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第四十九話「奇策」

天文10年(1542年)11月

 木の葉も散りきる晩秋、北条高広(+安田景元)と本庄実乃が合流し、更に追加で兵を徴収した長尾晴景の軍は2,500。

対するは蘆名盛氏が率いる越後侵攻軍1,500である。

 兵数が少ないのは蘆名軍であるが、攻めなければならないのもまた蘆名軍である。

 補給線が短く、更なる援軍が見込める晴景の軍を相手にしている以上、時間の経過は蘆名軍を不利にさせるだけだ。





-蘆名盛氏-

 待ち構えていたにしては、3,000も兵がいない感じだね。

兵が少ないのは、きっと揚北の連中がまだ抵抗をして居て兵を割っているからでしょうね。

 そして軍の中央に上がる九曜巴の旗印。長尾晴景が出て来ていると言うことですかね?


 ……誘っていますね。


 ここで引いても揚北の戦力が当てに出来ない以上、長尾家との戦は厳しくなる一方です。

 ですがここで晴景を討てれば、少なくとも長尾の家中で混乱が起きることは確かです。

 確か晴景には嫡男が居たはずですが、まだ幼い以上は兄弟や家臣達が後見を争うか、あるいは取って代わろうとするかも知れませんしね。


 そうなれば我らが越後を切り取る機会も出てくるでしょう。


「全軍に告ぎます。目標は晴景の首ただ一つです。敵の陣を突破して九曜巴を目指しなさい」


 何とか短期で戦を終わらせて会津へ帰る。

 難しいけどやるしか無いでしょうね。





-長尾晴景-

 蘆名軍は1,500ほど、段蔵が言うには蘆名盛氏の出陣を確認している。


 俺達の軍の目的は、第一に負けないこと。

 景康達の軍がこちらに来るまで耐え切れば、一気に蘆名軍は叩ける。


 そして第二の目標として蘆名盛氏を捕らえるか討つこと。

 蘆名家最大の版図を広げた彼が居なければ、乱の情勢は一気に傾くだろう。


 ここで決着をつける為に、重要なのは如何に蘆名盛氏を逃がさないかだ。

 盛氏を逃がし、黒川に篭られてしまうと天文の乱は泥沼の情勢に入るだろう。


 俺達が蘆名領に侵攻して勝つのは国力の差から難しくないと思うが、それは最低でも越後の全軍を挙げての話だ。

 越中は加賀の一向一揆勢がどう動くか解らない以上は空に出来ないし、越後も北信濃や上野からの侵攻を受けないとは限らない。

 それを予防する為にも高梨家や北条家との仲を重要視しているが、絶対ではない。


 だから越後にも押さえを置く必要があるし、その分は侵攻する軍から引かれるものだ。

 万が一兵が足らずに蘆名領での戦で負けたり、時間を掛け過ぎればその分危険は増す。



「結局どうすれば良いんだ、道兄ぃ?」

「簡単に言えば、ここで決着をつけるって事だ」

「おぉ! そう言ってくれれば良く解るぞ!」


 蘆名盛氏は魚麟の陣形をとっている。

 こちらの兵数と差がある以上は、蘆名軍としては包囲されることに注意が必要だ。

 包囲を狙う陣形に対して、局所での戦いを重視して包囲を破る為に魚麟をとるのは間違えじゃないな。


 だが、それは相対する部隊を喰い破れればの話だ。

 

