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蜘蛛の意吐 ~あなたの為ならドラゴンも食い殺すの~  作者: NOMAR
~あなたの為ならトカゲの王も見つけるの~
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四の十八


 ゼラの新しいブレストプレートが完成した。赤い色は前のものより明るく鮮やかになり、ショルダー部分は少し大きくなった。


「むふん、ふふー♪」


 ゼラが喜んでいる。新しい鎧はショルダーの下部分に花の絵が描かれていて華やかになっている。新しいブレストプレートを着けたゼラに、俺とエクアドが可愛いと言ったところ、上機嫌になった。この絵は鍛冶師妹が描いたと。


「可愛くするには絵を入れるかアクセサリーを着けるかなので。儀礼用の方は絵では無く立体彫金にしますよ」

「ショルダーに描いてるだけだと、洗うと落ちてしまうか」

「簡単には落ちませんが、使ってるとそのうち剥げますね」


 ゼラの蜘蛛の背に乗ってみる。ブレストプレートの背中の取っ手は位置を少し高くして、握りが太くなり掴みやすくなった。ハ、の形で二つ着けてある。前のものは無理に取り付けた為かガタが出たが、今回はブレストプレートと一体になっているので外れる心配が無い。ハ、の形にしたので少しだけ手綱を握ってる感じに近くなる。

 新しいブレストプレートを着けて、ゼラが軽く動く。手を上げ下げしたあとは走ったりジャンプしたり。俺は蜘蛛の背に乗ってゼラの様子を見る。


「ゼラ、どんな感じだ?」

「ウン、前のよりも楽ー」

「借り物でサイズの合わない窮屈なものを、我慢して着けてもらっていたんだよな」


 ゼラの胸は大きく、ブラジャーも鎧下もあの鍛冶屋で作ったものの中では最大となった、と聞いている。


「ね、カダール。動かしてみて」

「動かすって、何を?」


 ザザザザザ、と走るゼラに蜘蛛の背に乗ったまま、はて、動かすとは? ゼラは軽く走りながら首だけで振り向いて、


「背中の取っ手、それと、カダールが身体を動かすの」

「この取っ手は固定されてて、動くようにはできて無いのだが」

「その取っ手でゼラに行きたい方、教えて」


 なんとなくゼラの言いたいことが解った。取っ手を右に引き自分の身体を右に少し倒す。


「ぎゅーん」


 ゼラが言いながら走る。走る方向が右にカーブしていく。取っ手を左に引き身体を左に倒すとゼラは今度は左にカーブしていく。

 前はしがみついているだけだったが、これなら右に、とか、左に、と、言わなくてもゼラには取っ手から伝わる感触が背中で解る、ということらしい。前に体重をかけて取っ手を押すとゼラは加速して、後ろに体重をかけて取っ手を引くとゼラは減速する。


「これは、楽しいな」

「カダール楽しい? 良かった」


 また戦闘となればゼラは自分で考えて行動する。そのときには、またしがみついているのが精一杯になるのだろう。それでもゼラが背中に乗る俺の意図を、取っ手を通して感じてその通りに動くというのは、なんだろう、これまでに無い新しい乗り物のような。これはおもしろい。

 ゼラの蜘蛛の背に乗り駆け回る。戻ったところで、


「ずいぶんと楽しそうじゃないか?」

「エクアドも乗ってみれば解る」


 エクアドにコツを教える。膝立ちになるようにゼラの蜘蛛の背に乗り重心を移動させて、その動きを取っ手を通してゼラに伝える、と。


「何も言わなくてもゼラがこちらの意図を読んでその通りに動いてくれる。ジャンプだけは口にして言わないとならないが」


 エクアドがゼラに乗り、次は鍛冶屋姉妹が鞍作りの為に乗ってみたいと言うので乗せてみる。

 蜘蛛の背に乗り、ふおおー、と、はしゃぐ鍛冶師妹を見てエクアドが呟く。


「ゼラに(まさ)る騎獣はいないな」

「だが、ゼラの全力の動きに耐えられる乗り手がいない。本気を出されたら落ちないようにするので精一杯だ」


 鍛冶師姉が腕を組んで考えてる。


「馬とは全然違うね。こりゃ鞍の方もどう作ってやろうか、悩むねぇ」

「そっちは急がないからじっくり考えてくれ」


 準備を終えてアルケニー監視部隊はいよいよ出発。エルアーリュ王子の命にて水不足の懸念される地域への支援に。


「ワシもそっちについて行きたいが」

「私も一緒に行きたいわ」

「父上、母上、ウィラーイン領の仕事をしてください」


 プラシュ銀鉱山は復旧したばかり。ゼラが井戸堀りしたところも穴を掘っただけなので、そこに職人を送って井戸として完成させなければいけない。町壁、村壁もウィラーイン領兵団で仕上げないと。邪教徒のアジトの再調査に教会の使者と話あいもある。


