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蜘蛛の意吐 ~あなたの為ならドラゴンも食い殺すの~  作者: NOMAR
~あなたの為ならトカゲの王も見つけるの~
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四の二十七


 ゼラの網に囚われ動けない女ハンター、クインに近づこうとすると、


「みんな、離れて」


 ゼラが警告するので足を止める。クインは網に絡まれて悔しげにこっちを睨んでいる。ゼラは左手で三角網の端を握り右手の爪を緑色に光らせる。


「ぬっす!」


 ゼラが一声、右手の爪で左手に持つ糸をピィンと爪弾くと、爪から緑の光が糸を伝って銀色の網が一瞬、緑色に光る。


「あああああ?!」


 緑の光に包まれて声を上げてもがくクイン。三角網の糸がギチギチとクインを締め上げる。


「お、おいゼラ? やり過ぎてはダメだからな?」

「ウン、解ってる」


 緑の光が消えたとき、そこには網に絡まれているグリフォンがいた。


「これ、は……」


 驚きのあまりに声が出ない。集まったアルケニー監視部隊もフクロウも、息を飲んで動きが止まる。

 クインの正体がグリフォンではないか、という予想はあった。だからここで緑羽と呼ばれるグリフォンが現れるかもしれない、と予測はできる。

 驚愕とは、その予測を裏切られるときにこそ人は驚くということを、今、俺はこの身に味わっている。初めて見る存在に硬直する。

 ゼラの網の中にはグリフォン、緑羽がいた。そしてクインに似た顔立ちの女がいた。

 緑の羽毛のグリフォン。エメラルドのような美しい色の尾羽。逞しい獅子に似た胴体。その足は四本の鋭い爪持つ鷹の足。緑色の大きな翼。

 だが、目の前のグリフォンには首が無かった。本来頭のあるところから女の上半身が生えている。顔はさっきまでのクインに似ているが、髪の毛は茶色から緑色に。短かった髪も長く伸びて胸まである。眉毛も緑色だ。

 下半身は頭の無いグリフォン、そして上半身は足の無い人間の女。

 俺が見る三体目の半人半獣。


「……進化する魔獣、か?」


 アルケニーのゼラ、ラミアのアシェンドネイル、それに続いてのグリフォン? の女の半身持つ魔獣。


「いかん! ゼラ、隠してくれ!」

「ウン、しゅぴー」


 ここはアバランの町の中、夜中とはいえ派手な捕り物で町の住人もなんだなんだ? と、騒ぎ出している。ここで緑羽に似た謎の魔獣が目撃されては一騒動だ。

 ゼラは両手から糸を出してグリフォン? を糸で巻いて隠していく。ゼラの手から出る糸がまとわりついて白く染めていく。


「おい、やめろ! 何すんだこらー!」


 文句を言うクインを全員で囲んで人垣で隠す。ゼラは更に糸を出して丸めていく。

 グリフォン入りの大きな白い繭ができた。中から微かに、ここから出せー! という声が聞こえてくる。


「ゼラ? この繭は中で窒息したりしないか?」

「それはだいじょぶ」

「そうか。よし、運ぶぞ」


 アルケニー監視部隊で、せーの、と白い巨大繭を持ち上げる。中でクインがもがいていて少し揺れる。


「ティラスは町の人に説明して遠ざけてくれ」

「説明って、何を? どう?」

「暴れる酔っぱらいを取り押さえた、とでも言っといてくれ」

「それでいいの? 無理が無い?」

「無理でもそれで押し通してくれ」

「ええ? わ、解った、やってみる……」


 野次馬はティラスと青風隊に任せて、俺達は白い繭を担ぎ上げ、えっほえっほとアルケニー監視部隊の野営地にまで運ぶ。

 捕獲は成功したものの更に厄介になっていくような。


「……、」


 ゼラ専用の特大テントの中で、女ハンター、クインはぶすっとした顔で俺達を睨んでいる。話を聞くにしてもこうして捕らえたのだから逃がす訳にはいかない。

 なのでゼラの作った白い繭の一ヶ所に穴を開けて、クインはそこから頭だけを出している状態。白い巨大なフェルトから目付きの鋭い緑の髪のお姉さんの生首が生えているような。その緑の髪もエメラルドのように綺麗なのだが、今はゼラの糸でベタベタになっている。

