5.愛を囁かれる者
初対面で告白をしたティアラは、『秘密の庭』に現れる度に愛を囁き続けていた。
「ティアラ。そういった言葉は多く言えば言うほど、軽くなります。大切なときに伝えるから届くのですよ」
あまりにも、あけすけに「好きだ」「愛してる」と言うので、その度にラウルは注意していた。
「言わずに後悔したくありません。気の済むまで言わせて下さい」
けれどティアラには全く伝わらない。諦めてフルーツタルトを切り分け、紅茶を入れる。
「返事はいりませんから。今は伝えるだけで十分なんです」
何が十分なのか、さっぱり分からない。
ラウルとしては、立場上邪険にできないので聞き流して済ませている。
「このタルトも美味しい。ラウル様、好きです」
正直、悪い気はしない。
「タルトが気に入って貰えて何よりです」
やんわりと、話の矛先をタルトに戻してみるが、彼女は目を潤ませ、頬を朱に染めて熱っぽい視線をラウルに向けている。
正直、悪い気はしない。
けれどこういった事に慣れていないラウルは、どうにかティアラとの距離を保とうと足掻いていた。
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教会への寄付のための石鹸の梱包作業が終わると、夕方になっていた。
「遅くなってしまいましたね。片付けは私が済ませますから部屋に戻って休んで下さい」
「最後まで手伝います。少しでも長く一緒に居たいので」
「なら早く済ませて解散しましょう」
城に居る間、ティアラは時間の許す限り『秘密の庭』に滞在する生活を送っていた。いつも自由に過ごしていたラウルは、ティアラの訪問を断る予定が全く無い。そのため、丸一日彼女と過ごす日が続いている。
そして、その日々がとても心地よいことに気づいて驚いた。
(フェアリー達はリボンやシールを持っていくので仕事がはかどりません。邪魔せず手伝ってくれる分、ティアラには好感が持てるのでしょう)
心地よさは仕事のしやすさだと結論づける。
「ラウル様、この余った水色のリボン頂いてもよろしいですか?」
「ええ。構いませんよ」
ティアラは、作業の邪魔にならないように結んでいた髪にリボンを飾り、満足そうに微笑んだ。
「可愛らしいですね」
「はい。私この色が好きです。空の色でラウル様の髪の色ですから」
変化球をくらい、思わず言葉に詰まる。
「~~~そんなことばかり言っていると、そのうち本気にしてしまいそうですよ」
「はい! ぜひ本気にして下さい」
ティアラがどこまで本気なのかわらない。ただ年下の女の子にいいように振り回されるのは、
正直、面白くはない。
つい、と彼女の頬に手をあててみる。後先考えずに意趣返しをしたのだ。ティアラも予想外だったのだろう。みるみるうちに真っ赤になって目を泳がせた。
「あまり、大人を揶揄うものではありませんよ」
どうにか、嗜めることに成功し余裕が少しだけ戻ってきた。微笑んで、わかりましたね、と念押しする。
「えへへ。やっぱり好きです」
動揺しようが揺るがない。そんなティアラに呆れて説得を諦める。もう何も言うまい。好きにさせようという気にさえなってしまった。
正直、面白くはない。
呆れて溜息をつくと、少しだけ申し訳なさそうな顔をしてティアラが首を傾ける。それは実に可愛らしい仕草だった。
これはまずいと、彼女を警戒するように気持ちを引き締めた。
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桃をスライスして順番に並べていく。綺麗な薔薇を描いたタルトが出来上がった。
「私は、一体なにを作っているのでしょうか」
フェアリー達と違い、感想つきで美味しそうに食べてくれるティアラに張り合った結果、ラウルの作るお菓子のクオリティは無駄に上がっていた。
「まぁ。ーー喜んでくれるのは確かですし。ーーこのまま出しましょう」
見せて褒められたい気持ちと、恥ずかしさがせめぎ合ったが、今さら別のものを用意するのもはばかられたので、そのまま『秘密の庭』のテーブルまで運ぶ。
庭ではお手伝いと称して、ティアラが肥料と土を混ぜて新しい花壇用の土を作っていた。
「ラウル様、良い土ができましたよ。ミミズもたくさん見つけました」
「ありがとうございます。片付けて少し休憩しましょう」
ティアラが汚れを落としに行っている間に紅茶を入れる。砂時計で蒸らし時間を計りながらタルトを取り出した。流れ作業でタルトにナイフをいれようとして、手を止める。
「戻ってきたティアラに見せてから切りましょう」
少しして戻ってきたティアラからは、想像していた以上の反応があった。悲鳴をあげて喜んでくれた。その仕草が可愛らしくて心が温かくなる。
「そのように喜んでもらえて、手間をかけたかいがありました」
「食べるのが勿体ないです!」
食べてもらいたいので、さっさとナイフを入れる。その途端、悲しい声があがった。
「また作りますから。それより味の感想も聞かせて下さい」
「食べなくても美味しいってわかりますよ!」
小躍りしながら待つ姿は、お菓子を目の前にしたフェアリーとそっくりだった。
一口食べると頬に手を当てて、うっとりと堪能している。
(多分この顔が嬉しくて、無駄に力作を作ってしまうのでしょう。困りましたね)
「ラウル様。このタルトもラウル様との時間も、大好きです」
「ありがとうございます。私もあなたにタルトを食べて貰うのが好きですよ」
「もちろん、ラウル様のことも好きです!」
「はい。知っています」
返事を求めてこないティアラの好意を、ラウルはついに容認したのだった。





