20 これまでの日々を知る
2016.08.21 更新:1/1
そして物語は“現在”へ。
お待たせいたしました。1つだけですが更新です。
「――今すぐにそこを退け」
吐き出された凄まじい重低音の唸り声は、長閑な陽が射す草原を瞬時に凍てつかせた。
何もしていなくともおっかない外見の巨獣が、本気になって睨みつけるとますます威圧感が凶悪になる。遙か頭上から睥睨され、少年たちはすっかり青ざめ硬直してしまった。
呆けていたサァラは、おかげでいくらか冷静に意識が戻り、慌てて身を起こした。胸にしがみついている少年を、しっかりと抱きしめ、ガァクを睨みつける。
「もう、そんなにすぐ声を荒げないでよ! 子ども相手にかっこ悪い」
「う、うぐゥ……ッだが……」
発光した首飾りを警戒したのだろうとはサァラも思うが、そんなに唸ったら話が進まない。めっ、とガァクを軽く叱り、少年へ視線を向ける。
「ごめんね、えっと、何もしないからね」
「だ、大丈夫です。僕が、急に動いたから」
サァラの言葉に、少年が応じる。
たったそれだけなのに、サァラの心はパアッと明るく晴れ渡った。
すごい、本当に、少年の言葉が分かる!
共に過ごした、一年前。互いの言葉はまったく通じず、身振り手振りのコミュニケーションが主だったあの時を思えば、本当に素晴らしい。
サァラの首と少年の首に下がる、この色違いのお揃いの首飾りのおかげらしいが、これは一体何なのだろう。この世界の人間は、やっぱりファンタジーな技術や力を持っているようだが……。
――と、考えた時である。
「あァァ坊ちゃん、だから言ったんですよォー! ナーヴァルに会うなんて危険すぎると!」
「坊ちゃん、そこを離れて、こっちに来て下さい! 早く!」
少年の側にいた男性たちが、慌てた風に叫んだ。差し出すいくつもの武骨な手のひらへ、警戒を露にしたガァクが吼える。
「噛み砕かれたくなかったら下がれよ、人間ども」
「ひィ! 噛み砕くとか言ってる!」
「坊ちゃん、早く!」
恐らくその時、サァラだけでなく、腕の中の少年も呆然としていた。
あ、あれ? もしかして、少年だけじゃなくて……。
「この人たちの言葉も、分かるの……?」
「お姉ちゃんだけじゃなくて、別のナーヴァルの言葉も……」
二人の呟きに、ようやく睨み合う両者もはたと気付いた。
全員の瞬く目に、次第に驚愕の色が広がってゆく。顔を見合わせ呆然とする彼らの間を、場違いな爽やかさで風が過ぎていった。
「――えっと、あらためまして」
混乱が落ち着いたところで、双方が広い広い草原の真ん中にちょこんと座り向かい合う。
「僕は、アシュベルといいます。アシュベル=ユーグリス。後ろにいるのは、僕の護衛で着いてきてくれた人たちで、このグリフがリーダー……えっと、ぶ、ぶたいちょう? です」
緊張した面持ちで、自らと背後の男性たちの紹介をしてくれる少年は、名をアシュベルというらしい。金髪に青い瞳を持つ天使のごとき美貌に相応しい、上品な名前だ。
キラキラ光線に等しい眼差しに軽く胸を貫かれながら、サァラもそれにならう。
「えっと、私はサァラといいます。森にいる、ナーヴァルという種族の雌です」
おお、と低いどよめきが微かに走る。本当に言葉が通じている事と、あの最強の種族の名が出た事の、二重の意味を含んでいるのだろうか。
私は最底辺の地位に居る上に、もう里からは出た身だからなあ。あんまり同列では見ないでくれるとありがたいんだけど。
サァラは苦笑いをこぼし、キラキラ見つめるアシュベルへ視線を向ける。彼は、こてんと小首を傾げて口を開く。
「サーラ?」
「んーちょっと惜しい。サァラ、小さいアを入れてね」
