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蜘蛛の意吐 ~あなたの為ならドラゴンも食い殺すの~  作者: NOMAR
~あなたとわたしの未来のために~
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六の十七


 広間の壁に大穴を開けて現れたゼラ。そのまま勢いよく俺へと駆けてくる。長い黒髪を流し、赤紫の瞳は泣きそうになって。


「カダール!」

「ゼラ!」


 三日しか離れてないのにゼラの顔を見てホッとする。俺の安心とは反するように、ロジマス男爵の私兵の男達は顔色を無くす。

 俺を蹴り倒した大柄な男は慌てて腰の剣に手を伸ばすが、


「な? てめ、おがあああ!?」


 剣を抜く前にゼラの蜘蛛の脚に蹴飛ばされて、壁に叩きつけられて崩折れる。やり過ぎか? いや、あれでは死なないだろう。邪魔者をまるで小石を蹴るように排除したゼラが俺を抱き上げる。


「カダール! だいじょぶ? 怪我してない?」

「ゼラ、俺は無事だ。安心してくれ」


 俺はと言うと胸を蹴られ、腕を縛られたまま蹴倒されて打った後頭部が少し痛い程度。今だに手は背中で縛られているし、足も鎖で拘束されて身動きがとれない。そのままゼラにひょいと持ち上げられて、お姫さま抱っこされている。


 今のゼラは武装して、赤いブレストプレートにそこから伸びる赤く長い前掛けがゼラのお腹を隠す。ブレストプレートの下、褐色の肌のわき腹が艶かしい。肩当ては改良されて、小さな花が浮き彫りのようになっていて、ゼラもお気に入りだ。

 兜も手甲も無く胸鎧だけだが、この姿のゼラも女騎士ゼラという感じで凛々しくて良い。そんなゼラが俺の存在を確かめるように、カダールぅ、と俺の名前を囁きながらその額を俺の頬に擦り付ける。

 むう、ゼラを抱き締めたいのに手が縛られて自由にならない。ほどいてくれ、と言おうとするとゼラの顔が迫る。


「カダール、ちゅー」


 口紅要らずの赤い唇が俺の口に重なる。互いにそこにいると確かめあうのに、キスは良いものだ。ゼラの舌が俺の上唇をペロリと舐める。


「カダール、来たよ」

「ありがとう、ゼラ」


 ゼラに蹴飛ばされた男を見れば、腹を押さえて壁に手をついてヨロヨロと立ち上がる。


「ン、ゼラ、ちゃんと手加減した」

「偉いぞゼラ。俺との約束を守ってくれてるんだな」

「もちろん」


 幼い頃にゼラに言ったこと。人を襲うな、家畜を襲うな、あの時はゼラが魔獣として人に殺されることが無いようにという気持ちだった。

 今もゼラは身を守る為に人と戦うことはあっても、人を殺さないと誓っている。唯一の例外となったのは、ドラゴン擬きとなった古代文明の研究者一人だけ。

 人を殺さないと誓ったゼラが、いったい何の戦力になるというのか。ゼラを使おうという輩は知らないのだろうが。


 広間を見れば、ロジマス男爵の私兵は突然の出来事に悲鳴を上げたり腰を抜かしたり。まったく、ゼラを見て悲鳴を上げるとは失礼な奴らだ。

 その中でロジマス男爵は椅子に座ったまま俺とゼラを見上げる。恍惚とした目で笑みを浮かべて。


「……あぁ、これは良い。理不尽を押し潰す暴力が、こんな形だとは」


 ロジマス男爵、何が望みなのかよく解らない。まるで望みが消えることを望むような、何か不気味なものを感じてしまう。今のロジマス男爵の姿は、誘拐が失敗したことに安堵しているようにも見える。


「ハッハッハッハッハッ!」


 緊迫した場の雰囲気を壊すように、高らかに笑う声がゼラの蜘蛛の背から聞こえる。一人の人物がゼラの蜘蛛の背から跳び、ロジマス男爵の私兵が注目する中、広間に下り立つ。赤いマントを翻し、腰から細い剣を抜き高らかに告げる。


