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蜘蛛の意吐 ~あなたの為ならドラゴンも食い殺すの~  作者: NOMAR
~あなたとわたしの未来のために~
188/200

六の四十四


「あええええん、カダールの、ばかあああ!」

「すまん、ゼラ」

「ゼラの知らないところで、カダール死んじゃ、ヤああ、あええええん」

「ゼラ、あの、ほんとに、ごめんなさい」

「ばかあああ!」


 ゼラが泣く。仰向けにベッドに横たわり、上体を起こすゼラ。そのゼラに頭を抱き抱えられて、ポムンに顔が埋まる。息苦しくなりながら、何度もゼラに謝る。許してくれない、ゼラが離してくれない。


 俺は気絶したあと領主館に運ばれた。治療中、痛みで目が覚めてから、医療メイドのアステにも怒られながら治療を受けた。右の脇腹は内臓にも少し傷があり、左手は添え木を当てて首から吊っている。

 今のゼラは治癒の魔法が使えない。アステの治癒の魔術に回復薬(ポーション)で傷は塞いだものの、応急手当てで完全回復にはまだかかる。ゼラの治癒の魔法が別格なのだ。


 手当てが終わり、エクアドの肩を借りてゼラの寝室に入ると、ボロボロになった俺の姿を見たゼラが怒って泣いて、ゼラの涙が止まらない。医療メイドのアステも泣いて、父上と執事グラフトは機嫌が良く、エクアドは呆れた笑みを見せる。護衛メイドのサレンは腕を組み、満足気に頷いている。

 そして俺は泣きながら怒るゼラに捕らわれている。何度謝っても許してくれない。離してくれない。ポムンに顔が埋まって息苦しいが、ふかっとしていて幸せだ。いや、もちろん怪我でズタボロになってしまったことは反省している。もっと鍛えなければ。


 泣くゼラに頭を抱えられたまま寝室の中を見れば、カーラヴィンカの正体を現したクインが、だらしなく床に寝そべっている。


「そりゃ、あたいは風系が得意だけどさ、天候操作とか規模がデカイ上に繊細なのは、疲れんだよ……」


 ぐったりと疲れた声で呻くように言う。

 突然の天候変化、局地的な豪雨に雷、これがクインが魔法で仕出かしたことだという。改めてクインの魔法、深都の住人の底知れない力を見せられたわけだが。


「いいタイミングだったわよクイン。神前決闘に文句をつけたところに突然、青空を消す黒雲が湧き上がり、激しい雨に轟く雷、まるで神の怒りのように見えたことでしょうね」


 何やら上機嫌で薄く笑うアシェンドネイル。寝転ぶクインから俺に視線を移し、嘲笑うように小首を傾げる。


「どうしたの赤毛の英雄? いえ、黒蜘蛛の騎士かしら? 何か言いたいことでも?」


 俺が神前決闘に勝っただけでは、聖剣士団は撤退しなかった。

 このアシェンドネイルが得意の精神操作系の魔法で女神官に化け、聖剣士団の中に乗り込み、しれっと一番偉そうな神官にタイミングを見て撤退を唆した。

 突然の雨に驚き、指揮官の聖剣士団団長クシュトフが倒れ、神官が撤退を命じたことで聖剣士団は引いていった。


「……そんなことができるなら、最初からアシェンドネイルに頼めば良かったのか?」

「あの数の人の群れを動かすには、切っ掛けが必要なのよ。それに、」

「それに、なんだ?」

「ゼラを守る為に五千の兵に一人立ち向かい、その指揮官と神前決闘にて一騎討ち。命と意地と名誉を賭けて、愛する者を守るため戦う、なんて、お姉様達が喜びそうな演目。途中で止めるような無粋はできないわね」


 アシェンドネイルが妙に上機嫌なのは、お姉様達が喜ぶからか? いや、聖剣士団を引っかけて謀った上に、何か思うことのある俺がズタボロになった姿を見て溜飲を下げた、と邪推してしまうのは、俺の考え過ぎか?

