蜂蜜と食物
方針は確認したが、そのために全力を尽くすというほどではない。セバルトにとっては何かあれば、ついでに調べようというくらいのことだ。
なぜなら、調査隊でもなんでもなく、今は家庭教師でスローライフアーなのだから。もちろん、一応気にはしておくが。
というわけで、レカテイアと話した数日後、いつも通りにセバルトはメリエの授業を行っていた。
「体内マナって増やせないの? 先生」
「増やすですか?」
今日は町の近くの荒野で訓練をしていた。
いつもどおりに、体内マナをうまく操れているかのチェックと、うまくいっていない部分のチェックをセバルトはしていたのだが、メリエからそんなことを聞かれた。
「増やしたいんですか」
「うん」
「どうして体内マナを増やしたいと?」
「ねえ先生。先生は、体の中にあるマナをうまく活性状態にすると大きな力が使えるって言ったじゃない?」
瞑想するような姿勢で体内マナをこねくりまわしながらメリエが答える。
姿勢はそのまま、脇に立ってメリエの出来を見ているセバルトに目だけを向けて。
「はい」
「で、戦士向きの人は体内マナがたくさんあるって言ったじゃない?」
「はい」
「ということはね、先生。うまくマナを操るんじゃなくて、マナの量をそもそも増やしたら、もっと強くなれると思わない? さっきの岩の事件もあったし、この前の炎の化身も強敵だったからさ、どうやったら強くなれるか、あたしなりに考えて見たの。そして、出した結論がこれよ。名付けて質だけじゃなく量作戦!」
メリエはぴょんと跳び上がり、ぐっとガッツポーズをとる。
まだいいかどうかわからないうちから凄い達成感である。
「どうよ、先生」
「たしかに、理屈の上ではその通りです」
「やっぱりね。あたしの頭に狂いはなかった」
「頭に狂いがあったら結構困ると思います。ただ、問題はありますね」
「問題って?」
「体内マナはそう簡単に増やせないという問題です」
セバルトは人差し指を立てる。
「体内マナを操ることは、いわば技術ですから、訓練である程度なんとかできるのですが、体内マナは言ってみると、体格みたいなものなんです。身長や骨格は変えようと思って変えられるものでもないですよね、普通は」
「むう。そうなの? ミルク飲んでたくさん食べるとかじゃだめ?」
「……まさにそれです。マナを多く含む物を摂取すれば、一応ある程度は増やせます」
「おお、いいじゃない。多少でも増えるなら」
「でも、その前に体重が増えます」
「え」
「僕らが体内に何かを取り込むなら、基本は食べることですから。マナは効率が悪いですからね、ちょっと増やすのにもそうとう食べなきゃダメです」
「それはあたしがまるまる太った美味しそうな豚のようになっちゃうってこと?」
「はい、そうです」
メリエが頭を抱えて煩悶しはじめた。
強くなるか、体型をとるか乙女の葛藤である。
「くっ、……そうだとしても力があれば……」
「でも、太ったらその分持久力やスピードが落ちますから、結局は……パワーは増えるんでしょうけど」
「持久力……が落ちるのはまずいんじゃない? 森の奥とか山の奥で連戦とか辛そうなんだけど?」
「まあ、そうですね。何事もそうですが、ある程度はたくさん食べて体を作ることは大事ですけど、過度にやってもバランスを崩すだけです。冒険者は総合力が求められますからね」
セバルトの言葉を聞くと、メリエは嘆息した。
「むう。いいアイデアだと思ったんだけどなあ」
「まあ、悪くはないです。無理しない範囲でたくさん食べてたくさん運動する。やっぱりこれですよ」
「結局基本的なところに帰るのね」
「基本こそが最大の奥義です。何事もね」
「学びに王道無しってやつね。今日のご飯はちょっぴり多めにしてもらお。あと、お菓子もたべたいな~。訓練するとお腹がすくし。エネルギー補給のためにも」
拳を握り目を輝かせ、食べる決意を固めるメリエ。
その姿を見ていると、セバルトも――。
(俺も甘いものが食べたいな。甘甘なものを)
旅の最中はあまり口にできなかったので、甘みへの欲望は一度火がつくと強かった。それこそ火の寺院の聖火の如く。
エイリアの町に住むようになってから何度か食べたが、食べ飽きるということはない。
セバルトが自分もお菓子たべたいな~などと考えていると、メリエも美味を妄想しているように独り言つ。
「蜂蜜のたっぷり入った焼き菓子なんかたべたいなあ」
(蜂蜜! それはいい。たっぷりとって保管しておけば、いつでも舐められる。何にでもつければ即美味しいし。ふふふ、これだ。しかも菓子にもよく使われるし、応用力もある。間違いない、蜂蜜は凄まじい戦闘力だ)
ネウシシトーでは砂糖はほぼ輸入品であり、ごくわずかしか流通していない。それよりも蜂蜜がポピュラーな甘味調味料として使われている。
「メリエさん、蜂蜜ってどこにあります?」
「どこってそりゃ、蜂の巣に」
「いやそういうことじゃないんですが。まあ、探せばいいか」
「先生、蜂蜜をとるつもりなの?」
「ええ。たべたいと、思ってしまったが運の尽きです」
メリエが目をきらきらさせた。
(おお、黄金色の蜂蜜が太陽の光を反射した時のようだ……って、頭が蜂蜜に侵食されすぎてるな)
ぶるぶるとセバルトは首を振り、冷静になってから口を開いた。
「じゃあ、僕は蜂蜜をゲットしたいと思います。メリエさんは?」
「もちろんあたしもに決まってる。先生に独り占めはさせないよ」
このときセバルトとメリエは、心が通じ合っていると確信した。そのことに二人の胸が熱くなってくる。――師弟の心の通じ方がこれでいいのかと少しくらいは疑問に思ってもいい。
「せっかくだからいい蜂蜜が欲しいですよね」
「先生、通だね? もっちろん! それじゃあ、行こ行こ」
「ええ。蜂蜜ハンターチームベアーズの出撃です」
「おおノリノリ!」
セバルトとメリエは互いの腕を軽快にあわせて出発した。
謎のテンションで、甘味を求める旅がはじまる……。




