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蜘蛛の意吐 ~あなたの為ならドラゴンも食い殺すの~  作者: NOMAR
~あなたの為なら神の瞳だって~
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三の十八


『カダールだいすき!』


 真っ直ぐに聞こえた声。俺を人形のように持ち上げて、抱き締めて、間近から。他意も邪意も無い、すっきりとして、ただ素直なゼラの一声に、戸惑うばかりで何て返していいのか解らない。あのときはそのまま、何も言葉にできずに口を半開きにしていたような。

 赤紫の瞳に見つめられて、その瞳に映るのは俺だけだった。

 何年も、十三年もそうして俺を見ていたのか、ゼラ。初めてゼラの気持ちを聞いたときには、何も応えてやれなかった。だが、今は違う。

 俺を抱き締める褐色の細い腕。俺を軽々と持ち上げる腕力。

 ゼラの魔獣の部分を怖れていた。今もまだその怖れは少しはある。が、そんな怖れは随分と小さくなった。ゼラの笑みを見る度に、ゼラの好きを聴く度に、胸に暖かさを感じて、それが鼓動とともに膨らんでいく。

 今ならそれを素直に言葉にできる。

 だが、なぜか口が動かない。ゼラの頭を撫でようとしても、手が動かない。

 何も言えない俺を見て、ゼラは悲しそうに眉をひそめる。そっと俺を地面に下ろすゼラ。

 ゼラにそんな顔をさせるな、俺。何をしているんだ、俺は? ゼラ?

 ゼラが悲しそうな泣きそうな顔で俺を見て、振り返って歩いていく。ゆっくり遠ざかっていく。蜘蛛の脚がいつもより重たそうに引きずるように蠢いて、ゼラが離れていく。

 俺は何をしている? ゼラを引き止めろ。好きでも愛してるでも何でもいいから、言葉を出してゼラを止めろ。だが、意に反して俺の口は動かない。追いかけようにも足が動かない。

 ゼラが遠くに離れていく。ゼラを行かせるな、泣かせるな、動け口、動け手足。首を振って身動きしようにも動けない。まるで、猿轡を噛まされて手足を縛られているような。もがいて、もがいて、必死にあがいて、それでも身体は動かない。離れて小さくなっていくゼラを見送るだけ。行くなゼラ、何処にも行かないでくれ――、


「うぇあ、」


 ゼラ、と、口にしたつもりで変な声が口から漏れる。なんだ? ここはどこだ? 今のは夢か?

 首を振って現状を確認する。今の俺は椅子に座らされている。両手両足が椅子に紐で縛りつけられていて、身動きがとれない。首から上は動かせるが、口には枷が嵌められて喋れない。少し頭が痛い。

 睡眠薬入りの酒を飲み、両手両足が拘束されてたせいでおかしな夢でも見たのか。ゼラが泣きそうな顔で遠くに離れていくなんて、夢にしても嫌なものを見た。


 口枷のせいで少し息苦しいが、何度かゆっくりと呼吸する。気を沈めて周りを見回すと棚があり酒瓶が並んでいる。酒樽がある。天井からぶら下がるランプに照らされて周囲が良く見える。この白い明かりはオイルランプでは無くて魔灯光か。“光明(ライト)”の効果を持続させる魔術具の明かり。

 ここはどうやら酒蔵か。あの酒場の倉庫かそれとも地下か?

 俺の右隣には俺と同様に椅子に縛りつけられたフェディエア。左隣には護衛の二人も同じ姿で、四人並べて一列に。さて、薬で眠らされてどれだけ時間が過ぎたのか。


「目が覚めたか」


 声が聞こえた方を見れば男がいる。中年の男性で酒場の中で見た客の男だ。白いものが混じった赤茶色の髭の男。

 そいつは壁に近づいて壁から下がる紐を引く。鈴の音がリンと鳴る。合図のようでしばらくすると扉を開いて人が入ってきた。黒いローブの魔術師風の男がふたり。そして青いドレス姿の女がひとり。しかし、何て格好だ。まるで舞踏会にでも行くような鮮やかに青く裾の広がったふんわりとした派手なドレス姿。ただ、舞踏会用らしからぬのは、首回りも胸元もしっかりと肌を隠して色気を見せるというものでは無いというところか。顔と手先しか、白い肌が見えない。


「薬の量が多かったのですか? 目覚めるのが遅いのでは無いですか?」


 淡々と乾いた声音で話す青いドレスの女。こいつがフェディエアの言う“精神操作(マインドコントロール)”使いか。

 黒いローブの男が、薬の量に問題は無いとか、一杯でも確実に効果を出すために、とか、言い訳じみたことを青いドレスの女に言っている。


「馬車を用意してください」


 女が言うと黒いローブの男がひとり酒蔵の外に出る。女は俺を見る。白く長い髪は結わずに下ろされ腰まで伸びる。その瞳は暗めの赤。人形のように整った顔立ちで表情が伺えない。不思議な印象、まるで人間というよりは動き出した精巧な人形のようだ。見た目は美しいが生気に欠けるというか。肉体に損傷の無いゾンビのような。

 青いドレス姿の女は俺達をひとりずつ順に見ていく。フェディエアを見たところで、


「あら?」


 小さく驚く声を出す。フェディエアに顔を近づけて確かめるようにジロジロと見る。その女に残る黒いローブの男が問いかける。


「どうした? 何かあったか?」

「いいえ、気のせいでした」


 さらりと返しつつも、青いドレスの女の目は少しだけ楽しそうに細められて、初めて表情が見えた。

 女がフェディエアの額に触れる。フェディエアも椅子に縛られて口には枷。操られているフリを続けているのか、大人しく座って女を見ている。


「オブス、夢の帳を降りる、プラールダ、影の檻に鍵をかけて、ベルシェ、ゼバオス、エルエリエラソーン、写した影の詩の狭間……」


 聞いたことも無い歌うような詠唱、これが“精神操作(マインドコントロール)”の邪術か? 

