第五十四話「会津侵攻準備」
天文11年(1543年)3月
晴景は先の戦の被害のせいで、未だに頭を悩ませていた。
蘆名盛氏を配下にし、揚北の反乱組を討った事で、会津を長尾家の領地とする準備を進め、揚北の大部分の領地を得た。
だが反乱組と討ったことで領地を治める将が減り、また中条や竹俣などを失ったことで、将の不足が顕著であったからだ。
会津に関しては蘆名盛氏に元々従っていた者を取り込んで行くにしても、元揚北衆の領地を治める為には、誰かを転封する必要があった。
-長尾晴景-
う~ん、国内の配置を大幅に見直さないとやって行けそうにないな。
直轄地が増えるのは長尾家の力が増す事だが、ある程度は人に任せないと仕事が回らない。
今回の件で揚北衆は壊滅と言って良い。
上条の乱の際に父上は新発田・本庄・色部を越中に移し、今回の反乱では安田・中条・竹俣・加地を抜かした、残り全ての揚北衆を討つ事になった。
安田らに加え、北条や山吉らにも加増をする事は決まっているが、それでも多くの土地が空いている。
「と言うわけで、誰か良い人材が居ないか?」
「実績がある人材となると中々難しいですねぇ……」
まぁそもそも俺も思いつかないから景綱に聞いてるんだから、思い浮かばなくてもしょうがない。
俺の頭の中では一人だけ任せられる奴が居るが、いつも頼りきりだし他に良い案があれば考えたい。
「若い者の中で見所がある者も居ますが、余り急な抜擢をしても混乱するでしょうし、徐々に試して行った方良いと思いますよ」
う~ん、それもそうか。
抜擢された方も混乱するし、急に若い者が頭になった方も混乱するだろう。
「若い者と言えば最近、元服前の子供達を虎千代が纏めているみたいですよ」
「おぉ! あれは中々見所ある奴が集まってるんだぞ!」
虎千代を中心に、甘粕長重、小島弥太郎、荒川長実、吉江景資などが集まっているらしい。
……景家が見所あると言う理由が何となく解った。
と言うか何故ものの見事に猛将ばかりを集めているんだろう?
「話を戻すが、越中から誰かを戻すと言うのはどうだ?」
「三家まとめてならともかく、一家か二家だけを戻すとなると残りの家が不満に思うでしょうね。それに抜きすぎると越中の統治が上手く行かない可能性もありますよ」
まぁ叔父さんに余り負担をかけるのもどうかと思うしね。
父上と同い年だし、史実で長生きしたからと言ってそうなるとは限らないからな。
それに、加賀の一向宗は油断できない相手だ。
「しかし、そうなると……景綱、越後の北を任せて良いか?」
「えぇ、良いですよ」
元々直江家は父上が滅ぼした飯沼氏に仕えていた氏族であり、今の与板付近の領地にそこまで深いつながりがあるわけじゃない。
発展させた領地を召し上げるのは悪いと思うが、その分大きく加増する事にしよう。
「まぁ元々これから北の開発を行う予定でしたからね。都合が良いですよ」
「すまんな。頼めるのがお前しか居ないんだ」
景綱は頼られるのが嫌じゃないようで機嫌が良さそうだが、毎回それに頼ってるようじゃ駄目だからな。
「道兄ぃ、俺はどうすれば良い?」
「景家も少し加増するぞ。その分で屯田兵を増やして鍛えておいてくれ」
今回の戦で一番の手柄をあげたと言って良い景家。
その部隊の破壊力が間違えない以上は、出来る限り強化していきたい。
「与板は直轄地にして代官を置こうと思うが、誰か適任者はいるか?」
「それなら天神山城の小国頼久が良いと思いますよ。与板に近いですし、政戦の両方で期待できますよ」
小国頼久は史実では上杉二十五将にも数えられる将だな。
目だった活躍は無いが、与えられた仕事は確実にこなす堅実で良い将だと聞いている。
