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蜘蛛の意吐 ~あなたの為ならドラゴンも食い殺すの~  作者: NOMAR
~あなたの為なら神の瞳だって~
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三の十一◇なー、つぎのかた、どーぞー


 ローグシーへの移動は順調。途中では村と町を回り、水不足をゼラの魔法で解消したり、橋を直したり、壁を直したり。


「直で現場を見ないと解らんこともあるからの」


 抜き打ちの視察で税を誤魔化してたりちょろまかしてたりするのを脅したりなど。ウィラーイン領では魔獣深森に近い地域ほど、税は安くなるようにしている。引退したハンターなどが住むようになれば、魔獣被害も減らせる。

 これもプラシュ銀鉱山から出る利益があるからできることでもあるが。

 立ち寄る町でゼラの出張治療院を開くことに。ゼラの魔法でいろいろできることは解ったが、アルケニー調査部隊がついていけるように、ほどほどに抑えることに。

 ゼラも、その、夜のムラムラが溜まっているみたいだが、機嫌が悪くなることも今のところは無さそうだ。


「ゼラ、今日もよろしく頼む」

「ウン、任せて」

「便利に使ってしまって、すまないな」

「ゼラ、カダールの役に立つ。嬉しい」

「父上はハンターと森に狩りに出ているから、今日は長角牛が獲れるかもしれない」

「うし!」


 牛に目を輝かせるゼラ。出張治療院はアルケニー監視部隊がテントを立てて、エクアドとルブセィラ女史が仕切っていて、もう人が並びはじめている。神官の作る回復薬(ポーション)に治癒術師は、地方に行くほどに不足気味になる。ここでは既にキズと病を癒やす蜘蛛の姫、と噂になっているようだ。


「エクアド、ちょっといいか?」

「なんだ?」

「少し話がある」


 エクアドがアルケニー監視部隊に指示を出して、あとは頼むと出張治療院から離れる。俺とエクアドが並び二人で話ができるところ、別のテントへと。

 背後からはアルケニー調査班の女魔術師と女騎士の話し声が。


「エクアド隊長とカダール副隊長が二人っきりで……」

「ふふ、男同士の熱い友誼が、ぬふふ」

「え? ゼラちゃんがいるのに?」

「でもほら、カダール副隊長、溜まってるって……」


 なんだか深入りしたくない会話をしてやがる。俺とエクアドは友だが、行き過ぎた友誼とか無いからな。


「カダール、誤解が膨らまないように手短に頼む」

「そのつもりだ」


 テントの中に二人で入り、出入り口の布を締める。


「カダール、ゼラにも聞かせたく無い内密の話か?」

「そうだ、これから先の万一のことではあるが、エクアドには話しておきたい」


 エクアドが顔を寄せて小声になる。


「それは、カダールがゼラを連れて駆け落ちでもするって話か? ゼラが人の争いの種にならないように、人から隠すとでも?」

「それが必要になったときの為に。それともうひとつ、ウィラーイン家のことだ。父上も母上も子には恵まれず、後継ぎは俺ひとりしかいない」

「世継ぎのことか。もしもカダールとゼラの間に子ができたとしても、その子が家督を継げることにはならんか」

「そこはどうしても難しいだろう。魔獣の子となれば」

「カダールが人の娘の側室を、と、いうのも難しいのか? カダールの性格では。そういうところは不器用そうだし」

「解ってるじゃないか。子供の為だけに側室というのは相手に申し訳無いし、俺が言うのもなんだが、ゼラは嫉妬するだろう」

「そうなると、親戚筋から養子でも取るのか?」

「その場合、エクアド、どうだ? ウィラーイン家の養子になる、というのは?」


 エクアドを眉を片方上げて、妙な顔をする。


「俺に回ってくるのか?」

「エクアドならば父上とも母上とも上手くやれる。俺に何かあっても、ウィラーイン家のことを託せる」

「俺がカダールの兄弟に、か」

「今でも兄弟のようなものではないのか? 俺に兄弟はいないからどんなものか、よく解らんが」

「兄弟でも頼りにならんのもいるが、その点、死地を友にしたカダールは兄弟以上なんだが。しかし、オストール男爵家の三男がウィラーイン伯爵家の養子に、とは。カダールの父上は知ってるのか?」

「いや、この話をするのは今が初めてだ。どうだ?」

「すぐに応えられるか。考えさせろ」

「もちろんだ。すぐにどうこうする気は無い」


 ここまで顔を寄せて小声でこそこそと話していたが、エクアドは離れて頭をボリボリとかく。


「伯爵家の後継ぎ問題、か。その話を受ける受けないは置いといて、カダール、先走ってゼラを連れて行方不明とかするなよ」

「それは無い。もしも教会がゼラを聖獣認定とすれば、身を隠すことも無い。それでもウィラーイン家の問題は残る」

「そこも急ぐことは無いだろう。ゼラと仲良くできる側室候補が見つかるかもしれんし。まぁ、カダールが心配することも解るが」

「一筆書いてエクアドに預けておこうか?」

「急くな、そこはローグシーに戻って伯爵一家揃って話をしようか。それと、カダールが健在のうちは俺も簡単に養子になる気は無い」

「エクアド、ゼラのことは前例が無いことだ。これから先、どうなるか解らん」

「それは解らんが、ウィラーイン家がゼラを監督しエルアーリュ王子が支援する形の今、黒蜘蛛の騎士と蜘蛛の姫がセットで伯爵家から離れる形を作るというのも、他所から邪推されないか?」

