四の二十九
眠れぬ夜が明けて朝になる。何故だろう、同じものはゼラのを見せてもらったことがあり、ゼラが喜ぶので指で触ったり舐めたりとしたこともあるのだが。
クインのものが目に焼きついてしまった。いやどちらかというと、見られたことに恥ずかしがって赤くなって喚くクインが、可愛らしく見えてしまって。
だが、進化する魔獣とはそこに性器があるのか、そうか……。
ゼラの方がぷっくりとしてる、のか? いやいや、まてまて。止まれエロい思考。そういうのを比べるのは失礼だ。ちょっとばかり刺激的なものをうっかり目にしたくらいでおたつくな、俺。ゼラ以外のを初めて見てしまったからとはいえ、動揺するな。あれはどうなんだろう? とか、思うな考えるな。無心だ、己を律するのだ。ぐぬぅ、ゼラとムニャムニャしたい。いや、この騒動が終わるまで我慢だ。
「カダール、持ってきたぞ」
エクアドが袋を下げてこちらに来た。
「いつもの倍だが、あのクインもか?」
「もとがグリフォンならば肉食なのでは?」
二人でゼラ専用の特大テントに入る。昨夜はここにゼラとクイン。二人を見てもらうのにフクロウのクチバ、隠密ハガク、アルケニー監視部隊の女性隊員二名に同じテントに入って貰った。ルブセィラ女史は寝てるクインに何か悪さをするかもしれないので別のテントに。
今は部隊の女性隊員はテントを出ている。その二人が俺達にテントに入っても大丈夫と伝えたので、ゼラの朝食に俺達の分を用意して持ってきた。
今のテントの中はゼラにクイン。先に来ていたルブセィラ女史に青風隊のティラス。フクロウのクチバに隠密ハガク。シチューの入った鍋を持つ俺と生肉入りの袋を持つエクアドだ。
「ゼラ、おはよう。一人で着替えたのか?」
「おはよー、えとね、クチバがしてくれたの」
ゼラは今朝は赤いベビードール姿。クチバはニコニコと。
「ゼラちゃんの蜘蛛の背ベッドは最高ですね」
そこで寝たのかクチバ。ゼラの蜘蛛の背は黒い体毛がふっかふかで、その上、ゼラに守られているという安心感が体温で伝わってきてたまらないのだが。ゼラも気軽に人を乗せてしまう。いや、相手は選んでいるのだがこの辺りゼラは器が大きいというか懐が広いというか。
クインの方はと、
「クイン、昨夜は眠れたか?」
「あー、少しは」
クインは緑の髪を流して昨夜のままの姿。下半身は頭の無いグリフォン。緑の翼は畳んでいても大きい。このゼラ専用の特大テントは新しく作り直して前よりも大きいのだが、ゼラとクインが入ると流石に狭いか。二人とも下半身が大きい。クインのグリフォン体も人がその獅子の背に乗れそうだ。
クインはゼラの白いキャミソールを借りて着ている。ゼラ用のキャミソールは裾が長く、これなら、その、大事なところも隠せる。クインはその白いキャミソールの胸のところを摘まんでゼラを見る。
「なんだそのバカデカイ胸は。この服も胸のとこ布が余ってるし」
「ゼラのおっぱいはウィラーインで一番大きいって、すごいでしょ」
「はん、デカけりゃいいってもんじゃねえんだよ」
「えー? じゃおっぱいはどういうのがいいの?」
「知るか、そんなもん。まぁ、アシェほどペタン娘じゃなけりゃ、役に立つんじゃねえの?」
「ウン、クインぐらいあれば挟めるよね」
「挟めるって、何の話だ?」
何やらすっかり仲良くなっている? 俺達がいなくてゼラとクインが二人で話してたのが良かったのか? これが女子会効果だろうか。
隠密ハガクの方を見る。彼女は暗い灰色の髪をかきあげて。
「ゼラとクイン、まるで姉妹のようだ」
「クインから話は聞けたか?」
「少しは。先ずは飯にしよう」
鍋をテーブルの上に置いたところで。
「その前に、おいそこの二人」
クインが冷たい声で俺とエクアドを呼ぶ。青い瞳が鋭く俺達を睨み、頬がほんのり赤い。
「昨日、見たろ?」
「すまん。だが、不可抗力だった、ということは理解して欲しい」
「不可抗力だぁ? だったらすぐに目を逸らせばいいのにずっとジロジロ見てたじゃねえか」
「ぐぬ、それは、その、驚いて目が離せなくなってしまって」
「忘れろ!」
「努力する」
「このスケベ人間……」
