予兆
屋敷に戻ると、玄関外でカナタに出迎えられた。捕らえた暗殺者を地面に放り投げる。
暗殺者はくぐもった声を漏らしたが無視した。
「そっちはどうだ?」
「なんの問題もなかった。他に侵入者はなし。魔術が発動した形跡もない」
「そうか。サナとアイリスは?」
「アルメリアさんと伯爵の護衛に付いてる」
「了解。助かった」
カナタと会話しているとカノンが玄関から歩いてきた。
「……レイ。……そいつが術者?」
「いや、術者はこいつに殺された。捨て駒だろうな」
「……捨て駒。……ってことはこいつも儀式を知っている?」
「その可能性は高いな。……あと奥歯に自殺用の魔術を仕込んでるから気を付けてくれ」
カノンは頷くと暗殺者の前に屈み込んだ。小さな手で暗殺者の顎を掴むと強引にこじ開け、紅い瞳で覗き込む。
「……確かにこれは自殺用の魔術。……解除する?」
「できるのか?」
「……かんたん」
「じゃあ頼む」
「……ん」
カノンが手から魔力を流し込んでいく。すると、ものの数秒で解除できたようだ。
これにはカナタも感心していた。
「そんな早くできるのか」
「……ん。……このぐらいならかんたん。……この短刀は抜く?」
「いや、舌を噛んで死ぬ可能性もあるしそのままでいい」
この方法で自殺する場合は舌を出来るだけ前に出して完全に噛み切る必要がある。
そうすると舌の根元が喉に詰まり窒息死する。俺は強制的にやられた経験があるから知っている。
短刀があれば上手く舌を出せなくて死ぬことは無いし、ちゃんと刃が口の外に向くように刺してある。
「……わかった」
カノンは頷くと暗殺者を見た。
「……どこで儀式のやり方を知った?」
言葉に怒気が乗っていた。あまり感情が動かないカノンにしては珍しい。
それだけ怒っていると言うことだろう。
「……いうと……おもうのか?」
息も絶え絶えに暗殺者が言う。するとカノンは興味が失せたように「そう」とだけ呟いた。
そして仰向けで倒れている暗殺者の胸に手を当て魔術式を記述する。
――呪属性攻撃魔術:罪禍ノ荊
カノンの手から影のような荊が現れ、男の肌を這っていく。
「……なん……だ。これ――ぐぁああああああああ!!!」
男が絶叫を上げのたうち回る。そんな男をカノンは冷ややかに見下ろす。
「……それが呪い。……人に使うとそれだけの苦しみがある。……理解している?」
冷徹に無機質な瞳でカノンが暗殺者を見る。
「……全て吐くなら解除する」
「だ……れがぁああああああ!!!」
「カノン。それ死なないのか?」
暗殺者は左脚が吹き飛んだ状態、しかも頬と肩に短刀が刺さっている。追加でこれほどの苦痛を与えたら死ぬ恐れがある。
しかしカノンは首を横に振った。
「……これは痛みだけを与え続ける呪い。……死ぬことは無い」
「えげつねぇな」
思わず頬が引き攣る。拷問にはうってつけの魔術だ。
そしてわずか数分で暗殺者は根を上げた。
「わかっ……た……はな……すから……やめ……」
カノンが指を鳴らすと影の荊が消えた。男が肩で息をする。
「……どこで儀式のやり方を知った?」
「……わからない」
暗殺者の言葉にカノンがもう一度胸に手を添える。
「……待ってくれ! 本当……だ! 信じてくれ!」
暗殺者は怯えて芋虫のようにカノンから距離を取る。
「演技じゃなさそうだぞ」
様子を見守っていたカナタが言う。カノンが手を引っ込めた。
それに暗殺者は安堵の息を吐いた。
「じゃあ誰が呪いをかけた?」
「俺が……殺した男だ!」
「お前たちの目的はなんだ?」
「アルメリア……を呪う……事だ」
「何が目的で呪ったかを聞いている」
「呪う……事が……目的だ」
「呪うこと自体が目的だと?」
わけがわからない。呪う事が目的で人を呪うなんてあり得るのか。それでは愉快犯と変わらない。組織だってそんな事をする理由があってたまるものか。
「嘘をつくな。また同じ苦しみを味わいたいのか?」
カノンが再び男の胸に手を添える。
男は恐怖に身を震わせた。荊が相当堪えたらしい。
「うそ……じゃない! ……ほんとう……だ! しん……じてくれ!」
「じゃあ誰の命令だ?」
「………………⬛︎⬛︎様だ」
……は?
カナタとカノンも目を皿のように見開いている。きっと俺も同じ表情をしているのだろう。
音が抜けた。そうとしか表現できない現象が起きた。口は動いているのに音が伝わってこない。男が言葉を発した瞬間だけ全ての音が消えた。
「カナタ! カノン!」
俺は二人に指示をして後ろに下がる。嫌な予感がした。二人も即座に後ろへ下がる。
すると男は空へと視線を向けた。
「あぁ……! あぁあ……!!!」
つられて上空に目を向けるが、そこには何もない。雲ひとつない満天の星空があるだけだ。
暗殺者が後ろ手に拘束されている腕を空へと伸ばそうとする。関節の可動域を超えた動きに嫌な音が鳴り響く。
それでも尚、暗殺者は空へと手を伸ばす。
……痛みを感じていないのか?
暗殺者の瞳には狂気とも言うべき昏い光が宿っていた。
「二人とも何か見えるか?」
「なにも。だけど嫌な予感がする」
「……わたしも同じ」
男の瞳から涙が溢れとめどなくこぼれ落ちていく。
「ついに……! ついに私にも……! ⬛︎⬛︎様……!!!」
……まただ。
また、音が消えた。
「カナタ! カノン! 聞こえたか!?」
「聞こえない! 音が消えている!」
「……わたしも聞こえない!」
これから何かが起きる。そんな予感がして俺は叫んだ。
「カナタ! みんなを避難させて――」
その時、天から何かが降ってきた。
ソレは暗殺者の上に着地し、跡形もなく消し飛ばした。
衝撃で土煙が舞い上がる。
貴重な情報源がなくなった。だけどそれよりもこの悍ましい気配を持つ何かから目が離せなかった。
いや、何かでは無い。俺はソレを知っている。
「なんで……テメェがここにいる……!」
「キヒッ」
幾度も聞いた哄笑が静かに響いた。
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