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バケモノ

 心臓の鼓動が速くなる。

 殺戮衝動が暴れ出す。ヤツを殺せと猛り狂う。

 それが酷く心地いい。無意識に口角が上がり残忍な笑みが浮かぶ。目の前が赤く、紅く染まっていく。


「第六封……」

「……イ……レイ!」


 カナタに肩を掴まれ意識を引き戻された。頭を振って殺戮衝動を振り払う。


 ……まだ第一封印だぞ。呑まれるな。


 目を閉じ大きく息を吐く。気を引き締め、意識をしっかりと保つ。


「……悪い。助かった」

「いい。それよりアイツはなんだ?」


 土煙が晴れたそこにはやはりバケモノがいた。何度も何度も俺を殺した怨敵だ。


 体長は三メートル程もある。一応ベースは人型ではあるものの異様に長い腕は六本ある。指も鉤爪のようになっていて、その全てに鋭い刃が付いている。

 見たことの無い種類だ。だが全身に付いた口がバケモノである証だ。


 ……何度見ても悍ましいな。


 人を殺すためだけに生まれ、「邪悪」を煮詰めたような存在。


「アイツは……俺を殺し続けたバケモノだ」


 俺の言葉にカナタの表情が変わる。

 目つきが鋭く冷酷なものへと変化する。こんなカナタは見たことがない。

 カナタが手の中に雷を集めて刀を作り出した。


「アイツが……!」

 

 今にも飛び出しそうなカナタの肩を掴んで引き止める。


 それは俺の役目だ。


「カナタ。俺にやらせてくれ」


 逡巡がカナタの顔に浮かぶ。何かを言おうとしていたがそれは言葉にならず、やがて絞り出すように言った。


「………………一人で大丈夫か?」


 俺はいまだにヤツらを超えられていない。扉の前にいたバケモノを殺したのは俺であって俺じゃない。俺はただ殺戮衝動に任せて肉片を潰しただけだ。

 だから――。


「一人でやらなきゃいけないんだ」

 

 俺はカナタの目を見て頷いた。カナタは熱を吐き出すように長い息を吐く。


「……わかった」

「ありがとな。 ……第五封印解除!」


 殺戮衝動が暴れ出す。俺はそれを気力を振り絞って抑え込む。仲間がいる中で呑まれるわけにはいかない。

 溢れ出した闇が重く暗く澱んでいく。

 

 俺は闇を大太刀に変化させた。


 ……それにしても狭いな。


 今いるのは屋敷の玄関前にある小さな広場だ。領主の屋敷とあってそこそこの空間(スペース)はあるが大技を放てるほどではない。


 ……やるとしたら最小限で的確に。

 

 すぐ近くには人々の暮らす家もある。

 ここでバケモノが暴れたら何人死者が出るかわからない。だから手加減なしだ。出し惜しみはしない。

 短期決戦だ。

 俺の全身全霊をかけてヤツを――殺す。


「第五偽剣、葬刀(そうとう)


 目の前の空間へ向けて大太刀を振るう。当然の如く空振りに終わるがそれでいい。第五偽剣はそういうものだ。

 その一瞬の後、バケモノの首が飛んだ。


 第五偽剣(葬刀)。それは敵を葬り去る斬撃。対人特化の殺人技だ。

 その斬撃は必ず首を刎ねる。


 これで終わるならそれでいい。だがバケモノは普通じゃない。

 俺は地獄の中で見た。

 どうにか脱出しようともがいていた時期、避けた攻撃がバケモノに当たった。だけど瞬時に再生したのだ。

 焼かれようが斬られようが死なない個体がいた。


「……チッ!」


 つい舌打ちが漏れる。悪い予想が当たった。

 バケモノは首を刎ねられたというのに直立の体勢を崩さない。

 

 だから俺は再び刀を構えた。

 

 その時、跳ねた首の切断面から触手が現れ蠢いた。触手は頭と胴から現れ二つを繋ぎ合わせるよう絡み合い、やがて接着した。


 ……まったく! 俺はこんなヤツらをどうやって殺したんだろうな!


 魔物のように核のような物があるのか、はたまた再生回数に上限でもあるのか。

 だが確かなことが一つある。


 それは絶対に殺せるという事だ。今はそれで十分。


 ……ならば! 再生できないほどに斬り刻む!


