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ドロップド・ハンカチーフ  作者: 大和香織子
第二章 進展
56/149

23

諦めて多田さんの家のポストに入れる事にした。

さすがに走り疲れてしまい、その場で立ち止まる。


 その時、多田さんの玄関が開き中から人が出てきた。タイミングが悪すぎる。

 犯罪者の様な気分になりながら、家に戻る。


 しかし、「おいコラ待てー」と言いながら多田さんは追いかけてきた。

 勘弁してくれよと思いつつ、なんとか無事に捕まることなく家に帰ることができ、慌てて中に入る。


 廊下の窓から見ていると多田さんと思われる人が俺の家の前でウロウロとしている。

そして、ピンポーンとインターホンが鳴り響いた。

「はーい」とオカンが返事をしている声がする。慌ててオカンの所に行き、「俺が出るから」と言い、おそる、おそる玄関のドアを開ける。

 

 そこに立っていたのは、多田さんではなく隣の古川さんの姿だった。

「おはよう」

「おはようございます」

「これ、落ちてたわよ」まるで大仏様の様に、きつめのパンチパーマの古川さんの大きめの鼻の穴からは今にも何か危ない物体が飛び出してくるのではないかと毎度顔を見るたびに気になって仕方がない。


 古川さんの手から、渡された紙を受け取り、中を開く。

 ん?こ、これは……。


 俺の答案用紙じゃないか。

「ども、すみません」そう言ってすぐに家に入り鍵を閉める


 部屋に入りその答案用紙をクシャクシャと丸める。

 この答案用紙を見られたことは、俺にとって大問題だった。

 何故なら、答え合わせの授業で暇を持て余した俺は、この前の川嶋さんとのデートの事思い出してしまい、それで、棒人形を書いて遊んでいたのだ。

(え?どんなふうにか?)そこまで言わなきゃダメ?えっと……。つまり、その、棒人間を二人作って……その人たちをチューさせて。恥


 これを渡された時には、多田さんの姿はなかったが、ハンカチを入れる所を見られてしまった人が増えた事俺に出口のない暗闇に陥れる。

 逆恨みされたりしないだろうか。今度、外で会った時にはどんな顔をして会えばいいのだろうか。普通に挨拶していいものなのだろうか。


 オカンとか姉貴がそのせいで、何かされたりとか……ないよな?大丈夫だよな。

 これまで生きてきた17年間を振り返ってみる。

 代わり映えのないような日々の中でも、どれだけ自分が幸せだったのかということが近頃はよく分かる。

 姉貴と同じ部屋だったときは窮屈な気がしたが、あの時は平和だったと思う。


 近所に住む人たちは皆いい人ばかりだったし、今の家の様にハンカチなどという不気味な物は回ってくるはずもなかったし、他人に監視されているような事も全くなかった。

 しかし、そんなことを思ったところであの時の生活に戻れるわけでもないし、どうしようもない。

 受け入れると楽になるのだろうか……。

 

 きっと多田さんも今頃、誰かの家に入れているだろう。そうだ。多田さんだって赤いハンカチを他の家にいれるんだから、俺ばかりが悪いわけでもないんだよな。

 気を取り直して、もう一度、外に出てポストを調べる。


 赤いハンカチがポツンと無造作に入れてあるのだった。


 多田のやつめ。こみ上げてくる怒りが俺に多田を指名させる。

 自転車に乗り込み、多田さんの家を一旦通り過ぎ、気合を入れ直してからもう一度引き返し、自転車に乗った勢いで多田さんのポストの中にハンカチを持った右手で投げるようにして入れた。


 よし、入った。その瞬間に自転車が不安定になり転びそうになる。


 おっと、あぶねー。そして一目散に家まで自転車を漕ぎ、家の前につくなり急いで自転車から飛び降りスタンドも掛けずに、その場に自転車置いて滑るようにして家の玄関を開ける。

 おかしい、開かない。

 そんなはずはない。

 

もう一度ドアノブを手にかけて引っ張る。しかし、ドアは開かない。後ろを振り向きながらインターホンを鳴らす。


「今、開けるわねー」とオカンが呑気そうに言う声が聞こえてくる。


 ダッダダッダ……背後から不気味に忍び寄る足音。



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