 クインがよいしょ、と身を起こす。


「ちょっとウィラーイン領に干渉し過ぎたか?」

「ゼラと赤毛の英雄がウィラーイン領にいる限り、お姉様達はここが気になって注目するわ。そこで人同士が争う事態は少なくしておきたいでしょう。……まったく、私が仕掛けたときはまるで上手くいかないくせに」

「それはアシェが人を信用して使うのが苦手だからじゃねーの?」

「ふん、使いこなせない玩具に溺れる配下なんて、信用してどうするのよ」

「その時点で選ぶ人間を間違えてねーか?」


 結局のところ、最後の仕上げはゼラの姉二人になんとかしてもらったという、情けない結果に。母上が閉じた扇子でスコンと俺の頭を叩く。


「また、無茶して。死ななかったから良かったものの」

「俺に思いつける方法は、こんな事ですから」

「良くやったわ、カダール。神の怒りの雨も、聖剣士団が撤退したら綺麗に晴れて虹が出て。これでウィラーイン領には光の神々の加護有り、ということになるのかしら?」


 ふふふ、と笑い扇子を開きクルリと回す母上。

 クインとアシェンドネイルがやった、と知らなければ、神の奇跡のようにも見えるだろう。もしや、過去から伝わる奇跡なども、それを演出したのはクインとアシェンドネイルのような存在、ではないのか?

 そんなことを考えつつ、顔を埋める褐色の双丘の谷間からそっと見上げる。ゼラがひっくひっくとしゃくりあげている。


「ゼラ、そろそろ泣き止んで、離してくれないか?」

「ヤ!」


 えぐえぐと鼻をすすりながら、赤紫の瞳からポロポロと涙を溢すゼラ。ゼラとゼラのお腹の子を守りたいと、その上で人の争いとならず、この後の対立ともならないようにと、そう考えてやったこと。負ける気は無かったが、酷い怪我を負うことになってしまった。


「俺はゼラのことを守りたくて、それに俺が、ゼラを守らせてくれ、と言ったらゼラ、頷いたから」

「ヤ! カダールが死んじゃ、ヤあ!」

「だから、ほら、死んでないし」

「なんでカダールはすぐ、死にそうになるの? もう、ゼラの目の届かないところに行っちゃダメ!」

「いや、騎士とは民を守る為に戦う者であって」

「じゃあ、ゼラのいないところで戦っちゃダメ!」

「黒蜘蛛の騎士としては、蜘蛛の姫を守るのも、使命なわけで」

「それでカダールが死んだらゼラも死ぬう!」

「待ってくれゼラ、結果はなんとか上手くいったのだから、そう興奮しないで」

「ンア? カダール?」

「どうした? ゼラ」

「なにか、出そう」

「え?」


 ゼラの手をほどき身を起こす。ベッドについた左手にピチャリと水が。手を見れば薄く血が混じっている? ゼラを見ればプルプルと震え始めている。


「カダール、ゼラから、なにか、出ちゃいそう」


 赤紫の目を見開いて、眉を下げて困った顔をするゼラ。ベッドの上に水? どこから? ルブセィラ女史が慌ててゼラに駆け寄る。


「これは、破水!?」


 破水って、え? ゼラが?


「出産準備! 男は部屋から出て下さい! アルケニー調査班はすぐに出産準備!」


 ルブセィラ女史が珍しく大声を上げ、男は全員ゼラの寝室から追い出される。

 破水、出産準備、ゼラが、出産?


