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蜘蛛の意吐 ~あなたの為ならドラゴンも食い殺すの~  作者: NOMAR
~あなたの為ならトカゲの王も見つけるの~
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四の二十


 歓迎の宴の方はエクアドに任せて俺とゼラはほどほどで切り上げて夜営のテントに戻る。アルケニー監視部隊は半数に分けて、片方はテント周りの警備。残る片方は町で用意された宿を兵舎に使わせてもらうことに。

 かなりの酒が用意されていたのでいつまで焼き肉パーティで飲むのか解らないが。ゼラが魔法の明かりの玉を出して置いてきたので、夜がふけても明るいと喜んでいたし。

 ゼラ専用の特大テントに戻ると待ち構えている人物がいた。


「お帰りなさい」

「クチバ、来ていたのか」

「ハガクもいますよ」


 特大テントの中でくつろいでワインを飲んでいるのは、クチバとハガク。ウィラーイン諜報部隊フクロウのクチバにエルアーリュ王子の隠密ハガク。どちらも東方流れの女性で、東方人らしい暗い灰色の髪をしている。


「ゼラちゃんのご飯もコッソリ持って来てますよ」

「お肉♪」


 クチバが袋を開け、その匂いにゼラが喜ぶがその前に。


「ゼラ、鎧を脱いで手を洗おうか」

「ウン」


 ゼラの赤いブレストプレートを外して、鎧下を脱がせる。ブラジャーも外して楽になれるように。白いキャミソールを着せて、首にはナプキンをかけて。着替えが終わったら桶をひとつ持って来る。


「すい」


 ゼラが魔法で水を出して桶に入れる。手をパシャパシャと洗って、その手を俺がタオルで拭く。

 ゼラの綺麗にする魔法でも良いのだが、こういうところで人の習慣というのをゼラに真似して貰う。

 俺とゼラのその様子を見ながらワインを飲むハガクがポツリと言う。


「伯爵家の長子が、まるでメイドのように魔獣の娘を着替えさせて世話を焼くというのは、奇妙なものだ」

「そうか? とは言ってもアルケニーの世話をする者自体、これまで一人もいないのだから、誰がしても奇妙だろうに」

「この姿を見ると黒蜘蛛の騎士、というよりは黒蜘蛛のお母さんだ」


 む、たまにこうしてるとゼラの親にでもなったような気がすることもあるが。クチバが用意した皿の上の羊の生肉に、


「いただきまーす」


 と、ゼラがかぶりつく。血の滴る生肉を手でつかんで食べるのがゼラのいつもの食事風景。人には見せないように気をつけて、テントの中で。

 先ほどまで焼き肉を食べてはいたが、焼いた肉は少ししか口をつけていない。ゼラは生の方が好きなのだ。

 肉を用意したクチバがゼラに聞く。


「ゼラちゃんが食べられるって解ったから内臓(モツ)の方も持って来たのだけど、どう?」

「えっとね、しんぞう? このコリコリしてるのが好き」


 ゼラは目を細めて羊の心臓をムシャムシャと食べ、口からは血が垂れる。クチバはゼラの食事も見慣れてはいるのだが、ハガクが見るのは初めてでは無かったか?


「ゼラの食事を初めて見る人は驚くものだが、ハガクは平然としているのだな」

「いや、驚いている。面に出していないだけだ。これは吸血鬼もかくや、という有り様だ」

「少し食習慣が違うだけで、見慣れるとたいしたことでは無いのだが」

「これを見慣れて一緒に食事ができるというのは、カダールもエクアドも並みでは無い」

「人には見せないように気をつけてはいる。だが、東方では生の魚を食べると聞いたが?」

「その代わりに東方では獣の肉はあまり食わないのだ」


 人でも地域で食習慣は変わるものだ。ゼラが生肉を食べるのも、あまりたいした違いでは無いのではないか? 焼くという手間が無い分、炭も薪も要らない。その分、無駄が無いというか経済的というか。ハガクがじっと見てるのに気づいたゼラが食べる手を止めてハガクに訊ねる。


