第四十七話「調略戦・情報戦」
天文10年(1542年)10月
会津の蘆名盛氏は父・盛舜に家督継承を迫り、隠居に追い込むと同時に晴宗側へ付く事を明言する。
そして山形の最上義守も蘆名に同調するように晴宗側に付く事になる。これによって会津・米沢・山形と縦に大きな防衛線が出来上がる。
更に伊達晴宗は弟が養子として入っている大崎・葛西の家臣へ使者を送り、稙宗への叛意を煽ることに成功、大崎・葛西は内部で争う事になる。
これによって、大崎・葛西が晴宗側に付くと晴宗派に囲まれる事になる稙宗は、介入する為に戦力を分散せざるをえなくなる。
そんな状況の中で、蘆名盛氏は揚北に対しての調略を進めていた。
-蘆名盛氏-
晴宗殿は最上と共に出陣するようだね。
僕に任された一番の仕事は、長尾に晴宗殿達の背後を突かせない事。
晴宗殿は稙宗殿らを包囲している状況に近いが、長尾に自由に動かれると僕らが挟撃される形にもなる。
それだけに僕の動きは重要と言うことだね。
でも僕はまだ出陣はしない。
現状、僕の蘆名家と長尾家では国力に差がある。
もしも長尾が越中で他の国への守りを無視したり、佐渡で鉱山労働等に割いている人手を集めたりしてまで兵を集めると、僕の二倍から三倍は兵を集められるだろうしね。
だから僕は最も効率の良い方法で戦力差を埋めることを決める。
つまりは長尾家に従っている国人を蘆名家へ寝返らせることだね。
とは言っても、声を掛ける相手を良く考えないと晴景に報告されてバレちゃうから、片っ端からと言うわけには行かない。
まず除外すべきは安田長秀。
長尾家への忠義に厚く、現在は実質揚北の取り纏めを任される立場だ。
上条の乱等でも一貫して長尾家に付いたこの人を翻意させるのは難しいね。
次に中条藤資。
妹が稙宗殿に嫁いでおり、晴宗殿が勝つと伊達家との関係が切れて利益が減ることを考えると、こちらに付くことは考え難いよね。
後は竹俣とか加地とかも、晴景の弟の側近として働いている事から駄目かな?
弟とは言え、長尾家に重んじられてる以上は、反抗心も少ないだろう。
よし、他にも水原や黒川とか揚北には多くの国人がいるし、順番に声をかけてみようかな?
・・・・・
……まさか声をかけた家の悉くがこちらへ付く事を了承するとは思わなかったね。
ここまで上手く行くと逆に罠を疑ったけど、どうやらそんな事も無さそうだ。
彼らの多くは安田等の長尾家の信頼が厚い家臣のことが気に入らないらしい。
君達のそう言う所が重用されない理由だと言ってやりたかったが、長尾家に対する貴重な戦力だからね。
蘆名にとっても必要じゃない奴らだから、精々戦で使い潰す事にしよう。
晴宗殿と最上は田村や二階堂と争っているが、現状は優位に進んでいるらしい。
と言うのも、大崎や葛西が動けない以上、向こうの最大戦力は相馬で間違えないんだけど、晴宗殿に付いた岩城の動きが気になって、中々大軍を動かし難いらしい。
もっともこれから冬に入るから、一時退いて春に仕切りなおしとなりそうかな?
まぁ一番重要なのは晴宗殿が優位なら、僕の背後はある程度安全と言えるって事だね。
「金上、冨田、来年の春に出陣するから準備をしておこう。目標は越後だからね」
「はっ!」「心得ました」
僕は家臣達に兵の準備をさせる。今の内に準備をしておけば春を迎えてすぐ攻めることが出来るからね。
さて、どう出るかな? 越後の“今孫武”さん?
-長尾晴景-
まさか蘆名が最初から晴宗殿の方に付くとはな。
考えようによっては会津を取る好機なんだが、相手は蘆名盛氏。一筋縄ではいかないだろう。
俺は段蔵からの報告を聞き、より一層その考えを強くする。
「晴景様、揚北で動きがありました。鮎川・黒川・水原・大川・下条等に蘆名の手の者が接触し、密約を交わした様子」
俺は報告に上がった名前の多さに驚く。
ある程度叛く事は計算の内だが、揚北の半分近くとは……
景綱の提案もあって監視を増やしていたから早く露見したが、知らずに居たら下手すると蘆名との挟み撃ちにされたかもな。
「報告ありがとう。引き続き頼む」
「御意」
俺は段蔵に、反乱するであろう揚北衆の監視を継続するよう命ずる。
段蔵は返事をして去ろうとするが、俺の頭をある考えが過ぎる。
「待て、段蔵!」
「どうされましたか?」
「蘆名が動いたという連絡は無いな?」
「会津へ送っている者からは連絡は有りません」
俺はそれを聞き、段蔵へ新たに命令をする。
「すぐに出陣の準備をする様に与板と坂戸に連絡してくれ。兵は集められるだけで良いと。あと安田や中条等の他の揚北組にもだ」
「御意」
蘆名が軍の動いたという報告がまだ届いていないと言う事は、揚北と会津では距離が違うが、すぐに出陣してくると言う事は無いだろう。
何せ今は十月も終わりに近く、これから冬を迎えるだけに攻めて来る事は考え難い。
ならばあえて蘆名と揚北の反乱組を合流させる必要は無い。
蘆名が進軍してくる前に揚北を各個撃破する。
蘆名との戦を楽にする為に、冬を迎える前に何としても決着をつけるぞ。
―晴景と蘆名盛氏。若いながらも知者として名高い二人の戦いは静かに始まった。
互いに相手の実力を認めるからこそ慎重に様子を伺っていたが、先に軍を動かしたのは晴景。
その判断がどの様な結果を見せるかは、もう少し先の話である。
-虎千代-
戦が近いらしく、春日山は慌しく動いている。
今回の戦では景康兄上と政景兄上が初陣となるらしい。
景康兄上は竹俣や加地らと共に部隊を一つ任されると言うことで、かなり緊張した顔をしている。
そのせいか、奥さんの崎姉さまが毎晩慰めているらしい。
やっぱり初陣と言うのは怖いものなのかな?
政景兄上も綾姉さまに甘えてるかな? ……ってそれはいつものことだよね。
あぁ~私も早く初陣したいな~。
それを長重に言うと、『もう少し女性らしくしましょうよ』と言われた。
大きなお世話だ!
それにしても、戦の間近になって初めて解ることもある。
特に晴景兄上の軍の精強さが良く見える。
兵達は訓練を長く繰り返して居る事もあり、農民から集められた兵よりも明らかに落ちついている。
最近は戦で活躍して足軽だった者が家名を貰って小部隊を任される様になり、活躍すれば武士になれると言うことで全体の士気も高い。
その上で兵を率いる将は先陣を切る景家に、後方を固める景綱と隙が無い。
羨ましいな~私もこんな軍を率いたいなぁ~。
そうだ! 私も作っちゃえば良いんだよね!
長重や他にも人を集めれば、兄上に負けない軍を作れるはず!
今はさすがに無理だけど、戦が終わったら兄上に相談しよっと。
―準備段階ながら、戦の空気を肌で感じる虎千代。
上条の乱の時は生まれたばかりで、越中一向一揆の際は舞台が越中だった事もあり、それは初めての経験であった。
後に“虎千代軍団”と呼ばれる部隊が作られる切っ掛けはこの時であったと言う。
まだまだ越後も叩けば不穏分子が出てきます。
と言うか謙信も散々反乱されましたし、越後の統治は難しいと言う事で。