「ゼラが具合が悪くなって二ヶ月しか経ってないのに」

「カダール、人間とは違うのだろう。ゼラがいったいどのように体内を改造したのかも、俺達には解らない」

「エクアド、その改造はフェディエアを参考にしたとゼラは言っていたのだが」

「ゼラがフェディエアの妊娠中、ずっとフェディエアのお腹を気にしていたのは、その為だったとはな」


 ううむ、妻の妊娠期間は親になる心構えを作る期間、と聞いたことはあるが、ゼラの妊娠を知ったのはついこの前で、それがもう出産。

 子ができる。ゼラが母に、俺が父に。ううむ。


「エクアド、俺はどうすればいい?」

「男にできることは何も無い。無事を祈るだけだ」

「何もできないのか、これは落ち着かない」

「俺の気持ちが分かったか。俺達は俺達ができることをしよう」


 エクアドの肩を借りて二階に昇る。足を踏み出す度に右の脇腹に痛みが走る。父上と執事グラフトも共に、領主館二階の一室へと。

 扉を開ければ中にいるのは、フクロウのクチバとアプラース王子の隠密ササメ。

 そして鎧を脱いだ四人の聖剣士達。

 俺達が部屋に入ると四人の聖剣士達は立ち上がり整列。俺達に教会式の礼をする。若い男が代表で口を開く。


「我らが団長の治療に尽力していただき、深く感謝します。黒蜘蛛の騎士とウィラーイン家に光の神々の御加護があらんことを」

「団長のクシュトフの様子は?」

「一命をとりとめました。今、目覚めた団長にこれまでの経緯を伝えたところです」


 聖剣士クシュトフは領主館に連れ帰り治療した。アルケニー監視部隊にいるローグシーの聖堂から来た神官。治癒術が得意という彼女を中心にアルケニー監視部隊治療班を作ろうか、というのをエクアドと考えている。

 彼女と治癒の魔術が使える者で、聖剣士クシュトフの治療を頼んだ。胸を剣で刺したので絶望的かと思われたが、奇跡的に回復したようだ。

 応急治療を終えた神官は、足りなくなった回復薬(ポーション)を別室で作っている。

 ベッドの上で仰向けに横たわる聖剣士クシュトフに近づくと、目を開けて首がこちらを向く。起き上がろうとするのを手で止める。


「そのままでいい、クシュトフ、気分はどうだ?」

「なんとも、生きているのが不思議な気分だ。胸を深く突かれ、それがこうしていられるというのは。ウィラーイン伯爵ハラード様、命を救っていただき、感謝を」

「その感謝は、ゼラに言うところだの」


 聖剣士クシュトフが父上の言葉に眉をしかめる。ゼラに感謝、とは?

 父上は金の髭を指で撫でながら言う。


「クチバ、カダールと聖剣士達にも説明してやってくれ」

「はい、では改めて。団長クシュトフを治療した神官が言うには、剣を刺された胸の傷は深く肺に達していたと。刺された位置から見て、奇跡的に心臓を逸れていたのはこれのおかげです」


 クチバが懐から出して手にするものが、光を浴びて七色の虹を浮かばせる。これはプリンセスオゥガンジーの虹?


「団長クシュトフが首から下げていた守り袋。かなりの防刃性能のあるこのプリンセスオゥガンジーが、長剣の突きから心臓を守り、逸れた長剣が肺に刺さっていました。また口を止めるリボンがほどけて中身が散っています。この守り袋の口を締めていた赤いリボンはプリンセスオゥガンジーでは無いので、長剣を受けたときに切れたのでしょう。そして中に入っていたゼラちゃんの体毛が外に溢れました」


 クチバの手がスッと聖剣士クシュトフの胸を指す。


「ゼラちゃんの体毛が傷口の中に入り、体内からの自然治癒力を高めた。これが無ければ肺の中に血が溢れ、治癒は間に合わなかったでしょう、というのが治療したうちの神官の見立てです」


 聖剣士クシュトフは呆然とした顔で、右手で包帯の巻かれた胸を抑える。俺は聖剣士クシュトフに訊ねる。


「クシュトフ、どうしてゼラの守り袋を持っていたのだ?」

「これは、アプラース王子から預かったものだ……」


 傷のせいで話すのが辛いのか、聖剣士クシュトフが小声でポツポツと話す。


「アプラース王子よりアルケニーを調べる役に立つならと、その守り袋を預かった。総聖堂に戻り信頼できる神官に調べさせようとしたが、戻る途中で別の指示が入り、そのままに。貴重なものと聞いているので、人に託せぬまま私が持っていたのだが……、それが私の命を救ったとは……」