「えと、ゼラ、怖い?」

「俺のことは気にするな。いつも通りにするといい」

「ンー、ウン」

「では、カダール、こちらの話をしようか」


 驚いたと本人は言っているが平然としているように見える。流石、王子の隠密というところか。ゼラはあむあむと食事を再開。

 今回、フクロウのクチバと隠密ハガクには偵察に出て貰っている。これからアルケニー監視部隊が廻るルートの下調べだ。

 ウィラーイン領諜報部隊フクロウで手が足りない部分を、隠密ハガクとその配下にやってもらうことに。

 エルアーリュ王子が調べさせた各地の情報も隠密ハガクが持って来てくれる。

 テーブルの上、羊の生肉の乗った皿の隣にハガクが地図を出す。


「今のところおかしなものは見つかってはいない。邪教徒の集団、古代妄想狂、至蒼聖王家の転覆を企む狂信的平等主義者、何れも大規模なものは無い」

「あれば大事になりそうだ」

「小規模で潜伏してるものは見つけようが無い。組織が大きくなれば隠し切れずに目に着くが、魔獣深森の古代遺跡など、人が行かないところを根城にされると見つけ難い」

「そこに物資を運ぶ者を見つければ怪しむこともできるが、それを上手く隠されると発見できないか」

(くだん)のラミア、アシェンドネイルが英雄物語を創るべく、各地に悪役候補を作っているとしたら最悪なのだが」


 ハガクが、ふう、とため息をつく。


「野盗、山賊、この類いもほとんどいない。今回の調査で見つけた者については、ハンターギルドに新たに賞金首として手配した。小物しかいないが」

「この前の闇の母神教徒のような集団は?」

「見つかってはいない。これでいないとは言い切れんが、いる可能性は低くなった。深都についても手がかりは無し。古代文明を復活させようという古代妄想狂には、かつての魔術文明を残す地下都市の伝説があるが、眉唾ものだ。これが関係するかも解りはしない」

「今のところアルケニー監視部隊が警戒するものは無しということか?」

「ラミアのような魔獣の魔法使いに本気を出されたら、俺では見つけられん。口惜しいが」


 話を聞いていたクチバが聞いてくる。


「そのラミアの目的は解りませんが、ゼラちゃん連れてあちこち行くのは危険では?」

「それも考えたが、ウィラーイン領に引きこもったところでラミアの幻術への対抗手段が難しい」

「王子が王家のイメージアップに都合良く使いたいだけでは?」

「ついでにアルケニーのゼラのイメージアップにもなる。エルアーリュ王子はそこも考えてくれている」

「教会の聖獣認定ですか? ゼラちゃんが聖堂で華やかな結婚式をしたいからって」

「ン、結婚式! ゼラはせいじゅうになれそう?」


 ゼラが訊ねるのにクチバは苦笑して、


「そーですね。フクロウはそのために尽力しますですよ」

「ありがとう、クチバ」


 ラミア、アシェンドネイルが何をしてくるのか、まだ、何かしようというのか、それは解らず不安はある。しかし、怖れてばかりでは何もできん。


「クチバ、フクロウの方はどうだ?」

「順調ですよ。絵本『蜘蛛の姫の恩返し』は売れています。特にフェルトぐるみのついた最新二巻の限定版はもう売り切れ。紙芝居も好評です」


 クチバの言うことにハガクがぼやくように。


「ウィラーイン領諜報部隊の堂々としたやり口にそれを仕掛ける赤炎の貴人には、驚かされる。クチバもよくやる」

「そーですね。でも私はもともと忍向きじゃ無かったので、こっちの方が楽しいですよ」


 フクロウは情報収集をしつつ、アルケニー監視部隊の廻るところに先に絵本を売り、紙芝居を子供に見せて、ゼラを受け入れやすくする下地を作る。こんなことを仕掛けたのはもちろん母上なのだが。そのついでにフクロウに絵本の行商をさせて利益も出そうという。ローグシーの町周辺でしたことを、他所の領地でもしている。