「王国の、闇に蠢く悪党よ、伏して見上げよ、正義の剣輝を!」


 細剣を高く掲げ長い金髪をポニーテールにしたその人物は、蜘蛛を象った黒い仮面で顔を隠している。腰をクイッと捻ったポーズをビシッと決めて、


「天に代わりて悪を誅する! 怪傑蜘蛛仮面、見参!」


 ……エルアーリュ王子、何をやってるんですか? 怪傑蜘蛛仮面? 王族の正体を隠したい理由はなんとなく解りますが、蜘蛛の仮面って。それで自らを怪しい傑物と名乗るのもどうかと。

 呆気にとられているともう一人、ゼラの蜘蛛の背からゼラを守るようにと反対側へ跳び下りる。槍を構えた男は、恥ずかしそうにボソボソとした声で、


「お、同じく、怪傑蜘蛛仮面二号……」

 

 蜘蛛を象った仮面を被り、こちらは黒いマントに赤い槍。

 ……エクアド、王子に何をやらされている? この姿はフェディエアには見せられないか。呆然と見ているとエルアーリュ王子、もとい怪傑蜘蛛仮面一号が細剣の切っ先をロジマス男爵に向ける。


「黒蜘蛛の騎士を誘拐した悪党よ、大人しく王国の法に裁かれるか、さもなくば、」


 エルアー、もとい怪傑蜘蛛仮面一号の口上を遮るように広間の外が騒がしくなる。ゼラがぶち破った広間の壁の大穴から、白い鎧の剣士達が現れる。


「もう来るか、やはり突入して正解か」


 壁の大穴から、扉から、純白の鎧兜に身を包んだ兵が駆け入り広間にいる者を包囲する。その動きは素早く、よく訓練されている部隊だ。しかし、俺の知るスピルードル王国にこんな部隊はいない。質の良い統一された武装、兜に隠れて顔が見えない、騎士か? で、あれば何処の部隊だ?

 白い鎧の一団の中から一人の男が前に出る。


「全員そのまま、抵抗しないで下さい」


 光の神教会の神官服を着た男が通る声で言う。その男はゼラを見上げ怯えた目をするが、ひとつ咳払いして言葉を続ける。


「我々は総聖堂聖剣士団、ロジマス=ベレンド男爵の身柄を預かります。抵抗しなければ手荒い扱いはしません。武器を捨て投降して下さい」

「ほう、中央の教会の聖剣士団とは」


 神官の言葉にエルア、もとい怪傑蜘蛛、いやもういいエルアーリュ王子で、エルアーリュ王子が口を挟む。


「しかし、そこのロジマスという男はスピルードル王国の貴族。光の神教会といえど中央の総聖堂が身柄を預かるなど、おかしな話ではないか?」

「おかしな仮面で顔を隠す人物に、おかしな話と言われる憶えは無いのですが、」


 その神官は懐に手を入れ取り出した紙を広げて見せつけるようにする。


「我々、総聖堂聖剣士団はスピルードル王国の国王とアプラース王子より、ロジマス=ベレンド男爵よりお話を伺う許可を戴いております。この場にいる者もまた同様にいろいろとお聞かせ願いたい。教会は寛大ですぞ? 協力いただければ悪いようにはいたしませんとも」


 穏やかに言ってはいるが、その目はロジマス男爵よりも、エルアーリュ王子よりも、ゼラの方をチラチラと見ている。一見落ち着いて見えるように装っているが、どうやら動揺しているらしい。


「教会に逆らう気が無ければ、武器を手から離して下さい」

「それは断る。しかし、何故中央の教会がこの国の男爵に用があるのか?」

「用があるからこうして辺境に出向いているのですよ」

「これは何やら陰謀の匂いがする言い方ではないか? どう思う二号?」


 エルアーリュ王子に二号と呼ばれた蜘蛛の仮面を着けたエクアドが、さっさと帰りましょう、とボソボソと王子に進言してゼラの蜘蛛の背の鞍に乗る。それを見た神官が慌てて言う。


「逃がしませんよ、皆さんこの怪人物とアルケニーを捕らえて下さい」

「捕らえることはできぬだろう。その書面には聖剣士団にロジマス=ベレンド男爵の尋問を許可するとあるが、他の人物まで書かれてはいない。我々は男爵の一味では無いのだから」