「全軍に命令、衝軛の陣形をとる。先鋒は景家と北条、二列目に安田長秀と安田景元、三列目に俺の本陣と本庄実乃だ」

「おぉ、任せんるんだぞ!」


 衝軛は二列に縦陣を組む形。

 敵が突っ込んでくれば間を割って誘い込み包囲する事も出来るし、後列を迂回させて囲みに行っても良い。


 前方に最精鋭を置いたこの陣、そう簡単には突破出来ないぞ盛氏。




「晴景、ちょっと話す時間はありますか?」


 陣を整えている間、俺に景綱が話しかけてくる。


「僕の考えなんですが盛氏の狙いは……」


 景綱は一つの策を提案し、俺はそれを了承する。

 それは奇策と言える策。

 だが確実に蘆名盛氏の裏をかくと思われる策だった。





-蘆名盛氏-

 既に戦端が開いてから一週。

 晴景は一列目と二列目と交互に入れ替えつつ戦っています。

 僕の軍が突出すると一列目が開き包囲しようとする為に余り深追いできずに上手く流されているように感じます。

 状況はほぼ互角と言って良いでしょうが、疲労が多く溜まっているのも僕達の方です。


 このままでは兵数が少なく、疲労しているこちらが先に息切れしてしまうでしょうね……。


 それに時を浪費するのも不味い。

 雪が降ってしまえば僕らは逃げるか降伏するか無いでしょうしね。

 短期決戦しか選択肢が無い状況に追い込まれたせいで、本当にやり難いですね。


 ……それにしても越後の兵はもう少し弱いかと思いましたが、ここでも計算が狂いましたね。


 うちの兵は領地を広げる為に山内や田村等と戦い続けているが、越後は長尾家の元で安定して戦らしい戦はこの十年で二回しかない。

 それに人は裕福になれば命をかけてまで戦おうと言う気が薄れるはず。

 それなのに長尾家の軍はうちの軍と互角以上と言えるとは……。


 本当に越後には見習うべき点が多いね。

 かつて父上は晴景との縁組を考えたらしいけど、父上の眼は確かであったと言うことですかね。



 おっと、弱気になってはいけませんね。

 ここでその晴景を討たないといけないのですから。


 まともにぶつかり合って勝てないとなると、次の手を考えなければなりませんね。


「松本と佐瀬をここへ」

「はっ!」


 僕は二人の将を本陣へ呼ぶ。

 僕の胸が激しく動悸して痛む。

これはこれから告げなければならない言葉のせいだね。


「盛氏様、我らをお呼びと聞きましたが……」


 僕は非情な決断をする事になる。



「時間が無いから簡潔に言いますよ。二人とも蘆名の為に死んでくれますね?」



 彼らを決死隊として晴景の本陣へ突っ込ませる事を。


「……盛氏様のためならば」





-直江景綱-

 蘆名の陣から100に満たない程の騎馬が離れて行きます。


 やはり動きましたか。

 この戦と言うより蘆名家に勝ち目が有るとすれば、晴景の命を狙うこと。

 ならば、決死隊を組んで突撃してくる事は考えられます。



 ならば僕の仕事は、晴景の危険を減らす事。


 敵の騎馬隊は一陣目の景家の横を通り抜け、慌てて前を遮ろうとする安田長秀の陣の薄い所を一転突破し、一直線に晴景の旗印に向かってきます。

 

 僕は本陣を守る精鋭達を指揮して迎え撃つことにします。


「さぁ来なさい。決死隊に選ばれるほどの精鋭であれば、貴方達を討てばこの戦も決まるでしょうね」





-松本氏輔-

 見えた!あれが晴景の本陣だな。


 突撃する我らを矢の雨が迎えるが、そんな物を気にしている暇は無い。

 我らの誰か一人でも本陣に辿り着き、晴景の首を獲らねばならんのだ。


 次々と脱落していく味方を横目に、俺達は一直線に長尾の本陣に突っ込む。

 周りを見れば既に十騎も残っていないが、陣はもう眼の前。


 俺は気合を入れてそのまま突撃する。


「うおおおおおお! 晴景覚悟!!」


 陣幕が翻り、槍を構えて突入する!



 だが、俺の眼の前に広がる光景は予想を裏切る。

 そこには人一人居ないばかりか、人が居た痕跡すらない。


「何だと!? 晴景はどこへ行ったんだ!!」



 パスッパスッパスッ!



 ……混乱する俺に向け、背中から矢が刺さる。


 後ろを振り返れば、笑みを浮かべる将が見える。

 奴は何でも無いかのように話す。


「戦の初めからここには居ませんよ。この陣は全て貴方達の様な人を誘う為の罠です」

「で……では晴景はどこに……」


 無念だ……

 盛氏様…… 申し訳ありま……





-長尾晴景-

 俺は景家と共に一陣目に居る。

 おかげで兵の指揮もしやすい事もあって蘆名の攻撃を上手く受け流せたし、いざと言う時には景家と言う最強の護衛もいるから下がれば良い。(段蔵も近くに付いているしね!)


 まぁ毎回こんな奇策は通用しないが、今回は上手く行ったな。


「道兄ぃ、敵の圧力が減ったぞ」

「あぁ、今が好機だな。二陣の安田達へ一陣の間から突撃するように伝えろ。俺達は道を空けるぞ景家」

「了解だぞ!」


 蘆名の余力が無いと見た俺達は最後の一押しを命令する。

 ふぅ……今回も何とか勝てそうだ。





―総大将をあえて一番前の陣に置く景綱の策もあり、一気に戦況は長尾家に傾く。

 将と精鋭を失い統制が崩れる蘆名の軍勢に、安田長秀・安田景元の突撃を止めるだけの手立ては残されていなかった。

誰も総大将が最前線に居るとは思わない……と思いきや長尾家(主に謙信)では日常茶飯事さ!(爆)

景家の隊が簡単に崩れないという晴景と景綱の信頼があっての策でもありますね。

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