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そして、俺はそのままB団地の方に走り、目についた家に入れて、猛ダッシュしたのだが「もういやーなんなのよー」と言いながら、ハンカチを持って追いかけてくる。
やばい、走れー走るんだー。
想像していなかった展開に俺自身がかなり驚いて走ったせいか、途中で転びそうになる。
心臓はドクドクとしている。
「亮介、早く」その声がした方を見ると姉貴が立っていた。
「……姉ちゃん」
「急いで~」そういいながら姉貴は家の玄関を開けてくれている。
後ろを振り向くと、鬼のような形相をした30代くらいの女性が追いかけてきている。俺の足はガクガクと震える。
俺は勢いよく玄関に入り込み、姉貴はガチャリとすぐに鍵を閉めた。
ハァハァハァー。
「なんだよあれ」俺はその場に倒れるようにしてその場に座り込んだ。
「出かけようと思って外に出たら走ってこっちに来る亮介が見えたのよ、その後ろには叫びながら走ってくる女の人が見えたの、ハンカチがはいっていたんでしょう?」
うんうんと俺は大きく息を切らしながら深く頷いた。
「やっぱりね」
「キャーなんでよ~なんでなのよ~」外から女の悲鳴が聞こえてくる。
窓からそっと外の様子を窺う。女性は俺の家がある曲がり角に入った所で、その場に座りこんでいた。
「やばっ、怖すぎるわ」姉貴はブルブルっとして自分の二の腕を両手でさすっていた。
「オカンはどこだよ」
「多分買い物に行っているんだと思う、私が帰ってもまだ帰っていなかったし」
「いなくてよかった、もしこの状況を見てたら……」
「亮介~ねぇあそこの家の人、外見てない?」
姉貴が指さす方を見る。
斜め前の家の宮澤さんが二階のカーテンを開けて外をジーッと見つめているように見える。悲鳴を聞いて外を覗き込んだのか、毎日の習慣としてみているのかは分からないが……。
少しずつ落ち着きを取り戻した俺は、もう一度戸締りを確認し自分の部屋に上がった。恐る恐る下を見る。
その女性の姿は既になかったのだった。
俺は、小さいころに見た映画を思い出した。仮面を被った誰かが男を殺しにやってくる、その映像が自分と重なってしまうのだ。
地図を確認する。
たしか、ここの家に入れたんだが「田中さんだな」俺は一人呟いた。
「亮介、ちょっと入るわよ」いつもなら勝手に入ってくる姉貴は気が動転しているのか断りを言って部屋に入ってきた。
「やっぱりここの団地の人おかしいわよね。なんで大人の女の人があそこまで狂ったようにしているわけ?」
「……」
「なんでこんな事に私達が巻き込まれなきゃいけないわけ?」
「……」
「赤いハンカチなんていつ入るのかも分からないじゃない。私もうポストを開けられないよ、怖くて本当に気味が悪いのよ」
「俺が開けるから、姉ちゃんは開けなくていいよ」
「もしハンカチが入っていたことに気が付かなくて5日経ったら、私達の家族の誰かが死んじゃうかもしれないんだよ?もう警察にでも弁護士にでもいいから通報しちゃおうよ」