 エルアーリュ王子が鞘に細剣を納め、ゼラのところへと戻ってくる。なんだこの事態は? 何故、ここに中央の教会が出てくるんだ? 聖剣士団は剣を構えゼラを包囲する位置に。神官がエルアーリュ王子を指で指す。


「この場に居て仮面で顔を隠す怪しい者を見過ごせますか、皆さんやって下さ、」

「待て」


 神官を押し退けるように白の鎧兜を着けた聖剣士が一人、前に出る。


「この国の法に従えば我々が捕らえられるのは、確かにロジマス=ベレンド男爵とその配下のみだ」

「あの、ここは私に任せて、」


 神官が言いつのるが、その聖剣士は兜の面甲を上げて神官をひと睨みすると、神官は口を閉じて半歩下がる。厳しい目をした壮年の聖剣士がエルアーリュ王子に向き直る。


「この場にいる者は全員話を聞かせてもらいたい」

「この怪傑蜘蛛仮面は男爵の一味では無いのだよ」

「では、その疑いを晴らすためにご同行願う」

「何故、光の神教会の聖剣士団が中央からスピルードル王国までわざわざ出向くのか?」


 壮年の聖剣士とエルアーリュ王子が睨み合う。聖剣士の目は厳しく、エルアーリュ王子は事態を楽しむように。

 面甲を上げた聖剣士が重々しく口を開く。


「ロジマス=ベレンド男爵は総聖堂の一部の神官と密取引をしていた疑いがある。総聖堂の神官の行いの為にスピルードル王国を騒がせる事態となり、申し訳無いことだが、教会の不始末は教会の手で灌ぐ。協力を願いたい」


 聖剣士の言葉にその後ろにいる神官が、あの、とか、ちょっとー、とか言葉を挟もうとして無視される。この壮年の男がこの部隊の頭か。

 エルアーリュ王子が、ふむ、と頷く。


「なるほど、我ら怪傑蜘蛛仮面は拐われた黒蜘蛛の騎士を助けに来たのだ。蜘蛛の姫とともに。どうやら男爵が誘拐した黒蜘蛛の騎士の身柄が、その神官と男爵の密取引とやらに関係ありそうだ」

「お前達はあくまで男爵の一味では無いと言うのか?」

「何故、男爵の仲間が館の壁を破って突入しなければならない? 聖剣士団はそれを見て、慌ててやって来たのではないか?」

「ならばお前は何者か?」

「訊ねる前に名乗ってはどうか? 聖剣士よ」

「総聖堂聖剣士団、団長、クシュトフ」

「私は愛と正義の使徒、怪傑蜘蛛仮面だ」


 エルアーリュ王子の名乗りに眉間の皺が深くなる団長クシュトフ。それに構わずエルアーリュ王子がヒラリとゼラの蜘蛛の背に乗る。エクアドの後ろにエルアーリュ王子が乗り、ゼラの蜘蛛の背につけられた鞍に跨がる。


「拐われた騎士を救い出すという目的は果たした。あとは国の法と教会に任せようか。だが忘れるな、この国の闇で平和を蝕む悪を怪傑蜘蛛仮面は許さない。では、蜘蛛の姫よ、帰ろうか」

「ウン」


 聖剣士達が剣を構えて包囲しているが、そんなものでゼラは止められ無い。ヒョイと高くジャンプして白づくめの剣士達の頭を飛び越え、壁の大穴から外に出て走る。

 ゼラにお姫さま抱っこされたまま後ろを見れば、苦い顔で追跡を指示する神官、静かな目でこちらを見る団長クシュトフ、つられて逃げようとする男爵の私兵、それを抑えようとする聖剣士達と大騒ぎだ。その中で椅子に座ったロジマス男爵は演劇を見終わった客のように、ゆっくりと拍手を鳴らしている。


 林の中を跳ねるように進むゼラ。人も馬も追いつけない速度で軽やかに。腕に俺を抱いたまま、その蜘蛛の背に男二人を乗せても軽々と。ゼラの脚が速すぎて木がこちらに飛んで来るようにも見える。ときに邪魔になる藪に低木を飛び越えて進む。


