6.戦う者と癒す者
魔物討伐隊が出立して数日が経った。予定だとあと二、三日で帰還となるはずだった。
ラウルはお菓子に使う苺畑の様子を見て、軽い溜息をつく。
「フェアリー達がいないと、中々手入れが行き届きませんね」
フェアリーがいれば勝手に手入れしてくれる。育てるのが難しい植物も上手いこと育ててくれた。そしてお礼にお菓子を渡すと、喜んでさらに働いてくれるのだ。
(居なくなると、ありがたみを感じますね)
仕方なく自分で手入れを始めたときだった。人の気配と声が聞こえたのだ。
慌てて向かえば、ミカエルに抱きかかえられたティアラが運び込まれてきた。
「怪我を負っている。瘴気のせいか具合も悪そうなんだ。ラウル、治療を頼む」
「分かりました。きちんと治しますから安心して下さい」
「ティアラが落ち着くまで、ここに居ていいだろうか?」
ミカエルの発言に違和感を感じ、ラウルはその表情を注意深く観察した。焦燥感の中に大切な物を失いたくない思慕が見てとれ、思わず目をそらす。
(嫌なものを見つけてしまいましたね)
立場をわきまえない者達の色恋沙汰はろくな事にならない。第一王子のミカエルには、一時的に白紙に戻しているだけの婚約者もいるのだ。
「いいえ。治りましたら連絡を入れます。ミカエル殿下もお疲れでしょうからお休み下さい」
しばらく粘っていたが、諦めたミカエルは立ち去っていった。
ラウルは、全ての治療を終えると夜の発熱を危惧して看病の準備を始める。
「ティアラ。あなたは罪深い人ですね。私の知らないところで、ミカエル殿下も口説いているのでしょうか」
深く眠っているティアラからの返事はない。
面倒事に関わるのはごめんだ。だから彼女の気持を詮索するのは止めようと決めた。
□□□
寝込むほどの怪我を負ったティアラは、驚くほどの早さで回復し、数日後には再び討伐隊へ復帰した。
それでも数日寝込んだことを考えれば、『秘密の庭』での浄化回復以外に治療休憩室が必要になった。
そこでラウルは、『秘密の庭』の隣の館に、ティアラが寝泊まりできる部屋を用意した。館の庭は、フェアリーが気に入るイングリッシュガーデンがあり浄化作用も問題なさそうだ。
数日後に討伐隊が帰還すると、またしてもティアラは怪我を負い混濁した意識で運び込まれた。その症状は重く今もぐっすりと寝込んでいる。
額に乗せた布を取り替え、汗で頬に張り付いた髪を撫でる。この光景がラウルの記憶を揺さぶり、懐かしさに心が締め付けられた。
「ーーこの館に私以外の人が、また住むようになるなんて驚きですね」
まだラウルの母が生きていた頃、体を患っていた父の看病をしながら一緒に住んでいたのだ。
「う~~ん…」
「ティアラ。少し起き上がれますか? 辛いでしょうが水を飲んでください」
意識の戻ったティアラを抱き起こして水を飲ませる。薬が効いたようで顔色は良かった。
「ラウル様。私、また運び込まれたんですか?」
「ええ。今回はゴブリンに怪我を負わされたと聞きました」
―― 昨日、フィン・バルグがティアラを背負い青い顔をして駆け込んできた。
その容態はフィンを庇った時に受けた足の傷が酷く、そこから瘴気が入ったせいか重篤だった。
『僕が帯剣していなかったせいで、ティアラが四体のゴブリンを一人で倒すはめになってしまったんです……情けない』
寝かせたティアラの手を握り、フィンは何度も謝っていた。その顔は自責と後悔に歪んでいた。助けて欲しいと切実に願う姿は、仲間を思う以上の想いが溢れているように見えてしまう。
(まぁ、討伐隊に美少女が一人。おまけに健気に働いてくれるなら、そういう感情が芽生えても不思議ではありません)
ただ、彼にもまた一時的に白紙に戻した婚約者がいたはずだ。
クイクイと袖を引っ張られ我に返る。
袖を引っ張ったティアラが元気に喋り始めた。
「お腹が空きました!」
満面の笑みは、きっとラウルが食事を用意してあると信じて疑っていなかった。どこまでも純粋な視線に毒気を抜かれ、しばしの間呆然とする。
(まぁ、用意してあるんですけどね)
何とも言えない気持ちで、用意してあった回復キノコ入りの粥を差し出すと、嬉しそうに食べ始めた。
「あなたの回復力と食欲には、毎度驚かされます」
ティアラの回復は異常に早かった。
それがハーフエルフの体質なのか、食欲旺盛なおかげなのかは不明だ。
「おかわり!」
「本気ですか?」
病みあがりである。何故そんなに食べれるのだろうか。
「こんな美味しいものが作れるなんて、ラウル様は天才です。さすが私の理想の男性ですね」
「……それだけ喋れるなら大丈夫そうですね。後で傷口の包帯を変えましょう」
食事を終え片付けを済ませると、ティアラの足をシーツから取りだし包帯を外す。一番効果の強い薬を、しっかり、ゆっくり、丁寧に塗り込んだ。
「~~~っ!!! いたい! しみる!」
「耐えて下さい」
「ぎゃーーーー!」
痛みを逃がそうとビチビチと暴れるティアラの足首を、しっかりと抑えつけ、さらに薬を塗り込んだ。悲鳴しか聞こえないが、気にせず治療を施していく。
(早く治すためです。仕方ありません。ええ、これは仕方のないことです。決して――)
嫉妬ではないのだと、そしらぬ顔をする。
包帯を巻き終わり手を離せば、涙目のティアラがラウルの腕にしがみついてきた。
「そんなラウル様のことも、大好きです」
息も絶え絶えに言い終わると、そのまま倒れて動かなくなった。スヤスヤと小さな寝息が聞こえてきたので、大丈夫だろう。





