第四十六話「鍵を握る男」
天文10年(1542年)6月
伊達稙宗を押し込めることを決意した稙宗の嫡男・伊達晴宗は、水面下で自分に味方をする者を増やしつつ機会を待った。
そして稙宗が鷹狩りへと行った帰り、軍勢で待ち構えた晴宗がその身柄を確保し、幽閉することに成功する。
長尾晴景はその情報を奥羽の監視に回していた軒猿より得ることになる。
-長尾晴景-
「そうか、稙宗殿は西山城へ幽閉されているのか」
「御意に。晴景様がお望みなら、越後へ連れ帰る事も可能ですが……」
段蔵は伊達家に関しての続報を持ってくる。
稙宗殿を越後へ連れてくれば、堂々と伊達家領へ進行する大義名分を得るが……
「いや、それは稙宗殿の家臣が動くだろうから、手を出さなくて良い」
それで得られるものは少ないだろう。
稙宗殿を助けると言う名分で行けば伊達家の領地を取ったとしても多くは、稙宗殿に返すことになるだろうし、第一まだどこが敵になりどこが味方になるかも解らないんだ。
ここは慎重に行ったほうが良い。
「それよりも、いつ戦が起きてもおかしく無いから準備だけは進めておこう」
「御意。では各所に伝達を致します」
俺は戦の準備をする事を指示する。
それにしても歴史通りに乱が起こるとは、伊達家の内部に溝があったのだろうな。
稙宗殿との婚姻を断った理由に、天文の乱を起こしたくないと言う考えもあったのだが、どうやらあまり意味が無い所か、乱が起こるのが早まったようだし。
稙宗殿は中央集権政策を続けており、反発する国人達も多かったのかもしれないな。
さて本来の歴史なら越後は晴宗派の長尾家と、稙宗派の上杉家や中条藤資とが国内で争うことになる。
だが今の国内状況はその時より良く、国内で争う事は多分無いと思う。
越後で争いが無ければ乱自体にも介入できるが、どうすべきだろうか。
選択肢は大きく3つだ。
1つ目は歴史通り晴宗殿に味方をすること。
2つ目は逆に稙宗殿に味方をすること。
そして3つ目はどちらにも加担せずに傍観すること。
1つ目の利点は歴史上では晴宗殿が勝っており、勝ち馬に乗れるだろうと言うこと。
欠点は天文の乱の晴宗殿の本拠地はおそらく米沢であり、勝利の切っ掛けの1つとして蘆名が晴宗殿に付く事があるため、越後の隣接地が味方となる事から領土的な利は得られ難いこと。
土地を得られたとしても、飛び地では伊達家に良いように使われるだけだろう。
2つ目の利点は米沢・会津を長尾家の領地に出来る可能性があること。
まぁ稙宗殿と今後も仲良くする為には、米沢は取らずに蘆名が晴宗殿の方に付いてから会津を攻めるのが良いだろうな。
欠点は戦の情勢が読みにくくなることと、こちらから積極的に働きかけると稙宗殿と交わした不可侵の約定を違えかねないこと。
晴宗殿と組むのであれば新たな伊達の当主と約定を組み直したとでも言えるが、稙宗殿と組む場合は考慮しなければならない。最悪は取った領地を返すことになる。
そして3つ目だが、利点としては奥州のややこしい事情に首を突っ込まずに済むこと。
前2つを考えても、大きな利が得られない可能性も高いので十分に有りだ。
奥州が混乱してる事で越後が大分安全になるので、他を攻めると言う選択肢も出てくる。
だが欠点としては、乱が終わった後にどちらが勝っても目の敵にされそうだと言うこと。
おそらく晴宗殿と稙宗殿のどちらか、もしくは両方から同盟の誘いがあるだろうし、それを断ると日和見してると思われかねない。
最悪の場合は一致団結して越後を攻めてくる可能性が出てくるわけだ。
……こうやって考えると、予想以上に面倒になったなこれは。
まぁ何にせよ同盟の使者が来るのはまだ先であろうし、少しじっくり考えるとしよう。
・・・・・
晴宗殿が稙宗殿を押し込めたと言う報せから早三月か。
俺の前に晴宗殿の使者・中野宗時が来ている。
「当主が変わりましたが、伊達家は今後も長尾家と親交を深めて行きたいと考えております」
まぁ使者が来ることも内容も予想通りだ。
こちらは既に稙宗殿を幽閉し、更に幽閉先から助け出されたことも掴んでいるが、向こうはそれを隠して当主が変わった為の挨拶だと言っている。
言質だけとって、後はなし崩しに自分達の戦力に加えるか、最悪稙宗殿の手助けをさせない気だな。
恐らく晴宗殿の指示ではないと思うが、随分小ざかしい事をしてくるものだな。