どちらでも構わないが、母音を強く意識するのがナーヴァルの名前の習わしだ。
「サァラ?」
「うん、そう」
途端、アシュベルの顔がぱっと明るくなる。
「サァラ」
「ふふ、そうだよ」
「サァラ!」
パアア、と明るい表情がさらに目映く染まる。燦然とした輝きに目が潰れそうだったが、サァラも上機嫌に微笑む。まったく、なんという可愛さ。ちょっぴり大人になったけど、あどけない仕草は年相応に無邪気だ。サァラの名を嬉しそうに何度も告げるその様子に、引きずるほど長い真紅の尾がばたばたと跳ね狂う。
「ナーヴァルにも、名前という概念があるのか……」
低い声で誰かが呟く。なんとなくサァラは視線をアシュベルの向こうへやったが、返されたのは緊張の面持ちだった。少年と彼らの反応の差がつらい。
「たぶんきっと、皆さんが思っているほど、私たちは野蛮な暮らしは送っていませんよ」
里を形成して、狩り部隊や縄張りの防衛部隊など組み分けをして、仲間を大切にして日々を暮らしている。原始的な暮らしではあるが、文化を築く種族なのだ。ナーヴァルは。
――まあ、もちろん、戦いが絡めばナーヴァルは彼らが想像する通りの存在と化すが。
「あ、後ろにいるナーヴァルは」
「俺から名を告げるつもりはない」
「……という事なので、これに関しては触れない事をおすすめします」
前足を一度でも振るえば、全員ぺしゃんこになるので。
脚色のない事実を告げれば、緩みつつあった全員の顔が再度引きつる。
ただ、ガァクの反応がナーヴァル的には正しいので、大人しく伏せているだけでも最大級の譲歩だ。凄まじい唸り声は未だ止んでいないが、彼の気が変わらないうちに話を進める事にする。
「また会えて良かった」
「ぼ、僕も、です!」
ぎこちなさと照れくささが混ざり、胸の中がくすぐられる。
本当に、会えるとは思わなかった。しかも、彼からやって来るなんて。
サァラは真っ白な皮毛が覆う手を伸ばし、眩しい金髪を撫でる。ああ、そうだ、私の手は大きすぎて、少年の頭は小さすぎたんだっけ。懐かしく思ったのはアシュベルも同じなのか、微笑みを浮かべてサァラの手のひらを受け入れている。
「ねえ、急に言葉が通じたけど、どうしてかな。この首飾り?」
もふっとした胸毛の上で光るそれを摘むと、アシュベルは頷いた。曰く、赤い首飾りを身に着けたものの言葉を、青い首飾りを身に着けたものの言葉へ変換する道具、なのだとか。
つまりこの場合、変わっているのはサァラの言葉らしい。
ただ、本当は首飾りを着けたアシュベルとサァラのみ対話可能となる予定だったのだが、周囲にも及ぶというかなり大味な効果を見せてしまっているようで。
「僕たちの技術の方がまだ追いついていないみたいで……まだまだ研究不足です」
もっときちんとしたものへ改良します、とアシュベルは小さな拳を握り意気込んだ。私にとっては十分すごい事だけどなあ、とサァラは関心した。
「あの、僕、お姉ちゃんにお話したい事が、たくさんあるんです」
「……お姉ちゃん?」
サァラが呟けば、アシュベルはあっと声を漏らし、恥ずかしそうに視線を泳がす。
「も、森にいる間……ずっと、そう呼んでいたから……あの、不愉快だったらごめんなさい」
「ううん、いいよ。好きな風に呼んで」
ナーヴァルの雌にお姉ちゃんとは、なかなか新鮮だが大歓迎である。
ふさり、と尻尾を揺らすと、アシュベルは嬉しそうに頬を染めた。しまいにはサァラお姉ちゃんと言い出したので、尻尾はぶるんぶるん回転する。
「私も君の事、ずっと少年って呼んでたもの。つい出ちゃうかも」
「僕の事は、好きな風に呼んで下さい。で、でも出来ればアシュベルと呼んでくれると……嬉しい、です」