領地が近い景綱は協力して開発を進めていただろうし、その景綱が押すなら間違いないだろう。
「よし、じゃあ次は会津への侵攻計画だな……」
話を切り替えて、会津侵攻についての話を始める。
と言ってもこっちはある程度、俺の頭の中で計画がまとまっている。
「総大将は景康に任せる」
「……まだ時間が経ってないですが、大丈夫ですか?」
景康はついこの間の戦で心に大きな傷を負った。
決断を下す事に恐怖を覚えていては対象は勤まらない。
だが……
「あぁ、ちゃんと気持ちは切り替わっている様だし、会津を任せる予定だから自分で獲りに行かせた方が良いだろう」
景康は自分なりの答えを見つけたのか、意欲的に仕事に取り組んでいる。
あれだけの被害は痛いし、景康にも苦い経験であっただろうが、その分成長してくれたのなら無駄じゃなかったと言える。
「景綱には会津侵攻にも兵を出してもらうぞ。景康の補佐を頼む」
「えぇ、会津もおとなしく従う者ばかりで無いでしょうしね」
現在蘆名家の本拠地の黒川城は盛氏の父の盛舜が復帰して治めている。
軒猿を通して連絡をしているが、蘆名の直轄地以外は混乱していると聞いている。
武力が必要になる場面も多いだろう。
「それと蘆名盛氏も同行させる。すこし兵を付けてやろうと思うが?」
「まぁ道案内役でもありますし、会津の者が大人しく従うかも知れませんしね」
盛氏にはそのまま景康の補佐として会津を治めてもらう予定だ。
景康が上手く使えるかが少し心配だが、蘆名の看板は長尾家への反発を減らす為にも有効だ。
「俺と景家は留守番だ」
「えぇ~、面白くないんだぞ」
まぁ越後を空にするわけにはいかないから、我慢して貰うしかない。
何せ、そろそろあの家が大きく動き出すだろうからな。
―春が来て雪が解けたこの時期、晴景は大きく動き出そうとしていた。
天文の乱は新たな局面を迎えようとしていた。
だが晴景の頭には、警戒すべき別の男の存在もあった。
-虎千代-
雪が解けつつある春日山、鍛錬にはもってこいね!
「皆! ちゃんと集まってる?」
「「「「うっす!」」」」
私が集めた私だけの軍団。その数は百名に届こうとしていた。
手合わせをし、これはと言う者を集めて歩き、ここまでの人数になったのだ。
一同を見ると屈強な軍団になりそうな予感がして、思わず笑みが浮かぶ。
しかし、私の一の家来で副将の長重は微妙な顔をしている。
「虎千代…… 何か間違ってる気がするんですが?」
何が間違っていると言うんだろう?
「何を言ってるの! 戦場において将にとっては戦術や采配も重要だけど、兵に重要なのはまず武芸じゃない。なら私と言う将が居る以上は武芸を鍛えるに越したことは無いじゃない?」
強い者を集めることは、そのまま軍が強くなる事だ。
何も間違ってることは無いじゃない。
「う~ん、まぁそうなのかなぁ?」
長重は認めつつも釈然としない様子だ。
まぁ何だかんだ言っても長重は真面目にやるから良いけど。
「姐さん! 準備できたので素振り一万回始めます!」
報告に来る弥太郎。
私に次いで武芸が強いので仕切らせているが、準備できたらしい。
「よぉし! 気合入れてくぞ~!」
「「「「おぉ~!!」」」」
「……やっぱり何か間違ってる気が」
―虎千代軍団は若干怪しい方向に突き進んでいた。
だが後に猛将と呼ばれる多くの精鋭を集め、虎千代に心酔するその集団は、現時点でも景家の部隊に近い攻撃力を持っていた。
次話は会津侵攻戦です。
と言っても晴景が待機する事もあるので、あっさりめになると思います。
そして虎千代軍団は順調に濃いめになってます(爆)