ぐむ、無理矢理見た訳でも無いのにスケベ人間呼ばわりとは。まるで新型の亜人みたいだ。だが、男とはこういうところで立場が弱いものか。理不尽な気もするが見いってしまったことは非難されても仕方無い。俺とエクアドでうつむき気味に皆の朝食を用意する。
「いただきまーす」
首にナプキンをかけたゼラが羊の生肉を手に取ってかぶりつく。今朝も美味しそうに食べている。見ているクインの方が驚いている。
「クインは何を食べる? パンとシチューもあるが」
「いや、食っていいならあたいも羊の肉がいいけど……、お前ら、怖くないのか?」
「ゼラの食事は見慣れたものだ。人には見せないようにしているが、このテントの中では気にしなくていい」
「……変な奴ら」
言ってクインもゼラの前にある皿から羊の生肉を手に取り噛み千切る。
「いい肉食ってんじゃねえか。ゼラ、お前甘やかされてんじゃねえの?」
「ンー? そお?」
「そうだよ。人間はな、血塗れで生肉食う奴にはビビるんだよ。てめえも食われるんじゃないかってな。そこの女みたいに」
クインの視線の先には青風隊のティラスがいる。青い顔で血の滴る羊の生肉を食べるゼラとクインを見つめている。おっと。
「ティラスはゼラの食事を見るのは初めてだったか。このことは外で言い触らさないでくれ」
「あ、うん……。それはもちろんだけどね。食習慣が違うって、こういうことだったんだ」
「そういうことだ。ゼラが灰龍を食べたとは聞いているだろう。言っておくがゼラは人の肉は食べたことは無いからな」
俺の言うことにゼラはもぐもぐしながらウンウンと頷く。しかめっ面で羊の肉を食べるクインに聞いてみる。
「クインも肉は生の方がいいのか? 何の肉が好みだ?」
「あたいも人肉なんて食ったことねえよ。まぁ、進化前の食性が残ってるからか、肉は生が好きだけどよ。こうしてジロジロ見られながらってのは落ち着かねえ」
「これまで隠してきたようだが、こうして皆で話ながらの食事もいいものだろう?」
「知らねえよ、そんなん」
クチバがシチューの羊肉をスプーンで掬う。
「生と煮込んだの違いはあっても、もとは同じ羊肉で、同じ肉を食べてるのに片方を白い目で見るのがおかしいのかもしれませんね」
言ってパクリとスプーンの肉を口に入れる。
「人の食事の方が不自然なものかもしれませんね」
「確かに。健康のために対腐食、対寄生虫の調理の結果、食事でお腹を壊さないようにはなりました。ですがそれに慣れてしまったことで内臓が弱くなり調理したものしか食べられない、と人は弱化しました。これは生物として弱くなっています」
クチバの言うことにルブセィラ女史が答える。人の食事とは野生から見れば手間暇のかかる奇妙なものか。食事に手をつけてないティラスに小声で言う。
「気分が悪いなら外に出るか?」
ティラスは首を振り両手で自分の頬をパチンと叩く。
「私はこれでもハイラスマート家のひとり。ハイラスマート領の危機の前に、こんなことで怯んでいられるものですか。カダール君、パン取って」
ティラスにパンを渡すと指で千切って口に入れる。俺は慣れてしまったが血の匂いのする中での初めての食事はティラスには辛くないだろうか。だが負けん気が出たのかパンを口に放り込みシチューにも口をつける。
「伝説の魔獣ふたりとお喋りしながらご飯食べたなんて、自慢してもいいわね」
「クインの正体のことは秘密にしておこう」
「それもそうか、残念」
俺達がそうして話をしながら朝食を食べるのを、クインは羊肉片手に眉を顰めて見ている。
「あたいが言うのもどうかと思うけど、あんたら頭おかしくないか?」
「失礼な。どうせ食べるなら皆で美味しく食べた方がいいじゃないか」
「……ほんとに変な奴ら」
旨さを求めて血の匂いを取り臭みを消して、それでもやはり肉は肉。食べ方は違っても、もとは同じものを食べている。ありのままを食べるゼラとクインの方が自然なのだろう。そう考えると人の食事にテーブルマナーとは不自然で奇妙なものとなるのだろうか。だからと言ってゼラの真似をして生肉を食べれば人はお腹を壊す。人はいつから調理したものを食べるようになったのだろうか?
