第六十二話「丸森の戦い〜その二」
天文11年(1543年)8月
景家達が鬼庭の部隊とぶつかり合っているころ、右翼でも相馬顕胤と最上義守の軍もまた戦闘を開始していた。
-相馬顕胤-
どうやら長尾の軍はてこずっているらしい。
まぁ正反対の方向に配置されちまったから、連携するのも難しいし自分で何とかしてもらうしか無いだろう。
それよりも眼の前の最上軍の相手をするのが重要だ。
この軍を抜けば稙宗殿と連携して敵の本陣も攻められるから、一刻も早く突破する事が大切だぜ。
だからと言って、無理にせめて損害を増やすことは無いからな。
俺がそうやって相手の出方を伺っていると、息子の盛胤が声をかけてくる。
「父上、戦線が膠着していますが……」
息子の盛胤が今にも攻めたそうな顔をしている。
「まだだ、焦って機を見逃しては駄目だぞ盛胤」
若いから血気にはやるのは解るが、お前が冷静にならんと駄目だぞ。
勇猛と無謀は違う。
俺の跡を継ぐ盛胤には戦場で教えることはいくらでもあるから、この機に色々と教えるとするか。
「今は相手に隙が無い。下手に攻めても逆撃をくらう」
「ならばどうするのですか?」
「まぁ見てろ」
俺は相手に隙を作る為に、あえて兵を退かせる。
すると、敵の一部は面白いように釣られる。
相手に隙が無ければ、作ってやれば良い。
まぁこれほどかかってくれるのは予想外だがな。
「敵の右翼が突出して来ます!」
「ふん、こんな簡単に釣り出されてくれるとわな。盛胤、いつもこう上手く行くと思うなよ」
「はっ!」
さて、盛胤に経験をさせるのも必要だが、第一に戦の勝利が優先だ。
「全軍! 突出してくる軍勢に集中攻撃だ!」
俺の号令で、全軍が敵を攻め立てる。
これでまずは先手を取ったという所か。
「さて、最上はどう出てくるか? 俺は子守をしながら戦ってる奴に負ける気はないぜ?」
-氏家定直-
「本当に大丈夫なのか定直?」
「えぇ、若は傍でよく見ていてくだされ。見るのも経験ですぞ」
私は若に軍の全権を任された。
これだけの軍を率いさせて下さるのは嬉しいが、当然のようにそれに反発する者達もいる。
私は全軍に引いて守る事を徹底させるが、わが軍の一部は相馬が退くのに合わせて釣り出されおった。
そしてそう思った瞬間には、相馬の軍は猛然と襲い掛かってくる。
まったく、あの程度も見抜けない奴に軍の一部でも任せざるを得ないのは苦しいですぞ。
その様子を見て、若は険しい顔をしておられる。
「あんなにやられて良いのか?」
「使い潰しても良い反抗的な国人を最前線に置いたら、案の定私の言う事を聞かずに釣り出されてるのですからな。まぁ彼らには精々囮にでもなってもらいましょうぞ」
私はすぐに右翼を攻める相馬を包囲せんと動くが、ある程度叩いた所で相馬軍は退いていく。
下手に追いかけては、同じように釣り出される事になりかねんわ。
それにしても……
「チッ、流石に相馬か。攻めるのも退くのも早い」
いつもながら押し引きの判断が正確で早いですぞ。
経験から裏打ちされた技術と自信が判断を早めているのでしょうな。
「定直、いま少し陣を下げた方が良いのじゃないか?」
不意に若が口を出される。
相馬に攻められる軍を見て、若干臆病風が吹きましたかな?
「今下げては、相馬に勢いをつけるだけでございますぞ。我々の役目を果たす為にも、ましてや勝つためにもここで退いてはなりませんぞ」
「わかった、任せる」
若には小さい頃からわしが世話をしただけに、すっかり信頼されておる。
私はその期待に応えなければならん。
すべては羽州探題・最上家の権威を取り戻す為よ。
私は戦が始まる前の晴宗殿の言葉を思い返す。
『鬼庭に5,000を任せた。最上には鬼庭が各個撃破している間に一番厄介な相手を押さえてもらいたい』
晴宗殿からすれば我らの軍も適度にやられる方が、きっと都合が良いのだろう。
今回の乱で最上は臣従から逃れる機会を得た。
だが兵を損ないすぎては、戦後に伊達家の圧力に負けて再び臣従する事も考えられる。
まぁ鬼庭が勝てば良し。
負けたとしても……
まぁ最も大切なのは、今この場で無駄に兵を失わない事よ。
-相馬顕胤-
硬いな。
最上軍は完全に守勢に回っている。
一部は釣り出せたが、すぐに他の軍が俺達を包囲しようと動く。
そして俺達が退けば、相手も整然と助けた部隊と共に退いていく。
まったく攻める気が無いようにすら見えるが、手柄を立てようとする兵達を良く統制している辺りはたいしたもんだ。
少し最上を見誤っていたか?
この軍を義守が率いているのだとすれば勿論、(多分こっちだろうが)氏家あたりに全権を委任しているにしても、完全に介入すること無く任せきっているのか、指揮系統の混乱は一部を除いて見られない。
それを許せるだけの度量があるのか、はたまた無責任に任せっきりなだけなのか。
良い意味か悪い意味か、どちらにせよ義守を見誤っていたかもな。
「父上、我らにお任せを。」
「ふむ、行くか盛胤」
前線に出る覚悟を決める息子。
率いる軍はうちの精鋭の騎馬隊だ。
だが、戦局を見誤ってはいたずらに兵を損なう。
俺は盛胤の考えを確認する為に口を開く。
「先程の様子を見る限り、右翼は烏合の衆だ。だが相手もそれを解ってやっているんだろう。ならば盛胤、相馬の戦としてどうする?」
「決まっています。中央に連続で突撃し、敵を分断します」
そうだ。
敵の弱い所を攻めるのも定石ではあるが、それを待っている相手にやっても面白くねぇ。
ならば、あえて狙わないと思って安心しきっている所を狙った方が最上も混乱してくれるだろう。
「それで良い、その後はお前たちは分断した右翼を惹きつけていてくれ」
「はっ! すると父上は?」
「そうだな」
俺はニヤリと笑って、盛胤の言葉に応える。
「行き掛けの駄賃に、義守の首を狙うとするか」
まだまだ盛胤に負けるわけにはいかんからな。
一番手柄を目指すとしようか!
―守勢を崩さない最上と、猛烈な攻勢を見せる相馬。
それぞれの戦略を成就する為に、それぞれが使命を全うしようとしていた。
そして、最上の宰相・氏家定直が何を考えているか?
この戦場でそれを知る者は、定直本人以外に居なかった。
相馬と最上の戦いです。
次回はまた景家側に戻ります。




