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蜘蛛の意吐 ~あなたの為ならドラゴンも食い殺すの~  作者: NOMAR
~あなたの為ならトカゲの王も見つけるの~
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四の二十三


「……ひどい目にあった……」


 アルケニー監視部隊の野営地まで戻りぐったりとする俺達。臨時編成の調査部隊十二人はボロボロだ。ゼラだけが元気、いや、ゼラも少し不機嫌か?


「なー、」

「ありがと、ゼラちゃん」


 ケガをした隊員をゼラが治癒の魔法で治す。重傷者がいないのが幸いか。


「だから無理って言ったじゃないですか」

「まさかこれほど苦戦するとは」


 肩に大弓をかけてさらりと言う男。細見だが鍛えられた身体を革鎧に包み、涼しい顔でアルケニー監視部隊とゼラを見ている。

 このアバランの町で代々ハンターをしている男で、今回雇った兄弟の兄の方だ。弟の方は隣で座り水筒の水を飲んでいる。


 このハンター兄弟を案内に雇い、俺とゼラ、エクアド、ルブセィラ、ティラス。それにアルケニー監視部隊から選抜した総数十二名で調査部隊を編成。

 噂のグリフォンを見に行くことに。


「アバランの町のハンターに聞いたところ、グリフォンと交戦となっても死んだ者がいない、と、聞いていたのだが?」


 大弓を持つハンターに聞いてみる。彼は肩をすくめて、


「そりゃ、こっちがすぐに逃げるからですよ。上から風刃射たれて慌てて逃げるから、怪我人は出ても死人はいない。無理したところであの緑羽を地上に落とすことができませんからね。緑羽を討伐するのは無理ですって」

「あれじゃ討伐どころかまともに戦闘にもならない」


 緑羽と呼ばれるグリフォンと交戦したときのことを思い出す。


 調査部隊でアバランの町を出て魔獣深森に向かう平原。町の近くの畑を越えると青々とした草原が広がる。木がほとんど無くて身を隠すところも無い。これでは上空からはよく見えることだろう。

 先ずは遠くにゴブリンの一隊を発見した。ゴブリンの集団は十体。内二体は狼に跨がるゴブリンライダー。向こうも偵察部隊のようでアバランの町の畑に向かっている様子。


「食料の調達か、それとも侵攻の為の調査か」


 望遠鏡を覗くエクアドが遠くのゴブリンを観察する。


「あれを狙ってグリフォンが出るといいのだが」

「現れないことも想定してあのゴブリンの進行する先に行った方がいいだろう」

「畑を荒らされても困るからな」


 俺達は右に折れゴブリンの一隊が進む方向へと。


「よほど飢えていなければあの数でこちらを襲うことは無いでしょう。しかし、こうして森から出てくるということは浅部でゴブリンの食料が足りないのか、それとも畑を狙うのに味をしめたか」


 ルブセィラ女史がゼラの蜘蛛の背から推測したことを話す。今回、馬は無しで徒歩で。魔術師以外は全員が弓にクロスボウと手に持っている。

 グリフォンに見つからずに運良く森まで行けると馬が邪魔になる。グリフォンに見つかったとなると、グリフォンに怯えない戦馬は数が少ない。

 ゼラの背にはルブセィラ女史を乗せ、俺は歩くことにした。クロスボウの弦を引き矢をつがえる。

 やがて近づいてくるゴブリンの一隊もこちらを見つけて足を止める。障害物も無いのでお互いに見つけやすい。まだ弓の届かないところでゴブリンの一隊は集まって何か相談している様子。さて、こちらに襲ってくるか、それとも引き返していくのか。

 数はこちらが多く襲撃するのを躊躇っているようだ。こちらの面子ではゴブリン十体程度では肩慣らしにもならないか。


「ゆっくりと前に進んで追い返すとするか」


 エクアドの指示で全員が武装を確認して前進する。このとき前方のゴブリンに意識を向けていたので気がつくのが遅れた。


「来たっ! すいっ、ちー!」


 ゼラが叫び上を向く。右手を振って魔法で上空に氷の盾を作る。その氷の盾がパキンと音を立てて割れた。割れた氷の向こう、青い空に優雅に浮くのは緑の羽毛のグリフォン。いきなり現れて何か攻撃をしてきた。全員に緊張が走り防御体勢をとる。

 こちらを見下ろす鷹の顔、四本の鷹の爪は足場の無い空に立つように。尾羽がやたらと大きく陽光を透かして翡翠の細工のように見える。

 空に一匹、まるで空の王のように大地を見下ろしている緑の羽毛のグリフォン。

 アバランの町で雇ったハンター兄弟が、


「今のは緑羽の警告ですよ。大人しく引き返しましょう」

「あの高さから射ってくるか」


 ゼラの背でルブセィラ女史が眼鏡をキラリとさせる。


「今のは風弾では無く風刃。これだけでも並のグリフォンでは無いと解りますが、ずいぶんと美しい色合いですね。尾羽の大きさといい未確認のグリフォンの亜種か変異種。何を仕掛けてくるか解りません。注意を」


 グリフォンだけならば様子を見ながら後退するところだが、今はゴブリンの一隊もいる。


「むー、」


 グリフォンを見るゼラが険しい顔をする。


「カダール、あのグリフォンは殺しちゃダメなんだよね?」

「そうだゼラ。できたら捕獲で」

「それ、難しいかも」


 ゼラが手をグリフォンに向ける。


「しゅぴっ!」


 ゼラの手から蜘蛛の巣の投網が三つ、上空に浮かぶグリフォンへと飛ぶ。ゼラは捕獲が難しいと言うのはこの距離だからか? 空を飛ぶ魔獣は如何に地面に落とすかが難しい。

 ゼラの放った蜘蛛の巣投網がグリフォンに届く前に、グリフォンの手前で突然方向を変える。投網が形を変えてクシャリと歪みあらぬ方向へと飛んでいく。何だ?