クインが手の甲で唇についた血を拭う。その姿は生気と野性味に溢れて何やら色っぽく見える。
「食事を終えたら例のハンター兄弟の家に行こう」
「あたいもついて行っていいのか?」
「もちろんそのつもりだ」
訊ねるクインに答えるとクインは自分の身体を見下ろす。一度俺とエクアドの顔を見て、クチバの方に向き直る。
「ズボンとパンツ貸してくれ」
クインを捕獲したときにクインの下半身に着てたものはビリビリに破けてしまっている。グリフォニアの正体を現したときに、ズボンとパンツは破れてブーツにすね当ても無くしてしまった。
クチバのズボンとパンツを借りて履こうとするが、
「男は出てけ!」
と、俺とエクアドは追い出された。人に化ける魔法を使って着替えるのに裸になるので、見られたく無いらしい。人化の魔法を使うところは見てみたいが、男には見せたく無いか。
テントから出てきたクインは髪の色は緑から茶色になり髪の長さも短くなっている。下半身は人のように二本足に。ブーツも履いている。どこから見ても人間の女だ。
クインの後に続いてゼラがテントから出てくる。
「クインー。その人に化ける魔法、教えてー」
「あぁ? そんなんてめえで研究しろよ」
「えー? いじわるー。ね、その魔法で完全人化して、ムニャムニャできる?」
「ムニャムニャって、このエロ娘が。言っとくけど無理だからな。昂ると魔法が解けて正体が出ちまうんだよ」
「そーなんだ。いまいち使えないの」
二人の話をルブセィラ女史が真剣に聞いている。カリカリとメモにペンを走らせている。チラリとメモを覗くとルブセィラ女史の描いたイラストもある。丸いお尻と二本の足。これはクインのお尻か? ルブセィラ女史は未知の魔法とクインに興味津々だ。
改めて人に化けたクインを見る。正体を知っていても今のクインはどう見ても人間の女。こんな魔法を使われては、進化する魔獣が人に紛れても判別がつかない。
「何をジロジロ見てんだ?」
「いや、その人に化ける魔法だが、さっき昂ると魔法が切れると言っていたが?」
「集中が途切れると解けるんだよ。寝るときももとに戻っちまう。それが?」
「クインが試してみたことがあるような口振りだったので気になった。もしやその魔法で人に化けてしてるときに、あ……」
疑問に感じたことをそのまま口にしてしまった。これはいかん。俺を睨むクインの顔が、かあっ、と赤くなる。
「何を想像してんだこのスケベ人間! いやらしい!」
ぐむ、また怒られた。またスケベ人間呼ばわりだ。いや赤くなるということはクインは実際に試してみたことがあるのではないか? こういうことは聞いてはいけないことか。また失敗したか。
赤くなってそっぽを向くクイン。彼女と俺のやり取りを見ていたアルケニー監視部隊がボソボソと。
「あー、副隊長がセクハラしてる」
「今のでセクハラって言うのは、副隊長がちょっと可哀想じゃないか?」
「あーいうのは思っても口にしたらダメでしょうが」
「でも口にしたらセクハラで、言葉にせずに想像してじったりと見てたらムッツリスケベになるんじゃないの?」
「なんだその逃げ場の無い包囲網は?」
「どっちに行っても副隊長は変態になるのね」
「副隊長も黙って立っていたら男前なのに、なんで自分から墓穴に入っていくんだか」
「そこは恐れ知らずのウィラーイン家の血筋なのか?」
相変わらず好き放題に言ってくれる。そこでメモにペンを走らせているルブセィラ女史はスルーで、なんで俺ばっかり。うぬぅ。