 至近距離から第一偽剣(刀界・絶刀無双)を叩き込むべく縮地を使おうとした。その寸前でバケモノの身体中に付いている口がニヤリと嗤った。

 そして言葉を紡ぐ。


「「「「「イル」」」」」

「「「「「ウルス」」」」」

「「「「「カイルタ」」」」」


 詠唱による簡易魔術。それが魔術であるならば式を見る事で大体はどの系統の魔術かを判断できる。それがわかれば対処もしやすい。

 だから俺は式を見定めるべく警戒し大太刀を構える。


 次の瞬間、

 燃え盛る炎弾が、

 空中は疾る稲妻が、

 鋭利に尖った氷柱(つらら)が無差別に放たれた。


「……なに!?」


 魔術式が無い。その為、反応が遅れた。偽剣は間に合わない。加えて全てを防ぐことは不可能。そう判断して、致命傷になり得る攻撃だけを的確に()()()()


 取り逃がした攻撃が次々に着弾する。

 炎弾と稲妻が肌を焼き、氷柱が身体を斬り裂く。


 常人であれば痛みに蹲ってしまうような傷だ。

 だけど俺の痛覚は地獄を経験したせいで鈍くなっている。だからこのぐらいはなんともない。


 一瞬で攻撃を捌くと大きく後退する。


「「「「「「「キヒヒヒヒヒヒ」」」」」」」


 バケモノが嗤う。哄笑が何重にも重なり、俺をイラつかせる。


「カナタ! カノン! 大丈夫か!?」


 視線はバケモノから外さない。幸い、攻撃のほとんどが俺へと向けられていた。カナタとカノンなら難なく捌けるはずだ。


「ああ。俺たちは大丈夫だ! だけど屋敷が!」


 一瞬、屋敷に目を向けると壁が崩落していた。悲鳴も聞こえてくる。


 ……くそ!


 今は死者が出ていないことを祈るしかない。俺の役目はこいつを殺す事だ。

 俺は意識を切り替える。未知になんの対策もなく突っ込むのは愚かだ。


 ……今のはなんだったんだ。


 思考を働かせる。

 魔術を放つには魔術式が必要不可欠。それは絶対にして不変の(ルール)だ。ならばあの魔術のような攻撃はこのバケモノの能力と考えるべきか。


 俺は再び刀を構える。


 ……初見では驚異だが、わかっていれば問題ない。

 

 初撃を防いだことでバケモノの優位性(アドバンテージ)は潰れた。


「何事ですか!?」


 そこに騒ぎを聞きつけたのかサナとアイリスが駆け寄ってきた。


「いいところに来た。アイリス! 屋敷の人たちの治療を優先してくれ! 三人は負傷者の救助を!」

「でもレイさんが!」


 俺の傷を見てアイリスが足を止める。

 俺としては全く問題ないが、身体中に火傷を負い、斬りさかれた肌からは血が流れ出している。

 そこそこの重症だ。だけど死ぬことはない。


 要は優先順位の問題だ。

 戦闘技能を持たない使用人たちが壁の崩落にでも巻き込まれていれば命を落とすかもしれない。

 だから俺はアイリスに向かって叫ぶ。


「俺は大丈夫だ!」

「……ッ! 後で治しますからね!」


 アイリスが駆け足で屋敷へと向かう。その後にカナタとカノンが続いた。

 サナは足を止めてじっと俺を見つめている。


「……レイ! 大丈夫なんだよね?」


 胸の前に手を当てて、今にも泣き出しそうな顔で言う。

 

「このくらい問題ないさ」

「違う! そうじゃなくて! 私、レイがレイじゃなくなったら嫌だよ?」


 怨敵を前にした俺はきっと自分でも想像がつかないほど、いつもとは違うのだろう。

 サナの心配はもっともだ。


 だけどこれも俺だ。

 怨敵を前に憎しみを撒き散らすのも俺なのだ。


 だがそれは幼馴染に心配をかけていい理由にはならない。

 だから俺はなるべくいつもの表情を心がけて顔に笑みを貼り付けた。


「大丈夫だよ。俺は俺だ」

「……わかった。信じるね」


 サナも笑みを浮かべそれだけ言うとみんなの後を追いかけた。

 

 俺は大きく息を吐くと鞘を作り出す。大太刀を納刀し抜刀の構えを取る。

 ヤツが無数の攻撃を放つならば、その全てを斬り刻む。

 ヤツが再生するならば、追い付かないほどに斬り刻む。


 俺は攻撃範囲である刀界を広げる。

 範囲は最小限。自分とバケモノの全身が入るぐらい。


「「「「「キヒヒヒヒヒヒ」」」」」


 バケモノが嗤う。そして再び言葉を紡ぐ。


「「「「「イル」」」」」

「「「「「ウルス」」」」」

「「「「「カイルタ」」」」」


 そこに俺は縮地で突っ込む。炎弾が、稲妻が、氷柱が生成される。だが刀界は既にヤツを捉えている。


「――第一偽剣、刀界・絶刀無双」


 抜刀。

 乱舞する斬撃が攻撃もろともバケモノを一瞬にして斬り刻む。

 粉々に、文字通り塵のようになったバケモノが宙を舞う。


 俺は油断なく大太刀を上段に構える。


 その時、塵が蠢いた。


 ……塵でさえも再生するならばそれすら残さない!


「第四偽剣……」


 しかしそれが放たれることはなかった。

 蠢いていた塵が力尽きたように動きを止め、宙に溶けるようにして消え去った。

 俺は刀を下ろす。


「封印再起動……」


 大きく息を吐き、身体の熱を冷ましていく。

 戦闘終了だ。

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