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蜘蛛の意吐 ~あなたの為ならドラゴンも食い殺すの~  作者: NOMAR
~あなたとわたしの未来のために~
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六の十一


 新領主館の喫茶室。天井は高く壁は真新しく白い。ゼラが入れるように作られているため扉も大きく、初めてこの領主館を訪れる人はこのサイズの違いに戸惑う。まるで人より大きい種族の館に迷い込んだような、ワクワクとするような気分になる。

 喫茶室の庭に面する窓は大きく、花壇の花がよく見える。母上が好みのゼラニウムの花が多く、他にも色とりどりの花が客の目を楽しませる。


 丸テーブルにつくのは母上含めて五人の婦人。談笑しながらもゼラを見ている。

 ゼラは緊張しながらも危なげない手つきでお茶を淹れる。ティーポットにお湯を注ぎ砂時計をひっくり返す。茶葉が開くまでカップに白湯を注ぎ、温めることも忘れない。いいぞゼラ、ちゃんとできている。


 スピルードル王国では茶葉は高価な物。中央から輸入するしか入手できず、庶民が口にできる機会は少ない。

 スピルードル王国では客を迎えるとき、主人が自ら茶を淹れる。この辺り中央のお茶会とは違うらしい。貴族と産まれるとお茶を淹れるのは客を迎えたり、家臣の労を労ったりと目上の者が淹れることが多い。俺もエクアドもお茶の淹れ方は家で仕込まれている。

 今日は本来、母上がする役割をゼラにさせてみた、というのが母上の思惑。これでゼラをウィラーイン家の娘と、母上は友人達に紹介したいらしい。


 母上に習ったゼラがお茶をカップに注ぐ。お茶が好きなゼラは熱心に学び、お茶を淹れるゼラの姿は貴族の子女としてちゃんとしている。赤いドレスに髪も結い上げていつもより大人びて見える。赤いスカートは大きく広がり、ゼラの蜘蛛の下半身を覆い隠している。

 母上の友人達もゼラが集中しているのを邪魔しないように、今はゼラに話しかけず母上と会話しているが、その目はゼラへの興味が隠しきれていない。


「これが裏の守護婦人(ファイブガーディアン)の密会ですか」

「茶会と密会は違うし、母上と母上の友人におかしなあだ名をつけないでくれ」


 フクロウのクチバが言うことを小声で嗜める。今、俺達がいるのは喫茶室を覗ける隠し部屋だ。この新領主館はアルケニー監視部隊がゼラと俺から目を離さないように、いたるところに隠し部屋、隠し通路がある。

 喫茶室の様子を隠れて観察しているのは、俺と隊長のエクアド。監視部隊会計でゼラのお化粧担当のフェディエア。ウィラーイン家の諜報部隊フクロウのクチバ。クチバが覗き窓から目を離し、チラと俺を見る。


「私が異名をつけた訳じゃ無いですよ。裏の守護婦人(ファイブガーディアン)、ウィラーイン伯爵婦人ルミリア様を筆頭に、いずれもが奇才と独特な人脈の持ち主。夫である領主を影から支え、裏の守護婦人(ファイブガーディアン)の意向はスピルードル王家も無視はできない、という」