「むー、らいっ!」


 ゼラの手から雷の鞭が走る。だがゼラの雷鞭もグリフォンに当たる前にパシンと弾けて失せる。避けもせずに見下ろしていたグリフォンの目が光る。


 ――ルルロロロロロッ!


 グリフォンが嘶き緑の翼を広げる。何か、不味い。嫌な予感がする。


「く、射て!」


 エクアドの号令で全員が構えて弓を射つ。俺もクロスボウでグリフォンを射つ。


「ゼラは防御を頼む!」

「ウン!」


 背筋が泡立つ。あのグリフォンがやろうとすることをやらせちゃいけない。何だこの嫌な感じは? エクアドもそれに気づいて射撃指示を。だが、下から射ち上げるこちらの矢はグリフォンの周囲でクルリと向きを変える。まるでグリフォンの周りに見えない竜巻でもあるように。

 こちらの矢を逸らし、ゼラの魔法すら弾く障壁? 防御陣? 


「ルロロロロロッ!」


 止めるのに失敗した上に怒らせたか。


「皆、ゼラの近くに集まれ! ゼラ!」

「すい! まー!」


 ゼラが魔法で作る氷のドーム。厚い氷の壁が作る半球状の防御陣。白く濁る氷の壁でその先で何が起きてるのかは解らないが。


 ズガガガガガ!!


 氷壁を外から叩き削る音が連続で響く。


「風刃を射つにしてもいったい何発射っているんだ? だがゼラの氷壁ならば」

「ゴメン、これ、持たない」

「え?」


 珍しくゼラが弱音を吐き、直後に氷のドームが砕けて割れる。こんなにあっさりと。


「――エウローン、守りの風よ、“風殻(エアシェル)”!」


 ルブセィラ女史が風の防御陣を張る。だが、氷壁を砕き割り、風殻で勢いを弱めてもまだ形を残しているグリフォンの風刃が俺達を襲う。落ちてくる氷の破片から手で頭を守る中で、氷の防壁で数を減らした風刃の残りが天から降る。


「きゃあっ!」

「うあっつ!」


 風刃で切られた血飛沫が舞い、隊員の悲鳴が上がる。


「全員後退! アバランの町まで走れ!」


 エクアドが撤退指示。全員がグリフォンを警戒しながら後退する。


「ゼラ、俺と殿(しんがり)だ! 皆を守ってくれ!」

「ウン! 任せて!」


 風弾を射つグリフォンはいるが、無数の風刃を放つグリフォンだと? クロスボウに矢をつがえつつゼラと並んで後退する。

 グリフォンの方は逃げようとする俺達を追撃しようとはせず、最初に現れたところから少しも動いていない。これならグリフォンからは逃げられるか?


 だが、後退する俺達を見て今度はゴブリンの一隊が動き出す。狼に乗るゴブリン二体が先行し、俺達にゴブリンの一隊が向かってくる。

 弱ったところを襲うつもりか、ケガ人が出て逃げ出したのが弱々しく見えたか。上空のグリフォンを警戒しながらゴブリンの相手は厄介だ。ちくしょう。

 ゼラとその背に乗るルブセィラ女史はグリフォンを警戒し、すぐにでも防御陣を放てるように構える。

 笑みを浮かべて駆けるゴブリンライダーの頭を狙ってクロスボウを構える。この場合、グリフォンの威を借るゴブリンとでも言うのか。


「ルルロッ!」


 上空のグリフォンが吠え、風刃がひとつ空から降ってくる。その風刃はゴブリンライダーの跨がる狼の首を切り飛ばす。首を無くした狼は前につんのめり、その背に乗るゴブリンは大きく前に投げ出されて、グギャギャと鳴きながらゴロゴロと転がる。

 グリフォンがゴブリンの味方をする、ということにはならないらしい。俺達もゴブリンも同じようにグリフォンのナワバリに入った侵入者、ということか。

 グリフォンは今度はゴブリンの一隊を追い出すことにしたようで、ルルロッ、と叫んではゴブリンの一隊に風刃を飛ばす。


「今のうちだ! 皆逃げろっ!」


 エクアドの指示で全員が振り向きアバランの町へと走る。グリフォンはゴブリンに風刃を射ち、ゴブリンの一隊もグギャグギャと泣きわめいて森へと逃走していく。


「カダール、乗って!」


 手を伸ばすゼラの手に掴まり、ゼラの蜘蛛の背に乗る。ルブセィラ女史と二人乗りになり、ルブセィラ女史を後ろから抱えるような体勢に。


「なんでしょう? こうしてゼラさんとカダール様に挟まれると、なんだか不思議なドキドキが、」

「ルブセィラ、変なところで余裕があるな。こちらは窮地だというのに」

「もう窮地は脱しましたので。風の魔法に特化したグリフォン、緑羽ですか。何十発という風刃を連続で射つとは異常ですね。風刃乱舞とでも呼びますか」


 こうしてグリフォンを調べるという目的は少しは成果があったが、部隊にケガ人を出し必死に逃げ帰るという悲惨な目にあった。


 

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