71 おかえりなさい
五色の光が灯った五芒星魔法陣、その中心に光が集束し、一条の光となって放たれた。
神星・五重葬。
コクピットの中、迫り来る光を前にユサリアの頬を涙が伝う。
「あぁ、ついに……。ついに、会えるのね……」
二度と会えないと思っていたあの娘に、ようやく会える。
準備の終わった最終機巧・胸部火炎の発射も忘れ、彼女はただ、呟いた。
(……っ、制御、制御しなきゃ……!)
ロッタは歯を食いしばり、暴走しそうになる魔力を必死に制御する。
五属性の最強魔法を、まったく均等な力配分で合成することで生み出される、総てを消滅させる破滅の光。
合成後の今であっても、少しでも気を抜けば暴走してしまう。
(絶対に、勝つんだ……! 勝って、学長も無事で、この魔法を成功させて、二人をまた会わせてあげるんだ!!)
極限状態の中、集中力を高め、腹部のコクピットに威力が及ばないよう範囲を調整していく。
円形に広がっていく魔力光が、ゴーレムの腹部から上をすっぽりと覆った。
白い光の中で、ゴーレムの機体は粒子レベルにまで分解されていく。
「……や、やった?」
光はゆっくりと波が引くように消え、魔導ゴーレムの腹部から上は完全に消滅。
学長のいるコクピットは無事だ。
「はぁ、はぁっ……、あ、あとは、学長が魔力切れを起こしてくれていれば……」
最強魔法の発動と制御で、ロッタの魔力は底を尽きかけている。
残っているのはせいぜい中級魔法数発分程度、最強魔法はもちろん使用不能。
もしも学長に余力が残っていたら、勝ち目はゼロになる。
「お願い、このまま——、う、うそ……」
願いもむなしく、魔導ゴーレムが再生を始めた。
胴体が修復され、肩が、腕が、頭部が、全て元通りになっていく。
「勝てなかった……?」
力尽きたように降下していくジェットブルーム。
草地の上に着地すると同時、ロッタは両手を地面に付いて荒く息を吐く。
(もうダメ、次の攻撃が来たら防げない……。それ以前に、障壁を貫ける魔法も、もう撃てない……)
一歩も動けないまま、敗北を覚悟する。
しかし、ゴーレムは攻撃を仕掛けるどころかピクリとも動かない。
すると、腹部のハッチが静かに開き、学長がほうきに乗ってゆっくりと降りてきた。
「……学長?」
「お見事ね、ロッタさん」
彼女はロッタの前まで来ると、にっこりと微笑んで手を差し伸べる。
「私の負けよ」
「……え?」
そして、自らの敗北を認めた。
「ど、どうして……? ゴーレム修復出来たなら、魔力も残ってるはずじゃ……」
「あの時使われたのは、胸部火炎用の魔力。発射前に上半身が破壊されちゃったから、行き場を無くした分が修復に宛てられたのね。私自身の魔力は、胸部火炎用にほとんど使っちゃったわ」
「じゃ、じゃあ……」
「今の私はファイアボール一発すら撃てない。あなたの勝ちよ」
「あたしの、勝ち……」
学長に勝った。
今一つ実感が湧かないまま、その事実を口にする。
「さ、いつまでも伏せってないで起きなさい。勝者が敗者に見下ろされてちゃダメよ」
差し出されたままの手を取って、立ち上がる。
ユサリアに勝った、それはつまり、世界最強の魔法使いになったということ。
「あたしが、学長に、勝ったんですか?」
「そうよ。ほら、あの子たちにも報告してあげなさい」
学長が指を差した先、星斗会のメンバーたちが駆け寄って来る。
彼女たちの先陣を切って、アリサがロッタに飛びついた。
「ロッタっ!」
「あわっ!」
その勢いのまま押し倒されて、草むらに二人一緒に倒れ込む。
アリサは顔を上げて、普段の仏頂面からは考えられない笑顔で喜びを爆発させた。
「やったわね、ロッタ! 凄いわ、学長に勝つなんて! ……あ、もちろんロッタの勝利を疑ってたわけじゃないのよ?」
「ちょ、アリサ、重たい……」
「あ、ごめんなさい。嬉しくってつい」
魔力切れ寸前のふらつくロッタを抱き起こし、肩を貸すアリサ。
ロッタ的にはお姫様だっこされたかった。
「完成したのね、あの魔法」
「うん。あたし一人の力じゃないけどね」
頭の上に浮かんでいるシェフィに、手のひらを差し出す。
一瞬ビクッとした彼女だったが、すぐにロッタが何をしたいか理解し、二人はハイタッチを交わした。
続けてリヴィアとノーマとも。
「この子たちがいたからこそ、だよ」
『へへん、どんなもんでい!』
『む、しかし少々疲れたのう……』
『わたいらは魔導書に戻るですの』
魔力制御に力を使い過ぎた精霊たちが、魔導書へと戻っていく。
そして、一足遅れて星斗会メンバー三人が到着。
「ロッタちゃん、凄いよ! あの魔法!」
「おう、なんだあれ。あんなん初めて見たぜ」
「私のデータにも無い。まさか、失われた古代魔法……?」
彼女たちから、口々に祝福と困惑の言葉が飛び交う。
ピエールはと言うと、二人の戦いと数々のマジックアイテム、ロッタの放った魔法を目の当たりにして、感動のあまり観戦場所で気を失っていた。
「あぁ、あの魔法はね——」
神星・五重葬の説明をしようとした時。
ロッタのマントの内側から、激しい光が溢れ出た。
「わひゃっ!? な、なに!?」
光の源泉は、モレットの宿っていた古びた魔導書。
ロッタが取り出すと、手の上で一人でに開かれる。
「これって、まさか……」
魔導書から放たれる、あの魔法と同じ白い光。
輝きは、やがて少女のシルエットへと変わる。
少女の形をした光が、両の足で地上に降り立ち、そして。
雪のように白い髪の、儚げな少女がその姿を現した。
「……ここは? わたし、いきてるの?」
彼女は不思議そうに辺りを見回し、
「あれ? ユサリア? どうしてないてるの?」
瞳から涙を溢れさせる大切なひとを見つけ、首を傾けた。
「モレット……?」
「そう。わたしはモレット。あなたがくれたなまえだよ?」
「本当に、モレットなのね……。私のことも、覚えて……っ、モレットっ!!」
あの日、雪のように儚く消えてしまった少女。
二度と会えないと思っていた、誰よりも大事な少女。
その存在を、温もりを確かめるように、彼女を強く抱きしめる。
「どうしたの、ユサリア。かなしい? わたしのせい? よしよししたら泣きやむ?」
「違う、違うの。これは嬉しい涙だから……。モレット、おかえりなさい……」