「母上を怪しげな裏の組織の首領のように言うんじゃない」

「あの四人がこの新領主館に来たということで、探ろうとする密偵が館の外に彷徨いてますよ。フクロウで近づけさせてはいませんが」


 ウィラーイン家は第一王子エルアーリュについているから、その密偵は第二王子アプラースの派閥だろうか。

 母上の呼んだ客人はいずれもウィラーイン領付近の領主のご婦人方。父上の妹で隣のハイラスマート領に嫁いだ叔母もいる。


「今のウィラーイン領の動向は注目されてますからね。客を招くだけでもざわつくのがいます」

「辺境の武しか取り柄が無いと言われていたウィラーイン領が、こうなるとは」

「そーですね。その原因を作ったカダール様が呑気に他人事のように言うのは、解せませんが」


 俺が? いやまあ、辿っていけば俺がタラテクトを拾ったことに行き着くのか。俺と言うよりは俺とゼラの二人になるのか。

 隠し部屋で息を殺して喫茶室のゼラを見守る。ゼラがカップに淹れたお茶を客人の前に。一人の婦人がカップを手に取り口をつける。


「素晴らしいわ、ゼラさん。これで人の中で暮らして礼儀作法を学んで、まだ一年足らずというのが信じられないわ」

「ハハウエが教えてくれたの、あ、その、教えてくださいました」


 ゼラが赤いスカートを指で摘まみ頭を下げる。


「ゼラはまだ人語を学習中で、失礼などありましたら、どうか御容赦ください」


 母上が教えた通りに優雅に一礼する。今のゼラの姿はハイラスマートの晩餐会で着ていた赤いドレス。二の腕から先の手は褐色の肌が見えるが、胸から下は赤いスカートで隠れている。ゼラを知らない人が見れば、踏み台に登った少女のように見えるだろうか? 黒い髪は後頭部で結い上げ、銀の三日月の髪飾りが留める。耳に銀の耳冠、首にはシンプルな銀のネックレス。

 ゼラのコーディネートをしたフェディエアは自慢気だ。


「ハイラスマートの晩餐会以降、ドレスの腰から下を一段とふんわりと大きく広げるシルエットが次の流行、となっているようですね」

「目新しいものをいち早く取り入れるのがお洒落ということか。俺にはイマイチ解らんが」


 スカートが大きく広がるのはゼラの下半身が大きな蜘蛛だからなのだが。人の方がそれを真似するというのも奇妙な話だ。

 ゼラを見ると顔を上げてニコリと客人に微笑む。


「ゼラに人のことを教えてください」


 ゼラにつられたのか客人も顔が緩む。母上がゼラに教えた礼儀作法は今のところ問題無し。お茶の淹れ方も完璧だ。元気な子供のようにはしゃぐゼラも可愛いが、淑女の気品を漂わせ優雅に振る舞うゼラもいい。蜘蛛の姫という異名に相応しい。

『これができたらカダールとの結婚が近づくわ』と母上が言う度に、いろんなことを貪欲に吸収していったゼラが凄いのだが。ゼラを見る婦人方が優しく笑む。


「まぁ、うちの娘にも見習わせたいわ」

「言葉も憶えはじめて一年足らずとは思えないわね。アルケニーは知能が高いというのは、お伽話だけでは無かったのね」

「これでアンデッドの軍勢を追い返したとは、信じられない」


 母上がお茶を飲みつつ、


「ゼラは素直で学習熱心、教える方も新たな発見があって、いろいろと気づかせてくれるわ」


 そのままゼラ自慢のような話を続ける。客人もゼラと一緒の人の暮らしという、体験談を楽しそうに聞いている。もともとが母上の友人であり、中には祖父母の代からウィラーイン領との付き合いもあるご婦人方。気心が知れているので堅苦しくも無い。ゼラも交えて楽しげにお喋りをしている。

 覗き窓から喫茶室を見るエクアドが呟く。


「あまり心配はして無かったが、上手くいっているな。ゼラもお嬢様っぽく振る舞えるじゃないか」

「これも学習の成果か……」

「どうしたカダール?」

「いや、ゼラが楽しんでいるならいいが。こうしてゼラに人の習慣や礼儀に付き合わせるのは、不自然な押し付けでは無いかと考えてしまって」

「ゼラに人の中で暮らしてもらうには、憶えてもらわないとならないこともある。……ビンタ一発で済むことならいいが、問題にならないようにするためには、ゼラにはいろいろ知ってもらわなければ」

