吸血鬼さん、今度はイン我が家17
スマホを当てた右耳から左耳に突き抜ける様な大きな声。
あまりのボリュームに、私はスマホを軽く耳から話すと、その距離から親友に話しかける。
「ねぇ、千恵? お願い、ちょっと聞いてくれる?」
「何?」
遅刻寸前のやつが一体何を言いたいのだ――千恵の声はそう言わんばかりに憮然としていた。
だが、めげずに私は彼女に言葉をかける。
「うん。あのね? さっき、うちの地域の緊急回覧板で回ってきたんだけど、うちの学校の音楽棟付近に不審者が出たらしいのよ。だからね、音楽棟に集まるのは危ないと思うの。今からでもいいから教室に集合に変えられないかな?」
出来るなら私だって絶対に行きたくはないし――そんな希望も込めながら、私は彼女に偽の不審者情報を流していく。
ちなみに、これらは全て兄の案だ。今夜、私のクラスの合唱練習が音楽棟であると分かってから、千恵から電話がかかってくるこの数分までの間にこの策を思いついたらしい。我が兄ながら、本当に天晴である。
後から聞いたところによると、もし誰からも電話がかかってこなければ、此方から緊急連絡網として回す予定だったそうだ。
(これならいける! ファー・ジャルグを退治するまであそこに行かなくて済むかも!)
そんな仄かな希望を胸に、若干弾んだ声で不審者情報を親友につらつらと話していく私。
けれど電話越しの千恵から返って来たのは、私が抱いていた淡い期待すら木っ端微塵に破壊するものだった。
「不審者かぁ。確かに気になるかもね。でも、大丈夫よ。もう皆集まってるし、先生も来てるんだから。だから、あんたも早く来なさい? おおかた、部活で疲れて今までぐーすか眠ってたんでしょ? この寝坊助真由」
そこまで言い終えると、千恵はプツリと通話を切ってしまう。
一方、練習から一人取り残された挙句、どうあっても音楽棟に行かなければいけない運命が決まってしまった私は、今度こそ完全に膝から崩れ落ちたのだった。




