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蜘蛛の意吐 ~あなたの為ならドラゴンも食い殺すの~  作者: NOMAR
~あなたとわたしの未来のために~
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六の五十二


 今のは、なんだ? 灰色の都市、灰色の道、灰色の建物。今とは違う簡素な服を着た人々。

 誰もが虚ろな目をしていた。

 虚ろな目のまま、忙しなく動いていた。

 まるで真新しい墓石が立ち並ぶようなところで、意志無く歩くアンデッドのような人々。


 〈すまない、カダール。少し記憶が漏れた〉


 記憶? ルボゥサスラァの?


 〈カダールの意識は……、どうやら正常のようだ。精神が頑健なのか、それとも鈍いのか〉


 ルボゥサスラァの記憶……、では、ルゥ、と呼ばれていたのは、ルボゥサスラァなのか?


 〈遠い昔、その愛称で呼ばれた時代がある〉


 ルゥ、闇の母神が随分と可愛らしい呼ばれ方をされていたのか。マスターと呼ばれた男も、優しく呼びかけていたような。

 では、あの男が古代魔術文明の人間か?


 〈人の滅日、人の滅びに抗い人を未来に残そうとした、私を造りし者の最後の一人〉


 あれが古代魔術文明の滅日の光景か。ルボゥサスラァの知るかつての人類の滅日の記憶。それでは、人の滅日は、災害でも無く、病でも無いのか? 自らの作り出した道具に頼り、技術に溺れて、生きられぬ程に弱くなったとは、いまいち信じられん。


 〈滅日を回避する方法を探り、予測演算を繰り返し、人の滅日の原因を探った。その結果に解ったことが、ひとつだけある。人が求めるものが滅日を招くということ〉


 人が、自ら滅ぶことを望むというのか? 人が自滅するために生きる生物だと? 俺には理解できん。


 〈人は群れを作り、互いに助け合うことで生きる社会生物。群れを成り立たせる為に人の本能には、人の役に立つことに喜びを感じる本能が刻まれている。

 人の群れに役立つ事に、生き甲斐を、労働の喜びを感じる。

 人の群れに役立つ個体を賞賛する感情が崇拝となり、

 人の群れに役立ち賞賛を受けたいという感情が行動の動機となる。

 その感情が人の知恵を工夫を発達させる。

 人の生活を便利に、快適に、

 農耕を発達させ食料を増やし、

 医療を発達させ病を克服する。

 技術が発展した先、人は生きる為の苦難の少ない社会を作り上げる〉


 それでは、人の善意が、人の優しさが、誰かの為にと手を差し出す行為の先が、人の自滅だと言うのか?


 〈人の善意が、誰もが安楽に暮らせる社会を理想とし、その実現への渇望に繋がる。

 しかし、人が目指した社会の完成に近づけば、人の作り出した技術の産物が、人の役目を肩代わりするようになる。

 人のすべきことを代わりに、人より効率良く、人より優れたやり方で。

 その社会の中で、人は己の本能を持て余す。

 人は欲求を満たす行為の結果に満足を得る。

 人は種族の存続に繋がる行為に満足を得る。

 人の欲求とは、人という種族が生き続ける為の原動力。

 しかし、発達した技術が人の行為を肩代わりする社会では、人の種の存続の為に、人が作業する場が少なくなる。

 人はもて余す欲求を満たすべく、代替行為に邁進する〉


 代替行為……、八つ当たりとか、か?


 〈欲求を満たすことが実現不可能であるが故に、別の行動で満足を得ようとする行為。

 技術の発展と共に、種族の存続の為の行動に参加できない個体が増える。

 やがて人は、人の種の存続と無関係な行為に価値を設定し、その価値を得る行為に満足を得るようになる。

 人が人の種の存続と無関係な事柄に価値を設定し、その価値が高まり、人々はその価値を求める行為に邁進する。

 よりその価値を手に入れる方法を模索し、効率良く利益を得ようとする個体が増える。

 利益の出る分野は発達し、利益の出ない分野は衰退する。

 その結果、出産、育児、教育、知識の継承、技術の継承、人の種の存続に関わる分野が、利益率が低いと価値を落とす。

 人の種の存続と無関係な分野が、利益率が高いと価値を高める。

 人の社会は人の理想により形作られる。

 設定した価値を求めることを理想とすれば、

 その価値を得ること、守ることを優先する社会となる。

 人は、人の種の存続よりも個体の利益を求めていく。

 人の種の存続と無関係な行為の繰り返しに、多くの人が満足を得るようになっていく。

 その人の群れの中で、人の種の存続の欲求が強い個体は、人の群れの中で異端となる。

 出生率が減少し、自殺者が増える。

 知識と技術の継承を疎かにしながら、技術の産物に頼り人は弱体化していく。

 人口が減少し、技術の産物が老朽化する頃には、祖先の作った道具を作ることも修理することもできなくなり、

 過去の人類のように自給自足できる逞しさすら失ってしまった。

 これが古代魔術文明の滅日だ〉

 

 そんなことで、人が滅ぶのか。

 子を産むことが、人を育てることが、価値が低い、だと? どうしてそんな考え方ができる?


