第六十話「奥羽の名将達」
天文11年(1543年)8月
戦に勝つためには軍同士の連携も重要な要素であり、お互いに理解する晴景や景綱とは違い、柿崎景家達は奥羽の将と即席の連携が求められる。
そして戦を目前に控えるこの時、景家は相馬顕胤の陣を訪れていた。
奥羽一の名将と呼べる男との連携を何よりも重要視する為である。
-相馬顕胤-
長尾家の若いのが俺の陣に来た。
晴宗坊やの軍に勝つために協力したいと言ってきた。
俺んとこの軍だけでも十分だとは思うが、長尾の兵の精強さは聞いている。
それに、この若いのの噂は蘆名との戦から奥羽にも聞こえているからな。
実際に会った感じも良い気配をしている。
肩を並べても良いと思う程度にな。
「そんで、俺に聞きたい話ってのはなんだ?」
「俺達は奥羽の事情にそこまで詳しく無いんだぞ。長年見てきた相馬殿にどこを狙うべきか聞いときたいんだぞ」
まぁそうだな。
奥羽の中で争い続ける俺達と違い、長尾家は越後や越中で主に戦っているんだからな。
俺は少し考える。
情報を得ている敵の布陣から、答えを導くためだ。
「そうだな、俺なら狙うのは最上の所だな」
「最上? 晴宗を除けば兵数的には一番多い所だぞ?」
確かに最上の兵は5,000。
晴宗坊やの6,000の次に多い数だ。
だが兵は多ければ多いなりに問題もあるんだぜ?
「兵が多いというのは、それだけで安心しちまう。操るだけの器量がねぇとかえって不味い事になるもんだ」
「つまり最上には器量が無いのか?」
こいつは言いづらいことも実に真っ直ぐに言ってくるな。
そう言う奴は嫌いじゃないぜ。
俺は最上について、俺の思う所を話す。
「あそこは子守の氏家(定直)は鋭いが、肝心の当主が若い上に弱気で優柔不断だからな。戦においてそれがどれだけ問題になるか解るな?」
「あぁ~…… それなら簡単に混乱しそうなんだぞ」
若く経験がない最上義守は、家臣の言うがままに動きかねない。
しかし家臣同士の意見が割れた時、優柔不断な大将では即時決断するという事が出来ない。
それは戦においては致命的なことだ。
つまりは最上が混乱するほどに猛烈な攻めをしてやれば、相手は勝手に崩れてくれる可能性があるって手筈よ。
「晴宗の坊やもそれが解っているだろうし、最上軍は壁に使われるだろうな。と言うことはつまり……」
俺ならそんな軍に重要な任務は任せられない。
精々数を生かして壁にするぐらいだろうな。
そして壁にすると言うことは、後ろにあるのは本陣だ。
「そこを突破すれば良いんだな!」
「あぁ、俺んとこの騎馬隊はそのつもりで準備させてある。長尾家は着いて来れるか?」
俺一人でも当然最上なんかに負けてやる気はねぇ。
だがもしも連携して攻撃できれば、混乱を招くのも容易いだろう。
少し挑発的に言った俺の言葉に、こいつは応える。
「問題ないんだぞ! 俺の隊は越後一だぞ!」
「そいつは頼もしいな!」
話を終えた俺は、話す前よりもこいつを気にいっていた。
何より眼が良い。
自分の主君を信じ、勝利を捧げようとする真っ直ぐな眼だ。
今の奥羽にはそんな奴はいないだろう。
……いや、一人居たな。
晴宗の坊やに付いた真っ直ぐな男が。
だが晴宗の坊やよ、悪いけどお前を討つのが乱を終息させる早道だ。
相馬が自慢の騎馬隊、遠慮なく首を狙わしてもらうぞ!
-伊達晴宗-
「そうか、長尾も父の軍に合流しているか」
俺の元に葛西晴胤が来ている。
物見を頼んでいたので、その報告のためだ。
「はっ、しかし、まだ兵数は互角以上でございます」
「……そうだな」
葛西の報告は俺に対して良い印象を与えようとしているのだろうか?
それともこいつは相手の実力を判断できないのか?
「下がって良いぞ」
俺はそれだけ返事をすると葛西は自分の陣に戻っていく。
自分だけでなく他の家の責任を負う立場になって、初めて解った事もある。
連中は自分の家の立場を少しでも良くする為に、玉石混合に俺に意見を言ってくる。
その中から玉を拾う事の難しさ、それだけに玉を一度拾えばそれを優先したくなる気持ちも解る
「(鬼庭)良直を呼んでくれ」
「はっ!」
俺は戦において俺が最も信頼する男を呼ぶ
まだ若いが、まさに玉石の玉と言える男。
「お呼びでしょうか?」
「あぁ、物見の報告があった」
良直が俺の元に来る。
俺は物見の報告を余すことなく伝える。
「どう見る?」
「あの相馬に加え、蘆名を相手に圧倒した長尾軍が居るとなると、兵数は互角では足りませんでしょう」
良直は厳しい意見でもはっきり言う。
口だけはでかい事を言って、役にたたん奴らよりはよっぽど良い。
そして、それは俺の見解とも一致する。
「お前ならどうする?」
俺は良直に意見を求める。
こいつの眼を見れば、何か腹案がある様子だからな。
「まずは相馬か長尾のどちらかを潰します。さすれば注意すべきは残り一つとなります」
ほう集中攻撃をかけ、まずは片方を潰すと言う事か。
「と言うことは、当然狙いは数が少ない長尾の方だな」
「いかにも」
物見の話では相馬は5,000で長尾は3,000。
2,000も差があるなら当然狙う方は限られるだろう。
それに俺が本当に自由に出来る兵は6,000。
相馬の5,000とぶつかるには、やや心もとないだろう。
「良いだろう。5,000を任せる。長尾を討ってみよ」
「はっ!」
俺は兵の大半を良直に預ける事に決める。
本陣が少し手薄になるが、まともにぶつかり合うより勝算が高そうなら、ある程度の危険は覚悟しなければならない。
良直が去り、俺一人が残る。
ふと、丸森の方に眼が行ってしまう。
そこには父が俺を倒す為に待ち構えている。
後数日で父の軍とぶつかる事になるだろう。
勝っても負けても、これで本当に終わるか?
いや、負けることを考えることは無い。
必ず父に勝つのだ。
そうすれば……
―天文の乱、最大の決戦は間もなく火蓋が切られる。
それぞれの思いを込め、今奥羽の未来を賭けた戦いが始まる。
この時代の奥羽一の名将と、政宗の時代まで伊達家を支え続ける名将。
もちろんそれぞれが勝つために全力を尽くしますから、お互いが思うように動くこともあまり無いでしょう。
さて間もなく決戦、誰が生き残って誰が死ぬか。
実はまだ迷っている事もあります(爆)