 なんというか、間抜けな姿というか、これはちょっと可愛い。


「じゃあ、話をしようか」

「ふんっ!」

「君の名前はクイン、でいいのか?」

「つんっ!」


 顔を背けてむくれている。これが目付きの鋭い歴戦の女ハンターならばカッコはつくのかも知れないが、今は白い繭から首が出ているだけで、着ぐるみが破れてそこから頭が出ているようで様にならない。

 エクアド、ルブセィラ女史が話しかけ懐柔しようとしてエクアドが酒を勧めても、むくれて口を閉ざしたままだ。


「何故、グレイリザードを殺していた?」

「……」

「人を森に近づけないようにしてたのは、何が狙いだ?」

「……」

「正直に話してくれたら拘束は解く」

「だったらすぐに解放しろ」

「今、拘束を解いても逃げないと約束するなら、」

「逃げるに決まってるだろ、バカ」

「……そうか、正直に答えてくれてありがとう。ますます拘束を解く訳にいかなくなった」

「あ……」


 失敗した、という顔で歯噛みするクイン。強引に捕まえたとはいえどうにも上手くいかない。ゼラは手を伸ばしてクインの髪についた糸を取っている。

 繭の中でパチッ、と音がするのはクインの魔法がゼラの繭の糸に消されている音のようだ。この糸、魔術師を拘束するには最適かもしれん。

 隠密ハガクとフクロウのクチバ、青風隊のティラスも戻って来た。ティラスがやれやれ、と後始末のことをぼやく。


「町の方とハンターギルドには、騒いだ酔っぱらいを捕まえただけ、と言ってあるけど、ギルドと町長には後でちゃんと説明してね」

「それはもちろん」


 隠密ハガクがクインの顔をジロジロと見る。


「アルケニーに関わってからは信じられんことを目にする。もしかして半人半獣とは身を隠しているだけで意外に多いのか?」


 ルブセィラ女史が好奇心に眼鏡を光らせる。


「その可能性はありますね。しかも今回は伝承にも無い姿形の未発見の半人半獣。命名するならグリフォニア、というところでしょうか? うふふ、是非ともいろいろと調べたいところです」


 手をわきわきと怪しく動かしてクインに近づくルブセィラ女史。初めてクインの端正な顔がひきつる。ゼラのときもそうだったがルブセィラ女史の好奇心は進化する魔獣でも恐ろしいらしい。フクロウのクチバに手を振ってルブセィラ女史をクインから遠ざけてもらう。

 ホッとした顔のクインが隠密クチバの方を見る。


「……お前、森でウロチョロしてた奴」


 クインの呟きに隠密ハガクが溜め息を吐く。


「隠身には自信があるが、見抜かれていたか。では、俺を森で見たと言うなら、お前が緑羽のグリフォンで間違い無いか」

「く、しまった……」


 ……いや、しまった、って。失言して失敗した、と苦い顔をしているクイン。どう見ても緑の羽のグリフォンとクインの正体、下半身は緑の羽のグリフォン姿は関連付けて見てしまうのだが。他にいなさそうだし。

 もしかして、クインはそれを誤魔化せると考えていたのか? この状況で?

 隠密ハガクがクインの顔をジロリと見る。


「ということは、森で緑羽が探していたのは、グレイリザードの王種か?」


 クインの綺麗な緑の眉毛がピクリと動く。どうやら腹芸は苦手な性格、のようだ。隠密ハガクが飄々と、


「いや、緑羽が町を守る為にグレイリザードの大繁殖をどうにかしてくれたら、俺は楽だとカマをかけただけだが、当たりか」

「く、うぅ、これだから人間は……!」


 なんだかさっきからクインを苛めるようになってて居心地が悪い。隠密ハガクの言う通りならクインは町を守る為に尽力してくれていたことになる。それならば礼を込めて丁重に扱わなければならないが。