「エクアド、その、すまん」

「いや、俺のことはいい。ただこれがゼラのストレスになっても困るから、そこはよく見ていかないとな」


 喫茶室の方では母上が改まり客人に話している。


「皆様にはウィラーイン領が灰龍に悩まされたとき、援助をいただいたことに改めてお礼を」

「何を言っているのルミリア? 我が領が魔獣に悩まされたとき、助けてくれたのはウィラーイン領兵団よ。ようやくそのときの恩を少し返せてホッとしたぐらいよ」

「そうですね、先代の頃からウィラーインの猛者に助けられてますから」

「……我が領は裕福でも無く、支援としてもたいしたことはできていませんわ」

「いいえ、困ったときに手を差し伸べてくれる、私にとってはどんな財宝にも優る尊い宝よ」

「ウィラーイン領を悩ませた生きた災厄も、ゼラさんが討伐したというのでしょう?」

「ハイ、ゼラがやっつけて、食べました」

「ますますウィラーイン領、無敵ね」

「そうも言ってられないのよね。鉱山もゼラも、隙あらばって狙ってるのも増えてしまって」

「あら、無双伯爵と博物学者に挑む愚か者がまだいるの?」

「いるのよね。目立って栄えてしまうと羨ましがられるのかしら?」

「蜘蛛の姫も黒蜘蛛の騎士も、いまや王国の注目の的ですものね」

「なんでもゼラさんが聖獣として認められるという噂がありますわ」

「中央の教会は快く思って無いようね」

「うちの主人はスピルードル王国王都の大神官とは、戦盤友達ですから。主人から大神官に話をつけてもらいましょうか」

「我が領ではゼラさんの支援活動で、長年の持病が治った、怪我を治してまたハンターができると感謝している者がいますわ。我が領の教会は蜘蛛の姫側ですわ」

「蜘蛛の姫と言えば、ミュージカル蜘蛛の姫の恩返し第二章も良かったわね」

「ひとつめが評判がよかったので、今度は衣装とセットを前より質を上げてみたの」

「そこも良かったけれど、あれなら幼い子供でも安心して連れて行けるわね」

「もとが絵本だから、恋物語でも大人向けでは無いわね」

「いいえ、『蜘蛛の姫よ、あなたの心が美しいのだ』と歌う赤毛の王子。姿形に囚われずその心根をもって相手を讃える。これは子供に見せたいミュージカルだわ」

「ゼラさんの首飾りは、もしかして」

「?コレ? ですか?」

「ミュージカルの赤毛の王子の贈り物と同じデザインよ。ローグシーの演芸場でも販売してて、好評ね」


 母上が手でそっと合図をする。俺の出番らしい。


「では行ってくる」

「カダール、上手くやれよ」

「なに、今回お披露目するのは俺では無くコレだ」


 指で俺の着ている騎士の礼服を摘まむ。その俺を見てフェディエアが何を言っているの? という目で俺を見る。


「黒蜘蛛の騎士と蜘蛛の姫の恋物語を待ち望んでいるように見えますけれど」

「俺は詩人では無いから口は回らないというのに」


 隠し部屋を出て喫茶室に向かう。母上の客を迎える顔をしなければ。俺は黙って立っていれば厳しい感じ、と言われたことはある。ゼラと二人だとだらしないニッコニコだとも。ううむ、表情って……、こういうのは苦手だ。あのご婦人方の中に行くのは気が引けるが、頬を片手でペチと叩いて喫茶室へと。


「皆様、ようこそ我が館へ」


 挨拶をすれば俺を見たご婦人方が、息を飲み目を開く。それもそうだろう。俺の身体の回りには七色の陽炎が立つ。初めてプリンセスオゥガンジーを見た人は皆、同じ顔をする。

 テーブルへと近づく俺の回りで七色の陽炎が踊る。俺が着ているのはゼラの作った極上の布、プリンセスオゥガンジーでできた騎士の礼服だ。光の反射するところで虹が浮かぶので、それを活かす為に従来の礼服よりもドレープが多い。

