第五十三話「悩める若者達」
天文10年(1542年)12月
初雪が振り、冬の到来を感じさせる越後であるが、晴景達は戦の後始末に追われて休む暇も無かった。
その日、晴景は様々な人に会う必要があった。
-長尾晴景-
俺の前には景康が平伏している。
本来なら弟にこんな事をさせたくも無いが、当主としてのけじめを付けなければならない。
「景康、言う事はあるか?」
「いえ、偏に僕の判断が誤っていました。その性でいたずらに将兵を損なってしまい申し訳ございません」
景康が反省していないなら怒る所だが、すでにこれ以上ない位に景康は悔やんでいる。
ならば無理に責める必要も無い。
何故なら……
「……いや、お前のせいじゃない。全部俺のせいだ」
「兄上! それは!!」
景康が口を挟もうとするは手で制す。
そして俺は更に言葉を続ける。
「いいか、それが総大将の役目なんだ。お前が自分の任された軍の被害の責任をとろうとする様に、俺は全体の責任をとらなければならない」
大将に決断権があるのは、それだけの責任が生じるからだ。
自分で決めたことは誰のせいにも出来ないと俺は思っている。
そして責任と言うものは非常に神経をすり減らすのだ。
重圧に負けて正しい判断が出来なくなる事もあるのから、心を強く持たなければならない。
「今回お前は決断を下す事の怖さを知った。俺だって怖くてしょうが無いんだから、お前だけを責められないよ」
俺の決断で人が大勢死ぬ。それは味方だけじゃなくて敵も同じだ。
味方の損害が減れば、それだけ敵の損害が増えるからな。
その決断がどちらにせよ命を奪う。だが人命第一なんて言ってられないのが戦国時代だ。
ならば俺は味方を優先するし、時には酷な決断もする事を決めた。
「それに考えようによっては、被害はともかくとしてお前の判断は間違っていなかった。お前が力攻めをしたおかげで、敵がそこに居ない事に比較的早く気付いたという事もある」
「それはそうですが……その後の中条の件も含めて、被害は無視できません」
恐らく中条の部隊だけを先行させたことを、一番悔やんでいるんだろう。
もしも援軍がもう少し多ければ、中条が討たれる事も無かったかも知れないから。
だが、それも間違いだ。
「中条は自分の判断で決めた事だ。それに中条が命を落とした戦場は俺の管轄、それこそお前のせいじゃない」
「……」
景康は俺の言葉にまだ納得が出来ない様子を見せる。
そう簡単に切り替えられるのなら、人間苦労はしないしな。
「良いか、気に病むなとも悔やむなとも言わない。大切なのは今回の事を経験にして同じ失敗をしない事だ。だから大いに悔やめ」
それに簡単に乗り越えられても、人間成長をしない。
だから弟の成長の為に俺はあえて悩ませておく事にした。
景康は一礼して部屋を去っていく。
さて、次はあいつか。
・・・・・
俺は護衛に段蔵を連れてある部屋に向かう。
そこに居るのは、今回の戦で捕虜にした男。
「やぁ晴景殿、毎日こんな所まで来るとは貴方も案外暇ですね」
「もちろん暇じゃないさ。だが時間を割いてでもそうする必要があるんでな」
蘆名盛氏。
俺は何とかこの男を自分の配下に置く為に、ここ数日毎日部屋へ通っている。
「それで、長尾家に降る決断は出来たか?」
「御免こうむりますね、これ以上僕に生き恥を晒させないでください」
だが、その返事はいつも変わらない。
毎日様々な説得をしているが、盛氏の眼は死んだままだ生き返らない。
「蘆名家は、会津の民達はどうなる? お前は責任を全て放り出すのか?」
「僕には庶子ですが兄が居ますから大丈夫ですよ。こんな僕よりも上手くやってくれるでしょう」
駄目だ。
こうも自棄になられると説得も難しい。
その後も色々と話すが、盛氏の態度は変わらない。
「また来るぞ」
「もう来ないで下さい」
これから先を考えれば、こいつを引き込めれば楽になるからな。
どうせ冬の間は動けないんだ。
たっぷり時間をかけて説得するとしよう。
-蘆名盛氏-
ふぅ、本当に毎日飽きもせずに良く来ますね。
……それだけ僕を買ってくれてるのでしょうか?
僕にその様な価値があるとも思えませんが。
そんな事を考えていると、不意に部屋の襖が開かれる。
「あなたが蘆名盛氏?」
「誰ですか?」
突然部屋に入ってきたのは、美しい少女です。
武士のような格好をして、腰に小太刀を下げている所が残念ですが。
「私は虎千代よ。あなたは随分知恵に優れてると評判じゃない?」
虎千代…… たしか晴景の妹の名前でしたね。
落ちついた兄に比べて、大分活発そうな人ですね。
でも、彼女の言う事は間違っている。
「やめてください。今の僕は自分の野望で身を滅ぼした、ただの愚か者ですよ」
僕は知恵に優れるどころか、自分と相手の力量差も見抜けない愚者です。
ビシッ
「本当に腐ってるわね」
「痛いなぁ、何するんですか」
彼女は僕の頭に手刀をしてきました。
頭を押さえて抗議をしますが、彼女は胸を張って更に口を開きます。
「それで、あなたの野心はそれで終わりなの?」
「今更どうしようも無いですか? 僕に残されたのは長尾家に降って生き恥を晒すか、死ぬかしかないのですから」
「なんで長尾家を利用して成り上がろうくらい考えないの?」
「……考えもしませんでしたね」
僕は戦に負けてから自分の事は諦めていましたからね。
彼女の言う事は晴天の霹靂です。
「兄上は遥か先を見ている。それは今回の戦の後で強くなった」
遥か先ですか。
奥羽とは真逆と言えるかも知れませんね。
奥羽の諸将は、それぞれが今ある領地を守る事や、目の前の敵の事だけを考えている。
その先を見ていたのは奥羽の統一を目指した稙宗殿くらいでしょうかね?
「これから兄上の力になる者は多いに越したことは無いわ。野心が残っているのなら長尾家に協力しなさい」
無茶苦茶言いますね。
普通は部下の野心を捨てさせようと言うのに、逆に野心を煽るなんて。
しかし彼女の言う事に、間違えなく惹かれ始めている僕も居ます。
「面白そうですね。でも、もしも僕が長尾家を裏切ったらどうします?」
「そうね…… その時は」
不意に彼女の腕がぶれた。
そう思った瞬間には僕の首筋には小太刀が突きつけられる。
……僕も武芸をやっていない訳で無いのですが、まったく見えませんでした。
そしてその体勢のままで彼女は言葉を告げる。
「私が責任を持ってあなたの首を獲るわ」
それだけ言うと、彼女は小太刀を鞘にしまい部屋から出て行きました。
……まったく、何て兄妹なんでしょうね。長尾家というのは化け物揃なんでしょうか?
晴宗殿には悪いですが、器が違います。
でも、だからこそ面白いですね。
長尾家の行く末、近くで楽しませて貰うとしましょう。
―この次の日、訪れた晴景に蘆名盛氏は降る事を告げる。
その決断の影に虎千代の姿が有った事は、盛氏と虎千代の二人だけが知っていた。
と言うわけで、蘆名盛氏は家臣になります。
でも会津はすぐには取れません。
まだまだ天文の乱は続きます。