 胸を抑える聖剣士クシュトフがクチバに訊ねる。


「この、胸の中に入ったアルケニーの体毛は、取り出せるのか?」

「神官が言うには、やめた方がいいと。もう一度肺まで切り開くことになるので、その為に死ぬかもしれません。ゼラちゃんの体毛が体内に入った例は無いので、今後、どうなるか解りませんが、今の容態はどうですか?」

「傷のせいでよく解らないが……、何やら、ここが、暖かく感じる」

「詳しくは、ルブセイラさんとアルケニー調査班に調べてもらってからですね」


 胸を抑えたまま、聖剣士クシュトフが眉を顰める。


「魔獣は闇の神の尖兵、そう信じてきた私が、魔獣の作ったもので命長らえ、アルケニーの体毛を身に入れたことで助かるとは。なんという運命の皮肉か……、これが、光の神々の思し召しなのか……」


 ゼラの作った守り袋が、アプラース王子に渡り、アプラース王子から聖剣士クシュトフに預けられ。

 その守り袋が俺と聖剣士クシュトフの神前決闘で、死者が出ぬようにと守ってくれた。世の中とは、何が何処で繋がるのか、読めないものだ。

 まるでゼラが、俺の未熟なところを手助けしてくれたみたいだ。また今回もゼラに守られたのか。ゼラの優しさが、ゼラの行いが今に繋がっている。


 俺はクチバの持っている守り袋、口が開いて中身の無いプリンセスオゥガンジーの小袋を受けとる。染料に染まらないプリンセスオゥガンジーは白いまま、血もついていない。

 その口の開いた守り袋を、聖剣士クシュトフの手に握らせる。

 聖剣士クシュトフは握る守り袋を呆然とした目で見る。


「……不思議な、妖しい虹だ。これは私が、持っていてもいいのか?」

「アプラース王子より預かったのならば、クシュトフからアプラース王子に返すがいい」

「それが、筋か。黒蜘蛛の騎士よ、一度、アルケニーと話す機会を願ってもいいだろうか?」

「いいだろう。だが、その前に怪我を治すことだ」

「ああ、私より傷の重そうな者に、心配されるとは思わなかったが」

「それでも勝ったのは俺の方だ」

「そう、だな。妻子を祈る想いに、私は負けた。信念の強い者が勝つ、神前決闘ならば当然の結果、か」


 虚な声で呟きながら、リボンの外れた守り袋を見つめ、


「中央の異変も知らず、守るべき聖王家の危機に、遠く離れてしまった聖剣士に、何の正義があるのか。敗北し、死にかけて、それが魔獣の体毛に命救われ……、私は、これからどうすれば……」

「ここで怪我を治す間、ゆっくりと考えてみるがいい」


 握る守り袋に額を押しつけるようにして呟く聖剣士クシュトフ。クチバとササメに聖剣士達を頼み部屋を出る。


 中央の異変も知る機会の無いまま、総聖堂の神官に使われた聖剣士団。団長と数名の聖剣士をここに残したあの部隊が中央に戻れば、中央の魔獣災害を知るだろう。出遅れたが聖剣士団ができることはある。

 知らないまま、上層部の都合で動かされ、聖剣士としての本分を果たせないとは。

 虚しいような、哀れなような。あれほどの力を持つ武人が、その鍛えた実力を使うべきところから遠ざけられた。

 総聖堂はそれで人を守れると、考えているのだろうか? 中央の異変も気になるが。


「ゼラの子は無事に産まれるだろうか? ゼラは大丈夫なのだろうか?」

「カダール、俺に聞いても解るわけ無いだろう」


 自分が戦うときは、これ程不安に襲われることは無いのに。無事を祈ることしかできないのは、歯痒いものだ。



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