42.格付けと反撃
(あ……コレ、勝っちゃったかも!)
セイリア・フォン・アルスラインは勝利を予感して、会心の笑みを浮かべた。
本来であれば戦いの最中に笑みなど浮かべるべきではない。それは油断や慢心につながるし、敵に対しても礼を欠く行為だ。
しかし、それでも顔の筋肉が緩むのを抑えきれない。同格の聖剣使いに、これまで戦ったことのない強敵相手への勝利に、抑えきれずに心が弾んでしまっていた。
レイドールとセイリアの戦いが始まってから、時間にしてまだ5分と経っていない。両名ともに目立った外傷は負っておらず、当事者以外にはまだ戦いは始まったばかりのように見えるだろう。
しかし、その短い間にセイリアは自分と敵の決定的な力量の差に気がついて、己の優位を確信していた。
レイドール・ザインはセイリアにとって、初めて敵として戦う聖剣保持者である。
アルスライン帝国にはセイリアのクラウソラスを含めて三本の聖剣が存在するが、味方を相手に本気で戦ったことはもちろんないからだ。
レイドールが聖剣を振るう姿を目の当たりにして、セイリアはその力の奔流に脂汗を流した。
巨大な黒い竜巻を発生させて戦場を一変させる姿は、聖剣に選ばれた英雄というよりも神話に登場する邪神や悪魔のようだった。
そのあまりにも強大な力には、恐怖すらも覚えたものである。
しかし――
(あれだけの力を聖剣から引き出すなんて、本当にすごい……でも、それだけだ)
数千規模の兵士を薙ぎ倒すほどの攻撃を放つなど、同じ聖剣保持者であるはずのセイリアにだってできないことである。
皇帝であり、聖剣保持者でもある父ならば炎の聖剣『デュランダル』を使って戦場一面を焼け野原にすることができるだろうが、レイドールの力はそれにも匹敵するだろう。
それでも――セイリアは思う。
自分は決して負けることはない。自分のほうが上である、と。
「ねえ、お兄さん。いい加減に気がついているようね? その聖剣じゃ、私には勝てないよ?」
セイリアは同情したような口調で言いながら、クラウソラスをレイドールに向けて振り下ろした。
「チッ……」
レイドールは舌打ちをして、雷光を纏った斬撃をダーインスレイヴで弾いた。
呪いの風を巻き起こす聖剣『ダーインスレイヴ』――地形を変えるほどの規模で忌まわしい力を振りまき、数千の兵士を呪いの斬撃で切り刻んで状態異常にする恐るべき聖剣。その力は間違いなく、単身で戦況を左右し得るものである。
しかし、聖剣同士の戦いにおいて、その力はそれほど怖いものではない。
聖剣保持者は聖剣からの加護を受けており、呪いなどの状態異常に対して強い耐性を得ているからだ。
(ましてや、私の力は雷。風よりも速くて鋭いっ!)
「ヤアッ!」
裂帛の気合とともにセイリアが雷撃を放った。
すぐさまレイドールも呪いの風で迎え撃つが、漆黒の斬撃は雷によって斬り裂かれて霧散してしまう。
「クソッ!」
「やっぱりね。威力も速さも、風じゃあ雷には届かない。お兄さんの聖剣はクラウソラスよりも下だよ」
「……言ってくれるじゃねえか。人の相棒をよっ!」
レイドールが忌々しそうに表情を歪めて吠える。しかし、それは明らかに負け犬の遠吠えにしか見えなかった。
ダーインスレイヴが放つ呪いの斬撃はたしかに厄介であるが、しょせんは風。質量がなく、エネルギー量でも火や雷には遠く及ばない。
いくら一度に使える力の量がセイリアよりも多かったとしても、真っ向から力をぶつければ必ずセイリアが勝ってしまうのだ。
(まあ……聖剣保持者としての素質は私よりも上だと思うけどね。一度に何千人も攻撃するなんて、私にはできないし)
「お兄さんさー、諦めて降参したら? 大人しく降伏するのなら、悪いようにはしないよ」
セイリアが哀れみすら込めて降伏勧告をする。
もはや皇女の中でレイドールの敗北は決定事項であり、「殺す必要すらない」と格付けがされていた。
「私のお父さんはさ、強い人には寛容だよ? お兄さんが帝国に仕えて帝国のために聖剣を振るうなら、けっこう重用してくれると思うけどな」
「……魅力的な提案だよな。まったく」
格下として侮られていることに気がつき、レイドールは奥歯を悔しそうに噛む。
それでもその瞳には闘志の炎が燃え立っており、今だ折れることのない戦意にセイリアが首を傾げた。
「お兄さん、どうしてそんなに頑張るの? やっぱり、ザイン王国がそんなに大事なの?」
「大事じゃねえよ、こんな国……!」
レイドールは牙を剥いて、獣が唸り声を上げるように言った。
「この国は俺を捨てた。俺を利用している。平和のために俺の人生を弄んでいる! そんな国に愛着なんてあるものかよ! 俺はこの国を憎んでいる!」
周囲には王国の兵士の姿もある。それでも、レイドールは抑えきれずに感情を吐露する。
「だったら、なんで?」
「それは……!」
ザイン王国がアルスライン帝国に敗北すれば、兄王グラナードは処刑されるだろう。
対して、レイドールは聖剣保持者としての利用価値を認められて生き残ることができるかもしれない。
復讐対象である兄が死に、自分が生き残る。結果だけ見ればそれは悪くないように思える。
「だけどなあ、この想いは俺のもの、俺だけのものだ! 俺は自分の復讐を他人の手になんて預けるつもりはない! 俺は俺の手で復讐を成し遂げる!」
レイドールはセイリアに剣を突きつけ、決然と言い放つ。
「それに……勝てる戦で降伏する意味なんてないんだよ! 俺はお前を、帝国を倒して前に進む!」
「そんなできもしないことを……」
セイリアは聞き分けのない子供に言い聞かせるように口を開き、しかし、次の瞬間、両目を限界まで見開いた。
「え……」
『オオオオオオオオオオオオッ!』
戦場に大音声の怒号が響いた。これは鬨の声、迫り来る戦士の声だ。
セイリアは慌てて首を巡らして声の発生源を探し……後方を振り返った。
「嘘っ……どうしてっ!?」
セイリアは悲鳴のように叫ぶ。
振り返った視線の先――小高い丘の上に作られた帝国の陣地が、何者かによって襲撃を受けていたのだ。
「悪いがこれは一対一の決闘じゃあない。戦争なんだよ。お姫様」
レイドールが冷然と言い放つ。
セイリアはその言葉を聞いていなかった。ただただ茫然と立ちすくみながら、自軍の陣地から上がる火の手を見上げていた。
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