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蜘蛛の意吐 ~あなたの為ならドラゴンも食い殺すの~  作者: NOMAR
~あなたの為なら神の瞳だって~
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三の九◇井戸堀り? どっかん!


 村壁の外の畑を一周して水まきして回り再び父上のところへと戻る。鎧を脱いで剣を外して身軽になる。よし、これでまだ行けるか。まさかこんなに走ることになるとは。

 少し遅くなったが用意して貰った昼食をとることに。とても半日とは思えない作業量だったが、まだ昼を少し過ぎたくらいだ。ゼラは人前で生肉を食べる訳にはいかず、チーズを食べている。朝にしっかり食べていたが、大丈夫か? 足りるのか?

 

「なんだか賑やかになってないか?」


 父上が見る方にはゼラと子供達。アルケニー監視部隊が子供をゼラの背中に乗せたり下ろしたり。年齢はバラバラだが十六人の子供達が、蜘蛛のおひめさま、と口にしてゼラに群がっている。ゼラには、子供には優しくと言ってある。


「ウン、ゼラも、ちっちゃいとき、カダールに優しくされて、嬉しかった。解る」


 ちっちゃいとき、子タラテクトのときか。憶えているのか。あのときのように優しくゼラの頭を撫でる。


「子供はケガをしやすいから、そっと扱うんだ」

「痛いはイヤ、ウン」


 人の子供に触れるのは初めてのはずだが、ゼラは子供の頭を撫でたりと、意外に上手くできている。心配することも無かったか。それを見ながらエクアドとパンをかじる。


「あれはカダールがゼラにしていることを、ゼラが真似してるんじゃないか?」

「俺がゼラの頭を撫でるのは、あんな感じなのか?」

「いや、もう少し、にやけているか」


 聞かなければ良かった。にやけているのか、俺は。だって、ゼラが目を細めて嬉しそうにしてるの見たら、なんだかホンワカするじゃないか。


「伯爵がゼラにチチウエ、と呼ばれたときと少し似た顔をしているか。そこは親子だな」


 ぬう、あんなへにゃっとしただらしない顔をしていたのか俺は? 自分の顔を手で触る。自分の表情は自分で見れないから解らない。父上はあの顔は外では見せてはいないか。その辺り俺は父上ほど上手くやれてはいないということか。

 父上は村長含め村の者と父上の部下と話をしていた。そこにルブセィラ女史も混ざっている。その話し合いでの計画図、父上が広げた紙には大雑把に村の地図が描かれている。


「今ある村壁を第一として、一回り広く第二壁を作る。人手と馬が必要なところ、基礎と丸太集めだけ手を出すつもりだったが」

「大掛かりに仕上げまでするには、もう少し人が要りますか。それで、何か問題でもありましたか?」

「広げた分、井戸もひとつ増やした方が良さそうだ。今の井戸も使えてはいるが、昔より水量が減っていると」

「地下水の流れが変わりましたか? それとも雨が少ないせいで?」

「前の井戸が浅いのかもしれん。それでワシの部下の魔術師が今、良さそうなとこを探しておる。で、ゼラよ」

「ンー?」

「穴堀り、やってみるか?」

「やってみる!」


 ゼラが左手と左前足をしゅぴっと上げる。何故か後ろの子供達も真似して左手を上げる。怖がられるよりはいいが、この子達、いつまでついてくるんだ?


「子供が遊ぶのはいいとは思うが、みんな、家の手伝いはしなくていいのか?」

「「水まき、終わった!」」

「……しっかりしてるもんだ」


 ちゃっかりとゼラにやらせてしまった訳だ。

 父上の部下の魔術師が地下の水脈を探った候補地。第一壁と第二壁予定の中間、草の生えた小高い丘に。今回は父上も来た。


「この下ならば水が出るらしい。ゼラよ、ここから深く穴を掘るのだが」

「穴を掘る。やってみる!」


 全員で離れて様子を見る。まさか穴堀りで“灰塵の滅光ディスインテグレーター”は使わないだろうが、念の為に。


「ゼラ、この前のアンデッドに、びー、した奴は無しで」

「びー、は、ダメ?」

「あれよりはおとなしいのがいいか」

「おとなしい? ンー」


 ゼラが首を傾げてる。大丈夫だろうか、不安になってきた。もう少し解りやすく言った方がいいか? 考えて声をかけようとすると、ゼラが両手の人指し指を地面に向けて、


「とい、が!」


 ドッカン!