それにしても晴宗方が先に使者が来たのは、稙宗殿が幽閉されていた分一手遅れたのだろうな。
そう思っていると、小姓に扮した軒猿が俺に耳打ちをする。
その内容に俺は笑みを隠せなかった。
「ククク、構わないから入ってもらえ」
「はっ!」
「? どうかされましたか……!?」
俺の態度をおかしく感じた宗時が声を出す。
だがこの場に通された男を見て、宗時は大きく狼狽する。
俺も以前に合った事があるその男の名は“小梁川宗朝”。
幽閉先から稙宗殿を助け出した腹心中の腹心だ。
「おや中野殿。こんな所で何をなさっているか?」
「小梁川殿……私は新たな伊達家の当主の名代として来たまでのこと」
「新たな伊達家の当主とは妙なことをおっしゃる。稙宗様がそんな事を許したおぼえはありませんぞ?」
「あ~……ここで争うのは止めてくれるか?」
俺は刃傷沙汰になりかねないので、流石に止める。
「事情は大体掴んでいる。稙宗殿と晴宗殿が親子で争ってることもな」
俺の言葉に両名とも驚く。
まぁ彼らも急いで越後まで来ただろうし、情報がここまで伝わってるとは思って無かったのかも知れんな。
そんな二人を眺めつつ、俺は自分の決断を伝える。
「俺が約定を交わした相手は稙宗殿だ。その稙宗殿が健在である以上は、長尾家は稙宗殿の話を優先する」
「おぉ!」
「なんですと!?」
俺が出した決断は、稙宗殿に付くこと。
その決断を後押ししたのは、実際に稙宗殿と会って話したこと。
短い時間ではあるが、稙宗殿の人柄に父上や叔父さんに近いものを見た。
それは乱世を生きる中で、大志を抱き動いてきた者だけが出せる空気だ。
ならば稙宗殿の方が信を置けると言う物だ。
俺は晴宗殿の使者を先に下がらせる。
稙宗殿の方とは打ち合わせがあるし、俺や小梁川殿を凄い眼で見てるだけに斬りかかられてもかなわん。
さて、これでもう歴史通りにはいかないだろうが、いずれにせよ今回の乱の鍵は恐らく蘆名家が握っている。
蘆名の全盛期を築いた蘆名盛氏、彼はどうでるだろうかな?
-蘆名盛氏-
今年、僕は蘆名の家督を継ぐ予定だったが、伊達家の混乱のせいで棚上げになっている。
そしてこの乱において、父上は稙宗殿に付くと決めた。
元々稙宗殿に大きな恩を感じている父上だから、気持ちは理解できる。
「父上はやはり稙宗殿に付く気のようです」
眼の前のこの人は、僕の下に甘い毒を持ってきた。
それは乱世に生きる男とすれば、思わず手を出したくなるようなものだ。
「お前はどうしたいんだ? 長尾が向こうに付く事はさっき言ったが、そのまま安定を望み伊達家に臣従する大名として一生を過ごすか?」
そうですね、相馬や田村は間違いなく稙宗殿につくでしょう。
長尾も稙宗殿に付くと言う事は、僕が稙宗殿の方についたら攻める場所は晴宗殿の米沢だけ。
勝ちやすくはありますが、実入りも少ないです。
あっさり乱が終わっては、蘆名は伊達に臣従したままだろう。
それならいっその事……
「いえ僕にも乱世に生まれたからには、自分の力がどれだけの物か試したい気持ちはあります」
その為には伊達家と今の関係では駄目だ。
齢二十一になったばかりの僕が、一世一代の大勝負を今行うのは早いかも知れないけど、動かなきゃ何も変わらない。
「ですから晴宗殿、蘆名は晴宗殿の方に付きます。越後の切り取り次第と対等な同盟の件、間違えないですね?」
「あぁ、長尾の相手は任せたぞ盛氏」
越後は鉱山が多く、石高も上昇していると聞きます。
思わず手に入れたくなる土地と言う名の毒。
この僕が飲み込んでみせましょう。
―稙宗、晴宗共に自分の味方を増やすために奔走する。
そして他の者達もまたそれぞれの利益のために動いている。
否応無く巻き込まれる長尾家、そして長尾家を狙う者も動き出すのであった。
密かに天文の乱が起こるのが1年早まってます。
これは本来の歴史だと越後国内で上杉定実が養子を貰う貰わないを天文十一年までやって、養子を貰う事を決まった後に乱が起きたと言われている点があります。
物語では晴景が縁組を断り、稙宗が別の動きをしている辺りで伊達晴宗の不満がより早く溜まったと言う事で書いてます。
そして鍵となる蘆名は最初から晴宗方に付きます。
長尾家が稙宗の側に付く事と合わせて、乱の様相は混沌として来てます。
ちゃんと風呂敷が包めるか自分で不安です(爆)