あ、それでね。アシュベルは話を再び進める。
「いっぱい、あるんだけど、何処から話せばいいのかな……えっと」
一生懸命に考える仕草が何とも微笑ましい。言葉が通じるだけでも、森で過ごしていた時の印象がまた別のものになってゆく。サァラはクスクスと笑う。
「じゃあ、君の事を教えて……? あの時、森の中にいた理由とか」
サァラは助け舟を出したつもりだったが、アシュベルの護衛という男性たちの表情が一瞬強張った。
ずっと疑問だった事なのだが、あまり尋ねてはならない話題だったのだろうか。
サァラは困惑したけれど、アシュベルは笑顔のまま嬉しそうに頷き、小さな口を開いた。そして彼が語り始めたのは、自らの生まれと、森に迷い込むまでの暮らしと経緯だった――。
◆◇◆
草原に吹く風が、涼やかな音を奏で横切ってゆく。
気づけば青空の天辺にあった太陽は僅かに下がっており、時間が過ぎた事を表していた。
自らの出生や境遇、森にやってきた経緯、そして今日に至る日々など――アシュベルは長い時間を掛けサァラへ明かした。
そして、それを最後まで聞いたサァラは――。
「うゥゥゥ……ッグス! しょうねん、きみはなんてりっぱなのォ……!」
――顔中の毛皮をひったひたに濡らし、大号泣していた。
さぞ酷いブサイク面を披露しているのだろうが、こんな話を聞かされたら、泣くしかないだろう。
サァラの想像を遙かに凌駕し、アシュベルが送っていた日々は――あまりにも過酷だった。
母親と共に生家で冷遇され、わずか六歳の頃にその母親と死別。
身内からより手酷く扱われた一年を経て、七歳になった頃、母方の家に引き取られる事になった。
だがその矢先、移動途中を継母たちが雇った無法者に襲われ、よりにもよって魔法で凶悪な森へ飛ばされる。
そして不幸な事に、西の大陸最強を冠する“ナーヴァル”と鉢合わせし。
決して短くはない二ヶ月あまりを、森暮らし。
箇条書きにしても、文体から滲み出るこの壮絶さ。哀れみと、よく無事に脱出できたという驚嘆がせめぎ合い、もはや顔も心も制御不能の状態である。
特に、森へ踏み入れ、ナーヴァルの里に連れていかれたくだりが辛い。
そこに思い切り関わっているのは、何を隠そうサァラと、興味をなくし一休みする体勢に入ったガァクなのだ。(殴りたい……!)
「ほんとう、ごめんねェェェ~……!」
「あの、確かに死んでしまうとは思ったけど、結果的に助けてもらったし」
「ごめんねェェェェェーーー!!」
サァラがわあっと顔を覆うと、アシュベルは困ったように笑いながら綺麗なハンカチーフを取り出し、サァラの顔へトントンする。獣人姿であってもナーヴァルは成人した人間以上の大きさなので、出てくる涙も雨垂れのごとき量。あっという間にハンカチーフが大変な事になったので、すぐにハンドタオルへ移行した。
なんでこんなに優しい子を冷遇するのだろう。その考えがさっぱり分からない。
アシュベルの素直な優しさに、余計にサァラの涙が噴きだした。
大陸最強と呼ばれるはずの王者の予想外な姿に、緊張や警戒などの類が全て吹き飛んだアシュベルの護衛たちは、苦笑いを含んだ眼差しを向けた。
ひとしきり泣いてようやく顔と心を落ち着かせたサァラは、一度鼻をすすり、大きく深呼吸をする。差し出された濡れタオルを恐縮して受け取り、顔と手を拭う。
「ごめんね、私の方が泣いちゃって……」
落ち着いたら羞恥心が一気に押し寄せ、赤い三角の獣耳がぺたりと折れる。けれど、アシュベルは気にした様子もなく、首を横へ振る。天使の微笑みを浮かべる彼は、むしろ嬉しそうにしていた。
「そうやって、心配してくれたり悲しんでくれたりするひとがいてくれる方が嬉しいから。もうつらくはないです」