 地面が、爆発した。土砂が高く舞い上がり、土と草がバラバラバラと降ってくる。地面が揺れた。やり過ぎだ!


「これ、は、土の操作ですか。勢いと量が異常ですが、土系の魔術と同種ですか」


 ルブセィラ女史が眼鏡に土をつけたまま、大きな穴ができた丘を見る。土系の魔術と同種? 魔術で穴堀りなんてのはできる魔術師もいるが、地面が吹っ飛ぶのは穴堀りじゃ無いだろう? 丘は大きく抉られて、そこは草の緑から土の赤茶色に。ちょっと、ゼラ?


「ンー、まだ、水、出ない。じゃ、もう一回」

「待て待て待て待てー!!」


 慌ててゼラを止める。ゼラにはちゃんと説明しないとダメか。それもそうか、魔法で何でもできそうなゼラだが、人の暮らしに詳しい訳でも無い。倉庫で俺と暮らしていても街の中、人の中で暮らしていた訳じゃ無い。俺が説明するのに手を抜いてしまったんだ。


「ゼラ、ちょっとこっち来て」

「ウン」


 ゼラの手を引いて村の中へ。地面が揺れて驚いた人達がなんだなんだ、と、キョロキョロしている。


「ゼラ、これが井戸だ」


 石で組み上げて人が落ちないように、大人の腰ほどの高さがある円筒。井戸の中にゴミが落ちないように建てた屋根。屋根の下には滑車とロープ。ひとつひとつゼラに説明する。ゼラは、ウンウンと頷きながら聞いている。


「誰もが魔法で水を出せないから、この井戸で水を汲み上げて使ってるんだ。井戸を掘るなら穴の幅はこれぐらいで」

「これぐらい?」


 ゼラが測るように両手を伸ばす。


「そうそう。これより細くなると使いにくいか。それと一度にドカンと掘ると地面が揺れるからやめて欲しい」

「一度に掘るの、ダメ?」

「そう。地面が大きく揺れると家が倒れたりするから。何回かに分けて掘っていくんだ」

「ンー、幅、これくらい。少しずつ、真っ直ぐ、細く?」

「そうそう。どうだゼラ? できそうか? 難しいか?」

「やってみる!」


 ついて来て不安そうに見てる村の人。ただ、エクアドに父上、アルケニー監視部隊は平然としている。この辺り平原でのゼラを見てるかどうかの違いだろうか。

 大きく抉れた丘まで戻る。


「まぐな!」


 ゼラが両手をパチンと叩いて一声。空中に二つ、ゼラの瞳に似た赤紫の球体、人の頭ぐらいの大きさの光の球体が現れる。中心の色が暗くまるで大きな目玉のようにも見える。見覚えのあるこの光の球体は。


「爆裂する光線放つ“赤紫の瞳(ウィドウアイ)”。平原では八つでしたが、今回は二つですね」

「ルブセィラ、その“赤紫の瞳(ウィドウアイ)”というのは? 伝承か何か残っているものなのか?」

「いいえ? 名称があった方が良いかと名付けてみました。未知の魔法ですね」


 名前が無いよりはいいのか? この魔法、ゾンビもスケルトンも爆散させる威力があったはずだが。ゼラが丘の穴を指差して。


「ちむ」


 赤紫の球体がフワリと宙を移動する。真下に赤紫の光線を放ち、当たった地面がポンと破裂する。二つの球体が交互に光線を放つと、爆発音が連続して聞こえる。


 ボン、ボン、ボンボン、ボンボボボボボボボ!


