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モブを愛した私は愚かにも人生を3回やり直す  作者: 咲倉 未来
Last Attack

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7.前進あるのみ

 二度に渡る怪我と治療を終えて、ティアラは痛感した。


「ヒロインチートがあっても、怪我すると痛いのね」


 正直二度とごめんだと思っていたが、どうにも記憶の欠落があるせいで咄嗟の対応が間に合わない。

 しかも、覚えてないと対処できない危険な記憶ほど消えているのだ。

 

(も~! 私のあんぽんたん!)


 このことをティアラは自分の記憶力の問題とし、自責の念に駆られていた。しかしこれは魂の傷を消すために創世者様そうせいしゃさまが記憶に介入したときに、強い思いをもった記憶の箇所から消していったことが原因だ。

 もちろん、ティアラはそんなことは知らない。さらに魂の傷が癒えるまで記憶を消しても、ラウルの言葉は心に残ったのだ。


 そんなティアラだが、毎回直前で攻略情報を思い出すことに成功し、その勢いで敵をなんとか倒していた。ちなみに二回とも彼女が身を呈して庇わなければ、ミカエルやフィンは間違いなく死んでいた。

 最小限の被害で留まったことを内心では喜んでいた。けれど討伐隊メンバーは、予想以上に落ち込み責任を感じてしまっている。そしてティアラを盾に怪我無く帰還した討伐隊メンバーのことを、ラウルが物凄く怒っていた。


 お見舞いは面会拒否。

 治療経過も悪いの一点張り。

 ティアラへも『秘密の庭』から外出禁止を言い渡す徹底ぶりである。


 そのため、月桂樹の大木の下に置かれた天蓋付きベッドの上で、今日もティアラは休養していた。調子は良いのだがラウルからは、まだ寝ているようにと厳命されている。


 ベッドの上で大の字に寝転がり左右に寝返りを打つ。暇である。

 たまに足に痛みが走るので、ラウルの言う通り完治はしてないようだ。


「暇だと、余計なことを考えちゃうのよね」


 最近、討伐に出るたびに死にそうだなと感じることが多くなってきた。正直死にたくはない。

 だからなのか、ラウルに会うと一方的な告白をして心を落ち着かせている。


 ―― いつ死んでもいいように。もう二度と後悔しないように


 ティアラの心はいつしか、最後を覚悟していた。もちろん告白を受け入れられなかった時のことも想像している。


「ティアラ。起きれますか? 少し食べて薬を飲みましょう」


 不安な思考を吹き飛ばすのは、大好きな人の声だ。


 ガバリと起き上がりカーテンを開ける。ベッドから降り、ガーデンテーブルまでちょこちょこと小さな歩幅で歩いていく。


「そのドレス、とても似合ってますね」


 ティアラは胸元で切り返しのある締め付けの無い真っ白なドレスを着ていた。シフォン素材を何枚も重ねたスカートは歩くとフワフワと柔らかく華やかに波打つ。裾も長めで持ち上げないと床についてしまう。ティアラの容姿を際立たせるそれを用意したのは、外ならぬラウルだった。


 近づいてくるティアラを満足げに眺めている。その視線が恥ずかしくてこそばゆい。


「ラウル様。このドレス、可愛いのですが汚しそうで心配です」

 実は、ティアラ自身はリネンのシンプルな膝下丈のワンピースを希望していた。けれど用意されるのは、裾の長いヒラヒラしたドレスばかりだった。希望は全く聞き入れてもらえない。


「ええ。それを着ていれば庭を探検したり、その辺を走り回ったり、木に登ったりしないですよね」


「……木には登ってないです」

 思わず目を逸らしたが、木登りだけはしていないので忘れず訂正した。ちょっと低めの枝に座っただけだ。


 元気が戻り寝ていられなくなったティアラは、ラウルの不在時に暇つぶしに『秘密の庭』を散策した。ついでに治りかけた足を挫いて諸々がバレて、ラウルの逆鱗に触れたのだ。


 引かれた椅子に座り、出された料理を食べ始める。


「美味しいです。はぁ。幸せ」

「そのあとは、お薬ですからね。とても苦いですよ」


 満面の笑みなのに発言は優しくない。


「……意地悪なラウル様も好きですよ?」

 もはや告白なのか機嫌を取ろうとしているのかわからない。

 だがしかし怪我人なので優しくされたい。


「ティアラが大人しく治療に専念してくれるなら怒りませんよ」


「大人しくしてます」


 そう言う以外にどうしろというのか。


 最近やけにラウルが過保護なのだ。そして笑顔を絶やさずに塩対応が続いている。


(ここは、機嫌が直るまで従う方が賢いわね! なんだか浮気のバレた夫が妻の顔色を伺うみたいね。やだ、私ったら!)


 その妄想は意外といい線をいっていた。

 ラウルは、討伐隊メンバーに不満を募らせ、その感情の矛先を、ティアラに向けた。彼は治療を掲げながら、ティアラを独占していたのである。


 塩対応のラウルが渡す薬湯は、とても苦かった。

 何とか飲み終わると、いきなり横抱きされてベッドまで運ばれる。


「ら、ラウル様! 何のサービスですか!」

「どうせ粘ってベッドに戻らないだろうと思ったものですから。次は足の包帯を変えます。痛いですよ」

「そんなっ!」


 相変わらず治療はすこぶる痛かった。

 しかし、その手付きは優しく決して怒っていないことが伝わってきた。


(心配してくれてるのよね。せっかく治ったのにって)



 幸せである。ものすごーーーく幸せである。

 たったそれだけのことで、ティアラは何処までも前向きになれた。


(討伐を進めて、ラウル様に告白しよう。その後は――)


 どんな結末を迎えても、きっと受け止められそうだ。


 今がとても幸せで満たされたなら、どこまでも優しい気持ちになれたのだ。

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