第五十七話「上手く行き過ぎる不安」
天文11年(1543年)7月
会津では長尾家に対して反抗的な勢力が多く、統治に苦戦を強いられていた。
これによって長尾景康・蘆名盛氏を助ける為に直江景綱は会津へ長く残る事になる。
そんな中で稙宗から晴宗が兵を集めて居る事から出兵を促す以来が届く。
これに対して晴景は、会津の安定を優先する為に新たに越中・越後から稙宗派への援軍を出す事を決める。
柿崎景家と越中新川郡の椎名長常に合わせて3,000の兵を持たせて、稙宗派との合流を目指す事になる。
-長尾晴景-
「景家、兵の準備は順調か?」
「おぉ、ばっちりだぞ!」
稙宗殿からの援軍要請に応える為に、俺は景家と椎名を派遣する。
伊達家と婚姻したら、こう言った要請にも一々応える必要がある為に婚姻は断ったのだが、結果的に乱に巻き込まれた以上は断りきれない。
米沢を本拠とする晴宗殿と敵対していることもあり、もしも晴宗殿に勝たれては越後と会津を狙われ続けることになるだろう。
ならば援軍を派遣して稙宗殿との仲を良くすると共に、稙宗殿に勝って貰うしかない。
「お前の役目は解っているな?」
「おぉ、少しでも多くの兵を連れて帰ることだぞ」
とは言っても、無駄な犠牲を出しても面白くない。
会津は取ってしまったが、これ以上奥羽方面の領地を増やしても旨味は少ない。
前にも考えたが、会津に隣接する米沢は元々伊達家の領地の為、取ったとしても稙宗殿との関係を重視するならば返さねばなるまい。
そしてもう一つ隣接する岩代方面も、田村など稙宗殿に付いている大名が多く、下手に領地を増やそうとすれば飛び地になってしまう。
それに、奥羽は冬が長く石高と言う意味でも旨みが少ない。
「戦の勝利は重要だが無理はするなよ」
だから無理をしてまで活躍をする必要も無いとは思っている。
「う~ん、ちょっと難しいんだぞ」
「そこは椎名と相談しながら何とかしてくれ」
勝利はして欲しいが、無理をして兵を減らす事は避けて欲しい。
本来ならそう言うことは景綱の方が得意なのだが、会津を早く統治する為には離す訳にはいかない。
だから戦況の見極めが上手い椎名を付ける事で上手くやって貰う事を期待するしかない。
景家には準備を任せて、俺が部屋に戻ると段蔵が報告に来る。
「敵は伊達晴宗が6,000、最上が5,000、大崎・葛西がそれぞれ2,000程度兵を集めており、敵の数は15,000を超えると思います。」
「それで、こちらの軍はどうだ?」
「伊達稙宗殿が3,000、相馬が5,000、それと他の将が合わせて4,000ほどです」
「うちの軍を入れると、調度兵の数は互角か」
う~ん、これ以上兵を増やすと越後と越中の守りが薄くなる。
景家達に期待するしか無いか。
「よし戦の件は置いといて、領地内の状況を報告してくれ」
「はい、まずは佐渡からは金の採掘に関して……」
―会津侵攻と合わせたこの時期より、晴景が戦場に立つ機会は減少していく事になる。
これは長尾家の領地が広がった事で、織田信長の行った方面軍の様に各地の事はある程度任せ、晴景が全体を把握する為に仕方が無いことである。
-柿崎景家-
俺達は会津の黒川城まで着いたんだぞ。
夏の陽射しで兵も疲れているので、少しここで休むことにするんだぞ。
そして俺は久しぶりに神兄ぃに会っている。
会津の状況なんかを説明してもらってるんだぞ。
「景康はまぁ無難にやっては居ますね。元々治めていた蘆名盛氏を良く使っています。盛氏も信頼されて悪い気はしていない様子です」
「それは良かったんだぞ。神兄ぃが早く越後に戻れると良いんだぞ」
景康は俺達にとって弟みたいな物だ。
俺や神兄ぃはどうしても心配して助けてしまう。
まぁ道兄ぃはそれじゃ成長しないと思って、あえて大きな役目を任せてると思うんだぞ。
神兄ぃもそれが解ってるから、あえて若い二人に任せてるのだろう。
「ところで景家、この状況をどう思う?」
「神兄ぃ、何が良いたいのだぞ?」
回りくどく言われても、面倒なんだぞ。
「僕達は奥羽の面倒ことに首を突っ込む事を嫌がりましたが、結果的に会津を取り稙宗殿に援軍を送っています」
「それは良いと思うんだぞ。何となく嫌な感じはするけど」
「……やはり同じ意見ですね」
奥羽の面倒に巻き込まれているが、その結果として俺達は領地を大きく広げている。
この嫌な感じを一言で言い表すのなら『上手く行き過ぎている』って事なんだぞ。
その感じの中で一つだけはっきりわかる理由もあるぞ。
「あと一つ問題があるとすれば、俺達が道兄ぃの元から離れている事なんだぞ」
神兄ぃは俺の言葉で考える様子を見せている。
「越中方面は定満様が居るから簡単には落ちないだろう。越後の北も敵が兵を割く余裕が無いからまぁ大丈夫でしょう。安田や中条もいますし。問題があるとすれば」
「南だぞ」
俺も考えていた一番危険な相手、それは山内上杉家なんだぞ。
かつて為景様とも争ったと言う関東の名門。
その“関東管領”の役職を歴任するその影響力は馬鹿にできないんだぞ。
それに……
「山内上杉には長野業正と言う知将が居ると聞きます」
「上州の虎だな。戦ってみたいんだぞ!」
山内上杉の家臣の中でも、箕輪城の長野業正の話は越後でも聞くのだぞ。
婚姻や暗殺を駆使してでも影響力を増やしているらしく、道兄ぃや伊達稙宗殿に少し似てる気もするんだぞ。
そしてそれはつまり油断が出来ないという事だぞ。
「関東には北条も居るんだぞ。だからそう簡単に動けないと思うけど……」
「えぇ、僕もそうは思うのですけどね。まぁ考えすぎかも知れませんが、一度晴景とも相談した方が良いでしょう」
それでも俺達の心中には不安が残る。
やっぱり一刻も早く越後へ帰りたいんだぞ!
―しかし景家の思いとは裏腹に、乱の情勢はそう簡単には決まらない。
お互いに負けられない為に死力を尽くす両軍の争いは、年を跨いで続く事になる。
そしてその隙を見逃さないで裏で動く者達が居るのも、また確かであった。
だが真に恐ろしき敵は軒猿たちの諜報力をもってしても、未だに正体の影も掴ませないでいた。
着々と領地を広げる中での不安。
まぁ油断できない連中がまだまだ多いので、それが表に出てくる日も近いです。