 母上が俺の服を扇子で指し示す。


「どうかしら? ゼラが作った布は?」


 クスクスとイタズラが成功したように笑う母上。ご婦人方は、ほう、と息を吐いてプリンセスオゥガンジーに見蕩れている。


「この礼服を、ゼラさんが?」

「服を作るのは私も手伝ったのだけれど、この布はゼラにしか作れないの」

「……虹の陽炎が立ち上る布なんて、初めて見ましたわ。これでドレスができたら、どうなるのかしら……」

「ドレスはこれから作る予定で、今、カダールが着てるのと同じものを一着、エルアーリュ王子に送ったばかりなの」


 ご婦人方が俺の礼服に注目する。お洒落にあまり興味の無い俺でもプリンセスオゥガンジーは気になる布だ。耐刃性に抗魔術防御が尋常では無い。

 ゼラも俺を見て、少しホッとした顔をする。俺は顔が緩みそうになるのを気をつけて、手に持った包みを母上に渡す。


「まだまだこの布は調べたり実験してみたりしたいのよね」


 母上は包みの中から取り出した物をテーブルに並べる。


「これは礼服を作ったときに余った布で作ったハンカチよ」


 ご婦人方が恐る恐ると手を伸ばす。光を受けて七色の陽炎の上る白いハンカチ。隅っこにはデフォルメした小さな黒い蜘蛛の刺繍がある。


「……メイモント産のシルクに劣らぬ肌触り、つるりと滑って手から落ちそうね」

「どう? 面白い生地でしょう?」

「この爽やかな香りは香水? 若葉のような清々しい香りは」

「糸そのものから出ているのよ。しかもこの香りは虫除けになるの」


 一人のご婦人が両手に持つハンカチを睨むようにジッと見ている。


「確かに魔力が込められてます。しかも隠すように内に織り込み外に漏れないような……、これは高度な隠蔽術式?」

「よく解るわね。これが見抜けるのは魔術師でもほとんどいないわ。投射魔術に対して抜群の抗魔防御があるの」

「それは、ランドタートルの甲羅のような?」

「比べ物にならないわ。私の火槍もパチンと消してしまったもの」

「赤炎の貴人の火系魔術を?」


 絶句している。確かにこのプリンセスオゥガンジーを内張りに張った、盾の対魔術防御はとんでも無い。この礼服も着ているだけで、人の魔術はまず効かなくなるだろう。

 プリンセスオゥガンジーをうっとりと眺めるご婦人達。母上はそれを見る。


「ゆくゆくはこのプリンセスオゥガンジーでドレスを作って皆さんに、と考えてはいるけれど。作れるのはゼラだけで大量に作るのは無理なのよね」

「それで? ルミリアはこれを私に見せて、何を考えているのかしら?」

「これはただの自慢よ。うちの娘は凄いでしょう?」

「それはもう十分に解っているけれど」

「昔からのアルケニーのお伽話といえば、美しい女の姿で男を誘い、人を惑わすとか、拐ってしまうとか、食べてしまうとか、怖いものが多いのよね」

「ふうん、それでウィラーイン領以外でも蜘蛛の姫のイメージアップをしたいと?」

「悪い噂が出なければそれでいいのよ」

「支援活動の効果で、あとは教会に聖獣に認定されるのを待つばかりではないですか?」

「その為にもウィラーイン領の外の土地でも、ゼラが受け入れられるといいわね」


 ご婦人方の視線が交錯し、その口許に笑みが浮かぶ。一瞬ヒヤリとしたものを感じる。

 母上もそうだが先ずは己の領地の安泰が第一。そうで無ければ領主の一族としては失格だ。その上で未来のことを考える。このテーブルにつく者はそれが解っている。影から領主を支え、領内のことを考え、その上で己の趣味を楽しみ活かすという、母上と似たところのある母上の友人達。

 ウィラーイン領が安泰であれば魔獣深森の壁となる。また共に魔獣深森の脅威に立ち向かう同胞として、実利と情から結ばれた友誼。ではあるのだが父上がウィラーイン領兵団を率い支援に向かい、母上が知恵を貸すことでこの繋がりは深くなった。


「うちの詩人集会『鳥憩う大樹』に蜘蛛の姫の恩返しのアレンジを歌わせて広めますわ。できればミュージカルの劇団をうちの領に招きたいですわ」

「そうね、それとそちらの楽団にも王都の歌劇場公演に手を貸して欲しいの」

「中央はともかく、王国内の教会の動向はこっちで探っておくわ」

「お茶の木はどうなってるのかしら?」

「バストレードに一任しているのだけど、気候の違うところでも試してみたいのよね」

「でしたら我が領で。植物のことなら私にお手伝いできるかと」

「訓練場の増設でウィラーイン領のハンターを教官に、うちに招きたいのだけど」

「ハンターギルドに聞いてみるわ。今は魔獣深森に異常も無いから何人か送れると思うわ」

「アプラース王子の派閥はどうなってるのかしら?」

「あちらは中央の貴族と変な繋がりがあります。今の至蒼聖王家の動きで中央の教会がちょっと妙なんですよね」

「こちらからでは中央が遠くて、調べるのは難しいわね」

「総聖堂への巡礼者に手の者を忍ばせてみますか」


 母上、プリンセスオゥガンジーをちらつかせて何をしようとしてますか? 皆さんやる気をみなぎらせていますが、これは何の企みを練っているんですか? 

 ゼラを見るとキョトンとしながらも、客人へとお茶のお代わりを注いでいる。そして母上と客人の話を聞いている。

 ゼラが母上のように夫を支える立派な奥さんになりたい、と言っていたが、このテーブルで微笑みながら陰謀めいたことを話す婦人達を見ると。

 うぅむ、ゼラはここまで頼もしくならなくてもいいからな。なぜか背中に冷や汗が浮かぶから。






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