抑えたはずの涙がぶわっと盛り上がりそうになる。
本当、何でこんな良い子を冷遇できたのだろう。貴族とやらの考えはさっぱり分からない。まして、仲間同士の繋がりが非常に強いナーヴァルの里で、見限られず育った自分には――。
「あんな森に迷い込んじゃって、ナーヴァルと暮らして、大変だったでしょ」
成人した人間の男性よりも大きいサァラでさえ、何もかもが巨大な森の異常性は日頃から感じていた。小さなアシュベルは、それをより強く感じていただろう。
頑張ったね、という気持ちでアシュベルの頭を撫でる。彼は少し恥ずかしそうにしたが、誇らしげに顔を上げている。
「初めて見るものばかりで、とまどったけど、でも」
あの森で暮らせた事や、お姉ちゃんと過ごした事は、僕の一番の励ましで、一番の宝物です。
真っ直ぐと見上げるアシュベルは、幼いながらもしっかりとした芯があり、とても立派だった。
彼がそう思ってくれたのなら、あの日々もサァラの誇りになる。里の仲間から厳しい目で見られ、里の空気を乱し、あわや大乱闘というところにまで及んでしまったが、自分のやった事は間違ってなんかいなかったのだ。サァラの心に充足感が広がる。
「――あ、あの、僕」
アシュベルはおもむろに居住まいを直し、背筋を伸ばす。
「ずっと、貴方にお礼を言いたかったんです」
「お礼?」
「あの時、僕を助けてくれて、僕に森の中を見せてくれて――ありがとうございました」
頭の天辺の小さなつむじをサァラへ向ける。そしてゆっくりと上がったアシュベルの顔は、輝くばかりの笑みを放っていた。
眩しさを覚えるサァラの口元に、笑みが浮かぶ。
それを言うべきは私の方だよ、少年。
「……私の方こそ、ありがとう」
人と獣の心に板挟みにされてきた、十数年。かつて夢見た人間と一緒に食事をし、一緒に遊び、一緒に眠り、サァラはどれほど幸せだったか。
自分が決して人間にはなれない“獣”であるという事を痛烈に感じたりもしたが、おかげで踏ん切りもつき、長年宿り続けた澱も消え去った。
たくさんのものを貰い、救われていたのは――サァラの方でもあるのだろう。
サァラとアシュベルの眼差しが、自然と交差する。どちらともなくふわりと表情を緩めると、クスクスと笑い合った。
◆◇◆
――草原の真上、高く昇っていた太陽は、いつの間にか傾き始めていた。
あれからまたすっかり話し込んでしまったと、サァラとアシュベルたちはようやく気付く。
空はまだ青色に染まっているが、いづれ夕暮れの茜色へ塗り変わり、深い夜を迎えるだろう。
サァラは、ちらりとアシュベルを見やる。彼も同じようにサァラを見つめていた。
「これから、どうするの……?」
「えっと……」
もじもじと互いを窺ったが、きっと、考えている事は一緒だろう。
「あ、あの、もうちょっと居たいな……なんて」
サァラの赤い三角の獣耳が、ビンッと真っ直ぐ立つ。そわそわと、尻尾まで揺れ始めた。
「――森に入る事は認めんぞ」
「――旦那様と奥様がそこまでお許しになるか分かりませんよ」
じとりと目を半開きにさせるガァクと、渋り顔をするグリフ率いる護衛たちの、冷静な言葉が横から被せられた。
「でも……僕、まだお話したい事が、たくさんあります」
「気持ちは分かりますが、森の近くで野宿は、かなり勇気が必要ですよ」
「森に入らずとも、この辺りは凶暴な魔物などが数多く生息している。ここに来るまででも、分かるはずです」
「そうだけど……でも……」
まあ、その気持ちも、よく分かるというものだ。何もかもが巨大で非常識な魔境が近くにあったら、誰だって嫌だろう。
サァラは少し考え、ぽむ、と毛むくじゃらの手を合わせた。