「その場合はどうなる? エルアーリュ王子の直下に納まってウィラーイン家に迷惑をかけないようになるか?」

「カダール、そこはもっと自分の父上と母上を頼ってみてはどうだ? エルアーリュ王子も今のところゼラを使って何かしようって訳でも無い。それにこれは、万一のときの話だろう?」

「それはそうだが」

「なら、それでいい」


 エクアドがポンと俺の肩を叩く。


「カダールは堂々と黒蜘蛛の騎士をやっていろ。ゼラも人に慣れたか、俺の話も聞いてはくれるが、ゼラに言うこと聞かせられるのはカダールだけだ。回りのことは俺達に任せろ」

「エクアドには苦労をかける」

「いいや? 王子直下で好きにできる部隊の隊長だ。その上、おもしろいことばかり。ゼラの側にいることで、男爵家の三男坊が一目置かれるようにもなった。それにカダールにはゼラと上手くやってもらわんと困る」


 話は終わりだ、と、エクアドはテントの外に向かう。その後に続く。


「エクアドが何に困るっていうんだ?」


 テントの外に出ると離れたところでアルケニー監視部隊の女性陣が何人か固まって盛り上がっている。


「あら? 意外と早かった?」

「やっぱり、槍攻めの剣受け?」

「えー? そこは剣のヘタレ攻めで」

「いやいや、それは無いし。ああ見えてきっと副隊長の方が」


 キャイキャイと騒ぐその様子を遠くに見ながら、エクアドが疲れたようにぼやく。


「カダールがゼラと上手くいっていれば、俺とカダールのホモ疑惑も晴れるんじゃないか?」

「『剣雷と槍風と』のシリーズが無くならないと難しい気がするんだが」

「あれがなんで人気あるのか解らん」


 出張治療院のテントに入りゼラの斜め後ろに立つ。ルブセィラ女史が治療を終えた老人を外に出すところ。


「次の方、どうぞ」

「つぎのかた、どーぞー」


 ゼラが真似して明るく声をかける。流行り病があるわけでも無く、魔獣が現れて暴れるのでも無い。それでも持病のある者、腰を痛めた者が、治ると聞いてやって来ている。高位治癒魔術の“再生(リヴァイブ)”となれば使える者は多くは無い。大怪我で失った部位の再生ともなれば“再生(リヴァイブ)”と上級回復薬(ハイポーション)が必要になる。


「なー」


 ゼラが口を大きく開けた青年の前で治癒の魔法を使う。アルケニー監視部隊が青年の両肩両腕をがっしり掴み、ひとりが青年の後ろから後頭部を抑える。


「あが、あがが」


 青年の口から涎が垂れる。ゼラは青年の口の中に白く光る指先を突っ込んでる。そのまましばらくして。


「ウン、治った」


 アルケニー監視部隊が青年から手を離す。青年は口の中に指を入れて確かめて。


「虫歯でボロボロだった歯が、もとに戻った……!」


 ルブセィラ女史が眼鏡を光らせる。


「治療中はどんな感じでした?」

「はい、蜘蛛の姫様が触れたところが火傷するみたいに熱くなって、今もジンジンしてます」

「ほう、やはり神経を再生する際には熱を感じると。前回の指のときもそうでしたね。耳のときはちょっとあったかいと聞きましたし、これは個人差でしょうか? 噛み合わせは?」

「えーと、あぐあぐ……。なんだか変な感じですね。でもこれでいいような?」

「今まで無かった部分が急に再生した違和感でしょうね。二、三日すれば慣れる違和感では無いかと。ではお大事に。はい、次の方」


 虫歯を治すのに“再生(リヴァイブ)”とは贅沢な使い方のような。


「はい、つぎのかたー」

「ゼラ、すっかり慣れて要領が良くなってきたんじゃないか?」

「カダール、ゼラの治癒、上手?」

「ゼラ以上の治癒術士はいないだろう。凄いぞ、皆、喜んでいる」

「カダールは?」

「俺も嬉しいぞ。ウィラーイン領の民が元気なのは俺も嬉しい」

「むふん」


 頭を差し出すゼラ、その黒髪をぐしぐしと撫でる。嬉しそうに目を細めている。


「よし、俺もゼラの助手をするぞ。手伝うことあるか?」

「そばで見ててー。ウン、どんどん、いくよー!」


 やる気を見せるゼラがしゅぴっ、とする。

 次に来たのは若い女性だ。少し恥ずかしそうにモジモジしている。なんの怪我だ? 病気か?


「あ、あのー、痔も治せるって、聞いたのですけど」

「すまん、ゼラ。俺は一旦テントから出る」

「えぇー?」


 平原のときの怪我人の治療とは違う。俺が手伝うというか、そこにいてはならないこともある。アルケニー監視部隊に女性が多くて助かった。




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