 さっきよりはマシになったが足の裏からは爆発の振動が伝わってくる。土砂も上に吹き飛ぶが、先ほどよりは高くは無い。立て続けに土砂と小石が穴の底から次々吹き上がる。


「ン、水、出た」


 赤紫の光線が止まり、ゼラが手を振ると目玉のような光の球体が消える。ゼラの側に近寄り穴を見る。手を広げたくらいの大きさの円で、深く掘られている。底は暗くてよく見えないが、小石を落とすと水の跳ねる音が聞こえてくる。地下からここまで噴出しては来ないようだ。父上も穴の底を見て、穴の周囲を見る。


「なんとも信じられんな、ゼラの魔法は」

「父上、だからと言って頼りにし過ぎるのは」

「ゼラを欲しがる者の目につくか。石を切り出して井戸の形を整えるのは、村の者に任せるとして、いや、後日に職人を派遣するとしようか」


 井戸堀りまであっさりと終わる。うーむ、ローグシーの街に戻ったらゼラにいろいろと教えてみようか。この先、ゼラが人と暮らすには、ゼラに知っておいてもらう事が多い。今回のことで具体的に解ったことだし。

 村の住人は意外にもゼラのことを受け入れているようで、ゼラの方も子供と仲良くできると解った。


「人語を解し、上半身だけですが人と同じ、というのは会話もできて表情も見えますから。そこは見た目で得をしているのでしょうね」


 ルブセィラ女史が分析する。眼鏡についた土汚れを拭き取りつつ。


「ルミリア様の情報操作、というよりは宣伝活動ですか? それが効いている、ということもありますが。やはりゼラさんの性格でしょうか。話してみると素直な子供のようですから」


 ゼラがこちらに来て、ヒョコと頭を下げる。


「カダール、ゼラ、井戸を掘ったよ」

「ありがとう、ゼラ。これで村の人も助かるだろう」


 ゼラの黒髪の頭を偉いぞ、と、ぐしぐしと撫でる。頬についてる土を拭う。目を細めて、むふん、と呼気を漏らすゼラ。


「ゼラ、まだ元気」

「そう言われても、もうすること無いんじゃないか?」


 ルブセィラ女史が綺麗に拭いた眼鏡をかけ直す。キラリと光らせて。


「そうなるかと予想して村の怪我人、病人がいたら村長の家に集まるようにと伝えてあります。この村には治癒術の使える神官がひとりいますが、できることは限られていますので」

「そんなに怪我人、病人がいるのか?」

「数はそれほどいませんが、ぎっくり腰に偏頭痛と。あとは昔に森でグレイリザードに指を食いちぎられた、という猟師がいますね」


 ルブセィラ女史にアルケニー調査班が、村の神官と協力して次の用意をしていた、と。手際がいいのか、ルブセィラ女史がゼラの魔法を見たいのか。


「ゼラ、次は治療で。この前やってたのと同じ要領で。やれるか?」

「やれるー!」


 小さな村で丸一日、ゼラとあちこち駆け回り、ゼラがやれることを次々とした結果。村の住人の中からゼラに手を合わせて拝む者が現れて、子供は蜘蛛のおひめさまと群がってくる。

 夕暮れの中、ゼラの蜘蛛の脚にしがみつく子供を落とさないようにそっと進むゼラ。背中に乗りたがる子供を順番に乗せたり降ろしたり。

 そんな光景を眺めつつ。


「エクアド、ゼラがやる気を出したとはいえ、これを便利と使うのはどうだろうか?」

「戦闘力の方が注目されるだろうが、使い方次第では何でもアリか。ゼラを使えれば便利と、カダールを誘拐しようって奴が増えるかもしれんな」


 父上がゼラと子供達を見て微笑む。


「ゼラの好きにさせれば良かろうよ。もとより人の力で抑え込むなどできぬ。それが解らん輩はワシらで止めるとしようか、しかし……」

 

 親が呼びに来たのか、ゼラに近づく若い夫婦がいる。アルケニー監視部隊の女騎士がゼラの背中に乗った子供を降ろそうとする。その女の子はまだ遊び足りないのかゼラの背中、赤いブレストプレートの背中の取っ手を握って離さない。ぐずる女の子をゼラがキョトンと見ている。


「孫が産まれたら、こんな感じであろうか?」


 父上の呟きにゼラを見る。夕陽の中で佇むゼラと子供達。……孫、か。親に手を引かれて家路につく子供が振り返り、ゼラがパタパタと手を振る。あるかもしれない未来絵図をそこに重ねて。

 うむ、どんな子が産まれてもなんとかなりそうな気がする。根拠は無くて、気がするだけかもしれんが。




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