「遊びに行く訳では無いのですから」


 王都近辺では王国魔術師団が水不足解決に出向いている。王都より離れたウィラーイン領周辺の地域で、ゼラの魔法で水を出す予定。

 この際、灰龍被害復興に支援してくれたところを優先するルートで回ることに。


「先ずは南のハイラスマート伯爵領を目指そう」


 アルケニー監視部隊は馬と馬車で、俺だけがゼラの蜘蛛の背に乗る。

 馬に乗り並んで進むエクアドが、


「アルケニー監視部隊のみでは、初の遠征か」

「エクアド、何か不安でも?」

「いろいろとある。ラミアのこと、第二王子の派閥、あとは教会の動向と」

「それも解るが水不足に困る民を見捨てることもできん」

「そうだな。それと宮廷の序列か、貴族の付き合い、晩餐会だとか茶会はカダールに任せてもいいか?」

「隊長はエクアドだろう」

「男爵家の三男坊がそういうのを気にする立場になるとは思わなかった」

「アルケニー監視部隊はエルアーリュ王子の直轄で王軍だ。宮廷序列とは無関係、気にするところでは無いだろうに」

「カダールはそう言うがな、送った手紙の返事の中には、歓迎の宴を開きたいというのも多くてな」

「それは俺も見たが、王子の直轄部隊を労おうというものでは、」

「目を逸らすなよカダール。どう見ても俺とカダールに見合いの話を持ち出そうというのが解るだろうに。手紙の返事に何故、娘自慢と似顔絵がついてくる」

「むう、任務に集中すると言って、茶会も晩餐会も断るか?」

「ある程度は退けられるか。だが、付き合いも必要だろう。今やウィラーイン伯爵領とアルケニー監視部隊は注目されているのだから」

「ゼラの活躍が広まっている、か」


 ゼラが首だけ振り向いて訊ねてくる。


「ゼラの活躍?」

「対アンデット戦にその後の出張治療院とか」

「ゼラ、がんばった? 褒めて!」


 後ろからゼラの頭をワシワシと撫でる。俺は今はゼラの胴の両脇から足を前に投げ出している。ゼラはお返しなのか俺の太股をムニムニする。

 後方で見てるアルケニー監視部隊が何かブツクサ言っている。


「行軍しながらいちゃつくって、ゼラの嬢ちゃんも副隊長も器用なことを」

「副隊長も最近は遠慮しなくなってきたねー」

「そりゃ、閨まで監視されてりゃ開き直るか」

「倉庫の中の二人の寝床はカーテンで覆われてて、何をしてるかは見えないわよ」

「夜間の監視小屋警備は男の隊員は外されることになったから解らねぇ。どうなってるんだ?」

「どうって、監視小屋から倉庫を覗いても微かにカーテンにシルエットで見えるだけで、よく解らないけど」

「ゼラちゃんの声は聞こえるけどね」

「この前は副隊長が、『ゼラ、いつの間にそんな技ををを!』って叫んでた」

「技? 技ってなんだ?」

「副隊長、ゼラちゃんに何をやらせてるの? 変態……」

「ま、まぁ、覚えたてってのはいろいろと試したくなるものらしいからね」

「二人とも始めるとタフよねー」

「副隊長、マジ精豪」

「最近は夜の倉庫の見張りが、ムラムラモヤモヤして辛いときがあってね」

「あー、解る。ねぇ、エクアド隊長、替えの下着を部隊の経費で落としてくれませんか?」

「フェディエアと相談しよう」

「経費の名目はどうしましょうか?」

「先輩、なんで下着の替えが必要なんですか?」

「後でコッソリと教えてやる」

「あたしが教えてやろうか?」

「やめとけ、こいつにはまだ早い」

「いえ、僕ももう見習いじゃなくて騎士ですよ」

「こういう純な少年にはアルケニー監視部隊は刺激が強すぎないか?」

「だからもう一人前ですってば。少年呼ばわりはやめて下さい」

「じゃあ、ちゃんと一人前にできるかあたしが調べてやろうか?」

「なぁ、ゼラの嬢ちゃんがすげぇのは知ってるけど、うちの副隊長ってただのヒモじゃね?」

「あ、こら、お前」

「戦闘力でゼラちゃんに敵うわけ無いでしょ」

「ゴスメル平原ではちゃんとしてたじゃない?」

「最近は鼻の下伸ばしてるとこしか見てないからなぁ」

「ゼラちゃんの恋人ならちゃんとしてくれないと」

「だったら俺らで副隊長を鍛え直すか?」

「そうだね、ゼラちゃんに相応しく、カッコよく凛としてもらわないと」


 うぐぐ、好き放題言ってくれる。だが、上司の愚痴で盛り上がりそれで連帯感が深まるのなら、良いことか。俺が部下の戯れ言を受け止める器量があればいいのか。

 振り向いてアルケニー監視部隊に言っておく。


「お前達、よその領地ではそういうお喋りは慎むように」

「「解ってますって」」


 息が合ってる。まったく。


「俺が弛んでるところはあるか、この行軍では俺の訓練にも付き合ってもらうぞ」


 へーい、と、気の抜けた返事をするアルケニー監視部隊。ゼラも何か言いたいのか皆の方を向く。


「カダールは世界一カッコいいよ。優しいよ」


 ゼラの言葉に何人かが口から砂を吐くような顔をする。その後、夜営前にアルケニー監視部隊の何人かと手合わせしたが、やたらと力が入ってて実戦さながらの訓練となり、ちょっと疲れた。


 それと行軍中はムニャムニャ禁止で、とゼラに言ったところ。


「えー? じゃ、遠征が終わったら、いっぱいしよ」

「あ、あぁ」

「ムニャムニャは禁止でも、ムニャムニャ寸前までならいいの?」

「いや、その、」


 アルケニー監視部隊が他所の領地で破廉恥部隊と噂を立てられる訳にはいかない、とゼラには説明する。

 その分、出発前に目一杯したので寝不足なのだが。

 そのときのゼラの声を聞いていた、という女ハンターと手合わせしたが、微笑みながら手加減無しの本気で攻めてくるので、死ぬかと思った。

 こんな感じの道中で、俺達はハイラスマート伯爵領を目指して進む。



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