5.王子様は、その頼もしさに心を許す
バイコーンの群れが森から溢れ出す。
前方からこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「は。これだと森にすら入れないな」
剣を構えて薙ぎ払う。急所を突けば黒い霧になって消え失せた。
「殿下。あまり前に出ては危険です!」
騎士のゲイルの進言を無視して、さらに前に出る。
「各自、無理はせず攻撃を繰り返せ。全滅するまで繰り返すぞ!」
号令をかけ討伐隊に指示を出す。そのままミカエル・シュル・オーベロンは攻撃を続けた。
(くそ。対人戦は経験があるが、群れた獣と戦うのは初めてだな)
魔物討伐隊を率いるようになってから慣れない戦いの連続だった。けれど負けることのできない戦いで、弱音を吐くことなどできないのだ。
徐々に押されて後退していく。討伐隊に次の指示を出そうとした時だった。
目の前の宙に魔方陣が描かれる。そこへ跳躍したティアラが弓を引き絞り矢を放つ。
矢は魔方陣を通ると分裂して光を放ち、バイコーンの群れに降り注いだ。
あっという間に、黒い霧となりバイコーンの群れは跡形もなく消え去った。
「っ!」
「さっすが、ティアラだ!」
「エミルの魔方陣も、ナイスタイミング!」
ハイタッチをする二人の軽いノリを見て、肩の力が抜けた。
「その。二人ともよくやってくれた。中々良い作戦だな」
その言葉に、エミルとティアラは顔を見合わせる。次いで満面の笑みでピースをした。
「後方支援は任せて下さい。俺達をあてにして作戦に組み込んでもらって大丈夫っすよ」
どこか打ち解けない態度だったエミルの頼もしい言葉に、胸が熱くなる。
「私は前衛も後方支援もバッチこいです!」
「えっ。そこは俺と協力して後方支援に回ろうよ」
(ティアラの影響か。ありがたいな)
自分一人で背負い込んでいた重荷が、少しだけ軽くなる。
(心強い仲間がいてくれるのは、とても心地の良いものだな)
ミカエルの口の端が自然と上がり、思わず笑った。
□□□
遠征に備えて、手持ちの武器の手入れと点検をしていた時だった。
「やだ! 刃こぼれしてるわ」
その由々しき事態に、ティアラは頭を悩ませる。
(そういえば、魔物討伐隊に国から予算が支給されてるって言ってたわね。なら、ミカエル殿下に相談してみよう)
出立までに時間が無いので、慌ててミカエルに先触れを出した。
結論からいうと、ティアラの短剣は打ち直しが必要で直近の遠征では使用不可能になった。
「エルフの短剣は打ち直しできる工房を見つけるのが難しいらしい。すまない、ティアラ」
「仕方ありません。適当に見繕っておきます」
(次は短剣が必要になるから、絶対に調達しなくちゃ)
善は急げとばかりに、ティアラが立ち去ろうとしたときだった。
「ティアラ。俺の短剣を使うか?何本か所持しているんだ」
「っ! よろしいのですか?」
「ああ。気に入ったものがあれば使ってくれ」
ミカエルの案内で保管場所に向かう。
そして、どう見ても王族以外立ち入り禁止区域に入る手前まで連れてこられて、慌てふためいた。
「殿下、この先は私のような者は入れません」
「俺が一緒だ。問題ない」
本当だろうか。仮に前世でティアラを毒殺した令嬢がたまたま通りがかりでもしたら、あらぬ勘繰りをされ毒殺が早まるのではないか。他にも婚約白紙で虎視眈々と殿下を狙う高貴な生まれの方々に何を思われるか分かったものではない。
先程から見張りの衛士が驚いた顔をして、こちらを見ている。目が合えば凄い勢いで逸らされた。
その態度は、問題ないと思っているのはミカエルだけだと語ってるようだ。
「早く来い。持ち出せない量を飾ってあるんだ」
そう言って、手を掴まれる。
こわくて思わず踏ん張ると、小脇に抱えられて連れて行かれた。
(ここは大人しく不可抗力で連れて行かれる演技をしよう……)
そのまま大人しく抱えられていると、角を曲がった先の部屋で下ろされる。
その部屋には、あらゆる種類の剣が並べてられていた。
「短剣に小刀、レイピアまである。殿下はロングソード使いですよね?」
「ただのコレクションだ。良いもの見ると、ついな……」
集めるだけ集めて、この部屋に飾っているらしい。
ガチのソードコレクターだ。
数あるコレクションの中から、奥に隠すように置かれていた短剣を手に取る。
「……中々見る目があるようだな」
ミカエルが何かに耐えるような顔をして呻く。
(あ、もしかしてお気に入りなのかしら)
手にした短剣は良質だった。出来ればこれを使いたい。
「こちらを、お借りしてもよろしいてすか?」
「……くれてやる」
聞き間違いかと思って目を瞬く。
「お前にやると言ったんだ。大切に使えよ」
そのまま、勢いよくわしゃわしゃと頭を撫でられた。
「これからも討伐隊での働きを期待している。せいぜい励んでくれ」
「ありがとうございます。私、頑張ります!」
無事に短剣を入に入れることができ、ティアラは安堵した。
そして元来た道を前にし、ティアラは再び立ち止まる。
「何だ。また抱えられたいのか?」
「……はい」
その返事にミカエルのほうが戸惑った。
来るときだって暴れると思ったのに、大人しく抱えられていた。不自然すぎる。
しばしの沈黙の後、ミカエルはティアラを小脇に抱えた。
(私は不可抗力で立ち入ったの。だから見逃して下さい……)
いくらミカエルが許可しても、やはり王族以外立ち入り禁止の場所に入るのはこわかった。
ティアラは必死に不可抗力を演じていた。
そして、その奇っ怪な光景に、衛士は再び目を逸らしたのだった。
【ミカエルのソード・コレクション】
保管場所は他にもある。下手な武器屋よりも良い品が揃っていた。ティアラは短剣コレクションの中で一番良いものを貰っていった。