「ゼラ、重くないか?」

「ぜんぜーん」

「これなら誰も追いつけないか、やっぱりゼラは凄いな」

「むふん、カダール、ちゃんとほめて」


 縛られた腕はほどかれ、拘束の解けた手でゼラの頭を撫でる。むふん、と目を細めて更に走る速度を上げるゼラ。


「ところでエルアーリュ王子」

「私は怪傑蜘蛛仮面だ」

「それはもういいですから。あの聖剣士団は何ですか?」

「さて、私がウィラーイン領に出向いている間に何があったのか」


 ゼラの蜘蛛の背からエクアドが続ける。蜘蛛の仮面を外しながら。


「カダールが男爵の別荘に入ったときには、既にあの聖剣士団が別荘を見張っていたのを、ハガクの隠密隊が見つけてな」

「奴等は俺の誘拐とは関係無く、ロジマス男爵を捕らえるつもりだったのか」

「それで突入準備などしているから、これは不味いとこちらが先に突っ込むことにした」


 エルアーリュ王子が蜘蛛の仮面をまだ被ったまま、


「予想外の者にカダールの身柄を渡したくは無い。しかも中央の教会となれば尚更だ」

「我々はロジマス男爵に指示した者を引き摺り出す予定でしたが?」

「その予定通りにはさせてくれんらしい。私は王都に戻り父上と弟アプラースより、教会とあの聖剣士団について聞くとしよう。ロジマス男爵はこのままトカゲの尻尾だろうが、あの聖剣士団が保護してる中で口封じに暗殺とならなければ良いが」

「ロジマス男爵と中央の神官との密取引とは?」

「中央礼賛の貴族にそういうことをしそうな輩はいるが、そんなことでわざわざ中央の聖剣士団が来るのも妙だ。中央の教会もいよいよゼラのことが気になるようだ」

「ンー? 呼んだ?」

「蜘蛛の姫ゼラは人を惹き付けて止まない魅力の持ち主と言っていたのだよ」

「そうなの?」

「それにしても素晴らしい! ゼラの蜘蛛の背に乗れるとは、なんという速さ、なんという跳躍力、それなのにこの安心感はいったいなんだ?」


 疾走するゼラに乗り、前に座るエクアドを後ろから抱きしめるようにして、エルアーリュ王子が喜びの声を上げる。それにエクアドが解説する。


「ゼラは人を背中に乗せるときは、人の負担にならないように気をつけているんです。急な方向転換とかしないようにして」

「気をつけてこれなのか! まるで射たれた矢に乗っているようだぞ? エクアド、場所を代わってくれ。前に乗ってそのブレストプレートの取っ手を掴みたい」

「エルアーリュ王子、楽しそうですね」

「ルブセィラの報告書を読んでから、一度はゼラの蜘蛛の背に乗ってみたかったのだよ。それがこうして叶うとは。ゼラよ、もっと速度を出せるのか?」

「ウン、でも落ちないようにベルトを締めてね」


 その後、エルアーリュ王子とエクアドは落下防止の鞍のベルトをしっかりと締め、ゼラは俺を抱っこしたまま、蜘蛛の背に男二人を乗せたまま、林の中を木から木へと飛び移る軌道で追っ手を撒いて走った。

 エルアーリュ王子は蜘蛛の仮面を外し、子供のように笑う。

 

「これは爽快だ。アルケニーのゼラに乗せてもらえるとは、一生の語り草となろう」

「それよりも怪傑蜘蛛仮面とはなんなんですか?」

「念のために正体を隠す為に用意しておいたのだ。これでも一国の王子なのだから」


 策を練る方向がずれているような。しかし、中央の光の神総聖堂から聖剣士団がスピルードル王国にまで来るとは。ゼラの聖獣認定のこともあるが、中央でもゼラの事が注目されるようになったか。ロジマス男爵は俺を捕らえ中央の教会に渡すつもりだったのか。

 ゼラは足を止めぬまま俺を見る。


「これでもうカダールと離れなくていいの?」

「うーむ、中途半端なことになったが、牽制にはなっただろうか。あとはゼラと一緒に王都へと向かう本来の旅程に戻ろう」



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