「クイン、これはラミアの差し金か?」

「ラミア?」

「アシェンドネイルの計略か? クインはアシェンドネイルの指図で動いているのか?」

「はぁ? なんであたいが腹黒アシェの言うこと聞かなきゃなんないんだ?」

「腹黒? アシェンドネイルを知っているんだな。アシェンドネイルは今、何をしている?」

「アシェは今は何もできねぇよ」


 クインはゼラの顔を見てニヤリと笑う。


「アシェは蜘蛛の子にしたことがやり過ぎだって、お姉さま達にお仕置きされてるから、暫くは何もできねぇんじゃねえの」


 あのアシェンドネイルにお仕置き? お姉さま達? それはラミア以上の存在がゴロゴロいるってことか? 深都、恐ろしいところだ。クインの言うことの真偽は確かめようが無いが、それが本当なら。


「クインは誰の計略でも無くひとりで動いてる、ということか? ラミアとは無関係なのか?」

「あの陰険女と一緒にするな。あたいは誰の指図も受けない」

「ではクイン。俺達と協力できないか? 俺達はグレイリザードの大侵攻を止めたい。目的が同じなら、」

「はん、あたいは人間の指図も受けない。あたいが一人で好き勝手やってるだけだ」

「ならばそれを手伝わせてくれ。俺達は町を守るのが目的でその結果に繋がるなら手を貸せる」

「誰の助けもいらねぇよ。さっさとこの糸、ほどきやがれ」

「さっきのハガクの話だとグレイリザードの王種を見つけられずに探していた、ということのようだが?」

「ぐ……、」


 俺はルブセィラ女史の方に視線を送る。


「こちらには魔獣研究の専門家がいるので違う視点で王種捜索ができるかもしれない。俺達が森に入るのを邪魔しなければ、それでいいのだが」

「ふん……」


 どうにも人間はあまり好きでは無いらしい。それでも人に化けハンターとして人の目を誤魔化していたのだから、人との付き合いはある程度心得ているのか? こうして話もできるし。しかもどういう訳か人の脅威となるグレイリザードの大繁殖をひとりでどうにかしようとしているらしい。やはりアバランの町を守ろうというのか? いや、アバランの町というよりは。


「あのハンター兄弟の家、そこの人物か?」


 クインの眉がピクリと動く。ふむ、俺がゼラを見るとゼラはウン、と頷いて。


「明日、その家に行くんだよね? すっごく綺麗な鳥の羽があるって」


 クインの眉がピクピクッと動く。俺はゼラに応えて。


「あぁ、なんでもあの家の家宝らしい。ハイイーグルという希少な鳥の羽で、生きた翡翠細工とも呼ばれる一品だ」


 俯いて表情を見せないようにするクイン。彼女に聞こえるように。


「もしかして、その家の人物に用があるんじゃないのか? クインが例の家の周りを彷徨いていたことは解っている」

「……」

「人に化けて大人しくすること。その家で悪さをしないこと。これを約束してくれたら、クインをアルケニー監視部隊の一人として、明日、その家に連れて行ってもいい」


 パッと顔を上げるクイン。もしや人間嫌いで人付き合いが苦手で、それであのハンター兄弟と仲良くなって家に遊びに行くとか、そういうのができなかったのか? それで例の家の周りを彷徨いていた、と。

 エクアドが俺を見る。


「カダール、いいのか? そんな約束をして」

「エクアド、クインのしたことがこの町の為になっているなら俺はクインにその礼をしたいと思う」


 実際、グリフォン緑羽のおかげでアバランの町ではゴブリン、コボルトの被害が減りグレイリザードの大侵攻も足止めできている。


「だが、クインがちゃんと話してくれないと俺達もどうしていいか解らん。腹の底から信用しろとは言わないが、クインが何をしたいのか、俺達に教えてくれないか?」


 クインはじっと俺の顔を見る。睨むように俺の目を見る。


「あたいがあの家で暴れたいって言ったらどうすんだい?」

「本当にそんなことがしたいなら、とっくにやっているだろう? 本気を出されたら止められるのはゼラしかいない。ゼラがこの町に来るまでそんな機会はいくらでもあっただろう」


 クインは俯く。眉が下がり少し泣きそうな顔になる。


「……あたいは、どうしたいのか、自分でもよくわかんねぇんだよ……」


 自信無さそうに、小さく呟く声は迷子の子供のように聞こえた。

 俺は椅子から立つ。


「エクアド、クインを解放しよう」



 

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