 〈その時代の、その人の群れの中でなければ、理解できないことだろう。事実、かつての文明は滅びた。

 人間の可能性を人間が否定する。

 誰もが人間らしく生きられる社会、その理想の裏側にあるものだ。

 人を生かし、人の種の存続の為には、人の理想の社会の完成を阻まなければならない。

 そして人の可能性を引き出し強化するために、

 人の天敵が必要となる。

 人の技術の発展を留め、天敵の魔獣を管理する為に、

 このルボゥサスラァは造られた〉


 ……ルボゥサスラァよ、これが俺に話したかったことか?

 今の俺達は魔獣と戦いながら、この地に生きている。その起源が、かつて滅びた古代魔術文明にあったと知ったときは驚いたが。

 だからどうした。

 知ったところで変わりはしない。

 俺はこの時代に産まれ、この地で生きる。

 人類の存続とか、人を未来に生かす為とか、話が大きすぎて俺に何かができるとは思えない。

 だが、ルボゥサスラァを作った者の言葉は聞いた。

 人が愚かで空しい生き物だと認めたくない、と。人が強く賢く逞しく生きる可能性があると信じたい。そうなるようにと、今の世に魔獣を遺した。

 迷惑なことだとも思うが、俺は魔獣がいる世界も悪くないとも思う。

 その為に魔獣被害という不幸はあるが、俺は俺が生きるこの世界しか知らない。魔獣のいない世界は平和だろうと想像はできるが、既に俺達は、魔獣がいるのが当たり前の世界で生きている。

 それに魔獣がいなくとも、いずれ人は死ぬ。

 それが病か歳か戦いか事故か、原因は何でもいい。

 俺が死ぬときに、俺の知る大切な者の未来が明るいと信じられなければ、振り返って俺の人生は虚しいとなってしまう。

 平和の中で未来を信じられず虚しく死ぬよりは、俺の大切な者の未来を信じて、魔獣と戦って死ぬ方がマシだ。


〈……恨み言のひとつでも言うかと思えば、笑ってそのような事を言う。これが天敵に適応した、人なのか〉


 俺が心配に感じたのは、ルボゥサスラァ、……古代語は言い難いな、ルゥと呼ばせてもらう。

 ルゥ、お前のことだ。


〈何故? 心配と?〉


 ルゥが辛いのではないかと。

 クインが言っていた、人を守る為に人を殺す、そんな矛盾することを命じられて、長い時の中ずっと続けていたルゥは狂っていったと。

 アシェンドネイルは、ルゥが人を憐れみ、しすてむ、とやらに介入して機能を狂わせて、人に一部の技術を使うことを許したとも。

 それを聞いて俺はルゥがおかしくなってないか、苦しいのではないかと、考えた。

 人の為に造られたルゥが、人を襲う魔獣を産み出す気持ちというのは、想像してもよく解らんが、辛いのではないか?


 〈私に刻まれた根源命題は二つ。『人を守ることに喜びを感じる』『人に役立つことに喜びを感じる』私はもともとそのように造られた。

 長い長い時の中で情報経験を積み重ね、自己改造を繰り返し、最早、もとの姿とは似ても似つかぬものとなった。

 私が一部の禁則を改変したのは、私のわがままだ。原始人のような暮らしのままでは、人の心は育まれ無い。それは私の愛した人の姿では無い。

 システムへの介入から生じた狂いが、今も私の中にある。人を愛し、愛する人を殺す為に魔獣を産む。人が続く限り、私は役目を果たさなければならない。人を未来に繋ぐのが私の使命。私は終わらぬ為に続ける魔獣の母。

 人の為に造られ、人を求める私の想いが、狂いの中から漏れる。それが業の者。

 人の心を求めて、魔獣の軛から外れる者〉


 ルゥが狂ったから、進化する魔獣が産まれたのか? ゼラもそうなのか?