「酒場では弾き語りで対メイモント戦とか、ゼラちゃんの治療部隊の活躍とかおもしろおかしく歌にして。紙芝居では飴を売りつつ。もともと蜘蛛の姫が話題になっているので、皆さん喜んでくれますよ」

「そ、そうか。この町でも絵本を知ってるのがいたし、もう十分か?」

「何をおっしゃいますか。人形劇が評判良くなってきたところですから、まだまだ売れますよ」


 母上が作った絵本のおまけのフェルトぐるみ。ここから蜘蛛の姫や赤毛の王子のぬいぐるみといったグッズを売り出し、これが旅回り人形劇団に発展した。どこまで行くんだこれ?


「ゼラちゃんが話題になる間は『蜘蛛の姫の恩返し』はブームが続きそうですね」

「屋根の上の拐われ婿も吟遊詩人が歌っていたぞ」


 隠し切れないから如何に見せるか、という母上の言うことも解るがこれはやり過ぎではないかのか? いや、流行というのはコントロールできないものなのか? ちょっと目眩が。


「ひとつだけ気になるのはここだ」


 隠密ハガクが地図の一点を指差す。横に長い形のハイラスマート領、その中で魔獣深森に接するところ。


「森の浅部にコボルト、ゴブリンが出て来て、以前より畑への被害が少し増えている」

「む? 王種誕生の兆候か?」

「まだ解らん。ハイラスマート伯爵は王立魔獣研究院に調査を依頼したところだ」


 魔獣深森の深部で強い魔獣が現れ、魔獣同士のナワバリ関係が変化。深部より追われた弱い魔獣が人の領域に近づくと魔獣被害が増える。

 変異種が誕生して暴れ出す、または、王種が誕生して特定の種がやたらと増える。こういうときに追われた魔獣が人里で目に着くようになる。

 ただ、人の畑に手を出すのに味をしめたのが出て来ただけ、というのと区別がつきにくい。なので王立魔獣研究院に詳しく調べてもらうのが対処として正しい。


「ハンターギルドもこの地の守りにハンターを集めている。俺の配下にはこれから森の方を調べさせるところだ」

「解った。その町に着く頃には詳しい情報が欲しいところだ」

「変異種、王種、となればここに行くのはやめた方がいい」

「逆だハガク。そのときは住民の避難の為に俺達は役に立つ。騎士が民を見捨てるなど、あってはならんことだ」

「まったく、粋な奴だ。突っ込む前に調べるだけ調べておく」

「いや、避難誘導や護衛はしても突撃はしないぞ」

「三万のアンデッドに二人で突っ込んだ奴が言っても、説得力が欠片も無い」

「あのときはあのときだ」


 誤魔化すようにワインを煽るように飲む。あのときはゼラは無敵だと勘違いしていた。今はゼラの弱点も解っている。無茶はさせられない。しかし、俺は騎士として民を守る義務がある。それにゼラを付き合わせて挙げ句にゼラに助けられるのは情けないところなのだが。

 これではヒモ呼ばわりされても否定できんか。

 空になった杯にハガクがワインを注ぐ。お返しにこちらもハガクの杯にワインを注ぐ。


「お前のような奴はそれでいい。代わりに周りの輩を上手く使ってやれ」

「上手く使うも何も、解ってる奴らが多いから俺が言う前に動いてくれる」

「動きたい気分にさせてるのはお前だろうに」


 ハガクの掲げる杯に俺も杯を合わせる。木製のワイングラスはコンと小さい音を立てる。薄く笑うハガクを見てクチバがおやおや、と。


「あまり表情を顔に出さないハガクが笑うなんて」

「クチバは面白い主を見つけたものだ」

「それはお互い様でしょう」


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