 フェディエアに術をかけ終えたようで次は俺の前に立つ。フェディエアの様子は術をかける前と変わらず、大人しく椅子に座ったまま。

 青いドレス姿の女が俺に手を伸ばす。首を振って逃れようとしても、椅子に縛りつけられてほとんど動けない。


「大人しくしていなさい。そうすれば、連れの三人にもあなたにも身体に危害はくわえない」


 女の赤い瞳を睨みつける。さて、誘拐された男としてはどういう態度が正解なのだろうか? 何処まで信用できたものか解らないが、危害はくわえないと聞いて、大人しくする。

 女の白い手が俺の額に触れる。髪も肌も白く、目と唇以外には色味の無い女。

 俺の額に触れる指は少しひんやりとしているが、体温がある。これはゾンビでは無いか。そもそもゾンビであれば流暢に話したりはしないか。

 “精神操作(マインドコントロール)”という邪術を使う、何処か浮世離れした女。

 俺にもフェディエア同様に術をかけて、残る二人の護衛にも額に触れて歌うような詠唱を唱える。


「終わったか?」

「はい、これでかかりました」


 黒いローブの男が訊ねて青いドレスの女が丁寧に返す。黒ローブの男が偉そうで女よりも上の立場なのだろうか。見てるだけで何もせず、落ち着かないようにソワソワしているが。

 女が最初から俺達を見張っていた髭の男に頷くと、髭の男は俺達を椅子に縛りつける紐をほどく。


「立ちなさい」


 青いドレスの女が感情の無い声で言うと。


「「はい」」


 俺達は返事をして立ち上がる。驚いた。俺は返事をする気も無く、立つつもりも無かった。それなのに俺の口は返事をして、俺の身体は言われた通りに椅子から立つ。これが“精神操作(マインドコントロール)”か。フェディエアは別人が身体に入って勝手に自分の身体を動かしているようだと言っていたが、確かにその通りだ。俺の意思で俺の身体が動かない。

 自分の意識はある。あるのだが、手も足も口も自由にはならない。


「馬車の用意ができればここから移動します。それまでこの部屋で大人しくしていなさい」

「「はい」」


 立ったまま揃って返事をする俺達。思い通りにならない身体に閉じ込められているような、奇妙で落ち着かない感じだ。

 フェディエアが青いドレスの女に聞く。


「馬車の用意にはどれだけ時間がかかりますか?」

「それほど待たせはしません」


 続いて俺が、俺の口が勝手に動いて言葉を紡ぐ。


「水を貰いたい。喉が乾いたのだが」


 左隣の女騎士も、


「私も水を。さっきのベーコンは塩気が強すぎない?」

「水は用意します。他には?」


 護衛の男ハンターが手を上げる。


「トイレは何処だ? 小便がしたい」


 見張りの髭の男がついて来いといい、男ハンターを連れて扉の外に出る。身体の自由は奪われて自分の意思で身体は動かせない。しかし、自分の代わりに自分の身体を動かす者がいるというのは、不思議な体験だ。

 目の前の女には逆らわない。自発的に考えて喋ったりする。どういう仕組みか解らないが、これでは操られているとは他人から解りづらいのでは無いか。

 椅子に座り直した俺の身体はフェディエアと女騎士と話をする。さっきのウィスキーはなかなかいいものだった、とか、その代わり値段は少し高めでした、とか。俺達の身体は言われた通りに大人しく、落ち着いて乗り合い馬車を待つ客のようにお喋りして時間を潰している。

 これは恐ろしい。自分が自分の意思で自由にならない身体の中へと閉じ込められているようだ。こんなふうに人を操ることができれば、国のひとつも簡単に意のままにできそうだが。

 フェディエアとお喋りをしている俺の身体、俺の口が話してることは俺の知っていること。この俺の身体を動かしている他人はいったい何者なのか? まるでもうひとりの俺のようだ。“精神操作(マインドコントロール)”をかけた青いドレスの女への反抗心をごっそり抜かれた、もうひとりの自分が俺の身体を動かしている。

 居心地が悪い、気分が悪い。解けた直後にフェディエアがクソ野郎と叫んだのも解る気がする。

 ん? クソ野郎? あの青いドレスの邪術使いは女だが。


 酒蔵の扉が開いて髭の男と護衛の男ハンターがトイレから戻ってくる。髭の男が青いドレスの女に。


「馬車の用意ができた」

「では、移動しましょう。皆さんついてきて下さい」


 俺とフェディエアに護衛の二人はその声に従って大人しく女のあとをついていく。



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