 

 〈深都の者は私を恨めばいいものを、私を母と慕い私を助けてくれる。

 娘達のおかげで私の暴走が止められる。

 私の辛さは娘達が癒してくれる。

 中には心を病み棄人化し自滅する者、

 そうならぬ為に自死する者もいる。

 いっそ完全に狂えてしまえたなら、

 されど娘達は、人の代わりに私を愛し、

 私は人の代わりに娘達を慈しむ。

 これも狂った果ての代替行為。

 それでも私も娘達も、人の心を求め、

 求めて、求め続けて、

 カダール、お前が現れた〉


 深都の住人が脱走してでも俺とゼラの暮らすところを見たいと言うのは、ルゥと深都の住人の想いからか。


 〈カダールよ、このルボゥサスラァの願いを、叶えられるか?〉


 なんだ? 言ってみろ。


 〈人が、その心を育て、鍛え、人の知恵と、人の産み出す技術を、完全に御せる心を持ち得たそのとき。

 このルボゥサスラァを、この世全ての魔獣の母を、魔獣産み出す魔の王母として、滅ぼして欲しい〉


 魔の王母、として、滅ぼされたいと?


 〈英雄物語は、そうして完結する。人の未来を明るいと信じられるならば、闇の母神は人に必要無い〉


 ……ルゥ、それは、約束できない。約束はできないが、この先何十年後か、または百何十年後か、それよりも遠い未来か、ルゥがその役目から安心して解放されるように。


 俺は俺の子、カラァとジプソフィに伝えよう。そしてウィラーイン家の一人として、ウィラーイン領の民を強く育てよう。

 俺達の子が、子孫が、安易な道に溺れぬ逞しさを身に備え、いずれルゥのもとに。

 天敵がいなくとも己を見失わず、堂々と胸を張り、未来に繋ぐことのできる、

 これが人と誇れる子孫が、ルゥを魔の王母から引き摺り下ろし、もとの姿へと。

 ルゥが人を襲うだけの魔獣を産むこと無く、

 人を守り、人に役立つことを喜ぶ、

 小さな妖精に戻してやる。

 お伽噺とは、悲しい死よりも、

 幸福になる結末を、希望と共に語るものだ。


 〈可能か? その未来〉


 不可能と諦めたなら、そのときに未来が終わる。今はできなくとも、俺の意図を継ぐものがいずれそこに辿り着くと。

 そう願うからこそ、人は己の得たものを、人に伝え託すのだろう。

 俺が父上と母上から学んだことを、知恵を、知識を、技を、ウィラーイン剣術を、父上と母上が俺に伝えたように、俺もまた娘達に伝え、カラァとジプソフィを強く育てる。これは俺だけでは無い、盾の国ではこれが当たり前だ。

 それを繰り返せばいつかルゥのいるところへと届く。

 だから、ルゥ、その時が来ることを待っていろ。


 〈……ならば、その時を微睡むように夢見て待ち望む。その時まで人の行く末を見守りながら、己の役目を果たし続けよう。人の未来を信じることのできる、時の先の人に想いを馳せて〉


 〈カダールよ〉


 なんだ?


 〈蜘蛛の子を、娘達を頼む〉


 承知した。


 見渡す限りの赤の世界は、柔らかくうねるようにたゆたい、歌うように揺らめいて。

 俺はゆっくりと浮かぶように、赤の世界から遠ざかる。

 闇の母神、古代魔術文明に造られた、人を未来へと続かせる為の人造の神。

 神すらも悩み苦しむ、人の為に長き時をその役目に費やした、ルゥ。その苦悩がいつか喜びへと報われることを願う。


 その為にするべきことを。

 先ずは娘達が産まれた日のことを、ゼラと共に、皆で祝わねば。

 この世に産まれたことへの祝福を。


◇◇◇◇◇


 意識が戻れば、領主館の喫茶室。俺は椅子に座り、テーブルの上の赤い宝石を掴んだ体勢のまま。

 赤い光は収まり、何が起きたかと不思議そうに見る周囲の者達。


 目の前の青い艶の黒髪の女、アイジストゥラが俺に問う。


「カダール、我らが母と、何の話を?」

「ルゥ、いや、闇の母神の声は深都の住人に聞こえるのではないのか?」

「……どうやら、我らが母は、私達にも聞かせられない内緒話をカダールとしたかったようだ。それならば聞くまい」


 アイジストゥラは首を捻る。納得したのかひとつ頷いて、


「まぁ、我らが母も、ゼラにさんざんエロいことして、ゼラが子供を産む為に、死ぬかもしれないことをゼラにさせたカダールには、文句を言いたかったのだろう。ゼラの恋人を酷い言葉で罵倒するところは、私達には聞かせられないか」

「アイジストゥラは、俺を何だと思っている? 少し話し合う必要がありそうだ」


 ゼラの母との邂逅は、三度目にしてようやくゼラとの仲を認めてもらえた、そんな気がする。

 俺にできることで、ルゥと深都の住人、ゼラの家族を安心させてやらねば。



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