「森に入らなければいいんですよね? それなら、前もそうしたようにここで野営すればいいです」
「サァラ」
「だって、ガァクは森に入って欲しくないんでしょう? 問題ないじゃない」
アシュベルの曇った表情が、たちまち明るくなった。
「それに、私もここに居るし」
サァラは胸を張り、どやっと巨大な獣を見上げる。
森の中だと逃げ回る他なかったが、外ならばもうすこしまともにいける気がする。先ほど見たそれなりに立派なトカゲも、森の生物と比べれば断然可愛らしかった。貧弱のサァラでも、上手く立ち回れる気がしていた。
ガァクの胡乱げな目つきは相変わらずで、心底理解出来ないといった風に溜め息をこぼした。が、ナーヴァルらしからぬその奇行にも、慣れたようで。
「お前の考えは分からないが……好きにすればいい」
意外にも、彼はすんなり見逃してくれた。
サァラは思わず拳を握る。
「よし!」
「――ただし、俺も側にいるからな」
「……え゛」
握った拳が硬直する。
「……嫌なら力ずくで連れて帰る」
そう言ってガパリと開かれた顎に、サァラは反射的に「アリガトウ!」と高速で返した。ガァクと力比べをし勝てるわけがない。
まあ、彼が居れば、きっと他の生き物は寄ってこないだろうし……完璧な安全地帯になった事を喜ぶべきなのかなあ。
「じ、じゃあ、僕、おじい様とおばあ様にお許しを貰います!」
嬉しそうに笑うアシュベルは、小さな両手をそっと合わせ、球体を作るように膨らませた。
何をするのだろうかと、サァラはじっと見守る。
アシュベルは何かを呟くと、彼の手の内に柔らかな青がかった白い光が生まれる。アシュベルは勢いをつけ両手を解放し、空へ放った。浮かび上がった球状の光は次第に形を変えてゆき、なんと小鳥の姿になった。
わあすごい、魔法だ! サァラは興味津々にそれを見上げた。
「おじい様とおばあ様に伝えて。今日は大森林から離れたところで野営をします、グリフたちと、ナーヴァルのお姉ちゃんも居るので大丈夫です、と」
光の鳥は森と正反対の方角へ頭を向け、光の筋となって消えた。後に残る軌跡が、まるで流星のようにキラキラとしている。
今のが、連絡手段か何かなのだろうか。森の外は正統派のファンタジーで満ち溢れているらしい。
「すぐに届くので、大丈夫です」
ちょっぴり得意げなアシュベルの言葉通りに、数分後、先ほどと同じ鳥の形をした光が舞い降りた。ただし、アシュベルが作った小鳥よりも立派で、猛禽を彷彿とさせる形状だった。
多くの視線を集めながら、鳥のくちばしが開く。そこから、なんと言葉が紡がれた。
なんて便利な魔法なのかとサァラは驚いたが、邪魔をしないよう、静かに動向を見守る。
光の鳥が何を言っているかは、残念ながらサァラにはさっぱり分からない。首飾りの効果はさすがに発揮されないようだ。ただ、その落ち着いた声質からして、相手は五十代前後の、壮年の男性なのだろう。アシュベルが言った、母方の祖父か。身が引き締まるような貫禄を放っているが、それ以上に、とても穏やかな優しさを感じる。
貴族とはいえ、忘れ形見の孫を思う祖父の心情は、皆同じか――。
「お姉ちゃん! 一晩だけならお泊りしてもいいって!」
アシュベルが喜びを爆発させ、サァラに飛びつく。無事に野営する許可を貰ったらしい。
大喜びする少年とは対照的に、グリフを含む周りの護衛たちは、遠い彼方を見つめるような眼差しになっていたが。
――大丈夫ですよ、少年のおじいさん。今も昔も、少年には怪我なんてひとっつもさせませんから。
サァラは顔の知らぬ少年の家族へ感謝し、胸の中で約束を呟く。もう少しだけ共に過ごしたいと願うのは、彼だけでなく、サァラも同じなのだ。




