」
手伝う、カナタはそう口にしようとした。しかし――。
――ジジ。
カナタの額に生えた二本角に一瞬のノイズが走った。そのまま身体がぐらりと傾き、膝をつく。
「がはっ!」
そして大量の血を吐いた。
「……カナタ!」
カノンが慌てて駆け寄り、肩を支える。
カナタの額からは滝のような汗が出ていた。
……クソ!
内心でカナタは悪態をつく。
そもそも固有魔術、雷鳴鬼とは一之瀬家に代々伝わる短期決戦用の切り札だ。
成ったのならば一瞬の内に殺す。それが出来なければ使うなとまで言われている非常に負荷の高い魔術だ。
効果は額の角が身体中に巡る微細な電流を増幅、制御する事で爆発的に身体能力を向上させるというもの。角の数によって難易度が変わり、二本角を生み出せる者は歴史の長い一之瀬家でも数えるほどしかいない。
というのも一本目が身体中の電流を制御するのに対し、二本目は脳の電流を制御するからだ。即ち、二本角を顕現させた一之瀬の魔術師は脳の制限を一時的に外す事ができる。
そんな状態を、これほどの時間維持することは本来なら不可能。カナタは限界をとうに超えている。
それを気力だけで保たせている状態だ。
……だが、ここで解除するわけにはいかねぇ!
今解除したらどれほどの反動が来るかわからない。
ただ言えることは、戦闘不能になることだけは確実だ。だけど今、そうなる訳にはいかない。
……まだレイが戦ってんだ!!!
理由なんてそれだけで充分。親友が命を賭けている中、何もできないなんて事は魔術師としての信念が許さない。
カナタは奥歯が砕けそうになる程に食いしばり、無理矢理に雷鳴鬼を維持する。
「……大丈夫?」
カノンの言葉にカナタは口元の血を拭いながら立ち上がる。
「問題ねぇ! 俺も手伝うぞ。魔術の解析は得意だ」
しかし、ラナは首を振った。
一目見てわかったからだ。
とても手伝える状況ではない。今は一秒でも長く休ませるべきだと。
それにカナタの出番は今じゃない。
「今はなにも。だけど封印が完成次第、手伝ってもらう。だからそれまで身体を休めて」
「……了解」
カナタはラナの意図を理解し、素直に従った。
そのまま目を閉じて、倒れ込む。雷鳴鬼の維持だけに集中するつもりだ。
ラナは再び封印の魔術式に集中する。
式の道筋を辿り、正しい発動手順を探る。
やがてラナとカノンの解析が終わり式が完成。発動手順もわかった。
しかし、ここまで来てやっとスタート地点だ。
まだ改良が残っている。
この封印はあくまでレイの中にある、闇を封じる為の魔術だ。
そこに呪属性の魔術を掛け合わせ、更に最適化したのがこの新たな封印。言ってしまえば、はじめにラナが創り出した封印の上位互換でしかない。
レイもそう考えた、とラナは考える。
そしてレイが封印を託した意図をラナは正しく把握していた。
おそらくこの封印ならば魔王も封じられるかもしれないと考えたのだろう。
しかし、そうなるとこの封印で現状を打開することはできない。
レイが魔王を倒してから封印するでは、本末転倒。
――此処からが正念場だ。
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